配信で味わう舞台『糸桜 ~黙阿弥家の人々 ふたたび~』 波乃久里子、喜多村緑郎、大和悠河が「新派の子」で、ふたたび家族に

レポート
舞台
2021.12.17
『糸桜 ~黙阿弥家の人々 ふたたび~』 舞台写真

『糸桜 ~黙阿弥家の人々 ふたたび~』 舞台写真

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舞台『糸桜』が、演劇ユニット「新派の子」(代表:劇団新派文芸部 齋藤雅文)により、2021年11月29日(月)~30日(火)に『糸桜 ~黙阿弥家の人々 ふたたび~』として再演された。本作は、河竹登志夫の「作者の家」を原作に、齋藤が新派のために舞台化、2016年に初演されたもの。

『糸桜 ~黙阿弥家の人々 ふたたび~』ビジュアル  左から、大和悠河、波乃久里子、喜多村緑郎  撮影:永石勝

『糸桜 ~黙阿弥家の人々 ふたたび~』ビジュアル  左から、大和悠河、波乃久里子、喜多村緑郎  撮影:永石勝

出演には、オリジナルキャストである波乃久里子、喜多村緑郎、大和悠河が揃い、齋藤は新たな脚色と演出を手掛けた。劇中は艶やかな筝曲と、新派には欠かせない邦楽囃子の贅沢な生演奏で彩られていた。12月18日(土)よりイープラス「Streaming+」ではじまる配信(アーカイブあり)に先駆けて、作品の見どころを、日本橋公会堂で行われたゲネプロ(総通し稽古)の舞台写真とともに紹介する。

■作者の家で、家族になる

主人公は、河竹黙阿弥の長女・糸(いと)。黙阿弥は、幕末から明治期に活躍した狂言作者であり、『三人吉三』や『白浪五人男』、『魚屋宗五郎』、『髪結新三』、『船弁慶』、『土蜘』、『極付幡随長兵衛』など、数多の名作歌舞伎を生み出した。黙阿弥の死後、作品を守るべく、心を砕いたのが娘の糸だった。

河竹糸役、波乃久里子

河竹糸役、波乃久里子

糸は父親を敬愛し、父親の芝居を愛し、生涯独身を貫く。16歳の頃、糸は出家を願うも両親に止められ、出家しない代わりに、結婚しない許可を得たのだとか。そんな糸を、黙阿弥は自分の後継者として厳しく育てた。しかし当時、女性は狂言作者(歌舞伎の作者)にはなれなかった。そこで作品を守り受け継ぐために、養子をとる。糸は、激動の時代に自分の意思を貫く、強さと知性をもった女性だ。波乃は糸を、強いだけでなく、愛情深く豊かな人柄として描きだす。嵐の夜には愛らしい一面もみせ、観る者をとめどなく惹きつけた。

波乃久里子、喜多村緑郎

波乃久里子、喜多村緑郎

坪内逍遥のすすめにより、河竹家に養子入りするのが、喜多村演じる繫俊。西洋の演劇には明るいが、歌舞伎には詳しくない。養子入りしてからは、熱心に黙阿弥の残した台本を読む日々。繫俊は、事情があって“作者の家”の養子となったが、まじめさゆえに、次第に悩みを深めていく。喜多村の繫俊は、精悍な佇まいの内に繊細な心情を垣間見せていた。

繫俊のもとに嫁入りするのが、みつ(大和)。花嫁姿は、劇中の皆と同様、思わず見とれる美しさ。大店の娘で世間知らずだが、状況を客観的にとらえる賢さも。打ち解けてからのチャーミングな人柄は、河竹家の人々だけでなく見るものをも魅了する。


糸と、繫俊と、みつ。血の繋がりのない母と息子とその嫁が、それぞれに自分の居場所を探しながら、距離を測りながら、黙阿弥家の家族となる道を模索しはじめる。

■河竹家を彩る人々

そんな河竹家に欠かせないのが、女中のぬい(村岡ミヨ)と、とり(鴫原桂)。村岡と鴫原は、テキパキ働く姿と他愛ない会話で目と耳を楽しませながら、新派ならではの洗練された何気なさで、当時の“日常”に血を通わせる。近所の俥夫・恵作(河合誠三郎)はその当時の庶民の風を吹かせ、はる(久藤和子)と揃えば漫才のよう。三五郎(市村新吾)は、糸の心の綻びを担っていた。

左から、とり(鴫原桂)とぬい(村岡ミヨ)

