この世界観、クセになる。耽美な香りに満ちた3作/ホーム・シアトリカル・ホーム~自宅カンゲキ1-2-3[Vol.31] <2.5次元舞台編>
イラスト:春原弥生
ホーム・シアトリカル・ホーム~自宅カンゲキ1-2-3 [vol.31] <2.5次元舞台編>
この世界観、クセになる。耽美な香りに満ちた3作 by 横澤由香
【2】『孤島の鬼』
【3】舞台『パタリロ!』シリーズ
劇場。それは私たち観客が「ここではないどこか」へ瞬時に心を飛ばせる場所。そしてそこで見聞きしたものはすべて、その日そのときにしか触れることができない特別な「宝物」です。今回は再び劇場へ足を踏み入れる日に想いを馳せつつ、そんな宝物の中から耽美な香りに満ちた3つのクセモノ作品をご紹介。劇場でご覧になった方はぜひあのときの衝撃を思い出し、初めてご覧になる方は「こんな世界があったのか!」と、大いに追体験してみてください。
【1】残酷歌劇『ライチ☆光クラブ』
残酷歌劇『ライチ☆光クラブ』 (C)古屋兎丸/ライチ☆光クラブ プロジェクト 2015
中村倫也さん。ここ数年、映像作品での活躍をきっかけにますます世間の注目を浴びていますが、中村さんがどれほど魅力的な俳優さんなのか、どんなに素敵な歌声を聴かせてくれるのか、演劇ファンはとっくに知っていました! …というわけで、紹介せずにはいられなかったこの一作。中村さんが初主演舞台『ヒストリーボーイズ』にて第22回読売演劇大賞優秀男優賞受賞を受賞した翌年、2015年に主演した衝撃の舞台、残酷歌劇『ライチ☆光クラブ』です。
原作は東京グランギニョルの演劇『ライチ光クラブ』をベースに描かれた古屋兎丸先生のコミック『ライチ☆光クラブ』。耽美、退廃、狂気、グロ、エロス、同性愛、美少年、美少女、ブラック・ユーモア…際立つ個性で妄想的な世界を描く古屋テイストを真っ向から料理したのは演出の河原雅彦さん。当時ご自身のブログで「若者たちの気力と体力に存分に甘えさせてもらい、えげつないほど好き勝手やらせていただきました。100%自分が作りたいものになりました」とほくほくの達成感を綴られるほど徹底的に“残酷歌劇した”本作は、ココロのR18作品として折に触れ思い出さずにはいられないスペシャルな舞台だと断言いたします!
工場の黒い煙に覆われた蛍光町のとある廃墟、集まったのは9人の少年たち。そのリーダーが中村さん演じる「廃墟の帝王」ゼラです。黒い星のついた白手袋をつけ、タミヤ(玉置玲央さん)・ジャイボ(吉川純広さん)・ニコ(尾上寛之さん)・雷蔵(池岡亮介さん)・カネダ(赤澤燈さん)・デンタク(BOWさん)・ダフ(味方良介さん)・ヤコブ(加藤諒さん)を言葉巧みに洗脳。彼らはこの場所を秘密基地「光クラブ」とし、ゼラが掲げる「崇高なる目的」のために密かに“甘美なる機械(マシン)”ライチ(皇希さん)を創り出すのです。計画の総仕上げはライチによる美少女の誘拐。捕獲されたのは浄化の歌声も印象的なカノン(七木奏音さん)。
横に広い仮設空間であるAiiA 2.5 Theater Tokyoの特性を生かした舞台セットはまさに光クラブという秘密の廃墟空間。少年たちに捕まった女教師の断末魔をポールダンスで表現する意表を突く始まりから、観客はまさにそこで囚われの身となったのです。詰め襟制服に身を包んだ少年たちのダンスに潜む狂気、ゼラの艶やかな歌声、明かされていく常識はずれな少年たちの夢想。不気味な存在として舞台上を暗躍するダンサー(面白半分で殺されてしまった猫たちの亡霊だとか!)は、河原さんがこの世界観を完成させるために声をかけた東京ゲゲゲイのメンバーです。
光クラブの8人はそれぞれの個性を立たせながら数々のショッキングな場面へも勇敢にダイブ、愚かで愛しい少年たちの刹那の輝きを刻みつけていきます。そして、「醜い大人になるくらいなら永遠に美しい少年でいたい」という強烈なこじらせ思想に取り憑かれた中村ゼラのカリスマ性は底なし! 高慢な独裁者から仲間に裏切られ味方を失った裸の王様へと急転直下、罪深いひとりの少年の姿が露呈しても尚、美しさが後を引くのでした。
14歳、子供時代の最後の時期の途方もない成長痛の行き着いた先は、臓物と血飛沫と叫換にまみれたグランギニョル! 本水溢れるクライマックスも必見。演劇のスタイリッシュな悪巧み、想像を絶するイケナイ甘美を存分に浴びましょう。
