演劇集団円『光射ス森』、作・演出の内藤裕子に聞く~「山を守っている人たちを尊いと感じてもらえたら」

2020.12.16
インタビュー
舞台

演劇集団円『光射ス森』(内藤裕子作・演出)の出演者たち


演劇集団円『光射ス森』を、2020年12月19日(土)から12月27日(日)まで東京・両国のシアターXで上演する。米農家を舞台にした『初萩ノ花』、古くから伝わる天然染の工房を描いた『藍ノ色、沁ミル指ニ』につづく劇作家・内藤裕子の最新作『光射ス森』は、林業を営む家族の話である。何世代にもわたり、自然の力を利用して働く仕事に就いている人々を描くことにこだわる理由について、演出も手がける内藤に聞いてみた。

■林業を舞台で取りあげる理由

──『光射ス森』は林業に従事しているふたつの家族の話です。前回の『藍ノ色、沁ミル指ニ』では、藍色の天然染をしている工房の人々について描かれました。今回、林業を舞台にされた理由がありましたら聞かせてください。

 日本の古くからやってる第一次産業みたいなものに、興味と憧れがあります。さらに前の『初萩ノ花』では、米農家を取りあげました。そういった脈々と続いている仕事をテーマにやっていきたいと思っています。

 最近では、土砂災害や流木災害で家を流されたり、被害に遭われたりするニュースを見聞きするたびに、次に書くなら、林業をテーマにしたいと思っていて、取材して、こういうかたちになりました。

──取材にはどのくらいの時間をかけられましたか。

 はじめに図書館にある林業についての本を端から端まで読み、それから、実際に、林業家さんのお話を3軒ぐらい伺いました。江戸時代から静岡で林業を営まれている方と、東京のあきる野市で山主を引き継いだ女性の方ですが、どちらも家族で受け継いでいらっしゃるので、今回の舞台では、ふたつの家族を書くことになりました。勉強したり、取材したりしてる期間で言うと、約4カ月ですかね。

──林業と言えば、三浦しをんさんの『神去なあなあ日常』とか、続篇の『神去なあなあ夜話』といった小説もありますね。

 はい。小説も読みましたし、それを映画化した『WOOD JOB!』には、お芝居では実現できない木を伐り倒すシーンがあって、いいなと思いました。他には、ジョン・アーヴィングの『あの川のほとりで』という林業の町から始まる小説を読んだり。すごくいい作品で、面白かったです。

演劇集団円『光射ス森』、劇作・演出を手がける内藤裕子。


 

■森を管理し、育てる人々

──江戸時代は森を保存する方法が、世界的にも最もすぐれていたそうですね。近代になると、明治政府は森の管理の仕方をわかっていなかったので、立入禁止にして、荒れた状態にしてしまう、現在では、奥山に入る人もいなくなり、炭焼き小屋がなくなり、手入れされなくなってしまった。だから、食べものを探して、熊や猪が街に出てきちゃったりすると聞きました。

 人が住んでると、そこがひとつの壁になって、動物たちは街までは降りてこないんだけど、人が住まなくなることで、森も荒れて、降りてきちゃうことがあるみたいですね。

──奥山をいくつかのブロックに分けて、何十年かに一度、伐採することによって、文字どおり「光射す」状態になり、太陽光が地面まで届いて、地中に蓄積されていた木の実や種が一気に芽吹く。すると、山菜や野草もいっせいに生えてくる。

 本来は、そのようにその土地土地でちゃんと循環するように森の管理が行き届いていたのが、中央政府の意向で、たとえば、いっせいに杉だけを植えることで偏ってしまって……

──経済性と実用性に重点を置かれた木が、中心になっていく。

 近代になったときに、燃料として木炭や炭(すみ)だったり、枕木などに用いるために過剰に伐採されたことも大きいですし、最終的には、第二次世界大戦の資材用としてどんどん伐られて、禿山に近い状態になっていたところに植林したので、いま日本の山の人工林の比率は4割ぐらいなんですが、その結果、杉が多くなりすぎて花粉症を引き起こしたり……

──たとえば、農地は作物を収穫できるように人工的に作り変えた場所なので、人間の文化が捩じ曲げた自然と考えると、森は本来はそうでなかったはずなのに、勝手な都合で杉ばかりが植えられてしまった。

 山を上手に活かしながら生活する時間が千年以上続いて、これまで日本人は自然とうまくやってきた。その一方で、ギリシアとかは、現在では神殿のあるあたりは岩場ばかりなんですけど、かつては深い森だったんです。一気に伐ったせいで、もう二度と木が生えないような岩場ばかりの山になってしまった。

 日本は気候のおかげで、うまく森と共存することができた。これまで守ってきてくれた人がいて、ずっと続けてきたのが、いまは分断されているんですけど、温帯湿潤気候だから、伐っても生えてくるんですよね。

