1月歌舞伎座『壽 初春大歌舞伎』観劇レポート~梅玉、幸四郎、猿之助、獅童、勘九郎が揃う多彩な初芝居

レポート
舞台
2022.1.13
『壽 初春大歌舞伎』

『壽 初春大歌舞伎』

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歌舞伎座で、2022年1月2日(日)より27日(木)まで『壽 初春大歌舞伎』が上演される。新春に希望を感じさせる演目も多く、歌舞伎座入口や大間のお正月飾りだけでなく、華やかな装いの来場者も多い1月公演。ある演目には、干支にちなんで虎が登場する。客席は2020年8月以来、50%以下の客席の利用率で興行を続けていたが、今月よりおよそ68%となった。左右のどちらか一方は必ず空席となる配置で一定の安心感を保ちつつ、いずれの部も拍手に厚みが増し、熱い初芝居となった。

■時代物でみせ、春の訪れを祝う第一部

新年の歌舞伎座の第一部は、時代物の義太夫狂言『一條大蔵譚(いちじょうおおくらものがたり)』で幕を開ける。一條大蔵長成を勤めるのは、中村勘九郎。祖父・十七世勘三郎、父・十八世勘三郎も勤めた大切な役だ。

第一部『一條大蔵譚』一條大蔵長成=中村勘九郎 /(C)松竹

第一部『一條大蔵譚』一條大蔵長成=中村勘九郎 /(C)松竹

平家が栄華を極めた平安の終わり。常盤御前(扇雀)は、源義朝の愛妾であったが、義朝が討たれたのち、不本意にも仇・平清盛の妾となった。さらに、いまは大蔵卿の妻となり、浮世離れしたおとぼけものの大蔵卿と仲良く暮らしている。常盤御前は平家への怒りを失ってしまったのか。鬼次郎とお京が真意をたしかめに来る……。

第一部『一條大蔵譚』左より、お京=中村七之助、吉岡鬼次郎=中村獅童、一條大蔵長成=中村勘九郎、常盤御前=中村扇雀 /(C)松竹

第一部『一條大蔵譚』左より、お京=中村七之助、吉岡鬼次郎=中村獅童、一條大蔵長成=中村勘九郎、常盤御前=中村扇雀 /(C)松竹

中村獅童にとっては、20年ぶりの鬼次郎だが立ち姿から若々しく美しかった。中村七之助のお京は、濁りのない忠義心があるからこそ生まれるまっすぐな訴えが印象的だった。その心に応える中村扇雀の常盤御前の、感情がこみ上げてくる表現はリアルで、物語の流れを大きく変える。さらに、颯爽と現れる勘九郎の大蔵卿は、眩しいほどの凛々しさだった。本心をみせる時間はやがて終わり、また作り阿呆に戻る。大蔵卿の笑い声は明るかった。その明るさは作り阿呆で生きざるをえないことの自嘲にも、悲しみを隠す強がりにも、源氏再興への祈りを込めた強さにも感じられた。

続く『祝春元禄花見踊(いわうはるげんろくはなみおどり)』は、獅童の長男・小川陽喜の初お目見得の舞踊となる。桜満開の中、若衆たち(中村橋之助、中村福之助、中村虎之介、中村歌之助)に心華やぎ、男伊達(澤村國矢、中村鶴松)の足踏みに高揚し、演奏が一段と盛り上がったところで舞台中央の大ぜりから、獅童の真柴久吉、勘九郎の山三、七之助の阿国とともに、陽喜が登場すると、初お目見得としては異例の、奴の拵え。現実離れした愛らしさ。立廻りも六方もあり、時にはキレのある見得に「おお」とリアルな驚きの声も上がった。花道で獅童に抱き上げられると、あらためてその小ささに気づかされるが、本人は臆することも、浮足立つこともなく、自分の役と向き合っていた。あたたかな拍手に包まれ、全員が扇を手に桜吹雪とともに舞い、新年の歌舞伎座に希望いっぱいの春を呼んだ。

第一部『祝春元禄花見踊』(後方)左より、阿国=中村七之助、真柴久吉=中村獅童、奴喜蔵=小川陽喜、山三=中村勘九郎、(前方)左より、若衆松之丞=中村歌之助、若衆月之丞=中村福之助、若衆雪之丞=中村橋之助、若衆花之丞=中村虎之介 /(C)松竹

第一部『祝春元禄花見踊』(後方)左より、阿国=中村七之助、真柴久吉=中村獅童、奴喜蔵=小川陽喜、山三=中村勘九郎、(前方)左より、若衆松之丞=中村歌之助、若衆月之丞=中村福之助、若衆雪之丞=中村橋之助、若衆花之丞=中村虎之介 /(C)松竹

■舞踊と笑いで寿ぐ第二部

第二部『春の寿』は、舞踊二題で構成される。ひとつ目の『三番叟』は、天下泰平を祈る舞いではじまる。中村梅玉の翁は格調高く、中村魁春の千扇は古風な雅やかさ。ここから、絵巻物を広げていくような変化が続く。揚幕より中村芝翫の三番叟が現れ、五穀豊穣を祈念し舞い踊る。息づかいが聞こえるほどの緊張感と力強さでみせていた。ふたつ目は舞踊『萬歳』。中村又五郎の萬歳と中村鴈治郎の才造は、新年に家々をまわり、芸を披露する萬歳の2人組。商売繁盛を祈念する踊りを、手堅くおおらかに勤める。新年を寿ぐお正月興行らしい一幕。

