ライブビジネスはこの先どうなるのか? コンサートプロモーターズ協会・中西健夫が語る【インタビュー連載・エンタメの未来を訊く!】
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一般社団法人コンサートプロモーターズ協会会長/株式会社ディスクガレージホールディングスグループ代表・中西健夫氏
エンタメビジネスの未来について、各業界の識者に話を訊くインタビュー連載「エンタメの未来を訊く!」。第4回は、中西健夫氏(一般社団法人コンサートプロモーターズ協会会長・株式会社ディスクガレージホールディングスグループ代表)に取材を行った。
イベント開催制限が緩和され、8月以降には感染対策を行った上での有観客のライブやコンサートも少しずつ行われるようになってきている。しかしライブビジネスの復活に向けては先行きの厳しい状況が続いている。激動の一年となった数ヶ月をいくつかのフェーズにわけて振り返り、来年以降に向けての見通しも含めて話を訊いた。
——新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、ライブエンタテインメント業界がどう変化してきたかを改めて振り返っていただければと思います。まず、今年2月の感染拡大当初はどんな状況にありましたか。
まず、2月26日に首相会見で大規模イベントに対して自粛の要請が告げられた。そのタイミングが第1フェーズですね。3月にはプロ野球やJリーグの専門家会議も始まって、いろんな検証を踏まえて「ゴールデンウィーク前の再開に向けてプランニングしていきましょう」という話になっていた。僕らもそれを聞いていたので「ゴールデンウィーク頃には元に戻るだろう」という前提で動いていました。こんなことになるとは全く思っていませんでしたね。
ただ、危機感はもちろんあったので、いろいろな動きを進めていきました。まず、音事協(⽇本⾳楽事業者協会)、音制連(⽇本⾳楽制作者連盟)、ACPC(コンサートプロモーターズ協会)で、超党派のライブエンタテインメント議連に経済的支援の要望書を提出しました。コンサートに関連したいろんな事業者の方は、急に発注がなくなってしまうわけで、当然お金が回らなくなってしまった。我々ライブエンタメ業界が産んでいる雇用の数はとても多く、それがすべてゼロになってしまったわけなので。加えて、国で救えない人もいると思うので、音事協、音制連、ACPCで基金を作って、その基金で困難に直面している人を救おうという動きを始めました。そういうフォローアップをしたのが3月ぐらいまでですね。
――まずは支援と基金の動きを進めていった。
そうですね。勘違いしている方も多いですが、ミュージシャン自身はもちろんですが、実はそこに紐付いている膨大な数の雇用が失われていること自体が大変な問題であるという話をさせてもらいました。我々の業界に従事している方々はとても多いです。フリーランスでコンサートの警備や整理、搬出搬入の仕事をしている人も沢山いる。ケータリング会社やアルバイトの学生もいる。そういう人たちは、みんな全く仕事がなくなってしまった。これは大変なことになったという思いが強かったです。そこから補正予算の立て付けの中で、僕らができることをいろいろとやっていきました。
——ライブハウスに対してクラウドファンディングはかなり早い段階から動き始めたわけですが、その一方でPAや舞台、音響、照明、設営などコンサート業界を支えてきたフリーランスや小規模事業者は世の中には見えづらく、支援が届いていなかった。そこに問題意識があったということでしょうか。
全くそうです。一般の人は「ミュージシャンがライブできなくて大変だ」という見方をする人が多い。それはもちろん大変なんですけど、むしろそこに従事している人が日本の経済をどれだけ下支えしているかということも大きい。それにツアーやイベントは地方創生にもつながっているわけで、その流れも全部止まってしまった。これがとてもまずいという思いが強かったです。
——ライブエンタメ従事者支援基金「Music Cross Aid」が発足したのは6月ですが、そこに向けての準備はかなり早い段階で始まっていたということですね。
そうです。今まで僕らが基金を作ったことはなかったので、公的なものを作るにはどうしたらいいのかを話していきました。普通の手続きをとっていると、とてもじゃないけど間に合わない。そこでパブリックリソース財団という公的な財団を間借りする形で動いていきました。かなり大変でしたけど、なんとかこぎつけました。
——Music Cross Aidの反響や受け止められ方はどんな感じでしたか?
