2年振りとなる佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ『メリー・ウィドウ』は、いよいよ7月16日に開幕~佐渡裕・出演者らに聞く
待望の『メリー・ウィドウ』、いよいよ開幕です!(7月13日の公開リハーサルより) 撮影:飯島隆 写真提供:兵庫県立芸術文化センター
昨年(2020年)、開館15周年を迎えた兵庫県立芸術文化センターの夏の風物詩「佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2021」が、2021年7月16日よりスタートする。昨年、上演を予定していた『ラ・ボエーム』は、コロナの影響で2020年に延期が決定。2年ぶりとなる上演作品は、レハールの喜歌劇『メリー・ウィドウ』。ホール開館3年目に上演して大変盛り上がった人気のオペレッタを、改訂新制作としてコロナ禍の今年、再び日本語で上演する。
観客の来場を待つ、兵庫県立芸術文化センター (C)H.isojima
ここでは、芸術監督の佐渡裕に、今一度取り上げる『メリー・ウィドウ』の魅力を聞き、その後、ダブルキャストの初日組から、話の中心となる二組のカップルを紹介しよう。
記事の中で紹介している『メリー・ウィドウ』の舞台写真は、7月13日に行われた初日組の公開リハーサルのものを提供いただいたので、ぜひご覧頂きたい。
まずは、オーケストラ合わせの合間に時間を作っていただいた音楽監督佐渡裕に、あんなコトやこんなコトを聞いてみた。
―― コロナ禍の今だから、元気の出る『メリー・ウィドウ』を選ばれたのでしょうか。
佐渡:それはたまたまです。演目は2年前には決まっていて、キャスティングもほとんど済ませています。決してコロナを考えて選んだ訳ではありません。ただ、感染予防を気にしながらではありますが、ようやくお客様も制限なく入れられるようになり、こんな時こそ底抜けに楽しい舞台をお届けしたい!と考えた時に『メリー・ウィドウ』はぴったりの作品でしたね。
兵庫県立芸術文化センター芸術監督 佐渡裕 (C)H.isojima
―― 2005年のホールオープン以降、ずっとやって来られたプロデュースオペラですが、今では日本を代表するプロダクションとなりました。
佐渡:この15年で『カルメン』や『蝶々夫人』、『フィガロの結婚』といった人気作品を中心に、バーンスタインの『キャンディード』や『オン・ザ・タウン』、ブリテンの『夏の夜の夢』といった比較的珍しい作品も上演。世界で活躍する歌手や演出家も起用し、スカラ座やメトロポリタン歌劇場で行われている舞台の水準に近づけたいとやって来ました。そんな中、この15年を振り返ってみて、芸文センターでしか出来ない作品が2008年に上演した『メリー・ウィドウ』です。兵庫県には、人気の宝塚歌劇場もありますし、関西と言えば、お笑いの文化。そういうモノも取り入れたびっくり箱のような『メリー・ウィドウ』は、お客様の反響も大きく、私自身とても誇らしく思えるものでした。
兵庫県立芸術文化センター芸術監督 佐渡裕 撮影:飯島隆 写真提供:兵庫県立芸術文化センター
―― 熱狂的なカーテンコールは、それ自体がショーのようでした。
佐渡:本編が終わってからも、カーテンコールが20分くらい続きます。”グランドフィナーレ”と呼んでいますが、出演者の挨拶だけでなく、音楽のメドレー、バレエのシーン、銀橋を使った演出などもあり、お客様はブラヴォーとは叫べませんが、手拍子で盛り上がり、心の底から楽しいひと時を過ごして頂きたいですね。
『メリー・ウィドウ』(7月13日の公開リハーサルより) 撮影:飯島隆 写真提供:兵庫県立芸術文化センター
―― 本当にコロナを忘れるような夢の時間ですが、準備する方は大変でしょうね。
佐渡:定期的に検査をやっています。医師立会いの下、舞台、オーケストラピット、楽屋の空気の流れを検証するなど、色んなことを試しながら進めています。
―― 今回の『メリー・ウィドウ』の見どころをお願します。二つのチームに分かれていますが、それぞれの特徴を教えてください。
佐渡:この作品には、フレンチカンカンやマキシムのシーンなど、盛り上がるシーンも沢山出てきますが、ハンナとダニロ、ヴァランシエンヌとカミーユという二組のカップルによる男女の駆け引きや、嫉妬、色と欲の世界などがベースにあるからこそ、楽しいだけのオペレッタでは無く、心に迫り来る作品として人気があるのだと思います。
