NBAのイラストも手掛ける世界的イラストレーター・田村大が千葉ジェッツとのコラボに込める想いとは「バスケへの恩返しがしたい」
田村大が千葉ジェッツとのコラボに込める想い 撮影=Keisuke Aoyagi
プロバスケットボールBリーグの2020-21シーズン、25試合を終えて21勝4敗で1位を走る千葉ジェッツふなばし(以下、千葉ジェッツ)。11月14日(土)の秋田ノーザンハピネッツ戦から12月26日(土)の大阪エヴェッサ戦まで、なんと11連勝を記録するなど、その強さを見せつけている。そんな千葉ジェッツは今年、会社設立から10年目を迎えた。9月の新体制発表会では「10周年プロジェクト」として、10個のプロジェクトを発表。そのひとつが、NBAのイラストを手掛けるなど、世界的に注目を集めるイラストレーター・田村大とコラボレーションしたシーズンメインビジュアルの展開だ。会場で販売されるイヤーブックなどのグッズはもちろん、アリーナを彩る大きな看板やのぼりだけでなく、駅の巨大ポスターなど、ホームタウンの至るところに田村が描いた選手たちが躍動し、ファンを楽しませる。今回、「僕のいろんな夢のひとつとして、街を僕の絵でジャックしたいなと漠然と思っていたんです。そんな夢の景色が、現実になって広がりました」と語る田村にインタビューし、その想いを聞いた。
田村大
●スポーツ選手をスーパーヒーローのように描きたい●
「バスケットボール選手が持つ「迫力」や「インパクト」をどうすれば出せるか、「躍動感」をどう伝えるか、というのがテーマでした。僕はスポーツ選手を描くときに「まるでスーパーヒーローが必殺技を出しているように描きたい」と、一番エネルギーを発していて、カッコ良くて、そのパワーが伝わる瞬間を頭の中に思い描いています。また、千葉ジェッツの選手たちは、めちゃくちゃカッコ良いので、より魅力を引き立たせられるように、今回は肉体美を強調して描いています」
クールな印象がありながらも、胸の奥から込みあげる熱意を言葉に乗せて語る田村は1983年9月生まれ。人物の特徴を誇張してより独創的に描く似顔絵「カリカチュア」の制作会社で7年間勤め、約3万人の似顔絵を描いた。2016年、アメリカで開かれた『ISCAカリカチュア世界大会』で総合優勝を果たす。
「絵を描くことは子供の頃から好きで、物心ついた頃には勝手にぐるぐると描いていました。小学4年生になってバスケットボールを始めて、そこから大学まで体育会でバスケに夢中になっていました。でもバスケと同じくらい絵を描くのも好きで、仕事として絵で食べていくのは難しいだろうけど、ずっと描き続けていたいなと思っていました」
大学3年生になって、今後の進路について考えた時、「やりたくない仕事をしながら、空いた時間に絵を描く人生は嫌だ」と、改めてデザインの専門知識を学ぶため専門学校に入学。バスケットボールに携わる商品メーカーのデザイン部門に入社し、大好きなバスケットボールと絵の知識を仕事に変えていった。
●「世界一になるために」「NBAのイラストを描くために」目標に向かって逆算・実行する力●
商品デザインからイラストの世界に転向したのは、メーカーが携わったBリーグの優勝グッズTシャツを担当したことがキッカケだった。
「グッズTシャツのモチーフとして「選手たちの似顔絵を描いてみて」と言われた仕事が楽しくて。もっと描きたくなって似顔絵の道に進みました。よくショッピングモールなどにテナントで入っている似顔絵屋さんで働くようになり、そこで「カリカチュア」の世界大会があることを知りました。3回チャレンジして初回は10位、その次は4位。3度目に世界一になることができました」
そんな経緯を振り返りながら、田村はさらりと言う。
「最初から世界チャンピオンになるために、どうすればいいかと、ずっと考えていましたね」
そして田村は、世界一という目標を達成した後もなお「世界一になったのに同じ日常を過ごしていても意味がない、と思って独立しました」と、さらなる高みを目指した。
バスケットボールの経験、デザインの知識と世界一の絵で勝負したい……。新たな目標として浮かんだのは、バスケットボールの世界最高峰・NBAだった。「どうしたらNBAの仕事ができるのか……」と、様々な策を考えながら、田村が信じたのは、自身の「絵の力」だった。
「NBAとの契約を結ぶために……とヒントを探しているなかで、日本では楽天がNBAのスポンサーになっていることを知りました。そこで、楽天の代表取締役会長兼社長である三木谷浩史さんの誕生日に、お祝いの似顔絵を描いてタグ付けをして投稿したら、フォローしてくださって。そこからDMを送って、夢をお話したら、NBAの担当部署につないでくれたんです」
