シンガーソングライター・sachi.が歌う大人への抵抗心ーー「大人特有の頭ごなしな感じがいつまで経っても嫌い」と赤裸々に語る
sachi. 撮影=森好弘
8月12日にテレビ番組『今夜くらべてみました』(日本テレビ系)へ出演し、地上波のバラエティ番組デビューを飾ったシンガーソングライター、sachi.。番組のなかでは、出身地・練馬区に対する愛情を陽気かつ無邪気に喋り倒し、「あの子は何者?」と注目を集めた。視聴者に底抜けの明るさを感じさせた彼女。だが少女時代、実は不登校におちいり、孤独な毎日を送っていたと知れば、多くの人は驚くのではないだろうか。彼女は自律神経失調症のひとつ「起立性調節障害」に苦しみ、周囲の理解を得られず、どんどん人との距離が空いていった過去を持っている。sachi.の楽曲の多くは当時にまつわる感情や、他者と関係性がモチーフとなっている。9月18日にミュージックビデオが解禁となった楽曲「美しい人生」も、まさにそういった作品。10月17日公開の映画『ファンファーレが鳴り響く』の主題歌となった同曲は、人とうまく心を通わせられない主人公たちの心情にリンクするような内容だ。今回はsachi.に、テレビ出演の話から「美しい人生」のこと、さらに過去のターニングポイントなどについて話を訊いた。
sachi.
――『今夜くらべてみました』の出演ですが、ご感想はいかがでしたか。
人生初の地上波のバラエティ番組出演ということで、新鮮でした。テレビ局では、会う人全員に「まったくの初めてなんです。すみません!」と、なぜか謝りながら歩いていました。ただ、練馬区のことをたくさん話すことができて嬉しかったです。ライブでも枕詞として「練馬区生まれで練馬区育ち、レペゼン練馬」と自己紹介をしているので。
――「レペゼン練馬」のミュージシャンといえば、ラッパーのD.Oさんが浮かびますよね。
「sachi.とは何者か」みたいなまとめ情報を見たりすると、「sachi.のお父さんはD.Oさんじゃないか」という噂が立てられたりもしていました(笑)。もちろんまったくの誤解で、私のお父さんは一般的な会社員です!
――sachi.さんの楽曲は世界や社会の見え方をテーマにしたものも多いですよね。やはり練馬の街、環境などからインスピレーションを得たりしますか。
私の生まれ育った場所や環境、すべてが私の音楽に直結していると思います。不登校の時期をモチーフにした曲が多いですが、自分にとっての学校環境、人間関係、それらはすべて練馬という街で生まれました。ミュージックビデオなんかも自宅周辺、練馬区だけで撮っているものもあります。作る音楽はいずれも強く、街に関係しています。
――人間関係がうまくいかなかったことも多かったそうですが、練馬を出て新しい人生を歩もうという気持ちはありませんでしたか。
ありましたね。不登校だったこともあって、小学校、中学校のときは、むしろ練馬の街や人に対して敵意を持っていました。正直、当時はそこまで街や人間関係への愛着は薄かったです。でも今こうやって音楽をやっていて、応援してくれる人が練馬にたくさんできました。住み続けてきて本当に良かったです。
sachi.
――最新曲「美しい人生」は、まさに人間関係にも触れた楽曲。映画『ファンファーレが鳴り響く』の主題歌で、同映画のために書き下ろしたんですよね。
森田和樹監督から公式サイトのインフォメーションにメールがあったんです。私の「痛み」という、高校時代に初めて付き合った元カレへの悪口みたいな曲があるんですけど(笑)、「この曲を使いたい」とオファーがありました。ただ話を詰めていくうちに、映画の内容に沿った新曲を書き下ろすのも良いんじゃないかとなりました。
――いじめを受けていてそれを訴えても誰にも届かない男性主人公と、他者の血が見たいという欲求に駆られるヒロインが、殺人を犯して逃亡するというお話。スプラッター系という打ち出し方がされていますが……。
実は私、スプラッターが超苦手なんですよ! 血が出る映画とか「うわ、痛そう」となっちゃうので。人が切られるシーンを見ると、自分が痛くなっちゃう。そもそも、怖いもの、おばけ系も苦手。そういう映画を避けて通ってきたのですが、そのツケがまわってきたみたいで。夏になったら、友だちと集まって「ホラー映画を観るぞ」という感じになるじゃないですか。私はどんなに誘われても絶対に行かない!
――でもsachi.さんの楽曲って血が流れたり、痛みであったり、身も心も切りつけるような表現がたくさんありますよね。
自分の内面から出るものに関しては、他者への遠慮がないのかも。自分が痛みを受けるのは絶対に嫌なんですけど。激しい曲を書いているので、奇抜な人間性に思われたりもしますけど、意外と平和主義。喧嘩もしたくない。なるべく平穏に生きていきたいんです。
sachi.
