松尾スズキ、作・演出『命、ギガ長スW』で表現するインディペンデント精神に根付いた、究極にシンプルな演劇とは
松尾スズキ 撮影=福家信哉
大人計画を主宰する松尾スズキが、2019年に東京成人演劇部の名義で、企画・プロデュース・作・演出・出演を担当して、旗揚げ公演を行なった『命、ギガ長ス』。今回、松尾は演出に専念して、『命、ギガ長スW』と題し、宮藤官九郎と安藤玉恵、三宅弘城とともさかりえというダブルキャストで、2022年3月4日の東京公演を皮切りに、4月7日(木)から4月11日(月)まで大阪・近鉄アート館にて、そのほか福岡、長野で再演を行なう。12月6日(火)には、大阪で再演についての記者会見に出席。数多くの大規模な商業演劇に携わる現在、よりインディペンデント精神に根付いた究極にシンプルでポータブルな演劇に携わろうとした思いを改めて訊いてみた。また、若き頃から現在に至る人生観、死生観の変化についても語ってもらっている。まだまだやりたい事が出てくるという松尾のインタビューを是非とも読んでいただきたい。
松尾スズキ
ーー改めて、自主で公演する小劇場から商業的に公演する大劇場まで、松尾さんが、大人計画が進出されていった時の思いから聞かせてください。
わりと怖いもの知らずだったんですよ。大きな劇場に行く時に構えた記憶もなくて。「行って、かき回してやれ!」という感じでしたね。初めて本多劇場に行く時はビビッてましたけど。基本は怖がりなんですけど、ところどころ変な自信を持ってるんです。ただ、長くやっていて責任の大きさをわかってくると怖くなってきて、そのプレッシャーから解放されたいという気持ちもどんどん大きなってくるんです。それが『命、ギガ長ス』の初演を考え始めた頃ですね。
ーー実際に『命、ギガ長ス』初演は、どのように進めていかれましたか?
最初は無名の役者たちでやろうかなと思っていたんです。もちろんアンタマ(安藤玉恵)は出てもらうつもりでした。だけど、地方公演や海外公演をしたりするなら、それなりに費用もかかりますから、もう極端にシンプルにした方が良いと思いまして。究極のシンプルと考えた時に、そしたら二人芝居じゃないかなと。
ーー会見で「商業というものにおかされたり、飲み込まれたくはない」という思いが、その頃にあったとお話されていたのが印象的でした。
元々、インディペンデントから始まった人間だし、軸足はそこでありたいなと思ってね。そのまま、ずっとインディペンデントではいるんですけど、シアターコクーン芸術監督になってからは、商業の方も俄然考えないといけなくて。それは、それで僕にメリットはあるんですけどね。劇場も稽古場も、すでに用意されているわけですから。昔だったら考えられないですよ。稽古場探すのに右往左往して、安ければ安い程いいんですけど、安いとこを借りたら借りたで「うるさい!」と怒られたりしていましたから、商業とは付かず離れずで……(笑)。
松尾スズキ
ーー初演は松尾さん自らが企画プロデュースされていましたが、今回は大人計画が企画制作で入られます。そのあたりは改めていかがでしょうか?
うちの制作も小さくて(観客が)少ないとこで手軽にやれる演劇をやりたくなったのかなと思いますね。どこにでも持っていけるポータブルな演劇が芝居の原点ですから。(初演を)自分でやるのは、お金の事を考えないといけないので大変だなと思いました。やっぱり、やるからには当てたいと思いますしね。それまでは、元々口下手なので、取材は苦手でしたけどそのときはありがたいことだなと思えたし、取材される事に積極的になりました。取材でテーマとかを聞かれても、「テーマを口で語るのが嫌だから、作品を作ってるんだよ」と言いたくなってましたから(笑)。明確なテーマを持つのは、テレビドラマくらいでいいんじゃないかな。でも、今は取材していただくことがありがたいと思ってます。自分でやると、僕のギャラで、みんなに払う訳ですからね。(初演は)結構黒字になったので、みんなにボーナスをあげられて凄く良かったです。僕は景気よく、みんなに振舞いました。今回は大人計画からもらえると信じてますけど。
ーー初演は、松尾さんにとって凄く面白い企画だったという事ですよね。
そうですね。手運びで美術を運べたりというのは、本当にシンプルでいいなと。それくらいの究極にシンプルな事はやった事がなかったので。あっ、かなり昔に1回だけやった事あったか……。衣装がYシャツに黒ズボンだけというジャルジャルみたいな(笑)。そういうのが良いですよね。道具もなくパントマイムで伝えるのは、本当に試されているみたいで緊張感があります。
松尾スズキ
ーーそこまで究極にシンプルな演劇を今になってされるというのは、ドキドキするところもあったのではないですか?
ありましたね。特に台湾は緊張しました。言葉が通じない人たちに、どう伝わるんだと思って……。でも、台湾が一番ウケたんじゃないかな。実際に笑い声として返ってくるから、笑いの芝居は勝ち負けが明確ですよね。
ーーそこまで台湾で伝わった要因は、どのように捉えられていますか?
