2021年1月の歌舞伎座は三部制! 幸四郎が梅王丸、猿之助が悪太郎を勤める『壽 初春大歌舞伎』取材会レポート
令和三年歌舞伎座『壽 初春大歌舞伎』取材会 左から市川猿之助、松本幸四郎
東京・歌舞伎座で2021(令和3)年1月2日(土)に、『壽 初春大歌舞伎』が初日を迎える。開幕に先駆けて、第一部『悪太郎(あくたろう)』に出演する市川猿之助と、第三部『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅ てならいかがみ) 車引』に出演する松本幸四郎が取材会に出席した。役への思い、歌舞伎のあり方への考えを語った。
■猿翁十種『悪太郎』
第一部の『悪太郎』は、澤瀉屋の芸である「猿翁十種」のひとつに数えられる舞踊の演目だ。猿之助は、本作を選んだ理由を次のように語った。
「今の世の中、笑いたいじゃないですか。(人が集まれない状況なので)稽古時間をかけずにできる演目の中で、澤瀉屋にしかできない、珍しいものをお目にかけようと選びました」
初演は、1924(大正13)年6月。狂言の『悪太郎』をベースに作られ、猿之助の曾祖父である二世猿之助(初世猿翁)が、市村座で披露した。
「曾祖父の映像をみると、『悪太郎』は、曾祖父にあてて書かれた、曾祖父の魅力で100%できた演目だと分かります。曾祖父がやると立っているだけでおかしいんです。それを真似てやるのは、難しい。振りや技術よりも自分の持つ可笑しさ、僕がやるなら三谷幸喜さんに見いだしてもらった僕の個性で、何も考えずにやるしかありません」
ファンの方々から「劇場に行きたくても会社から外出を止める御触れが出て……など、お手紙もいただいています」と現状について語る猿之助。
■高麗屋三代で『車引』
幸四郎は、第二部『菅原伝授手習鑑 車引』で梅王丸を勤める。松王丸に父の松本白鸚、桜丸に長男の市川染五郎がキャスティングされ、三世代で三つ子役を演じる。
「親子三代、しかも『車引』に出られることは本当に幸せです。染五郎が、どこまでがんばれるか。彼は11月の歌舞伎座、12月の国立劇場、そして1月に歌舞伎座で『車引』と初めて3か月続けて、しかも大きな役で出させていただきます。もっている以上のものを出せるよう、がんばってほしいです」
梅王丸は、歌舞伎の荒事を代表する役のひとつだ。幸四郎にとって「歌舞伎をやっている感が、一番ある役。観る方も、歌舞伎を観たことのない方のイメージでも、歌舞伎ってこうだよねと感じていただける、ど真ん中の役」であり、その魅力は「力強さ」にあるという。
「役や台詞の大きさを、身体ひとつで表現する最たる役です。ずいぶん前に、(二世中村)又五郎のおじさまに、『梅王丸の花道の引っ込みは、くくり猿のように』と教わりました。力を入れれば力強くみえる、というものではありません。力を入れると体は鋭角的になりがちですが、ここは弾丸と言いますか、くくり猿のような丸みが大事だと。そこから歌舞伎のおおらかさ、色合いが出るのでしょうね。今回も、このことを思い出して勤めます」
染五郎の様子を聞かれ「感情をあまりおもてに出さないのですが、稽古も嬉しそうにやっています」と幸四郎。
■どうやったらできるかを考える
歌舞伎座は、未曽有の状況下でも舞台の幕を開けるべく感染症対策に取り組み、昼夜二部制の仕組みや、楽屋内での人の動きから見直しを計り、8月1日の再開から5か月間、1日四部制を採用してきた。1月は、幕間ありの三部制となるが幕間の時間は短く、場内での食事も控えるようアナウンスされるという。
再開から現在までの変化を問われた幸四郎は、「変わっていない」と切り出した。
「たしかに8月にお芝居が再開しました。徐々にイヤホンガイドや筋書などが始まり、桟敷席も1席おきながら、座れるようになりました。でも今は、お芝居を観ていただくのに特化した興行形態です。本当の意味での再開は、まだ先だと考えています」
例として、幕間と大向うについて言及する。
「幕間は、歌舞伎の楽しみのひとつ。昼夜二部制の頃は、各部にあわせて60分の幕間がありました。劇場の中で次の芝居を待ちながら食事をしたり、記念のものを買ったり筋書を読んだり。もしお芝居を観るだけが歌舞伎なら、そこまでの時間はなくなっていたはずです。そして大向うも、まだ再開できていません。歌舞伎ならではのもので、掛け声がかかったところで、客席にも舞台にも一体感が生まれます。声をかける時の飛沫が問題ならば、揚幕の中や舞台袖からできないものか。今の条件の中で、できる方法を考えています」