──手入れしないと、古墳がある場所みたいになるようです。古墳はたいていは宮内庁が管理してるから、一般の人は入れない。すると、木々が密集して生い繁る状態になる。

 こんもりとしてますよね。

演劇集団円『光射ス森』(内藤裕子作・演出)稽古場風景。 撮影/森田貢造


 

■世代を超えて継承すること

──農家の人たちは、本当に木のことをよく知っていて、たとえば、栗の木はできるだけ切らない。栗の木には実がなるし、腐りにくいので建材としても適している。

 そういう知恵というか、昔ながら、その土地に住んでいる人たちが、脈々と伝え、守ってきた知恵がね、分断されちゃったという……

──わたしたちは山菜さえ採ることができなくなっています。食べられるかどうかさえ、見分けられない。でも、土地の人たちは、森のなかで、ひょいひょいと山菜を見つけては籠に入れていく。

 それは小さい頃から教えられたかどうかが、とても大事なんだと思います。第一次産業は継ごうとすることが経済的に難しくなっていて、放棄林とか、放棄された山が増えてきているのは、すごい問題だなと思います。

──劇に登場する奥居家と沢村家は3世代家族、そのうえ、どちらの家もおじいちゃんが山の達人。そのようにして、3世代にわたる林業の継承を描いていると思うんですが……

 両方とも林業を続けることに前向きですが、はじめは前向きな家族とそうでない家族を対照的に配置してみようと考えていたんです。でも、林業に従事される方々にシンパシーがありすぎて、悪役が書けない。林業の場合、どうしても10年とか、100年単位で物事を考えるんで。いつもなら、わたしは2、3日の話しか書かないんですけど……

──そのように今回は、10年前と2020年というふたつの時間を往復するように展開します。沢村家はいまから10年前、奥居家は2020年の出来事が描かれる。

 林業について描くには、そういった時間のかけかたがいいという気がして……

──奥居家は林業だけですが、沢村家は娘婿が消防士、娘が看護師をしているので、仕事を兼ねるかたちで続けています。

 兼業農家ですね。

──お孫さんの雄樹くんも、おじいさんを見て、マタギになりたいというくらい、森が好きな子供として描かれていますね。

 取材をさせていただいた静岡の鈴木林業さんでは「息子が山を継ぎたいと言ってくれて、とてもうれしかった」という話をしてくださいました。ただ、やってくれないかとは言いづらいらしくて……

──どれだけ大変な仕事であるかは、ご自分がいちばんよく知ってますからね。

 だから、親御さんからも「絶対おまえがやるんだぞ」とは言われなかったんですが、なんとなく自分がやっていくんだと思っていたらしい。でも、実際にやってみると大変だから、親が「お願いする」とは言えなかったということも、子供が大きくなるにつれて強く思うという話をされて。

 そのように踏みとどまってがんばろうとしてくださっている方が、いっぱいいる。お話を伺ったのも、ひとりでも現状をなんとかしようとか、川下の街の人たちに影響がないように水源地を守ろうという考えでやっておられる方だった。だれかに頼まれたとか、命令されたわけじゃなくて、代々そうやって守ってきたから、やっぱり使命として、自分たちが水源地守るんだという。

 お芝居ですけど、経済的に成立するのが難しいなかで、なんとかやろうとしている人たちがいることが、お客さんに伝わったらいいなと思っています。

演劇集団円『光射ス森』(内藤裕子作・演出)稽古場風景。 撮影/森田貢造


 

■ベテラン俳優の魅力と森のごちそう

──今回も魅力的なおじいさんがふたり出演されます。野村昇史さんと佐々木敏さんについて聞かせてください。

 野村さんは、いてくださるだけで説得力がある。林業を脈々と続けてきているおうちですから、若い人たちよりは野村さんがひと言発するほうが伝わりやすいし、説得力がある。あと、野村さんのかっこよさというんですか……かっこよさは、とても大事だと思うんです。人が長年にわたって続けてきたものを子供に伝えようとしていることの説得力は、ベテランの俳優さんにしか出せないものかなと思って。チャンスがあれば、やれるかぎりは、いつでもごいっしょしたいなと思っています。

──野村さんはおいくつになられたんですか。

 82です。

──ちょうど役の設定と同じですね。

 だから、本当にありがたいなと。コロナで本当に心配なんですけど、みんなでマスクしながら稽古をしています。

 佐々木敏さんも本当に雰囲気がすてきで……。それにお芝居が本当にお好きで、お会いするたびに「また芝居したい」と言ってらっしゃるので、できるだけお声がけしたい先輩です。

──今回の舞台では「こごみの天ぷら」が出てきますが、昔、農家の手伝いをしたときに、お昼にお茶の葉の天ぷらを食べさせていただいたことがあって、すごくおいしかったんです。そういう山のごちそう……採れたての筍、春キャベツ、ゼンマイ、梅酒などが随所に出てきて、季節を感じさせてくれます。

