柳家三三インタビュー「『月例 三三独演』は冒険できる落語会」~2022年の年間スケジュールとネタ出しも
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柳家三三 撮影=塚田史香
柳家三三が、イイノホールで毎月開催する落語会『月例 三三独演』。2022年の年間スケジュールと、各回1席ずつ演目が発表された。2021年最後の『月例 三三独演』を控えた三三にインタビューし、この会について、この1年について話を聞いた。
第176回 1月14日(金)「居残り佐平次」他
第177回 2月10日(木)「たちきり」他
第178回 3月11日(金)「百年目」他
第179回 4月7日(木)「品川心中」他
第180回 5月13日(金)「らくだ」他
第181回 6月10日(金)「大工調べ」他
第182回 7月12日(火)「蜘蛛駕籠」他
第183回 8月18日(木)「夏の医者」他
第184回 9月16日(金)「竹の水仙」他
第185回 10月13日(木)「素人鰻」他
第186回 11月10日(木)「柳田格之進」他
第187回 12月8日(木)「富久」他
■柳家三三という噺家のドキュメントとして
『月例 三三独演』は三三の自主公演だ。2005年にスタートした。
「真打になる1年前にはじめたので17年目ですね。最初は100人入るか入らないかの会場でスタートし、2012年8月からイイノホール(500席)でやらせていただいています。勉強会としてやるには、ちょうどよいサイズ感なんです」
2022年に向けて、12か月分のスケジュールとともに、各回1席ずつネタ出しをした。
2022年「月例 三三独演」案内パンフレット
「この会は、あらかじめ演目を決めて、定期的に続けていきましょうという形で始めました。落語会には、主催者さんがいる会と、手打ちでやる自主公演があります。主催者さんのご依頼を受け、そのお客様に落語を楽しんでいただく場では、ある程度やり慣れた完成品の噺を出すことが多いです。一方、この会は、ネタ下ろしではないけれど、過去にしっくりこなかったもの等を練り直し、またお客さんの前でやらせていただく。そのような冒険ができる場なんです。昔からのお客さんには、『あの噺がこうなったか』と聞いていただける。その意味で、言い方は悪いですが、当たりもあれば外れもある(笑)。けれども三三という噺家の活動のドキュメントを、一番感じていただける会だと思います」
撮影=塚田史香
三三に対し、「いつも完成度の高い落語を聞かせてくれる」というイメージをお持ちの方も多いはず。完成品か否かは、どう判断するのだろうか。
「一度覚えて完成したと思ったとしても、完成品と言えるのは、その時点でだけのこと。同じように喋っているつもりでも、年月が経てば、すんなり言えたセリフや展開がしっくりこなくなったりします。人生経験を重ねた分、自分の中のどこかが変わったり、あるいは、世の中の方が変わったりもあるのでしょうね。ちゃちな例えですが、前はぴったりだった服が何だか似合わなくなる……みたいなことでしょうか」
しっくりこないネタと向き合う時間も、楽しんでいる。
「『てにをは』を変えるだけの場合や、一場面全部をカットしたり、逆に加えたり。台詞を言う時の気持ちが変わることもあります。今まで、こんな気持ちで言っていたけど、そうじゃねえんだな……とか。僕の中で、落語をやることは何よりも一番楽しいこと。こうして悩んだり苦労したりも"込み"で楽しいんです」
撮影=塚田史香
しかし、自分のためのブラッシュアップではない。
「僕独自の解釈だとか、他の人との違いをお見せするための変更や工夫ではなく、ただ、常にその落語が一番輝くようにしておきたい。すんなり『ああ、面白かった』となるように、苦労の跡が一番見えない形でやりたい。お客様に"こいつ、なんの苦労もなく喋ってるなあ"と聞いていただけるのがいいですね」
■2021年の『目黒のさんま』
この1年で印象が変わった噺を尋ねると、三三はネタ帳をめくり、『目黒のさんま』に目をとめた。
「『目黒のさんま』は、二ツ目の若い頃に何度かやり、しっくりこない感じが続きました。普通の落語は登場人物の会話だけで筋を進めますが、この噺はストーリーテラーとしての演者がちょいちょい顔を出します。今年やってみたら、そこをあまりかしこまってやろうとせず、ある意味ではいい加減にやれた。メリハリがつき、自分もその物語の流れに楽しく参加できた感じがありました。その翌月の『だくだく』は、真打になりたての頃、頻繁にやっていたネタです。少し離れていたので選んだところ、こんなこと考えてはいけないのですが……『前はこんな感覚じゃなかったな。前の方がちょっと良かったな』とか、高座で考えながらやってしまいましたね。その後、畜生! と、しつこく続けて高座にかけることもありますけれど、『だくだく』は、“ウン、今じゃないみたい”って思いました(笑)」
