新国立劇場バレエ団「ニューイヤー・バレエ」 振付の貝川鐵夫&木下嘉人に聞く~バレエ団ダンサーの作品がオペラパレスで花開く
貝川鐵夫、木下嘉人
新国立劇場バレエ団「ニューイヤー・バレエ」が2021年1月9日(土)~11日(日・祝)、東京・初台の新国立劇場オペラパレスで開催される。新春の定番となりつつあるこの公演、今年は第1部に2003年初演以来18年ぶりの上演となる古典の名作『パキータ』(振付:マリウス・プティパ)を、第3部に2013年以来約8年振りとなるデヴィッド・ビントレー(元・新国立劇場舞踊芸術監督)振付『ペンギン・カフェ』を上演する。また第2部では2020年9月に亡くなった舞踊家・振付家、深川秀夫の作品『ソワレ・ド・バレエ』に加え、貝川鐵夫(かいかわてつお)が振付を務める『カンパネラ』、そして木下嘉人(きのしたよしと)が振付を手掛ける『Contact』と、珠玉の小作品が並び、バラエティ豊かな世界を楽しめる構成となっている。第2部で作品を披露する貝川と木下は共に新国立劇場バレエ団所属のダンサーである。SPICEは、この二人に話を聞いた。(文章中敬称略)
■『カンパネラ』は3度目の上演、『Contact』はコロナ禍による中止からの復活上演
今回上演される貝川の『カンパネラ』と木下の『Contact』はいずれも、バレエ団から振付家を育てるプロジェクト<NBJ Choreographic Group>から生まれた作品だ(前者は2016年、後者は2020年に「Dance to the Future」(以下DTF)で上演)。このプロジェクトは2011年に発動し、第1回目のChoreographic Group での発表が2012年1月に行われている。ビントレー元芸術監督がバレエ団ダンサー内からの振付家育成を目的に始めたもので、その発表の場である公演DTFは人気公演の一つとなっている。
2020年に新国立劇場の舞踊芸術監督に就任した吉田都は2020年のコロナ禍の影響により「ニューイヤーバレエ」のプログラムの見直しを図った際に、この2作を選出。その報せを聞いた貝川、木下はいずれも「うれしかった」とのこと。そんな今回の上演について、改めて二人が説明をしてくれた。
貝川鐵夫 『カンパネラ』の初演では宇賀大将君と僕自身が踊りましたが、2019年にDTFで再演していただいた時は福岡雄大君にも踊ってもらいました。今回はもう一人、誰か新しいダンサーに踊ってもらいたいと思い、速水渉悟君にお願いしました。もう一度自分自身でトライしてみたい気持ちはありましたが、この作品自体を特定のダンサーに定着させるのではなく、いろいろなダンサーが踊ることで作品の新しいエネルギーが生まれ、『カンパネラ』自体も進化する。その可能性を僕は見たいと思いました。
『カンパネラ』 福岡雄大 (撮影:鹿摩隆司)
木下嘉人 『Contact』は本来2020年3月のDTFで発表されるものだったのですが、コロナ禍の影響で公演自体が中止となってしまいました。それがとても辛かったのですが、今回新国立劇場の、しかもオペラパレスで上演していただけると聞いた時は、僕にとって本当に夢のようでした。
キャストについては元々米沢唯さんと僕が一緒に踊る形でつくったものですが、パートナーを変えることで作品に新たな色が加わるのではないかと思い、僕と小野絢子さん、米沢唯さんと渡邊峻郁さんという形に組ませていただきました。
唯さんは今回の「ニューイヤー・バレエ」では『パキータ』や『ペンギン・カフェ』にも出演するということで、ちょっと忙しいのかなとも思いましたので、当初は絢子さんと福岡雄大さんのペアで踊っていただきたかったのですが、雄大さんは『カンパネラ』に出演されるということで、恐縮ですが僕が絢子さんと踊らせていただこうと(笑)。
絢子さんとは2020年の「ニューイヤー・バレエ」でクリストファー・ウィールドン振付『DGV』で組ませていただきましたが、その時はバレエ団のトップ・ダンサーと踊るということで、ただただ緊張して、こわかった(笑)。でも、今回また一緒に踊れることになり、僕にとっては、これも夢のようなありがたい話です。