左から、とり(鴫原桂)とぬい(村岡ミヨ)

さらに坪内逍遥(只野操)や狂言作者の竹柴其水(佐堂克実)が、当時の演劇界のにおいを醸し出す。どの人物からも、手繰り寄せれば黙阿弥につながるものがあり、黙阿弥を感じずにはいられない“作者の家”が、そこにあった。だからこそ柳田豊が勤める黙阿弥が現れた時、驚きよりも懐かしさがあった。

繁俊(喜多村緑郎・右)に、河竹家の養子となる話を持ち掛ける坪内逍遥(只野操・左)

繁俊(喜多村緑郎・右)に、河竹家の養子となる話を持ち掛ける坪内逍遥(只野操・左)

竹柴其水役の佐堂克実と、糸役の波乃久里子。

竹柴其水役の佐堂克実と、糸役の波乃久里子。

河竹黙阿弥役の柳田豊

河竹黙阿弥役の柳田豊

■齋藤のあて書き、虚実皮膜の面白さ

ゲネプロ中、特に大きな笑いが起きたのは、糸が繫俊に歌舞伎の台詞回しを教えるシーンだ。劇中の設定とはいえ、十七世勘三郎を父にもつ波乃が、歌舞伎界出身の緑郎に教えるのだから、贅沢なおかしみを感じずにはいられない。

歌舞伎の台詞回しの特訓を受ける繫俊。熱血指導の糸。

歌舞伎の台詞回しの特訓を受ける繫俊。熱血指導の糸。

齋藤は、出演者への思いを込めてあて書きしたという。思えば父親を敬愛しつつも、娘というジェンダーに阻まれ、その仕事を継ぐことがなかった波乃と糸。また、初演時、喜多村緑郎(当時、市川月乃助)にとって本作は、歌舞伎界から新派に移籍し第一弾となる作品だった。緑郎が、新派のいろはを波乃に教わる構図とも重なる。このような見方を無粋に感じる方もいるかもしれないが、同時代に生まれた作品ならではの楽しみとして享受したい。

家族のドラマであり、基本的に、家の中で起こる出来事に終始する物語。それでいながら、家の中におさまらない感動が胸を打つ。最後に、脚色・演出の齋藤に話を聞いた。

「新派は、明治末から大正時代の庶民が抱いた、社会と個人の軋轢を王道に据えて、その中の悲劇的要素、喜劇的要素、哀感をテーマとして様々な作品を生み出してきました。それが“花柳界もの”であったり、『天守物語』のような作品、あるいは真山青果のような硬派な台詞劇などとして、大きく枝を広げています」

喜多村緑郎が演じる、あの人。正体は本編でご覧ください。

喜多村緑郎が演じる、あの人。正体は本編でご覧ください。

「これは古典に限らず、『糸桜』にも通じます。『糸桜』は、明治大正のある一族の家庭劇でありつつ、現代の我々が抱える、社会や個人におけるアイデンティティ、ジェンダーの問題と共振します。つまり当時から今に至るまで、社会は、良くなってるようでいて、あまり変わってない。糸さんもみつさんも、日本人の社会構造が持つ悲劇を背負っている。ただその中でも『次の時代はよくなるのではないか』という希望と、庶民への励ましを忘れないのが新派なのだと、僕は考えます」

本舞台は、12月18日より「Streaming+」で配信される。視聴券は24日(金)21時まで購入可能で、視聴期限は24日(金)23時59分まで。

河竹黙阿弥邸の石灯籠は、現在、歌舞伎座のビルの5階にある屋上庭園におかれています。

河竹黙阿弥邸の石灯籠は、現在、歌舞伎座のビルの5階にある屋上庭園におかれています。

取材・文・撮影=塚田史香

配信情報

『糸桜 ~黙阿弥家の人々 ふたたび~』
 
■配信スケジュール:
2021年12月18日(土)11:00~
アーカイブは2021年12月24日(金)23:59まで
 
■視聴:¥2,500
■配信予定時間:120分間(変更となる場合があります)
 
■出演:
波乃久里子、大和悠河、喜多村緑郎
村岡ミヨ、鴫原桂、市村新吾、河合誠三郎、久藤和子
只野操、佐堂克実、柳田豊

■演奏:
堅田喜三代、望月太左幹、藤田和也、堅田紗都子
下野戸亜弓、樋口千清代
 
■スタッフ:
原作 河竹登志夫「作者の家」/脚色・演出 齋藤雅文/主催 新派の子 
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