初日組に関して言うと、高野百合絵さんと黒田祐貴さんという新しいハンナとダニロの登場ですね。ハンナに関しては、前回は佐藤しのぶさんという、絶対的な存在がありました。彼女とは長い付き合いですが、登場シーンの華やかさは、本当に凄かった。登場するだけで物凄い拍手が起こりました。
高野さんは、背も高く、スタイル抜群。声も素晴らしい。まだ経験は浅いですが、本番に向けて更なる成長を期待しています。
高野百合絵(ハンナ・グラヴァリ) (C)Takafumi Ueno
ダニロを演じる黒田祐貴さんは、2008年にダニロ役を務めた黒田博さんのご子息です。実はお父さんとは、小学校からの友達です。親子2代続けてのダニロ。不思議なご縁を感じます。前回から13年経過しているので、そんな事もあるのでしょうね。黒田祐貴さんはこの作品が大舞台でのオペラデビューです。
黒田祐貴(ダニロ・ダニロヴィッチ伯爵)
もう一組のカップル、ヴァランシエンヌ役の高橋維さんは、注文すればすぐに出来る柔軟な対応力が素晴らしいです。
高橋維(ヴァランシエンヌ)
佐渡:カミーユ役の小堀勇介さんは、正確に歌え、勘が良い。演技に対しても、音楽の作り方に対しても、すごく前向き。素敵な声を持っているし、重宝されるテノールですね。高橋さんとはお似合いのコンビだと思いますよ。
小堀勇介(カミーユ・ド・ロシヨン)
―― 二日目組はいかがですか。
佐渡:二日目組は、兵庫芸文のオペラをよく知ってくれていて、芸達者な人が多い。芸文のオペラは期間も長く、公演数も多いので、初日から千穐楽に向けて、どんどん盛り上がっていき、最後は総立ちになってといった感じで、独特です。お客様は、演奏、舞台に対してだけでなく、出演者に対して全日程をやり遂げておめでとう!と祝福してくれます。それは芸文センターのプロデュースオペラならではで、地域と一体となった独自のオペラ文化が育って来たのだと思います。そういった事情を知っている、並河寿美さん、大山大輔さん、晴雅彦さんといった、プロデュースオペラ常連組が存在するのが、この組の強みですね。
―― 最後に「SPICE」をご覧の皆さまにメッセージをお願いします。
佐渡:将来のスター候補、高野百合絵さん、黒田祐貴さんの大型コンビ、プロデュースオペラデビューが話題の中心となる初日組に対し、並河寿美さんや大山大輔さんといったプロデュースオペラ常連カップルによる、安定した人気と実力に裏打ちされた二日目組。出演者が異なりアプローチが変わっても、『メリー・ウィドウ』の魅力は一層光り輝きます。コロナ禍の今だからこそ、お客様に笑いと感動をお届け出来る、最高に楽しい作品をご用意しました。この夏、以前にも増してパワーアップした『メリー・ウィドウ』にお越しください。兵庫県立芸術文化センターでお待ちしております。
皆さまのお越しをお待ちしています! (C)H.isojima
―― 佐渡監督、ありがとうございました。
◇
兵庫県立芸術文化センターのプロデュースオペラは、上演期間が長く公演数が多いため、時間の経過と共に、歌手だけでなく観客も盛り上がって行き、初日と千穐楽では随分違ったものに仕上がって行くのが特徴でもある。
そして主要な役はダブルキャストで二つのチームに分かれており、同じ作品を同じ演出家が手掛けているにも関わらず、全く違った雰囲気に仕上がっているのも大変興味深い。今回、ハナシの中心となる二組のカップルを、4名全員がプロデュースオペラ初出演というフレッシュな歌手で固めた初日組。芸術監督佐渡裕も語っていたが、彼らの魅力を読者の皆さまにもお伝えしたいと思い、高野百合絵(ハンナ役)・黒田祐貴(ダニロ役)と、高橋維(ヴァランシエンヌ役)・小堀勇介(カミーユ役)という二組のカップル、計4名に集まって貰った。ぜひ、彼らのハナシに耳を傾けて頂きたい。
―― 稽古終了後、二組のカップルの皆さんにお集まり頂きました。皆さま、よろしくお願いします。
一同:よろしくお願いします。
小堀勇介、高橋維、高野百合絵、黒田祐貴(左より) (C)H.isojima
―― 高野さんは大学院2年の2018年、日生劇場の『コジ・ファン・トゥッテ』がオペラデビューですね。佐渡プロデュースオペラ出演に際しての抱負をお願いします。
高野百合絵:佐渡マエストロのプロデュースオペラは、2008年の資料映像を見て、心が震えました。全てのエンターテインメントの要素が詰まった作品ですし、ハンナ役の佐藤しのぶさんがステージに登場するたびに起こる万雷の拍手に驚嘆しました。私がそのハンナ役に決まった時は、夢のような話だと思いましたが、現在、連日の稽古で錚々たる皆さまに囲まれ、最初は歌いながら震えていました。今は、自分がやれる事を出し切って、皆さまから色んなことを吸収しようと思っています。