【2】『孤島の鬼』
『孤島の鬼』
「昭和文学演劇集シリーズ」として2015年に上演。原作は江戸川乱歩の同名長編小説で、昭和初期特有の仄暗さとバタ臭い空気感の中、同性愛、悲恋、家族の呪縛、異形のモノへの執着、密室殺人、探偵の暗躍、見世物小屋趣味、辺境での異常体験…などなど、「エログロナンセンス」と呼ばれた“乱歩のフェティシズム全部入り”の濃厚な物語世界が展開します。読み手の意識を絡み取りながら一気に日常の中の非日常へと引きずり込んでくれる粘着的な吸引力は強大。本作はそんな乱歩ワールドを舞台上に生み出した美しい一作です。
想像を絶する恐ろしい体験をし、一夜で白髪になってしまった主人公の「私」を演じるのは崎山つばささん。過去の出来事を回顧する形で書かれた小説のスタイルを踏襲し、舞台は「私」の語りによって進行。当事者でありながら語り部という立場に合った客観性と静謐さを備えた台詞回しで、朗々と続く「私」の“告白”を、明瞭に観客の耳へと届けてくれます。
過去の「私」=蓑浦金之助を演じるのは藤森陽太さん。働いている以外の時間は映画や小説の世界に逃避し、「東京に生きる勇敢な現代人にはなれない」と語る青年。愛する女性にまっしぐらとなっていく生き様は、眩しいほどの瑞々しさが。
もうひとりの主人公、諸戸道雄を演じるのは鯨井康介さん。蓑浦を一途に愛する眉目秀麗、頭脳明晰な青年であり、壮絶なストーリーの鍵を握る人物です。この、なかなかにブッ飛んだ『孤島の鬼』の展開に振り落とされずついていけるかどうかは「諸戸がどれだけ魅力的な存在でいられるか」にかかっていると思うのですが、スッと立つ姿勢の美しさ、蓑浦に注ぐ潤んだ視線、怖いほどの情熱と底なしの悲しみが同居した表情──鯨井さんの諸戸は本当に素敵な諸戸でした。蓑浦への愛がいくら募っても、艶かしいアプローチを何度繰り出しても、純粋だがドライで利己的なところがある蓑浦とは永遠の平行線。歯がゆくも耽美、ストイックで大胆なふたりの行く末から目が離せません。
小説に綴られた様々な場面を観客のイマジネーションとの共同作業で赤坂RED/THEATERに見事に出現させた舞台美術と照明の力も見どころ。不気味な人形、壺、ホルマリン漬けの“なにか”、乳白色の実験用ガラス瓶、フラスコ、琥珀色の液体を満たしたビーカーなどがズラリと並べられた無機質な棚と、いくつかの机に木箱。諸戸の実家の研究部屋という設えをベースに、棚の配置と光と闇と色の変化だけで次々に場面を変化させていきます。頭上からカッと当たる強い光は瞬時に砂浜を思わせ、暗くて長い島の地下道の闇は蓑浦や諸戸と同じくらいの息苦しさを感じずにはいられなかった。その効果は映像でもしっかりと伝わってきますが、当時客席で直にあの空間に触れられたのは、今でも忘れ難い演劇体験となっています。中でも棚全体がわあっと暖色系の灯りに照らし出されたあの瞬間!!!! 透過光フェチの琴線に触れまくった哀しくも美しい光景は、何度思い返しても感動が尽きません。
ストーリーは蓑浦の婚約者・初代が犠牲となった密室殺人で動き出し、諸戸の故郷の島での恐るべき人体実験の真相へと繋がり、やがて静かなエンディングに流れついて行きます。その奇想天外な冒険譚の顛末は自身の手で小説のページを繰るがごとく、じっくりじっくり鑑賞してください。
【3】舞台『パタリロ!』シリーズ
舞台『パタリロ!』 (C)魔夜峰央/白泉社(別冊花とゆめ・メロディ・花LaLa online)
魔夜峰央先生の原作コミック100巻到達間近のタイミングで奇跡のように生まれた舞台、『パタリロ!』。初演の紀伊國屋ホールでは客入れ時から昭和のヒット歌謡曲が流れ、開演を待つ間の座席で「ひとりイントロクイズ」をしてみたり。客層もいつもの2.5次元舞台よりも比較的大人の方々、リアルタイムでコミック『パタリロ!』に心をときめかせていた世代が多かったように思います。そして──♪ビバ!花の時代 夢の時代 花とゆめ〜 と、ステージ上で歌い踊るパタリロ、バンコラン、マライヒ、タマネギ部隊の登場! それは劇場に詰めかけたパタリロファンにとって、まさに夢のような瞬間でした。