まさに夢のような展開だ。
「今は言葉で簡単に言えますけど「NBAを目指す!」と言いながら小さい絵を描いているときは不安で仕方なかったですし、三木谷さんにフォローしてもらえたとき、DMを送るとき、その瞬間瞬間で、本当にドキドキしながら過ごしていました」
「できないだろう」と普通なら諦めかねない目標に対しても、できることから積み重ねていく。目標からの逆算で見える課題に対し、努力を惜しまない。その田村の姿勢が「好きなことが仕事になる」という今につながっている。
●大きな夢を叶えたその次は……●
富樫勇樹 撮影=Kazuki Takano
NBAプレイヤーのイラストを手掛けるという目標を成し遂げた田村が次に目を向けたのは「原点」だった。
「日本のバスケ界を盛り上げたい、そのために何か貢献できることがあれば、というのが元々の想いでした」
自分を育ててくれたバスケットボールへの恩返しがしたい。そう思っていたとき、田村が連絡したのがBリーグの千葉ジェッツふなばしだった。実は、約2年前、千葉ジェッツふなばしサイドから田村にビジュアル制作のオファーをしていた。
千葉ジェッツのビジュアル制作などを担うクイエイティブ担当・高良和忠は「ジェッツの田口成浩選手が田村さんと知り合いだったようで、食事をしたことをSNSにアップしていたのを見て、「ぜひジェッツの選手たちの絵を描いてほしい」とお願いしました。でもその時は「NBAの仕事がしたいので」とタイミングが合わなかったんですが、その翌シーズンのテーマを決めようとしていた時に、田村さんの方から逆に「描かせてくれませんか」とお話をいただいて」と振り返る。高良にとっては、願ってもない逆オファーだった。
「最初にお話をいただいたときは、NBAの仕事を目指していたタイミングでもありましたし、やるからには自分の中でも「日本のバスケを盛り上げる」という自信を持ちたかったんです。同じ絵でも「NBAの仕事をした人間の絵である」という方が説得力があるじゃないですか(笑)」
そして、経験を経て互いのタイミングが合致したのが、千葉ジェッツの10周年というタイミングだった。「意図的に狙ったわけではない」と田村は言うが、そんなタイミングも引き寄せてしまう力があるのかもしれない。
制作のため、合宿所に行き、撮影された膨大な写真を見ながら、ペンを走らせた。
「すべてのファンが喜び、選手が喜ぶ絵じゃないといけないと思っているので、僕にとっての真剣勝負です。楽しんで描く、というよりは「戦いを楽しむ」という感覚でした。バスケの選手は筋肉にキレがある方が多く、肩や足の筋肉がかっこいいし、いろんなポーズをする時に出るユニフォームのシワ感も躍動感を出すポイントですね」
リーグ開幕を迎えた会場には、いたるところに田村の絵が飾られていた。オープニング映像や選手紹介映像では、千葉ジェッツのクリエイティブエージェンシーである映像制作会社Peleとのコラボによって、田村が描いたフォントやパーツに動きが加えられた。
「絵が動くというのはすごいことだな、と思って感動を覚えましたね」
そして試合後、田村は富樫勇樹選手に直接イラストを手渡したという。
「ご本人に絵をお渡しするときは毎回緊張します。反応がダイレクトなので(笑)富樫選手には、喜んでいただけたかなと、ひと安心しました。富樫選手も実は絵を描くのが好きで、デッサン教室にも通っていらっしゃるようで、「顔の描き方が知りたい」というリクエストに応えて描き方をYouTubeにアップしました」と、富樫選手とのエピソードを明かしてくれた。
●千葉ジェッツは「チャンピオンに限りなく近い挑戦者」●
千葉ジェッツのイメージについて「王者に限りなく近い、じゃないですか。チャレンジャーの姿を持っていながら、すごく強い風格もあるし、それが共存しているチーム。挑戦している姿にワクワクします」と語る。それを聞いた高良も「ジェッツはリーグ優勝することしか考えていないですし、その想いが伝わっていると嬉しいですね」と表情を緩ませた。
田村が今年、コラボした福岡ソフトバンクホークスは、日本シリーズを制してチャンピオンになった。エールを込めて田村は言う。
「ペンの力で大きなエネルギーを送りたい、と思っています。願掛け、と言いますか(笑)。だから今シーズンのジェッツも必ず勝つと信じています」
千葉ジェッツの2021年、悲願のリーグ制覇という大きな目標が待っている。