波乃久里子と河合雪之丞の『鶴兎会』オンライン配信へ~新派の名台詞から十七世中村勘三郎の小唄まで
(左から)波乃久里子、河合雪之丞
劇団新派の波乃久里子、河合雪之丞による『鶴兎会』が、2021年4月16日(金)に第一回公演を開催した。完売の中で開催された本公演が、5月1日(土)より「Streaming+」でオンライン配信される。『鶴兎会』の“鶴”は中村屋の替紋に、“兎”は河合一門の屋号「白兎屋」に由来してつけられた名前。第一回公演に先駆けて、顔をそろえた久里子、雪之丞を取材した。当日の模様とともにレポートする。
■『鶴兎会』で新派の魅力を
ーー第一回『鶴兎会』は、『新派の魅力』、小唄、端唄で披露する『舞踊』、そして三十三回忌によせた『十七世中村勘三郎の話』の3本立てです。『舞踊』では、十七世中村勘三郎の小唄の音源を使用されるそうですね。
久里子:4月16日は父・十七世勘三郎の祥月命日です。スタッフの方々より、私と雪之丞さんでこんなことをやってみては? と提案いただき、すべてお膳立ていただいて。本当にありがたいことです。私たち新派が存続していること、このような状況でも続けていく意気込みをお伝えしたいです。そして、そのひと時を皆さまに楽しんでいただければ本当に嬉しく思います。私たちも皆さまから元気をいただく場になると思います。
波乃久里子。初代水谷八重子に憧れ新派に入団。昨年、舞台生活70周年を迎えた。父は歌舞伎役者の十七世中村勘三郎、弟は十八世中村勘三郎。
ーートークのテーマに『新派の魅力』を選ばれた理由をお聞かせください。
雪之丞:歌舞伎の場合、ご覧になったことがない方でも、歌舞伎がどんなものか何となく想像いただけると思います。でも新派がどんなものか、なにが魅力か、お客様に直接お伝えする機会は、今まで意外とありませんでした。今回は久里子さんと新派についてお話をしながら、古典の名台詞をいくつかご紹介したいと思っています。新派の台詞には、日本人がしゃべっていた美しい日本語が残っているんですよ。文字で読むだけでは伝わらない、生の言葉です。
久里子:文字ではなく、身体から出た言葉でないとダメですよね。新派の台詞って、お芝居としての虚構でありながら、リアルもないといけない。虚も実も。役者にとってそこが難しいんです。
河合雪之丞。三代目市川猿之助(現・猿翁)門下、市川春猿の名で歌舞伎の女方として活躍。2017年、歌舞伎界から新派へ。
ーー「虚も実も」とは?
雪之丞:現代劇で「リアルな芝居をやるんだ」と言っていても、四方が壁に囲まれているはずの家の中が客席側から見えてる時点でリアルではないんですよね。芝居である以上、虚はあるんです。
久里子:その中でどうリアルに見せるかというと、たとえば初代の水谷八重子先生や大矢市次郎先生は客席に背中を向ける演技が多かったですね。踊りの場面の芝居ならば、客席のお客様に背中を向けて、芝居の中の客に向けて躍る。
雪之丞:背中を見せるという意味では、『滝の白糸』の法廷の場面もそうですね。クライマックスで主人公の白糸が、ずっと後ろ向きでしょう?
打ち合わせ中の久里子さんと雪之丞さん。『十七世中村勘三郎の話』で使用する写真を選別中!
久里子:背中の芝居ができるようになったら一人前だと言いますね。
雪之丞:難しいですよね。でも新派には、そういうお洒落さがあるんです。踊るような派手な動きはできない。けれども華やかに見せないといけない。
久里子:抒情的リアリズムですよ。
■リアルに、同時に、きれいに
ーー抒情的であり、リアリズムもなくてはいけないのですね。明治にはじまり、130年以上の歴史をもつ新派ですが、歌舞伎のような「型」はあるのでしょうか。
久里子:型はありません。基本的には何やったって自由なんです。でも形はあります。『婦系図』で「急に雪でも降らなきゃいいね」という時に、八重子先生から「上を向かなきゃ、それでいいのよ。降らなきゃいいねと空を見上げるのは雨の時。雪の時だけはリアルに下を向きなさい」と教えていただきました。雪の時だけは、地面で分かるものなんですって。「型と言えばそれくらいね」と仰られていましたよ。
新派の古典の名台詞をお囃子とともに。ステージが、一瞬で芝居の空気に変わります。
ーーでは「形」とは?
