新国立劇場、世界をリードする3人が届ける新作オペラ『ナターシャ』を上演
創作委嘱作品・世界初演 新制作 細川俊夫『ナターシャ』
2025年8月11日(月・祝)~8月17日(日)新国立劇場 オペラパレスにて、2024/2025 シーズンオペラ『ナターシャ』が上演される。
『ナターシャ』は、世界をリードする3人が届ける新作オペラ。
本作の台本を手掛けるのは、ドイツを拠点に世界を見つめ、日本語とドイツ語で国境や言語、自然をテーマにした作品を発表し世界的に評価される作家・詩人の多和田葉子。芥川賞や谷崎潤一郎賞など数々の賞に加え、ドイツの権威ある文学賞・クライスト賞、アメリカでは全米図書賞を受賞、著作は30ヶ国語以上に翻訳され、世界各国で朗読などの活動をしている世界的人気作家だ。詩的言語と物語的言語を巧みに融合、駆使して、越境的思考に基づいた新しい言語空間を創出するという活動が高く評価されたとして、今年日本芸術院会員にも選出されている。
作曲は現代音楽をリードする作曲家で、世界各国の演奏団体、劇場からの委嘱作品が次々と上演されている細川俊夫。2025年には、その音楽が類まれな到達点を示したこと、作品の並外れた国際的影響力と日本の音楽の伝統と現代の西洋の美学に架け橋をかけたことが評価され、「スペインのノーベル賞」とも称される BBVA 財団 Frontiers of Knowledge賞(音楽・オペラ部門)に選出された。新国立劇場へは2018年『松風』以来の登場となる。
世界第一線のオペラ指揮者として活躍を続ける大野和士と細川のタッグによる新作オペラ世界初演は、エクサン・プロヴァンス音楽祭委嘱作品『班女』(2004年)以来となる。そんな世界トップランナーである3人が届ける、日本発の新作オペラが誕生しようしている。
本作舞台には、人間の行いによって引き起こされた洪水や干ばつや火災が、プラスチックやコンクリートといったエレメントと共に“現代の地獄”となって現出し、人間の欲望が引き起こした惨禍により住処を追われた人々の嘆きが響く。登場人物は、ウクライナから逃れてきたナターシャと、やはり住処を離れ彷徨っている青年アラト、そして、二人に現代の地獄を案内する自称「メフィストの孫」。テキストはそれぞれ異なる言語が当てられ、ゲーテの『ファウスト』をはじめ古今東西の文学からの引用が多用されて世界各地の言葉で語られ、地獄めぐりの道行きが人間の叡智の旅に重なる。そして、言葉を超えて他者を理解し、結ばれていく若者の姿を通して、人間の始原の姿が浮かび上がり、地球の危機と対比されている。環境破壊により私たちの生きる地球が危機に瀕する今日、人間は何を為せるのか、新作オペラ『ナターシャ』が世界へ問いかける。
タイトルロールのナターシャを演じるのは、現代音楽のスペシャリストとして細川の信頼も厚いソプラノ、イルゼ・エーレンス。新国立劇場でも2018年『松風』でタイトルロールで類まれな超絶技巧と妖艶な狂乱の場、そして幽玄の世界に誘う身体表現で圧倒した名ソプラノだ。ナターシャと共に地獄を旅するアラトには、飛ぶ鳥を落とす勢いで躍進中のメゾソプラノ山下裕賀が新国立劇場初登場。地獄への案内人メフィストの孫には、近年特に現代作品で評価を高め、世界の主要な歌劇場での活躍が著しいバリトン、クリスティアン・ミードル。日本から世界へ放つ多言語オペラ『ナターシャ』に最高の歌い手が集結し、大野和士の指揮のもと、観客を異世界へ誘す。
イルゼ・エーレンス
山下裕賀 (C)Yoshinobu Fukaya
クリスティアン・ミードル
演出は舞台美術も手掛けるドイツのオペラ演出家クリスティアン・レート。次々展開する『ナターシャ』の内的な世界をオペラパレスの大空間に照射する演出は、大きな見どころとなる。
クリスティアン・レート
海、そして宇宙の響き。アラトは母なるものを求め地底への入口を探し、故郷を追われ彷徨うナターシャと出会う。言葉が通じないながら名を伝えあった二人の前に、メフィストの孫と名乗る男が登場。二人はメフィストの孫に誘われ、海辺から森へ、そして現代の様々な地獄へと旅していく。
台本・多和田葉子からのメッセージ
多和田葉子
小説はほとんどの場合、一つの言語で書かれる。日本語の小説は日本語だけで書かれている。これは当たり前のようにも思われるが、街を歩いているといくつもの言語が耳に入ってくる今日の世界では不自然なことでもある。ドイツ語と日本語の二か国語で作品を執筆しているわたしでさえ、一つの作品の中で複数の言語を混ぜることは滅多になかった。「日本発の多言語オペラをつくろう」と細川俊夫さんに声をかけていただいた時には脳に電光が走った。オペラという形で、現代世界のダイバーシティを表現してみたい。日本発ということは、日本語に閉じこもるということではない。この地上にたくさんの言語が存在するからこそ、刺激を与え合い、それぞれの言語がいきいきと豊かになっていく。