――過去の曲の歌詞にしても、テレビでオンエアするには躊躇されるようなワードも出てきますよね。人によってはちょっと遠慮しちゃうような言葉を使ったり。sachi.さんの曲にはコンプライアンスがないですよね。
コンプライアンスを気にして楽曲を作ったことはないですね。それを気にしなくて良い環境下にいたというのもあるんですけどね。「みんながやっていないから強い言葉で歌おう」という意識もなくて、自分が言いたい、伝えたい言葉をそのまま素直に出しています。わざわざ強く訴えよう、という気持ちではないんです。
――今回の「美しい人生」では、人生の迷いや弱さが描かれています。そういった厳しい現実のことを、「美しい」と表現する点にsachi.さんらしさを感じます。
自分もそうだったからかも知れませんが、孤独感や、自分は人とは違うんじゃないかという疎外感、弱者的な立場、そういう経験をした人たちに私は惹かれるんです。私が「格好良い」と思う人って、そういった感覚をどこかで味わっていて。私自身も共鳴できるし、その経験を美しいと歌いたかったんです。
sachi.
――あとsachi.さんの曲の多くには、大人への問いかけがたくさんありますよね。「美しい人生」でも、どこに行けば良いのか教えてくれと先生に尋ねています。
先生という表現は決して学校の先生だけを指しているものではないのですが、大人特有の頭ごなしな感じや、窮屈さを強いてくるところなどが、いつまで経っても嫌いで、そういった歌詞になりました。私自身、すでに大人の年齢になっているし、もしかすると「先生」「大人」という表現に違和感が生まれてくるかも知れませんが、でもそういう言葉は使わずとも、望んでいないことを強要してくる人や環境に対して、これからも何らかの言葉で抵抗していくはずです。
――確かに、テンプレートなことを押し付けてくる大人は少なくありません。
よく覚えているのが小学校時代、学校の給食を食べているときなんですけど、水族館でオジサンという種類の魚がいたことを話したら、目の前に座っていた男の子がおもしろがってくれて、牛乳をブーっと吹いたんです。そうしたら、それが問題になって先生に呼び出されたんです。
――sachi.さんが犯人として呼び出しを食らったわけですね。
先生から「なぜ彼は牛乳を吐いたのか」と尋ねられ、「オジサンという魚がいると言ったら、笑ってくれたんです」と答えたら、「オジサンという魚がいる、と言ったことを謝りなさい」と注意されました。「謝りなさい」と言われたことがすごく悔しくて、よく覚えています。真実を見ず、また確認せずに相手を否定すると、人はすごく傷つくことが分かった。誰かを否定するということは、物事の真相や純粋さを見抜いたり伝えたりすることを省くもの。いまだにそういった出来事はありますし、不自由を感じます。
――小学生くらいの年齢って、大人から何かを言われても事実をうまく伝えられないですよね。
そう。言葉にうまくできないし、何よりも、自分がなぜ嫌な気持ちになっているか分からないままなんですよね。私はこのエピソードに関しては、先生が間違っているんだと最近になって気がつきました。そういう考え方が、私自身や楽曲を構築しています。
sachi.
――そういえばsachi.さんはライブハウス「四谷天窓」のステージに初めて経ったとき、中田将輝店長に「ライブが雑だね」と言われた経験があるそうですが。
そうなんです。一言、「全体的に雑だね」と。でもそれは決して否定ではないですよね。私はその言葉でハッと目を覚ますことができました。というのも、それまではライブハウスの関係者さんからも割と褒めてもらえることが多く、自分も「ライブって楽しい」という感覚だけで演奏していました。そんな時期に、「全体的に雑だね」と言われて。
――かなり衝撃的な感想だったんですね。
あの言葉をきっかけに、「バイトを辞めて、音楽だけで生きよう」となりました。で、路上ライブで自分の目標額に達するまで歌い続けたりしました。ほぼ毎日路上ライブをして、「音楽を仕事にする」ということを体で学びました。同時に、私の音楽にお金を使ってくださることへのありがたみも感じることができました。
――そういった経験を経て現在の姿があるということですね。そんなsachi.さんがこれからどんな美しい人生を手繰り寄せるのか、気になります。
想像することをサボらない大人でいたいです。「どうなりたいか」は、自ずと何かになっていくもの。ただ、常に自分が幸せであることを意識していたい。歌うこと、やりたいこと、やりたくないこと、それらの選別も含めて、その時々で「自分は今、幸せだ」と感じられるような場所に向かっていきたいです。
sachi.
取材・文=田辺ユウキ 撮影=森好弘