SPIRAL MOON主宰・秋葉舞滝子に聞く──土屋理敬作『栗原課長の秘密基地』
SPIRAL MOONの新作は、児童書の編集部が開催する「きつつき賞」の贈賞式が舞台。昔懐かしい児童文学の題名もいくつか飛び出し、懐かしい気持ちにさせられるが、そこには思わぬ落とし穴が待ち受けていた。受賞作に深刻な疑惑が持ちあがったのだ。大人の事情によるさまざまな陰謀工作の果てに、賞の行方は?
■上演するたびに劇作家が変わる劇団
──はじめに、SPIRAL MOONについて紹介していただけますか。
1998年11月に、こまばアゴラ劇場で上演した『A Long Time Ago』で旗揚げをしました。実際に旗揚げしようと決めたのは、その1年前の1997年です。
SPIRAL MOONの旗揚げ公演の台本を書いてくれた劇作家が脚本、わたしが演出でやろうと約束して始めたものの、それは1本目で挫折してしまい、その後の上演は、公演ごとに作家を変えていくことになりました。
最初のうちは、上演するたびに作風がちがうと固定客ができないし、お客様は見に来にくくなっちゃうよという警告をいろんな方からいただいたんですが、まあ、がんばってやっていくうちに、作風はちがっていても、演出家のテイストで、SPIRAL MOONというユニットの味というか、かたちを出していくことができるんじゃないのと考えて、いまに至るという感じです。
――SPIRAL MOONの味とかたちは、いつごろ確立しましたか?
4本目か5本目ですね。感覚としては、割と早かったとは思うんですけど、当時は年に1公演だったので、そういう意味では、我慢しなければならない期間は長かったです。
SPIRAL MOON公演『栗原課長の秘密基地』(土屋理敬作、秋葉舞滝子演出)のチラシ。
■ミステリとSFと子供のときに通ってきた道
──SPIRAL MOONの舞台からは、ミステリのような設定やSF的な世界観を感じますし、とりわけレイ・ブラッドベリの作品世界を思い浮かべるところがあります。それは旗揚げ作品を書かれた劇作家が、ミステリを書く方だったことも、大きいかもしれませんね。
わたしは中学生の頃からハヤカワ文庫が大好きで、SF文庫とか、JA文庫とか、とにかく読みまくっていたので、物語をそっちの方へ引っぱりたい気持ちはあります。でも、これまで作家さんには、執筆をお願いするときに、ストーリーについての注文をしたことはないんです。
ただ、たとえば喫茶店とか、飲みに行ったときに「最近、何に興味あるの?」みたいな話が出るので、そこで作家さんが共通の興味を見つけて書いてくださっていることが、比較的ミステリとか、SFといった感じになるのかなと。
──今回、上演されるのは、土屋理敬作『栗原課長の秘密基地』。児童文学の文学賞の内幕を描いた作品で、2002年4月に演劇集団円で初演されました。
この台本をお借りできたのは、たまたまだったんですが、思い返せば、旗揚げ公演の『A Long Time Ago』が、子供のころに読んでいた童話でつながりのある少年と少女が大人になって……という物語だったんです。実は、SPIRAL MOONを旗揚げしたコンセプトが、子供のときにだれもが通ってきた道を思い出していただけるような作品をやっていきたいということだったので、そういう意味ではつながっていると思います。
■劇中にしばしば「作家」が登場する
──土屋理敬さんの作品には初挑戦ですね。そして『栗原課長の秘密基地』には、児童文学の作家たちが登場します。
SPIRAL MOONは書き下ろしていただく作品が多いのですが、登場人物として「作家」が出てくる話が多くて……。
──本当にそうですね。思い当たる理由はありますか。
不思議なんですけれども、作家が劇中で「作家」になにか想いを描いてほしいというか、表現してほしいと思っているのかしらというぐらい、「作家」が出てくることが多いんです。
──たしかに登場人物として作家、ライターといった表現者が、頻繁に劇中に出てくる。
2016年の6月に上演した柄澤太郎さんの『雨夜の月に石に花咲く』は、文学賞に応募して、受賞できるか否かといった芝居だったので、「なんか似てない?」と言われたんですが、今度は立場が逆だから面白いと思って……。
──今回は賞を授与するほうですね。
そうです。なので、応募する側の気持ちのほうがわかりやすいんですけど、今回は出版社側の裏事情みたいなものを丁寧に描いていけたらいいなと。もちろん、現実にこんな取引があるとは思えないんですが、若干グレーな部分というか、「忖度」みたいなものはあるんじゃないかと思っています。
──出版社には、ビジネスとして利潤を追求することと、いい本を作って読者に読んでもらうというふたつの顔があるので……。
そういうところを想像しながら、わが身を振り返りつつ、作っていきたいと思っております。