『Contact』 木下嘉人、米沢唯 (撮影:鹿摩隆司)
■ダンサーVSピアニスト。『カンパネラ』は男達の熱き真剣勝負を期待
貝川の振付作品『カンパネラ』は、フランツ・リストのピアノ曲『ラ・カンパネラ』に振り付けたもので、出演者は男性ダンサー1人のみ。それが今回はオペラパレスで、ピアノの生演奏で上演される。ピアニストは作曲家・編曲家としても意欲的でアグレッシブな活動をしている30歳の新進気鋭音楽家・山中惇史(やまなかあつし)である。対するダンサーの福岡雄大(1月9日・11日出演)は「王(キング)」の風格漲るバレエ団のプリンシパル。また、もうひとりのダンサー速水渉悟(1月10日出演)は2020年10、11月公演『ドン・キホーテ』で主演デビューを果たした若手の旗頭でもある。この3人が作り出す『カンパネラ』に貝川は振付家として何を期待するのだろうか。
福岡雄大、速水渉悟
貝川 『カンパネラ』とはイタリア語で「鐘」の意味で、鳴り響く鐘の如く自身を奮い立たせて追い込んだ、その先に何が見えるかを追求した作品です。今回はとにかくダンサーとピアニストに、シンプルにあのオペラパレスの空間でぶつかり合ってほしい。ダンサーとピアニストの拈華微笑。山中さんにはすでにリハーサルで弾いていただく機会があり、本番がより楽しみになりました。ダンサーも音楽に合わせに行くのではなく、互いに音に対する反応を音速でとらえてもらえたらと思います。そんな空気があの広大なオペラパレスの空間に満ち、張り詰めるのを感じたいです。コロナ禍などで日本が今とても弱っている今、舞う姿を通して何かが滾り元気が湧けばと思います。
山中惇史 (©進藤綾音)
■「ふれあい」を制限された時代。「しかし人はひとりでは生きていけない」
一方、木下振付の『Contact』は、男女2人のデュオによる、ふれあいをテーマとした作品。ある意味ふれあうことを禁じられた2020年、そしてまだ先の見えない今、作品に込めた思いや表現の工夫について聞いた。
木下 音楽はオーラヴル・アルナルズ(アイスランドの作曲家、演奏家)で、弦楽器とピアノが混ざり合った時の美しさに感動して「この曲で作品をつくりたい」と思いました。ヴァイオリンを男性に、ピアノを女性に見立ててデュオを振り付けていくうちに、普段手を繋いで踊るという、僕らにとっては当たり前のように思っていたふれあうことが、実はとてもデリケートで神秘的なことなのではないかと思い、それをテーマとして作品をつくりあげました。
今回はオペラパレスという非常に広い空間での上演になりますが、振付自体はあまり変えたくはないので、照明の力を借りて工夫していきたいです。コロナの影響でふれあいが制限された時代ですが、人は一人では生きていけないと思います。それと同じように、僕たちダンサーも、お客様がいてこそひとつの舞台がうまれる。ふれあうことはできないかもしれないけれど、「ふれる」ということは、話したり連絡を取り合ったりということに置き換えながら続けていくことができるし、そういう意味でもこの『Contact』という作品は、僕自身にとって、非常に大事な作品なんだなというのを、今回改めて感じました。
『Contact』 木下嘉人、米沢唯 (撮影:鹿摩隆司)
■いつか全幕作品を。長期展望で研鑽し、チャレンジをしたい
コロナ禍により海外との交流が制限され、それにより予定されていた作品の上演ができないなど、バレエ界にとって困難な時期が続いている。そうしたなか、日本人振付家による小作品、あるいは全幕作品創作のプライオリティも高まっているという声も聞かれる。2人としては今後全幕作品をつくってみたいという「野望」はあるのだろうか。
木下 全幕作品の振り付けはやってみたいです。これは実現させたい夢でもあります。ただそのためにはもっと精進しなければならないので、自分自身をもっと進化させていろいろな作品をつくっていきたい。例えば古典の「くるみ割り人形」を新たにつくるというのではなく、まったく違った、新しいものから創作をしてみたいですね。例えばチャップリンの映画とか。長期展望としてはぜひチャレンジしたいです。