 できたら、本当に5月にやりたかった。

──最初の予定では、5月の上演でしたね。風薫る新緑の季節でした。

 わたしが住んでいるのも、ふつうに田んぼがある地域なので、知り合いが急に筍を持ってきたり、ゼンマイやこごみをもらうんですよ。今年はコロナで緊急事態宣言が出ているあいだ、筍をやたらにもらったんで、芝居のことを思い出して悲しくなったんです。食べもので季節を感じたりするのは、やっぱりすてきで美しいと思っていて……

──自然のなかで生きている感じがしますよね。

 食文化と言いますけど、日本はそういう感覚を大事にして、旬のものを安くおいしく食べるとか、山へ山菜を採りにいくとか……

──地産地消の原点ですよね。

 で、それを親が料理の仕方や灰汁の抜きかたを教えるといったことが本当に好きなんで、そういう場面を会話としてお芝居に出すのも好きなんです。

演劇集団円『光射ス森』、劇作・演出を手がける内藤裕子。 撮影/森田貢造


 

■林業の未来に向かって

──林業をめぐる環境は厳しいですが、山に木が豊かに生えているのは、膨大な水を蓄えることにもつながります。でも、経済的理由から同じ種類の木ばかりを植えるのも、杉の現在の状態を見ると、ちょっと考えものですね。

 山によって、大きく育てられるところもあれば、小さくしか育てられないところもある。経済的に大きく儲けようと思うと、どうしても大規模に伐ることになります。でも、山のことって、哲学じゃないけど、自分のことだけ考えるのではなく、たとえば、水のことだったり、それに付随しているものを考えながらやらないといけないと思っています。結局、一周まわって、それがいちばん経済的だったりするんです。だから、そういうふうに取り組みたい人がいて、それを応援できたら、どれだけいいだろうと思いますね。

──今回の舞台からは奥居家と沢村家を通して、それぞれの森に対する気持ちは伝わってきます。家族同士のやりとりを通して、森に光が射し、風通しもよくなった感じがしました。そのようにして、林業の後継者が育っていくといいなと。

 そうですね。本当にすごい財産だと思いますね。いま、植えっぱなしのまま、惨状をきわめているところ、災害が起きやすいようなところも、せっかく一本一本植えたものなのに。それが人に害しか及ぼしていないのは、きっと植えた人たちも辛いだろう。でも、林業とはそういうもので、植えた人たちはその生長を見守ることができないから、さみしいなと思ったり。

 自分がなにかできるわけじゃないんですけど、お芝居を通して、それが惜しいなと少しでも感じていただいたりとか、思っていただけたらいいなと思いますね。

 それから、わたしは家族がちゃんと思い合うということ……いまでは家族以外の人といっしょにご飯を食べることも難しくなったんですけど、そうなって初めて、そのことの貴重さとかありがたさ、家族のつながりがわかった。だから、それを口に出して言ってみるといいと思ってます。

 去年、祖母が亡くなって、わたしはおばあちゃん子だったんですけど、ちゃんとありがとうと言えなかったと思いまして……

──たぶん、言わなくても伝わってるんじゃないですか。

 きっとそうなんだろうとも思うんですけど、言ったら、きっと喜んでくれただろうなと。

──言わなければ、伝わらないこともあるから、たまには言ってみるのもいいですよね。

 きっとみなさん、遠く離れたご実家の方のことを思って生活されていると思うんですけど、ありがとうと口に出して言ってみるといいかなと。

 それは大きなことで言うと、山を守ってくれてる人たちが、だれにも知らされずにがんばっていること、それが報われないまま途絶えてしまうことが、どれだけ大きな損失になるかということ……そういうことに目を向けて、ありがとうと言ってみる。山を守っている人たちが、みんなのために使命感を持ってやってくれていることを尊いと感じてもらえたら、これからも続けようと思っていただけるんじゃないかな。

 舞台を見て、そういうことを感じていただけたらいいなと思っています。

取材・文/野中広樹

公演情報

演劇集団円『光射ス森』
 

■日程:2020年12月19日(土)~12月27日(日)
■会場:シアターX(東京・両国)

 
■作・演出:内藤裕子
■出演:野村昇史 佐々木敏 岡本瑞恵 世古陽丸 石井英明 馬渡亜樹 吉田久美 清田智彦 戎哲史 木原ゆい 清水一雅子
※高橋理恵子が怪我の為、降板となりました。代わって 馬渡亜樹が代役を務めます。

 
  • イープラス
  • 演劇集団円
  • 演劇集団円『光射ス森』、作・演出の内藤裕子に聞く~「山を守っている人たちを尊いと感じてもらえたら」