新国立劇場オペラが開幕 ロッシーニ《チェネレントラ》が映画界のシンデレラ・ストーリーに大変身

レポート
クラシック
舞台
2021.10.3
新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

画像を全て表示(19件)


新国立劇場オペラの新シーズンは毎年10月に開幕となる。今年(2021年)は外国で既に上演されたプロダクションではなく、新国立劇場で一から作られた舞台が開幕公演を飾ることとなった。選ばれた演目は、ロッシーニ作曲《チェネレントラ》。イタリア版のシンデレラ・ストーリーだ。ここでは10月1日(金)の初日を控えて行われた最終舞台稽古(ゲネプロ)の様子をお伝えする。

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

《チェネレントラ》の新演出を手がけるのはイタリア・オペラに精通している日本のトップ演出家、粟國淳。粟國はイタリア映画が燦然と輝いていた1950-60年代のローマのチネチッタをイメージした映画撮影所を物語の舞台に選んだ。ドン・ラミーロは、映画会社のプロデューサーであった父の遺言にもとづき、会社を継ぐために結婚相手を探している若者で、それと新作映画「シンデレラ」のヒロインを探している映画監督アリドーロの思惑が一致して、シンデレラ・ガールを探す旅が始まるのだ。

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

本来の《チェネレントラ》のお話を、映画スタジオという枠組みの中に入れた演出なので、舞台にはカメラマン、音声係、衣裳係などの人々が常に存在している。映画のセットでもあるロココ調の背景や衣裳、それに加えてハリウッド的にも思える格好の役者たちが往来し楽しい雰囲気をかもしだす。オペラの序曲が演奏されている時から、映画のヒロインを探すストーリーはすでに始まっているのだ。

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

粟國との仕事が多いアレッサンドロ・チャンマルーギの美術・衣裳は色鮮やかでとても魅力的だ。エキストラの役者たちの演技も決まっている。ショウ・ガールたちは美しい脚線美を惜しみなく見せてくれる。

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

(この演出では)映画監督役のアリドーロは、フェデリコ・フェリーニを思わせる赤いマフラーが印象的ないでたち。物乞いに変装して登場する場面ではチャップリンのような格好をしている。主人公のチェネレントラ(灰かぶり娘)は最初は赤いジャンパースカートと三角巾に真っ白なエプロンで素朴な可愛らしさ。そこから舞踏会の謎の美女になる時には、サナギが蝶になるような変身を遂げる。

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

キャストにはこのオペラの上演にふさわしい歌手が揃った。ヒロインのチェネレントラを歌う脇園彩は、ロッシーニを中心とした歌唱でイタリアでも活躍している歌手だが、見事な装飾歌唱(アジリタ)を含む歌と演技で、この役の素朴さや健気さ、そして最後の大アリアにいたるまでの過程で主人公が人間として成長するまでをあますところなく見せてくれる。特に中音域の夢見るような美しい音色は必聴だ。第一幕と第二幕の対照的な色彩のドレス姿もあでやか。

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

来日した他の歌手たちもロッシーニの醍醐味を十分味あわせてくれた。前回、新国立劇場でやはり脇園と共演した《セビリアの理髪師》でアルマヴィーヴァ伯爵を歌ったルネ・バルベーラはラミーロにぴったりの品のある音色と整った歌唱で際立っており、特に第二幕のチェネレントラを探す決意のアリアでは、輝かしい高音を聴かせて絶好調に思えた。

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

今回のプロダクションは継父ドン・マニーフィコ役に、この役を世界中の一流歌劇場で歌っているアレッサンドロ・コルベッリを配しているのも嬉しい。大ベテランだが声もまだみずみずしく、台詞を音楽に乗せる巧みさ、演技の的確さで舞台を引き締めていた。

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

アリドーロ役には若手のバス歌手、ガブリエーレ・サゴーナが出演。折目正しい歌唱が役によく合っており、第一幕のアリアも安定した出来だった。

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

そして今回の大発見は上江隼人のダンディーニだ。ヴェルディなどのシリアスな役柄のイメージがある上江だが、考えてみれば同じロッシーニの《セビリアの理髪師》もレパートリーにしており、驚くには当たらないのかもしれない。王子に扮して人々を混乱させる従僕という、ある意味このオペラのキーパーソンであるダンディーニを艶やかな声で飄々と演じて素晴らしかった。ドン・ラミーロ王子とのやりとりや、コルベッリのドン・マニーフィコとの二重唱も抜群の面白さだ。