演出の小林顕作さんは『パタリロ!』が昭和のギャグ漫画であること、美少年愛など耽美な描写を豊富に取り入れた作品の先駆けであることにリスペクトを示し、「ベタなギャグと過激な性描写。大らかな昭和の表現、羨ましいですか?」と観客の心を煽ります。はい、羨ましいです。そしてそうやって煽られることがすでにもう…楽しい! もちろん煽りの先導者は我らがパタリロ殿下。
マリネラ王国の若き国王(10歳!)パタリロ。演じる加藤諒さんは2.7頭身の愛嬌たっぷりなビジュアル、驚異的な頭脳と恐ろしく強い生命力と行動力、そして高貴な生まれならではのリーダーシップとカリスマ性を兼ね備えた強烈な主人公を、持ち前の愛嬌と嫌味のない毒っ気で体現。歌にダンスに芝居にギャグにと八面六臂の活躍で熱演し、誰もが認める“生きるパタリロ”を堪能させてもらいました(本番中の舞台裏では常に酸欠寸前状態だったとか)。
パタリロの護衛係、MI6所属の凄腕エージェントにして美少年キラーのバンコランを演じるのは青木玄徳さん。長い黒髪をなびかせて華麗に敵をやっつけ、目が合っただけで美少年をイチコロにする“目力ビーム”も重要な武器。スーツに革手袋を身につけたスレンダーな体躯とニヒルな表情、パタリロの見事なあしらいぶりはコミックから抜け出てきたかと見まごうほどにリアルバンコラン!
バンコランの運命の人となるマライヒは幼い頃から殺し屋として育てられた麗しの美少年ですが、パタリロの命を狙っていた矢先にバンコランと出会い、愛しあい、殺し屋稼業から足を洗うことに。演じる佐奈宏紀さんは魔夜先生の「マライヒはあくまでも男の子」というアドバイスから自身のマライヒ像を固め、とても素敵な男の子としてバンコランに愛されるマライヒを生き生きと見せてくれています(バンコランとのラブシーンも惜しみなく披露!)。
髪型とひし形の口も再現されたタマネギ部隊、劇中の背景すべてを全力で表現する魔夜メンズもアナログ力を駆使して『パタリロ!』の世界観を盛り立て妖しい魅力を発揮。カンパニー一丸で原作に漂う耽美な美学とベタな笑いどころのバランス感覚を絶妙に取り入れた“舞台の『パタリロ!』”が、ここに完成しました!
劇場内は「客席が存分に温まっている」と実感できるドキドキとワクワクの一体感に溢れ、自然に起こる笑いも拍手も心地よく、憧れのクックロビン音頭を全員で踊れるあの喜びに(体験したことはないけれど)「ドリフターズの『8時だョ!全員集合』の公開放送ってこんな感じなのかも!」とふと思いました。
2016年の初演に続く2018年の第2作『★スターダスト計画★』は新たな美少年、小林亮太さん演じるビョルン&アンドレセンと三津谷亮さん演じるロビー少尉も登場。麗しさもギャグ度も確実に増し増し、地球規模、宇宙規模へとさらにパワーアップした物語が展開しています。そろそろ第3弾を…との願いも込めつつ、まずは自宅内クックロビン音頭でウォーミングアップなんて、いかがですか?
舞台『パタリロ!』★スターダスト計画★:アニメイト等取扱いあり/dアニメストアにて配信/DMM.comなどレンタル配信あり
文=横澤由香
作品情報
中村倫也
玉置玲央 吉川純広 尾上寛之 池岡亮介
赤澤 燈 味方良介 加藤 諒
BOW(東京ゲゲゲイ) MARIE(東京ゲゲゲイ)
MIKU(東京ゲゲゲイ) YUYU(東京ゲゲゲイ) /
KUMI(KUCHIBILL)
皇希 七木奏音
原作:古屋兎丸(太田出版『ライチ☆光クラブ』)
演出:河原雅彦
パフォーマンス演出:牧 宗孝(東京ゲゲゲイ)
脚本:丸尾丸一郎(劇団鹿殺し)
製作:ネルケプランニング/パルコ
販売元:TCエンタテインメント
【脚本】石井幸一 (一徳会/K・A・G)
【演出】西沢栄治 (JAM SESSION)
【出演】藤森陽太 鯨井康介 崎山つばさ/
逢沢 凛 土井一海 前島謙一 平井浩基/
松崎 裕
【主催】ネルケプランニング
【脚本】池田鉄洋
【演出】小林顕作
【キャスト】
<パタリロ>加藤 諒
<マライヒ>佐奈宏紀
<タマネギ部隊>細貝 圭 金井成大 石田 隼 吉本恒生
<魔夜メンズ>佐藤銀平 吉川純広 三上陽永 柴 一平※Wキャスト 香取直登※Wキャスト
<バンコラン>青木玄徳