アン・ラト『楽屋』保坂知寿&大空ゆうひインタビュー~丁々発止のやりとりは「2人の相性が大事」
大空ゆうひ、保坂知寿
舞台は、とある“楽屋”。女優A・B・C・D。4人の女が入り乱れるその部屋は、死者と生者の魂が響き合う場所でもあった。今春、逝去した清水邦夫の戯曲『楽屋』は、あまたの俳優や演出家が上演してきた。今回は2021年10月16日より、赤坂RED/THEATERにて、それぞれの役を保坂知寿、大空ゆうひ、笠松はる、磯田美絵が担う。女優が、女優を演じ、またその女優がほかの役を演じる『楽屋』。いくつもの大舞台に立ち、さまざまな役を担ってきた保坂と大空に、『楽屋』に向かうその思いを聞いた。
■初共演だけど「言わなくても通じることがいっぱいある」
──清水邦夫『楽屋』は日本一上演回数が多い戯曲とも言われます。これまでにご覧になったことはありますか?
保坂 配信を観ました。あらためて台本が素晴らしいなと、演じている人間が見えるなぁと思って「これをやるんだ」とドキドキしましたね。
大空 私は今回の舞台が決まってから、男性だけで演じる『楽屋』を観にいったんです。なるべく先入観を作らないでおきたいなとも思ったのですが、つい誘惑に駆られて観ちゃった(笑)。この作品を男性でやりたくなるのはわかりますね。せりふに男気があるし、劇中でシェイクスピアなどのせりふを言うところも男性だと“演じている感じ”があってインパクトが強い。女性だけで演じるなら逆に、生(なま)っぽく見えて、実際の女優が女優役のせりふを言う面白さやエグさがあるといいなとも思いました。
保坂 生っぽさは大事にしたいですね。私の素を見せるという「生」ではなく、役としての女優Aや女優Bがお客さんの前で演じていない時の姿。それは、普通の女性に比べると相当たくましいかもしれないですが。楽屋って、自分を高めたり鎮めたり、自分にスイッチを入れたり、人前に出ていく覚悟をする場所だから、余計に演じていない時の様子が出るのかな。
保坂知寿
──冒頭は2人のやりとりが強烈ですね!お互いに初共演ですがいかがですか?
大空 すみません、態度のでかい後輩で。先に謝っちゃいます!
保坂 私は勝手に、初めてという気がまったくしないなと感じています。「良かった、ゆうひさんで」と思ってる。
大空 ああ、良かった!嬉しい!
保坂 こう思うのは私の勝手なのですが、芝居をしながら、もし同じことが起きたら同じふうに感じている人なのかなという気がしているんですよね。言わなくても通じることがいっぱいある。キャッチボールをしやすいです。
大空 良かった…… 私、知寿さんはやりづらいんじゃないかなって心配していたんです。
保坂 え~、本当に? なんで?
大空 失礼ですけれども、私の中で知寿さんと言ったら、友達からも「えっ、知寿様と共演するの!?」 と連絡がくるぐらいすごい方というイメージだったんです。でも稽古場でお会いしたらすごく気さくで優しくて、すぐ「知寿さーん」と話しかけられる雰囲気で、私が勝手に心を開いてしまいました。
保坂 そっかぁ、偉そうにしてなきゃいいけど……
大空 そんな(笑)。今、稽古で、『楽屋』冒頭の女優Aと女優Bのやりとりが面白いかどうかは私達2人の相性がすごく大事なんだろうなと思うので、お互いのせりふの合いの手やトーンをどう一緒に合わせていったらいいのかを探っています。でも知寿さんとなら、私がとんでもない実験をしようとしても、とりあえず一回やらせてもらえるんじゃないかと思える。自由にやらせていただきつつ、頼っています。
保坂 遠慮しない関係ではありたいですよね。ゆうひさんがやりたいようにやって、私もやりたいようにやった事がかみ合えばいいなと思います。
大空ゆうひ
──お2人の相性が大事では、ということですが、2人のシーンで心がけていることは?
保坂 ああ言えばこう言うみたいな台本なんですよね。お互いの言葉に食いついたり、引っかかったり、いちいち「へっ!」と思ったり……それがずっと長い時間続いている。言葉の上では喧嘩しているけれど、やりとりが小気味良い。自分が言ったことに、思っているような答えが返ってきて「ほらきたー!」というのも嬉しい(笑)。それに、共通の芝居の話ができる相手だから楽しいんでしょうね。「あの芝居はこうだ」とか「私の時はこうだった」という話が通じる人ってなかなかいないじゃないですか。
大空 そうですよね。ちょっと楽しいんでしょうね(笑)。だからこそ私達もやりとりを楽しく感じるまでテンポもあげなきゃいけない。私はよく演出の(大河内)直子さんに「ツッコんで」と言われるんですが、ツッコミは難しい。観ている人にも小気味良さを感じるようなやりとりができるよう、ぐいっと頑張らないといけないですね。
保坂 すごくエネルギーがいるお芝居なんだなとあらためて思います。女優A達も、丁々発止のやりとりができる相手がいるから、楽屋に来るんでしょうね。せりふで「思いつめて(楽屋に)通ってるわけじゃないのよ、ほかに行く所もないからなんとなく」と言うんですが、自分が芝居の世界にいたという実感を持てる相手がいる場所だから。
保坂知寿
大空 たぶん「あそこに行こう!」と強く思っているわけじゃない。
保坂 なんだか来ちゃう、みたいな感じかな。
大空 夢か夢じゃないのかわからないけどいる、みたいな……。自分も夢の中で楽屋にいる時ってありません? たとえば私は宝塚をやめて何年も経つんですが、なぜか宝塚の楽屋にいる夢を見て、朝、ものすごく怖いんですよ。
保坂 (笑)
大空 「はー、びっくりした!よかった夢だったー!」って。女優AもBも、そういう無意識の行動で、楽屋にふわっと現れちゃうんじゃないかな。でもそこには、私の夢の中みたいに女優仲間がいて、思いっきりせりふを言えたりするんでしょうね。
大空ゆうひ
■楽屋は、人前に出るためのあらゆる準備をする場
──舞台に立つ人にとって、楽屋はどういう場所なんでしょうか。
大空 あらためて考えたことがないですよね。職場なんです。本番の前の職場。
保坂 プレ職場(笑)?