久里子:たとえば命乞いの芝居をする時に、着物の裾を直してはいけませんね。裾を気にしながらすがりつく人なんていますか? けれども同時に、ビジュアル的にきれいな形でなくてはいけないんです。歌舞伎で女方さんが命乞いをする時は、ちゃんと裾を直されます。歌舞伎の中では、それが不自然にはなりません。でも新派で女優がそれをやると、うるさくなってしまうし、リアルではなくなります。新派では、命乞いをしながらも、裾から何からパッときれいな形で決まっていないといけない。そこは訓練、修業です。
動きも加えて名台詞を。1シーンのお芝居にもかからわず、一幕観たように心を動かされました。
雪之丞:(深く頷き、ハッとして)三越劇場で『日本橋』のお孝役をやらせていただいた時、舞台の床がぜんぶパンチ(カーペット)だったんです。裾がついてこない! どうしよう! って(笑)。
久里子:それは大変!(笑)。
第二部は舞踊から。(左から)久藤和子、波乃久里子、川上彌生。
雪之丞:歌舞伎では見かけない、リアルだなと思ったお芝居といえば花柳章太郎先生の『遊女夕霧』。夕霧役で片裾だけちょっと持ち上げてらしたんです。歌舞伎の遊女役ではやりません。「新派ってこんなことをやるんだ! リアルだな!」と思いました。花柳先生は、明治時代のお女郎さんがそうしていたのを、実際にご覧になっていたのでしょうね。
久里子:明治のお女郎さんを知る人はもうほとんどいらっしゃらない。その意味では、新派も歌舞伎に近いものになってきているのでしょうね。昔は長屋の女将さんが、「風もないのに騒々しい。咲いた桜が怯えらあね」なんて『日本橋』お孝の台詞を日常で使ったりしていたんです。後半を「空の財布が怯えらあね」と変えて言うようなこともあったみたいで(笑)。
左から、河合穗積、河合雪之丞、河合誠三郎。
雪之丞:私は『婦系図』の湯島天神の境内の別れの場面を、子どもの頃にドリフターズで知りましたよ(笑)。
久里子:芝居がそれだけ身近なものだったんですよね!
■お客様を馬鹿にしちゃいけない!
雪之丞:今の時代、新派が厳しいジャンルであることは分かるんです。新派には、文学的で、手放しには見られないところも多少ありますから。でもやっぱり娯楽ですからね。楽しもうという気持ちでご覧いただきたいですね。
久里子:勉強しますっていうものじゃないですよね。『大つごもり』というお芝居に「輪寳鼻緒(りんぼうばなお)」という言葉が出てくるんです。分かりますか?
雪之丞:ビンボー・ダナオ? 俳優の?(※フィリピン出身の俳優。淡路恵子さんの元夫)
久里子:「輪寳」に、わらじの「鼻緒」!
雪之丞:ああ!(笑)
久里子:そんな言葉は文字で見ないと分からないでしょう? だから10代の頃、私は生意気にも「それなら普通に、竹の皮で編んだ鼻緒と言っちゃえば?」なんて言ったんです。すると久保田万太郎先生が「馬鹿言っちゃいけません! そこまでお客様を馬鹿にしちゃいけない!」って。伝わらないからやさしくしようという発想は、お客様を馬鹿にすることなんですね。本当に分からなければ、後でいくらでも調べられます。
「父は新しい人でした。ただ偏屈!」と語られた十七世勘三郎はエピソードは笑いの連続でした。
雪之丞:新派のお芝居では、今では使われなくなった言葉も、今もある言葉も上手くつながっているんです。新派って、古き良き日本と現代の日本がつながる場所なんじゃないかなと思うんです。
久里子:そうですね。若い方の中には、日本の古いものを「レトロ」と楽しまれる方がたくさんいらっしゃいますね。とても良い風潮だと思っています。新派に出てくる言葉をレトロ感覚で使っていただけたら、とてもお洒落だと思いますよ。
■芝居好き必聴のトークと、他では見られない舞踊をご自宅で
4月16日(金)の公演は、客席数を50%に抑え、感染症対策を徹底した中で開催された。ふたりが新派の名優たちにまつわるエピソードや新派作品への思いを語り始めると、あまりに話が弾み、誠三郎が一度は止めに入るほどの盛り上がり。その後、勘三郎の小唄にあわせた舞踊が披露され、しっとりとした情緒あふれる時間となった。
十七世勘三郎の舞台を見たことがある方!の呼びかけにたくさんの手があがりました。
後半は、雪之丞がはじめて歌舞伎座で観劇した時のこと、久里子が『婦系図』の理想の配役から弟・十八世勘三郎とケンカになった話、そして十七世勘三郎にまつわる尽きないエピソードが、ユーモアたっぷりに語られる。
最後は久里子が「父の命日にこのような会をさせていただき、それを皆様にみていただけて本当にうれしく思います」と感謝を述べた。そして雪之丞が「コロナが収まり舞台を再開できますまで、私たちも一生懸命に精進してまいります」と呼びかけた。
「Streaming+」での配信は、5月1日(土)から5月7日(金)まで。収録時間は約100分の予定だ。
十七世中村勘三郎の小唄とともに。
取材・文・撮影=塚田史香
配信情報
■出演:波乃久里子、河合雪之丞
■賛助出演:
河合誠三郎、河合穗積、川上彌生、久藤和子
邦楽:堅田喜三代、堅田紗都子、中村鞆音
振付:尾上墨雪
振付補:尾上紫