NISSAY OPERA 2018「コジ・ファン・トゥッテ」ドラベッラ役 撮影:三枝近志 写真提供:公益財団法人ニッセイ文化振興財団[日生劇場]
―― 黒田さんは、昨年の日生劇場『セヴィリアの理髪師』のフィガロ役でのオペラデビューが決まっていました。残念ながら延期になったことで、今回の『メリー・ウィドウ』が大舞台でのオペラデビューとなります。
黒田祐貴:今回のプロデュースオペラへの出演は、佐渡さんに声を聴いて頂いて決まりました。佐渡さんの指揮で『メリー・ウィドウ』、しかもダニロ役。最初はピンと来なかったのですが、もしやと思い父に確認して、前回のダニロを父が演じていたことが判りました。今回がオペラデビューとなります。
東京藝術大学 オペラ定期公演『フィガロの結婚』(2017) 伯爵役 写真提供:東京藝術大学
―― 高橋さんは、2016年に五島記念文化賞オペラ新人賞受賞を機に、ウィーンで研鑽を積まれています。国内でも数々のオペラに出演し、『魔笛』夜の女王や『ルチア』を当たり役とされています。佐渡プロデュースオペラにはどんな印象をお持ちですか。
高橋維:芸文センターのプロデュースオペラは、とにかく豪華絢爛!『メリー・ウィドウ』も、エンターテインメントの要素を詰め込み、クラシックの枠を超えた作品です。稽古中も毎日爆笑の嵐で、楽しませて頂いています。とにかく舞台装置も衣装もすべてがキラキラの贅沢な舞台、なかなか無いと思います。お客様の反応が楽しみです。
NISSAY OPERA 2020特別編「ルチア あるいはある花嫁の悲劇」タイトルロール 撮影:三枝近志 写真提供:公益財団法人ニッセイ文化振興財団[日生劇場]
―― 小堀さんは、2019年に日本音楽コンクール声楽部門で第1位を受賞。新国立劇場オペラ研修所で出会ったイタリア人の先生の影響で、ロッシーニ中心のレパートリーに一新。2016年にヨーロッパ、2015年に日本でオペラデビューを果たされています。
小堀勇介:これまで、レッジェーロ系のものを中心にやって来ました。今回のカミーユは、リリック寄りの役柄ですが、音楽の作り方ひとつで全部印象が変わる事を、稽古中に勉強しました。佐渡プロデュースオペラは、今回が初めてです。まさか自分に声が掛かるとは思っていなかったので、喜びと驚きでいっぱいです。
藤原歌劇団公演『ランスへの旅』(2019年)リーベンスコフ伯爵 写真提供:公益財団法人日本オペラ振興会
―― 登場人物についてお聞きします。ハンナとダニロは、お互いの事をどう思っているのでしょうか。
黒田:昔、ハンナに思いを寄せていたけれど、家族の反対などもあって、結婚しようと言えなかった。結果、自分の手から離れ、人の奥さんになりましたが、ダニロはずっとハンナの事を思っていたんだと思います。しかし実際に目の前に現れると、やはり素直に自分の思いを言えない。そういう不器用なところを上手く表現したいと思います。
『メリー・ウィドウ』(7月13日の公開リハーサルより) 撮影:飯島隆 写真提供:兵庫県立芸術文化センター
高野:後にも先にも、ダニロ以上に好きになれる人はいないと思います。たぶんハンナは、恵まれた環境に生まれた女性ではなく、かつて恋仲だった(身分の違う)ダニロと別れた理由も、お金目当てかどうかまでは分かりませんが、仕方なく結婚せざるを得なかったのではないでしょうか。富豪と結婚後もダニロの事を思っていて、彼を傷つけたと苦しんでいたのだと思います。再会を果たしてからは、一層ダニロを愛おしく思っていますが、彼は相変わらず「愛している」とは言ってくれない。腹を立てながらも、彼女もツンデレです。すれ違う二人の感情がやがてひとつに。上手くお見せ出来ると良いのですが。
黒田:ダニロとしては、お金の事があるので余計に「愛している、結婚してくれ!」とは言えなかったんだと思います。お金目当てのパリジャンたちと自分は違う。彼らと一緒にされたくはない。「国のためにハンナと結婚しろ!」と言われても、それは切り離して考えようとしているのでしょうね。
『メリー・ウィドウ』(7月13日の公開リハーサルより) 撮影:飯島隆 写真提供:兵庫県立芸術文化センター
―― そのあたりの葛藤、お客様にはどう見せますか。
黒田:ハンナと話している時と、その他の人と話している時では、違いを見せたいと思っています。
高野:佐渡マエストロからも、ダニロとハンナは心理戦だと言われています。ダニロの気持ちも考えながら役作りをしていますが、ダニロと再会した瞬間、二人の関係や心の葛藤が垣間見えるように演じたいと思っています。