今は第1回の支援が終わって、第2回目の助成プログラムの申請受付が始まっているところです。そこまで巨大な金額ではないんですが、困っている方にとっての生きる助けにはなったんじゃないかと思っています。
——単に市場や収益が失われるだけでなく、雇用が失われることで、これまでのライブ文化を支えてきた人材や環境が無くなってしまうんじゃないかという危機感もあったのではないかと思います。
それはものすごくあります。いざ再開しようとした時に、この業界に人がいなくなっているということがあり得る。細部にわたっていろんな業種があるんですけど、まず最初に起こったのは、舞台を作ってきた鳶職の人たちが、音楽の仕事がゼロになって、みんな建築業界に回ってしまったということでした。建築業界も人手が足りないし、鳶職の人にとっても「そこでいいじゃないか」となるわけですが、そうなると、いざコンサートを再開した時に舞台を作る人が集まらないことも想定される。そういうことを筆頭にいろんなケースが考えられる。雇用は守りきれないと思うのですが、今我々ができることは、そこに目配りしてフォローアップしていくこと。それを伝えていくことをすごく考えました。この業界自体に夢がないと人も集まらないですからね。
——第1フェーズが3月までとするならば、次のフェーズはどういう時期でしたか。
第2フェーズは、4月7日に当時の安倍首相が緊急事態宣言を発令した時からですね。あの時点で音楽業界だけじゃなくすべての業界で自粛要請ということになり、この先どうしていこうかということになった。日本だけでなく各国で感染が広がって、世界全体の問題になっていった。このあたりでは実はもう手立てがなく、僕らが何か言えるようなことじゃなくなったと思いました。もちろん、雇用を守るために、補正予算の中に我々の産業を入れてもらえるようロビー活動や基金設立の動きは継続して行っていきましたけれど、正直、無力感はありました。「何をしたらいいんだろう?」「これ、いつ収束するんだろう?」という気分ですね。特に、僕はマスコミに責任があると思っているんですけど、報道がネガティブな情報ばかり取り上げるようになった。そのことによって、「今、コンサートなんか行くべきじゃないでしょう!」みたいに、エンタメは不要不急の代表のような産業に思われてしまった。そういう報道のせいで自粛警察が生まれて、初めて日本人が県を跨いでいがみ合うような状況が生まれてしまった。そのことに僕は何より傷つきました。僕らはもう少し正確で冷静な報道をマスコミに求めています。
——4月から5月というのは、本当に閉塞感と緊迫感が大きかった時期だと思います。
ビフォーコロナ、アフターコロナと言いながら、アフターコロナは何も見えない状況だったので。ただ、その頃から、有識者の方々と話したり厚労省の発表する数字を見たりするうちに、わかったエビデンスに沿ってという考え方にもなっていきました。毎年インフルエンザで亡くなる方も沢山いるわけで、フラットに、正しく恐れることをしていけばいい。ただ危ないものだと騒ぐのは違うんじゃないかと思うようになっていったんです。もっと冷静に判断しよう、と。
■アフターコロナに向けて、切磋琢磨しあうことで良いものを作っていくという環境はできた
——5月26日には緊急事態宣言が解除となりました。世の中のムードや産業の動き方もそこから変わっていったわけですが、ライブエンタテインメント産業としては、その次の第3フェーズはどういう段階だったんでしょうか?