撮影=塚田史香
『目黒のさんま』をかけたのは、師匠の柳家小三治が逝去された10月7日の会だった。小三治については、「突然だったので驚きました。覚悟していなかった分だけ……ね」とふり返っていた。
「師匠と細かい芸の話をすることはありませんでした。けれども思い返せば(師匠の)影響を受けていることばかりです。だからといって、その一つひとつをあえて自分の噺に落とし込もうとか、影響を感じていただけるように何かを変えるようなことはありません。お客様が、どうお感じになるかだけではないでしょうか」
撮影=塚田史香
12月9日の公演では、市童が『手紙無筆』を口演。その後、三三が『看板の一(ピン)』を披露した。隠居の親分は、若い男がマネしたくなるのも頷ける渋さ&格好良さ。続いて『言訳座頭』。掛け取りに困った甚兵衛が、座頭の富の市に言い訳の手伝いを頼む。舌先三寸で剛柔態度を使い分ける富市のたくましさに、心地よいテンポで笑いが続き、大晦日の心地良いせわしなさをも感じさせた。最後は『安兵衛道場破り』。赤穂浪士の人気者・堀部安兵衛、若き日の逸話。一席前の富の市とは一転、安兵衛は一文無しでも肝の据わったたくましさ。宿屋の主人の“小市民”感が可笑しかった。客席との呼吸のあい方には、独演会ならではの品があった。「三三の活動のドキュメントを一番感じられる会」だということは、この会のお客さんが一番よく分かっているのだろうと感じられた。
■自分が素敵だなと思う落語にも重きを置いて
インタビュー終盤、「この頃思うのは」と切り出した三三。
「僕はこれまで、目の前のお客さんにどう楽しんでもらうかに、ほとんど全ての比重をおいていました。噺家になり、自分がやりたい落語と、自分にできる落語にズレを感じつつも、自分にできること優先で、お客さんに楽しんでいただけるようやってきました。もちろんこれからも、お客さんに喜んでいただけることが一番。でもそれと同時に、自分が素敵だなと思う落語に近づくことにも、今までより少しだけ重きを置いて、両立できるようになるといいのでしょうね」
この思いに至ったきっかけのひとつに、コロナ禍の無観客でのオンライン配信の経験がある。
「お客様が一人もいないところで、カメラに向けて落語をやりました。最初はやりにくかったのですが、次第にカメラの向こう側で聞いてる人がいると思えるようになって。すると苦ではなくなりました。普段の高座では、お客さんの反応にあわせ落語に、微調整を加えながら喋ります。お客さんの反応がない状態でやると、自分のプランに近い、わりとピュアなものができる。これは発見でした」
無観客で開催された2020年7月『月例 三三独演 ライブ配信』の模様
予断を許さない状況ではあるが、現在、東京は感染者数は落ち着きつつある。
「これまでも、お客さんに常々感謝してきたつもりでしたが、あらめてお客さんが足を運んで会場に来てくださることのありがたさを、感じる年になりました。落語を喋る時、僕が一番心がけているのは、登場人物の鮮度を落とすことなく喋ること。色んな落語家が何千回も毎万回も喋っている噺で、お客さんも演者も筋やオチを知っているけれど、登場人物にだけは、知らないでいてもらいたい。その人の人生で、初めてその場面に遭遇するものとしてやりたいんです。お客さんの存在をあらためて新鮮に感じられたことが、少しでもいい形で生かされれば、この2年間も無駄にはならないだろうと思えます」
コロナ禍以降、本公演は会場とオンライン配信の両輪で開催されてきたが、配信は2021年12月でひと区切りする。思えば2020年3月13日、トップクラスの噺家の中で、いち早くYouTubeで落語を配信したのが三三だった。
撮影=塚田史香
「落語の火を絶やすな」や「緊急事態宣言下の皆さん笑いを」といった使命感に燃えたものではなく、勝手に言葉を添えるなら「僕は今日も落語をします。よければご覧ください」とでもいうような、落語にも視聴者にもニュートラルな姿勢に見えた。そんな三三が、無人島に何かひとつだけ持っていくとしたら?
「うーん……何もいらないかな。噺は、思い出してやれるので。ずっと一人で喋っているのでしょうね(笑)」
2022年最初の『月例 三三独演』は、1月14日(金)の開催。元旦から10日は、上野鈴本演芸場の正月初席の三部で主任(トリ)を勤める。
取材・文=塚田史香