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

クロリンダとティーズベには高橋薫子齊藤純子という二人のプリマが登場し、意地悪な継姉たちを華やかに演じた。

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

今回の演出で大活躍なのが新国立劇場合唱団の男声合唱だ。赤い燕尾服に身を包んだり、場面によってはチュチュを身につけたり。コロナ禍でのディスタンスも守りつつ、なんともユーモラスな演技でそれを忘れさせてくれる。歌も抜群に上手く、多彩な表現は聴き逃せない。

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

指揮者としては、来日できなかったマウリツィオ・ベニーニに代わって新国立劇場音楽チーフの城谷正博がタクトを取った。的確なテンポ設定で、歌うことに長けた東京フィルハーモニー交響楽団とオペラを盛り上げた。レチタティーヴォは根本卓也がチェンバロを弾き、オペラやチェンバロの名曲などからの挿入曲を含んだ巧みな演奏を聴かせた。

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

以上、最終リハーサルの様子をお伝えした。本番の舞台ではますます楽しい演奏が繰り広げられることだろう。ロッシーニの《チェネレントラ》にはシンデレラ・ストーリーにつきものの魔法は出てこない。自らの努力で幸せへの道を切り開くチェネレントラの姿は、今の私たちをきっと勇気づけてくれるはずだ。

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

新国立劇場オペラ『チェネレントラ』(撮影:長澤直子)

取材・文=井内美香  写真撮影=長澤直子

公演情報

新国立劇場オペラ
ジョアキーノ・ロッシーニ
『チェネレントラ』<新制作>

La Cenerentola/Gioachino Rossini
全2幕〈イタリア語上演/日本語及び英語字幕付〉
令和3年度(第76回)文化庁芸術祭オープニング・オペラ


■会場:新国立劇場 オペラパレス
■公演期間:2021年10月1日[金]~10月13日[水]
2021年10月1日(金)19:00
2021年10月3日(日)14:00
2021年10月6日(水)19:00
2021年10月9日(土)14:00
2021年10月11日(月)14:00
2021年10月13日(水)14:00
■予定上演時間:約3時間15分(第Ⅰ幕105分 休憩25分 第Ⅱ幕65分)
■公式サイト:https://www.nntt.jac.go.jp/opera/lacenerentola/

 
<スタッフ>
【指 揮】城谷正博
【演 出】粟國 淳
【美術・衣裳】アレッサンドロ・チャンマルーギ
【照 明】大島祐夫
【振 付】上田 遙
【舞台監督】髙橋尚史

 
<キャスト>
【ドン・ラミーロ】ルネ・バルベラ
【ダンディーニ】上江隼人
【ドン・マニフィコ】アレッサンドロ・コルベッリ
【アンジェリーナ】脇園 彩
【アリドーロ】ガブリエーレ・サゴーナ
【クロリンダ】高橋薫子
【ティーズベ】齊藤純子
【合唱指揮】三澤洋史
【合 唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団


 
Story ものがたり
 
【第1幕】ドン・マニフィコ男爵の屋敷。男爵の今は亡き後妻の連れ子アンジェリーナは"チェネレントラ(灰かぶり)"と呼ばれて使用人のように扱われ、姉となった男爵の娘クロリンダとティーズベを世話している。心優しいアンジェリーナは物乞いの男に水と食べ物を与える。彼は実は王子ラミーロの家庭教師アリドーロで、貧者に身をやつして王子の花嫁を探しているのだ。従者に扮した王子が屋敷に入り込み、アンジェリーナと一目で恋に落ちる。
一方、王子の従者ダンディーニが王子に成りすまして現れ、一家を城の舞踏会に招く。アンジェリーナも行きたがるがマニフィコが拒む。アリドーロはこっそりアンジェリーナを舞踏会に誘う。城の舞踏会では、姉娘2人が偽王子(実はダンディーニ)を取り合うが、突然現れた絶世の美女(アンジェリーナ)に皆が驚く。

 
【第2幕】城の中。王子姿のダンディーニが出てきてアンジェリーナに求愛するが、彼女は従者を愛しているのだと語る。その言葉を耳にしたラミーロは、早速出てきて求婚する。すると、彼女は腕輪を差し出し、自分を探すよう告げて姿を消す。屋敷に帰った男爵と姉たちはアンジェリーナに八つ当たりする。外は嵐になり、馬車が転覆、乗っていたダンディーニが屋敷を訪れる。王子も次いで現れ、アンジェリーナの腕にもう片方の腕輪を見つけて再会を果たし、城に連れ帰る。王宮では、幸せを手にしたアンジェリーナが父や姉たちを許し、フィナーレの大アリア「苦しみと涙のうちに生まれ」を歌って幕となる。
 
シェア / 保存先を選択