きっと何か共通する問題が、どの国にもあるんじゃないですかね。命がどんどんひき延ばされていってる中で、その命を持て余して、貧しい人たちが葛藤するというのはあるんです。この間もニュースを観ていたら、後20年くらいだろうと思って月30万円の豪華老人ホームに入ったら、20年以上生きてしまって追い出されたと。それまで手厚い介護を受けてたのが、急に生活保護ですからね。90歳の人で、それは辛いなという……。人生の見積もりを考え直さないといけないですよ。
ーー人生観、死生観をより感じられる年代にもなられたという事ですよね。
実際、普通の会社だったら定年間近の歳になってきてますからね。どうしても自分の人生の店仕舞いの事について考え始めないといけない。昔に考えていた死生観とはリアリティーが違う。周りの人も死んでいきますから。酒で死んだ人もいるし。『矢印』という小説も酒で死んだ先輩たちへのレクイエムというのもなくはないんですよ。自分自身も酒が凄く好きなので、酒への愛憎はある。それは『命、ギガ長ス』にも出てきていると思うんですけど。
ーー『命、ギガ長ス』の認知症の母とアルコール依存症でニートの息子という設定もそうですが、エッセイなども含めて、お母様について書かれる事が近年とても多くなられていますよね。
どこかマザコンのとこありますから、男の子なんで。「5080問題」と言いますが、もうそろそろ僕も「6090問題」に突入してきて、新たなステージに来たなと思っています。でも、60代間近になって、これくらいの頻度で仕事しているとは思っていなかったですよ。よく働いていると思いますね。20代の頃に、もっと仕事あれば良かったのに(笑)。当時は何もなかったですから。
ーー20代の頃に仕事がなかったとはいえ、60代間近で仕事がたくさんあるというのは、幸せとしんどさだとどちらの感情になりますか?
両方ですね。まだやりたい事が出てくるという厄介さというか、自分の脳みそはどうなっているんだとも思いますし(笑)。やりたい事がないという悩みはわからないですね。やっている事が演劇だけじゃないですから。今、コント番組を作っていますけど凄く新鮮な気持ちでやれています。でも、もうそろそろ休まないとヤバいなとも思ってます。インプットがあまりにもないので。
松尾スズキ
ーー休みがない中でインプットアウトプットの切り替えは、どのようにされていますか?
ひとつの仕事をやっていて、別の仕事をやる時に、その前の仕事がインプットになっている時もあるんです。それは例えば、小説の主人公が作家だったりした時に、その前の仕事で作家をやっていた事が、そのまま資料になるから。仕事をポンポンと変える事がインプット、アウトプットになっているなと。全部自分の中から出てきた事なんですけどね。やっぱり、ひとつの現場にはひとつのドラマがあるので、そういうのが蓄積されて別の形で出て来ているのかなと。
ーーずっと作品に携わっている中で煮詰まられないのが凄いと思うんです。
煮詰まっている暇はないというか。こないだの舞台『パ・ラパパンパン』みたいに別の作家さんに書いてもらって、演出だけするという方法も編み出してきて、それがまた成功しちゃうんですよ。だから、きっと出口がどこかにあるのかを探し続けている。他の人が書いてもいいという出口、今回みたいに僕が出なくても僕の役を宮藤(官九郎)にやってもらえばいいんだという出口。後は多分、演劇だけをやっていたら凄く煮詰まっていたと思いますね。『矢印』なんてコロナ禍でなかったら書いていないですから。暇だから書いたというね(笑)。結局、暇潰しなんだろうと思います。どう濃厚に暇を潰せるかと思って生きてますから。意味を求めると、どんどん辛くなるので。
ーー意味を求めるという、考えすぎをせずに生きてこられたというのも素敵だなと思うんです。
だから、何したって極められていないのかな(笑)。でも、もういい加減、30年近く色々な事をやってきて、一つひとつの仕事がどこかは極みに達しているという自負は、やっとちょっとずつ出てきましたね。
ーーそんな中での来春の『命ギガ長スW』が待ち遠しいです。
楽しみでしょうがないですね。『パ・ラパパンパン』は十数人も出演していたので、全員に濃厚に演出するのは中々難しかったんです。手練れの役者が揃っているので、だいぶ助かりましたけど。今回は、たった2人の役者と演出で向き合いますから、中々ディープな体験になると思います。
松尾スズキ
取材・文=鈴木淳史 撮影=福家信哉
スタイリング=安野ともこ
衣装協力 GIORGIO ARMANI(ジョルジオ アルマーニ)
<問い合わせ先>
ジョルジオ アルマーニ ジャパン株式会社/03-6274-7070
公演情報
【作・演出】松尾スズキ
【出 演】
ギガ組…宮藤官九郎×安藤玉恵
長ス組…三宅弘城×ともさかりえ
【公演日程】
2022年3月4日(金)~4月3日(日) 東京 ザ・スズナリ
2022年4月7日(木)~4月11日(月) 大阪 近鉄アート館
2022年4月15日(金)~4月17日(日) 北九州 北九州芸術劇場 中劇場
2022年4月23日(土)~4月24日(日) 松本 まつもと市民芸術館 実験劇場
【ストーリー】
80代で認知症気味の母親エイコと、ニートでアルコール依存症の50代の息子オサム。
貧困生活を送っている2人を撮影するために、ドキュメンタリー作家志望の女子大生アサダが密着していた。
エイコの年金を当てにして酒を飲み続けるオサムと、パチンコに依存するエイコ。アサダが撮るドキュメンタリーのVTRを見て、彼女の所属ゼミの教授キシは、ある問題を指摘する。エイコとオサムには、ある秘密があったのだ…。
【公式HP】https://otonakeikaku.net/stage/2007/?preview=true
【企画・製作】大人計画 モチロン