―― ヴァランシエンヌとカミーユ、こちらはとんでもない関係ですね。
高橋維:二人の関係は、皆さまのご想像にお任せするのがいいのでしょうが、決定的なのは二人で東屋に入っていた事。そこで何していたのかは判りませんが(笑)。ヴァランシエンヌは、言っている事とやっている事が違い過ぎて、役作りに苦労しています。追いかけて欲しいのに、良い所でダメよ!って言うんですよ。女心って難しいですね(笑)。
レハールの時代のオペレッタは、ヨハン・シュトラウスの時代のオペレッタと較べて、ただ楽しいだけではなくて、切なく、哀愁が漂っています。私たちの二重唱も、本当にロマンチックで、これってオペレッタなの?というくらい。音楽も成熟し、ストーリー的にも心理描写が多く、複雑です。
『メリー・ウィドウ』(7月13日の公開リハーサルより) 撮影:飯島隆 写真提供:兵庫県立芸術文化センター
小堀勇介:カミーユは、年上の女性が好きなのでしょうね。地位は関係なく、自分より成熟した女性を自分のモノにしたい。おそらくカミーユはヴァランシエンヌ以外にも言い寄っている女性がたくさんいると思います。ハンナとダニロの関係は、純愛の象徴だと思うんです。それに対して、ヴァランシエンヌとカミーユは、パリの社交界の浮薄な恋愛感情、後腐れのない一夜限りの関係といったものの象徴。純愛を際立たせる為にも、とことんナンパ野郎を演じたいと思っています(笑)。
―― このオペレッタは全編、名曲づくしですが、高野さんの見せ場は "ヴィリアの歌" ですね。
高野:絵本を読み聞かせるように歌う事を、歌稽古でアドヴァイスいただきました。”ヴィリアの歌” を歌っている時は、お客様だけでなく、舞台上のキャストも全員がこちらを見ています。大変ですが、最高の場面です。プレッシャーはありますが、楽しんで歌えるように勉強中です。
『メリー・ウィドウ』(7月13日の公開リハーサルより) 撮影:飯島隆 写真提供:兵庫県立芸術文化センター
―― 黒田さんのお父様が前回の『メリー・ウィドウ』のダニロ。その事は意識されますか。
黒田:もちろん意識しないと言えば嘘になりますが、今の自分だからこそ表現出来るものもあると思っていますし、意識し過ぎないようにしています。ダブルキャストの大山大輔さんは、芸達者で、色々なオペラで大活躍されています。稽古でも学ぶところが多いのですが、僕のダニロも違った魅力があると思うので(笑)、自信をもって歌いたいと思います。
小堀:我々はこの劇場のデビューとあって、全員気合十分です。若さ溢れるアンサンブルを聴いていただきたいですね。高野さんと黒田君は、「次代のスター」というふれ込み通りの二人だと思いますよ。
―― 皆さんそれぞれが大いに期待を寄せられている歌手であるわけですが、皆さんは、今後どのような歌手になりたいですか。
高野:大きな目標ですが将来的には、職業を聞かれた時に、「オペラ歌手です」では無く、「高野百合絵です」と言えるようになりたいと思っています。今のうちに、色んなことを経験して、吸収して、成長したいです。私のプロデュースオペラデビューをぜひ見届けてください。
黒田:高野さんの目標に似ているんですが、私は自分が声楽家というより、芸術家と言えるようになりたいと思っています。目標にする歌手は、ヘルマン・プライやトーマス・ハンプソン、そして父 黒田博などですが、彼らから良い部分を吸収して、素晴らしい芸術家になりたいです。
高橋:小さい頃から舞台に立つことが好きでした。そして現実じゃないものが好きでした。私の舞台を見た人が、明るく、楽しい気分になってもらいたい。そういう意味で、現実では無いものに成り切れるオペラ歌手は、自分にぴったりの仕事だと思います。お客様と、歌を介して繋がっていける歌手になりたいですね。
小堀:今後の目標としては、日本のオペラ界において、ロッシーニをスタンダードにしたいと思っています。かつてロッシーニの音楽はヨーロッパ中を席巻していました。日本では演奏される機会が少なく、あまり知られていないのが残念です。そんなロッシーニ推しの私が出演する『メリー・ウィドウ』は、珍しいだけに必見です。ぜひ劇場にお越しください。お待ちしています。
『メリー・ウィドウ』にお越しください。お待ちしています! (C)H.isojima
―― 皆さま、稽古の後にお話していただき、有難うございました。本番まで、残りわずかですが、素晴らしい舞台となりますように祈っております。
取材・文=磯島浩彰