わたしたちは文化や言語は多様だが、みんなで一緒にたった一つの「家」である地球で暮らしている。そのうち月や火星に引っ越していく人もいるかもしれないが、とりあえずほとんどの人は、この先何世代も地球で暮らしていくしかないだろう。その地球が苦しがってうめいているのだから、これは見過ごすことができない。森が燃え、洪水や旱魃が起こり、私欲に取り憑かれた人間たちが際限なく資源を貪る中で、この地球は、ダンテが『神曲』で描いた地獄そのものである。このオペラでは、そんな地獄をトリックスターである自称メフィストの孫に案内してもらい、破壊されていく様々な土地をさまよう若い二人が、迷いながら苦しみながらお互いへの愛を深め合っていく。二人の愛は多言語の愛で、しかも人間だけでなく動物や植物にも及ぶ包括的な愛である。彼らをとりまく世界にも絶えずそれ以外の言語が聞こえているが、音楽という共通言語の中で、無数の言語が一つの世界を形成していく。
作曲・細川俊夫からのメッセージ
細川俊夫 (C)Kaz Ishikawa
能楽において主人公は「橋がかり」を通って、あの世とこの世とを往復します。あの世に行っても救われなかった魂は、「橋がかり」を通ってこの世にやってきて、「歌う」、「語る」、「舞う」ことによって、魂の救いを得て、再び「橋がかり」を通ってあの世へ帰っていくのです。私はその「音響の橋」を、「音のトンネル」と呼んでいます。私はこのオペラで、さまざまな「音のトンネル」を創ってみたいのです。オペラ『ナターシャ』で、二人の若い主人公、ナターシャとアラトは、メフィストの孫の案内で、「音のトンネル」を通り抜け、自然環境が破壊されたさまざまな地獄を体験します。そしてその地獄は、架空の世界ではなく、この「今の現実」の世界そのものなのです。
オペラ『ナターシャ』の全体を通奏する音響トンネル(持続音響)は、オーケストラ、合唱、テープによる自然音、現実音等が、入り混じっています。その混沌としたトンネルに、多和田葉子の「言葉」が多言語によって深く織り込まれています。音響のトンネルの奥に流れているのは、人間だけではなくて、地球そのものの「うめき」、「嘆き」の声なのです。そのトンネルを通り抜け、ナターシャとアラトは、新しい世界と愛を見つけていきます。
芸術監督・大野和士からのメッセージ
大野和士
細川俊夫さんの新作オペラがいよいよ登場します。ドイツ在住で世界的に評価される作家の多和田葉子さんの台本とのコラボレーションです。新作の題名は『ナターシャ』。ナターシャ(ソプラノ。イルゼ・エーレンス)はウクライナ人で、日本人のアラト(メゾソプラノ。山下裕賀)という若者と出会い、第3の謎めいた男"メフィストの孫"(バリトン。クリスティアン・ミードル)によって現代の地獄に誘われます。そこで彼らの眼前に現れるのは、私たちの時代の数多くの身の毛もよだつ現象。しかし、二人はそれらを経験するごとに、お互いになかなか通じない言語を通して意思疎通していたのが、やがて不思議なことに言葉の共有が図られるようになっていきます。さて、どのような未来が彼らの前に現れてくるのでしょうか。
この新しい世界を演出するのは、クリスティアン・レート。演出家であると同時に装置デザイナーでもある才人です。この作品にさまざまな視点からのアプローチをしてくれることでしょう。
公演情報
創作委嘱作品・世界初演 新制作
細川俊夫『ナターシャ』
全1幕〈日本語、ドイツ語、ウクライナ語ほかによる多言語上演/日本語及び英語字幕付〉
Natasha / Hosokawa Toshio
【会場】新国立劇場 オペラパレス
【前売り開始】2025年5月17日(土) 10:00~
※予定上演時間 約90分(途中休憩なし)
【台本】多和田葉子
【作曲】細川俊夫
【指揮】大野和士
【演出】クリスティアン・レート
【美術】クリスティアン・レート、ダニエル・ウンガー
【衣裳】マッティ・ウルリッチ
【照明】リック・フィッシャー
【映像】クレメンス・ヴァルター
【電子音響】有馬純寿
【振付】キャサリン・ガラッソ
【ナターシャ】イルゼ・エーレンス
【アラト】山下裕賀
【メフィストの孫】クリスティアン・ミードル
ほか
【合唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団
公演情報 WEBサイト https://www.nntt.jac.go.jp/opera/natasha/
イベント情報
会場:新国立劇場 中劇場
司会:松永美穂(翻訳家・早稲田大学文学学術院文化構想学部教授)
料金:無料・自由席(要事前申込)
https://www.nntt.jac.go.jp/opera/news/detail/6_029498.html
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