まずは無観客配信というのが出てきましたよね。サザンオールスターズが一番わかりやすかったと思いますが、ライブ配信という一つの形が生まれて、配信をやる方が徐々に増えていった。リアルなライブができないので、苦肉の策としてそうするしかなかったと思います。
——こういった配信ライブは、ライブエンタテインメント産業の雇用、フリーランスや事業者の仕事を守ることにはつながりましたか。
いや、全然、雇用を守ることにはつながっていないですよ。たとえばサザンみたいに「雇用を守る」と桑田佳祐さんが言ってやったこととは別にして、通常はお金もかけられないのでミニマムな形でやっていると思っています。ただ、とりあえず何もやることがなくなった時には配信をやるのは当たり前だと思うし、それでいいと思います。
——6月には各社が電子
単純に、技術革新ができたということですね。今までそういうことは考えていなかったところから、技術的に格段に進化していった。配信って一体何なんだというところから、どういうやり方があるかをみんなが考えた。これまで日本はデジタル化に一番遅れていると言われても過言じゃない国だったと思うんですけど、そこに目が向いて、いろんなことが始まった。アフターコロナに向けての一つの方向性、みんなが切磋琢磨しあうことで良いものを作っていくという環境はできたんじゃないかと思います。
——続いての第4フェーズに入ったと考えられたのは、どういったタイミングがきっかけになりましたか。
キャパシティの半分までお客さんを入れていいというガイドラインが出てきた時ですね。まず先行したのはプロ野球とJリーグだったと思うんですけど、5000人まで入れるということで、スタジアムによって動員は様々でしたが、それぞれ感染対策をして、相当厳しいガイドラインを作って有観客の試合を始めました。
——プロ野球は6月19日に開幕、Jリーグは7月4日に開幕し、7月10日から有観客での試合が再開しました。しかしライブやコンサートでは7月からすぐに有観客の公演に向けた動きが始まったわけではありませんでした。
僕らがやろうとした時に大きな問題があって。何か問題が発生した場合、プロ野球とかJリーグは協会やチームが批判を受ける。けれど、コンサートの場合はアーティストが批判されるんです。だから、アーティストが本当に納得してやっていいって言った時にしかやれない。みんなが雪崩を打って半分のキャパでライブを再開することにはならなかった。一つはそういう要因があるのかなと思います。もちろん、ビジネス的にも成り立たないこともあります。
——実際にアリーナクラスでの有観客のライブが開催されたのはいつ頃からでしょうか。
8月ですね。8月1日と2日に錦戸亮がぴあアリーナMMと大阪城ホールでファンミーティングを行ったり、和楽器バンドが8月15日、16日に横浜アリーナで5000人のキャパでライブをしたりしました。9月19日と20日にはMISIAが東京国際フォーラムホールでやったり、ガイドラインに沿ったライブは少しずつ始まっていきました。ただ、ライブをやるということに対してネガティブなことを言う人はいまだにいる。相当傷つきますし、そこに対してのリスクは当然考えなければいけない。
——和楽器バンドのライブに関しては、開催2週間後に、関係者や観客から感染者が出なかったこともニュースとなっていました。
あのライブは、神奈川県のコロナ対策の部署と連携を取り合って進めました。神奈川県はすごく理解があり、スムーズに運営できました。
——8月から9月にはいくつかのライブやコンサートがガイドラインに沿った形で開催されていますが、そこで感染者やクラスターが出たという報告はありましたか。
全く出ていないです。
——現状としては、こうして感染防止対策を行ったライブやコンサートを開催し、感染者を出さなかったという事実を積み重ねていく段階にある。
そうですね。ここにきて、やっと半分のキャパでやる人が増えてきて、ムードとしては少しは良くなったかなと思っています。ただ、資金的な問題は現実に起こっています。キャパ半分では利益を出せるはずがない。配信をやったとしてもなかなか厳しいです。もちろん一次補正予算の補助金のシステムを使っていたりはするんですけども、なかなか利益が出るということはない。PCR検査にもかなりの金額がかかりますからね。
——ライブは開催できるようになっても、ビジネスとしてはまだ厳しい状況が続いている。
そうですね。たとえばある地方都市で毎年ライブをやられてる方が、いつも
——
起こっていますね。地方都市だと1/5と僕は見ています。首都圏でも1/3から1/4が買い控えている。半数以上の方が今コンサートに行くことを良しと思っていない現実があります。
——9月19日にはイベント開催の制限が緩和されました。この取材を行っているのは9月30日ですが、10月以降の見通しに関してはどうでしょうか。
現状、このガイドラインに沿ってやっていけるとは思ってません。それはなぜかと言うと、まだ民意が戻ってないので。ソーシャルディスタンスと言われる中、隣にお客さんがいたら嫌だと思う人もいると思います。今の時点では、本当に悩んでいるところです。
——ライブエンタテインメントの復活は来年以降を見据えた長期的な見通しになっていくということでしょうか。
人の気持ちが戻ってきて、本当に安心だと言えるようになるまでは厳しいと思っています。
先のことは言えない感じですね。「来年夏フェスできますか?」って今質問されても「わからない」としか言えないです。
■ライブ会場に足を運んで見て、音を感じて帰るということを、やれる人はやってほしい
——今回のコロナ禍で最初に打撃を受けて、最後に回復するのがライブエンタテインメント業界だということが言われていますが、中西さんとしてもそういう見込みですか?