大空 そんな大々的に考えたことがないなぁ……荷物も置けるし、お弁当も食べる場所。
保坂 メイクもする。
大空 支度場ですよね。
保坂 そうね、人の前に出て行くためのあらゆる準備をする場所ですね。それが広い時もあれば、鏡が無い時もある。
大空 楽屋って、自分だけの場所ではないですよね。たくさんの人が使ってきた場所で、自分の前になんの公演があったのかを知っている時もある。今は私が衣装を着たりかつらをつけたりうろちょろしているけれど、一週間前のこの時間は違う人がここでセッティングしていたんだな、そういうことが何回もここで繰り返されてきたんだな……とふと感じる時がある。化粧前に座っていても、いろんな人がいろんな気持ちで座ってた場所なんだな、と。
保坂 小道具でも感じることがありますね。稽古で使っている手ぬぐいに名前が入っているのですが「この人がいつか芝居で使っていた歴史のある手ぬぐいなんだなぁ」とかね。
大空 そうですね。私にとって楽屋は日常のなかで使っている場所だけれど、舞台に立つ仕事ではない人にとっては不思議な空間に見えたりもするのかもしれないですね。
保坂 自分の楽屋がある人なんて誰もいないものね。舞台に立つ人にとっては憧れの場所でもあるかもしれない。
大空 大部屋女優から始まり、ちょっとずつ人数が少なくなって、一人の楽屋をもらえるようになりますからね。
保坂知寿
──『楽屋』の女優達は、舞台に立つことだけでなく、舞台に立てないことについて話したりもします。私達の時代もまたコロナで舞台ができない時期がありましたが、今の思いはいかがでしょうか。
保坂 去年は舞台ができなくなってしまって、その時に「ああ、舞台ができないと私には何もないんだ」とかは感じましたね。
大空 「不要不急って何だろう?」とすごく考えました。「自分達って不要不急の時にどのポジション?」とか「今までなんで舞台をやっていたのだろう」とか、自分が演劇をやっていることについて初めて考えた。でも自分で「演劇は必要だ!」「演劇は希望だ!」って言いたくなかったんです。本当に必要とされればまたいつか戻ってくるでしょうから。今日明日食べることに困っている状況で絶対にやらなきゃいけないことは、まず命をつなげること。生きていればまた演劇をやる日が来るよね、と思いましたね。そして久々に舞台に立った時はすごく嬉しかったというか、感動しました。
保坂 本当にね。当たり前だった時は、舞台に立つことに関して引いて考えたことはなかったんですよね。でもコロナ禍で自分にとって舞台がいかに大事なものだったかを感じた瞬間がありました。稽古して、楽屋に入って、舞台に立って……それが自分にとってどういうことなのかをすごく考えましたね。
大空 そうですよね。以前は当たり前だったことについて、最近は一つひとつできること自体に「良かった。今日もできた」という気持ちになっています。やっぱり舞台ってすごく素敵な場所なんだなぁ、とあらためて思いますね。
大空ゆうひ
取材・文=河野桃子 写真:交泰
公演情報
アン・ラト(unrato)#7
『楽屋~流れ去るものはやがてなつかしき~』
■会場:赤坂RED/THEATER(東京都)
■期間:2021/10/16 (土) ~ 2021/10/24 (日) 開幕前
■公式サイト: https://ae-on.co.jp/unrato/gakuya/
※正式な公演情報は公式サイトでご確認ください。
■出演:保坂知寿、大空ゆうひ、笠松はる、磯田美絵
■脚本:清水邦夫
■演出:大河内直子
■音楽:三枝伸太郎
■美術:石原敬
■照明:大島祐夫
■音響:早川毅
■衣裳:小林巨和
■擬闘:栗原直樹
■ヘアメイク:国府田圭
■演出助手:石塚貴恵
■舞台監督:齋藤英明/伊藤春樹
■宣伝美術:吉田電話
■WEB:小林タクシー
■制作:鉾木章浩
■当日運営:桜かおり/J-Stage Navi
■プロデューサー:田窪桜子
■協力:ACT JP/エイベックス・マネジメント/文学座/ロックリバー(50音順)
■企画・製作:unrato/アイオーン
■主催:アイオーン