「はやく全員で再開したい。それが3月に歌舞伎が中止になって以降、ずっと変わらない思いです」と幸四郎。
猿之助もまた、8月から現在まで変化についてコメントした。
「8月は、ある意味で“待ってました”の盛り上がりがありましたが、今、世間は第3波とも言われています。再開直後の雰囲気は続いていません。それでも幸い、僕は11月に『蜘蛛の絲宿直噺』で、早替りで五変化ができました。蜘蛛の絲を撒くこともできました。2日間だけの稽古でできるのか……とも思いましたが、澤瀉屋として最初に(早替りを)やりたかった。感染症対策が厳しい歌舞伎座でそれができたことが、小さな進歩でも自分の中では大きいことでした」
「1月から三部制。吉と出るのか凶と出るか。命にかかわることですし世の中との兼ね合いもある」と猿之助。
■今とこれからの、転換期
新たな年を前にして、2人はこれからの歌舞伎界にどのような思いを抱いているのだろうか。
幸四郎は、「明日には舞台がなくなるかもしれない中で、やっています。世の中が元に戻ることはないとも思っています。以前とは時代が変わったので。それでも、歌舞伎を今なくすわけにはいかないという思いです」と答えた。
猿之助も、「いずれは『感染症警報が出ました。明日から予防体制の興行で』と言われたら、役者も『ハイ!』と焦ることなく、楽屋はソーシャルディスタンス、興行は四部制に切り替わる世の中になると思っています。今はその“転換期”です」と述べた。
(左から)市川猿之助、松本幸四郎
転換期にどうあるべきか、何をすべきか。猿之助は続ける。
「今あるものを転換期の先まで、必死に持っていく。それが僕ら世代の役目だと思っています。新しい世界でその荷物を片付けるのは、下の世代。先人たちの古い荷物もきっちり全部運んであげて、あとは自分たちで、新しい時代にあった荷物を取捨選択しなさいよ、と。その意味での伝承ですね。下の世代がちゃんと選べるように、ここ(自分たち世代)がしっかりしていないといけません。タイタニック号でいうなら、僕らは歌舞伎役者として沈んでいく側」
猿之助の冷静でありながらも真摯な言葉に、幸四郎も、時折頷きながら耳を傾けていた。しかしタイタニック号の例えには「エッ!? ……死にますか?」と小声で反応。猿之助がニヤリとしてみせ、取材会は一同の笑いで結ばれた。
1月の歌舞伎座『壽 初春大歌舞伎』は、2021年1月2日(土)~27日(水)までの公演。客席数は、引き続き50%に抑えつつ、一部のエリアで、2席並びの設定がはじまる。各部とも2幕ずつ、歌舞伎味に溢れる演目が並び、華やかで明るい演目、おおらかな笑いの多い演目が披露される。来場の際は客席で、お正月の華やかさをめいっぱい楽しんでほしい。
(左から)市川猿之助、松本幸四郎
取材・文・撮影=塚田史香
公演情報
■日程:2021年1月2日(土)~27日(水) ※休演日 12日(火)、19日(火)
■会場:歌舞伎座
■演目
<第一部>
一、壽浅草柱建(ことほぎてはながたつどうはしらだて)
曽我五郎時致:尾上松也
曽我十郎祐成:中村隼人
小林朝比奈:坂東巳之助
大磯の虎:中村米吉
化粧坂少将:中村莟玉
喜瀬川亀鶴:中村鶴松
茶道珍斎:中村種之助
小林妹舞鶴:坂東新悟
工藤左衛門祐経:中村歌昇
二、猿翁十種の内 悪太郎(あくたろう)
修行者智蓮坊:中村福之助
太郎冠者:中村鷹之資
伯父安木松之丞:市川猿弥
坂田藤十郎を偲んで
今井豊茂 脚本
一、夕霧名残の正月(ゆうぎりなごりのしょうがつ)
由縁の月
藤屋伊左衛門:中村鴈治郎
扇屋夕霧:中村扇雀
太鼓持鶴七:中村亀鶴
同 亀吾:中村虎之介
同 竹三:中村玉太郎
同 梅八:中村歌之助
扇屋番頭藤兵衛:中村寿治郎
扇屋女房おふさ:上村吉弥
扇屋三郎兵衛:中村又五郎
祇園一力茶屋の場
大星由良之助:中村吉右衛門
遊女おかる:中村雀右衛門
鷺坂伴内:中村吉之丞
斧九太夫:嵐橘三郎
寺岡平右衛門:中村梅玉
一、菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)
車引
松王丸:松本白鸚
梅王丸:松本幸四郎
桜丸:市川染五郎
杉王丸:大谷廣太郎
金棒引藤内:松本錦吾
藤原時平:坂東彌十郎
眠駱駝物語
二、らくだ
手斧目半次:中村芝翫
紙屑買久六:片岡愛之助
駱駝の馬太郎:中村松江
半次妹おやす:市川男寅
糊売婆おぎん:中村梅花
家主女房おいく:坂東彌十郎
家主佐兵衛:市川左團次