全くその通りだと思います。ワクチンと治療薬ができて、心の問題まで回復して、初めて完全復活と言えると思います。そういう意味では、今来ていただいている方は大変ありがたいです。今、コンサートでお客さんは歌えないけれど手拍子はできるわけで、すごく大きな拍手が起きるんです。Jリーグの試合でもそうです。一生懸命拍手するお客さんを見ていると、ちょっと泣きそうになりますね。
——ワクチンや治療薬が開発され行き渡って、人々が以前のように集まることができる日常がいずれ戻ってくると思いますが、この先に今回の経験や技術革新はどのように活きていくと考えていますか。
これは完全再開できるという前提で話しますけど、大きく活きると思っています。基本的に非接触型のことが増えていくわけなので、チケッティングのシステムにしても一気にデジタル化が進んだ。それは一つのメリットになったと思います。そういう意味ではエンタテインメント業界も大きく変わったと思いますね。海外は日本に比べてテクノロジーが大きく進んでいるわけですが、やっと追いつくことができた。デジタル化が遅れていた日本をこのコロナ禍が変えたということは言えると思います。
——リアルなライブが安全に開催されるようになったとしても、たとえば全国ツアーを行ったあとにオンラインイベントを行うようなことが当たり前になっていくだろうという見方もあります。
確かにその通りだと思います。プラスアルファの要因としてはすごくありだと思います。ただ間違えてほしくないのは、「オンライン“で”いいじゃない」という人がいるんですけれど、これは大間違いで「オンライン“も”いいじゃない」なんです。「で」というわけではない。
――当然、すべてがオンラインに切り替わるというわけではないということですね。
だから、僕らができる限りのことはするので、やれる人にはやってもらいたいというのはあります。キャパが50%なのか、100%なのか分からないけども、会場で音楽を体感するのは、体験として全然違うんですよ。無理強いはしませんが、やっぱり足を運んで見て、音を感じて帰るということを、やれる人はやってほしい。僕はそういつも言っています。少しでもいいから、再開に向けてやっていかないと、辛いですよ。さっきも言ったように、僕らの業界は最初にストップして最後に再開するというのは明確な事実なので、経済的にみんなが持つのかという話が出てくる。それに、リアルなライブができないとマーチャンダイジングも大きな影響を受けますからね。ここの経済的な損失も大きいから、非接触型の販売方法をとるべくビジネスモデルを変えていかなければいけない。すべてに関して再構築していかないといけないですね。長期的にポジティブな展望を作っていくために、いろんなことをトライアルしていかないといけないと思います。
――来年に向けて、ACPCとして一番力を入れていることはありますか?
ここにきて、一致団結しています。大阪が良い例で、10月10日と11日に開催された万博記念公園での「大阪文化芸術フェスpresents OSAKA GENKi PARK」のように、プロモーターの垣根を越えてイベントが開催されるようになっている。今までライバル同士だった会社が手を取り合うようになってきている。みんなでライブ産業を守らなきゃいけないという意識がすごく強くなったと思うんですよね。そこで初めてできた話もいっぱいありますし、みんなのライブに対する熱い気持ちを感じるし、ACPCとしていろんなことを変えていけるんじゃないかという気がするんですよね。あとは音事協、音制連ともいろんな話をするようにもなって、みんな同じことを思っているんだということを改めて再確認できたところがありました。ここから先は一枚岩になって戦っていかないといけないと思います。
取材・文=柴那典
※この取材は9月30日に行われました。