■心の奥底にしまわれている物語
──児童文学は、地層にたとえると、大人になってから読む本を支えている古層に当たると思うんです。栗原課長が子供のころに読んで、その根っこの部分となる古層を形成していたものが、劇が進むにつれて明らかにされていく。栗原課長も前の職場ではいろいろあったようですが、子供のころの記憶が、本を作ったり、出版に携わることの励ましになっている。
子供のころに読んだもの……児童文学だけではなく、テレビアニメでもいいのかもしれないんですけど、子供のころに植え付けられたものは、その人の魂の在処を決めるような気がしていて。ふだんは表面的には思い出されないようなもので、あるとき、なにかのきっかけで出てきて、「あっ、そういえば、あのとき読んだ作品に、わたしはすごく支配されているじゃない」ということは、すごくあるのかなと思っています。
わたしは個人的には『人魚姫』に支配されてしまったんです。だから、男はいつか裏切る信用できない生きものだと(笑)。それが宮崎駿さんの『崖の上のポニョ』のおかげでようやく氷解しました。それには何十年という、ものすごい年月がかかりましたけれども。
──この作品にもそんな要素がありますね。
そうですね。このお芝居をご覧になったお客様が、昔読んで心を動かされた、もしくは魂の在処を規定されたものを思い出していただけるといいなと思っています。
SPIRAL MOONの芝居の作りかたは、ある種のメッセージ性をはっきりと打ち出さないようにしています。それぞれのお客様がご自分のなかで解釈されたり、受け止めたりできるように、ちょっと緩めに作っているところがあるんです。
今回も冒頭で、いくつか実際にある名作と言われる児童文学のタイトルが出てきますが、帰りの電車の中で「そういえば、あれ読んだな」と思い出していただけるといいですね。
SPIRAL MOONを主宰し、『栗原課長の秘密基地』の演出を手がける秋葉舞滝子。
■自分自身の内面に問いかける
──劇の冒頭で、栗原課長は敏腕編集者であるにもかかわらず、実際にあったかどうかはわからないセクハラの噂を流されて異動になり、陽の当たらない児童書編集部に追いやられる。その編集部にいたアサミは、それをチャンスととらえて、栗原課長と児童書を盛り立てようと考えている。さしあたり、その起爆剤となる児童文学賞「きつつき賞」の受賞作に話題を集めて、軌道に乗せようと企んでいる。
そこに実際の受賞者が現れ、3人の選考委員が出てきて、さらには功労賞を受賞したキャリアだけは長いが、売れていない作家ハナオカゴロウが登場する。
けっこう肝になるのが、ツジコウスケというミステリ作家志望の男で、8年間ずっと文学賞に応募しつづけている。この人が、いまわたしたちのなかでは「近いよね、うちらにね」みたいな(笑)。売れないのに、作家になることに憧れて、目指しつづけている。この人の生きかたが、けっこう面白いなと思って。
──最後にする決断もちょっと面白い。作家の意地を見せるところもありますね。
いろんな立場の方たちが登場しますが、割とちゃんと意地を見せてくれてるなと思うんです。
──クマダノリコというAV女優も、あっけらかんとしているけれども、いちばんフランクで裏表がない人。逆に、編集者や作家たちが、世間体を気にして、取り繕ってごまかそうとする。そのようなせめぎあいというか、バトルの話も出てきます。
そうですね。大人の処理をせざるをえないときにも、登場人物はその人なりに筋を通そうとしている。それぞれに理屈があると思って作っています。
──そういう行動のひとつひとつが、心の奥底にしまわれているものに到達できるように、ちょっとした影響を与えていく。そんな台本ですよね。
ちょっとした刺激やきっかけで、登場人物のいろんな面が見えてくる。そのことが自分自身の内面に向かって「おのれはどうなんだ」と問いかけてくるところも、今回は強いと思ってます。
──たしかに自分自身に問いかけてくるところも、少なくない。子供のころの時間と、大人になってからの時間が、どんなふうにつながっているのかを考えるのにも、いい作品かな。
人生で生きていて、とぎれ目は基本ないはず。
──シームレスですね。
シームレスで生きているのに、最初の部分は、ふだんはほとんど思い出さない。でも、だれもが絶対に持っていて、しまいこんでいる。だから、それには理由があって、登場人物それぞれのしまった理由、しまわなかった理由が、ご都合主義に見えずに、ひとつのお芝居としてまとまるといいなと思っています。
取材・文/野中広樹
公演情報
■演出:秋葉舞滝子
■出演:星達也、河嶋政規、高橋治、大畑麻衣子、本堂史子、城戸啓佑、丸本育寿、印田彩希子、最上桂子
■公演日程:2019年11月20日(水)〜24日(日)
■会場:下北沢「劇」小劇場
■公式サイト:https://spiralmoon.jp/