貝川 そういった野望はありましたが、全幕バレエという一つの空間はあまりにも大きすぎて、一人の力では御し難いものだとも感じています。たとえばチームを組んでつくってみるとか、そんなやり方はあるかな。統括する人がいて、振付、演出、照明などがいるといったような。舞台はいわば一つの違った次元をつくり出すことですから、難しさは感じますが、とはいえ、チャレンジのし甲斐はあると思っています。まずは勉強です。
■日々の延長かオフのときか。振付のきっかけは対照的
2人は共にバレエダンサーでありながら振付家でもある。その切り替えや、創作のインスピレーションはどこから湧いてくるのだろう。ダンサーとして生活しながら、常に振付のことを考えているのだろうか。
貝川 僕自身は(踊ることも振付をすることも)全く一緒ですね。クラスレッスンをやっているなかでアイデアが生まれたりする。同じアンシェヌマンでもちょっと変えるとこういうふうになるかなとか、曲が違えばまた違った印象になるかなとか。ダンスは生活の中から生まれてくるところがあります。とはいえ常に振付のことを考えているわけではありません。頭の中にすごくシリアスなものと軽いものの両極端なものがあって、その間を行き来するような感じです。例えて言うならアイスを食べたりコーヒーを飲んだりしながらメリハリを付けるっていうのかな。そうやって頭がパンクしないようにしています。
木下 僕は踊っている時と振付をしている時とでは全く別ですね。踊る時は踊る、クラスレッスンはクラスレッスン、リハーサルはリハーサル。振付はまったくオフの時に考えます。空いている時間に音楽を聴いていて唐突に「この音楽で振付をやってみたい」という気持ちが来るんです。そこから、貝川さんも言っていたように、このパを崩したらどうなるかなどのアイデアが生まれてきて、それを自分で動いてみて……という感じで振付します。
■「残っていることがすごい」古典作品。リアリティ溢れるビントレー節を楽しんで
今回の「ニューイヤー・バレエ」は数々の古典を振り付けたプティパの『パキータ』や、独創的かつストーリー性も強い現代作品を生み出してきた、元舞踊芸術監督ビントレーによる『ペンギン・カフェ』、さらに日本のバレエ界に大きな足跡を残した深川の作品『ソワレ・ド・バレエ』など、多彩な演目が並ぶ。偉大なる先人について思うこと、そして読者へのメッセージを聞いた。
貝川 (プティパ作品など古典が)残っていることがすごい。作品は上演することでそこに何かしらのエネルギーが蓄積されるわけですが、それが後世まで残り、持続しているという、そのすごさを感じます。
ビントレー元芸術監督の作品は、ビントレー節というのでしょうか、独特のステップがある。彼の作品の世界観は、彼自身が実際にその世界で過ごし、体感してきたかのようなリアリティがあるんです。その「リアリティ」をそのまま舞台に持ってくるから、振付のカウントも単なる数字ではなく呼吸になっている。それが彼のすごさだと思います。
今回の「ニューイヤー・バレエ」はクラシックや現代的な作品など、とにかく様々なバレエそのものを楽しんでいただければと思います。
木下 僕はビントレー元芸術監督と一緒に仕事をしたことはないのですが、振付作品を見ていて「この作品はビントレーさんのものだ」と認識できるところがすごいと思います。。
今回の「ニューイヤー・バレエ」はプティパをはじめ、それぞれの振付家の色が明確に出て、絵のようにはっきりと表現された作品が並んでいます。そんな方々と名を連ねて自分の作品を上演することに、喜び半分と怖さを感じています(笑)。
まだコロナ禍も先が見えませんが、皆さんどうかお身体をお大事になさってください。そしてお互い元気よく、劇場でお会いできることを楽しみにしています。
取材・文=西原朋未