第二部『三番叟』左より、三番叟=中村芝翫、翁=中村梅玉、千歳=中村魁春 /(C)松竹

第二部『三番叟』左より、三番叟=中村芝翫、翁=中村梅玉、千歳=中村魁春 /(C)松竹

第二部『萬歳』左より、才造=中村鴈治郎、萬歳=中村又五郎 /(C)松竹

第二部『萬歳』左より、才造=中村鴈治郎、萬歳=中村又五郎 /(C)松竹

続いて、松本幸四郎が初笑いを届ける『艪清の夢(ろせいのゆめ)』。幕が開くと、「こうらいや」とかかげられた待合茶屋があり、奥には上野の池をのぞむ。ここに大阪から引っ越してくるのが、清吉(幸四郎)と女房のおちょう(片岡孝太郎)だ。夫婦は借金を踏み倒し、さらにはわけあって百両を用立てたいと考えている。そんな2人に知恵を貸すのが、大家の六右衛門(中村歌六)だ。2人は六右衛門の筋書きに従って、侍の横島伴蔵(中村錦之助)に美人局をけしかけるが……。

第二部『艪清の夢』左より、家主六右衛門=中村歌六、艪屋清吉=松本幸四郎、清吉女房おちょう=片岡孝太郎、横島伴蔵=中村錦之助 /(C)松竹

第二部『艪清の夢』左より、家主六右衛門=中村歌六、艪屋清吉=松本幸四郎、清吉女房おちょう=片岡孝太郎、横島伴蔵=中村錦之助 /(C)松竹

中国の故事『枕中記』、通称「一炊の夢」をもとに作られたもので、幸四郎にとっては2012年以来、2度目の上演となる。清吉とおちょうは、お金に困っていても悲壮感はない(反省の色もない)。あまりの仲睦まじさに、花道の出から、客席に笑いがこぼれはじめる。歌六の大家さんは、はたきを片手に登場して、第一声は「やい!」。1ミリもふざけることなく、喜劇の味わいを深める。客席が温まってきたところで、錦之助の横島伴蔵がやってくる。日頃の印象からかけ離れたビジュアルは、一瞬誰だか分からないほど。オペラグラスを構える人や、配役を確認する人の姿があることもまた楽しい。もう一役の唯九郎では、異なるベクトルに大胆に振りきっていた。市川高麗蔵の安藝の内侍は、今月の歌舞伎座でトップクラスのゴージャスさ。中村壱太郎と大谷廣太郎は、団子売りならぬ黄金餅売りをきっちりと勤めつつ、清吉を困らせる。孝太郎は、“素敵にいい年増”なおちょうの他、傾城梅ヶ枝もしっとりと色っぽく勤める。そして幸四郎の清吉は、困り果てるほどに可笑しみを増す。古典をオマージュした場面では、化粧や拵えはそのままに、舞台の印象がガラリと変えハッとさせられた。遊び心がふんだんに盛り込まれ、お正月にふさわしい楽しくおめでたい一幕だった。

第二部『艪清の夢』左より、杵造=大谷廣太郎、お臼=中村壱太郎、艪屋清吉=松本幸四郎 /(C)松竹

第二部『艪清の夢』左より、杵造=大谷廣太郎、お臼=中村壱太郎、艪屋清吉=松本幸四郎 /(C)松竹

■光を取り戻し、歓喜にわく第三部

第三部は、この世代の「新春浅草歌舞伎」を支えてきた若手俳優たちが、多彩な個性を発揮する『岩戸の景清(いわとのかげきよ)』から。悪七兵衛景清(尾上松也)が、打倒源氏のため江の島の岩戸にこもると、世の中が暗闇に包まれる天変地異が起きた。その解決のために、源氏方の秩父重忠(中村歌昇)、北条時政(坂東巳之助)たちが集まる。金の冠に赤い袴姿の和田義盛の妹・朝日(坂東新悟)と、重忠の妹・衣笠(中村米吉)が、まず進み出て神楽を舞う。颯爽と長刀をふるう和田義盛(中村隼人)、千葉介常胤(中村莟玉)、隈取も鮮やかに弾むような江間義時(中村種之助)が続く。ついに岩戸から景清が光とともに現れる。浅草歌舞伎でリーダーシップを発揮してきた松也は幕外でスケールの大きな六方を見せ、熱い拍手の中、花道を駆け抜けた。

第三部『岩戸の景清』左より、千葉介常胤=中村莟玉、衣笠=中村米吉、江間義時=中村種之助、秩父重忠=中村歌昇、悪七兵衛景清=尾上松也、北条時政=坂東巳之助、朝日=坂東新悟、和田義盛=中村隼人 /(C)松竹

第三部『岩戸の景清』左より、千葉介常胤=中村莟玉、衣笠=中村米吉、江間義時=中村種之助、秩父重忠=中村歌昇、悪七兵衛景清=尾上松也、北条時政=坂東巳之助、朝日=坂東新悟、和田義盛=中村隼人 /(C)松竹

歌舞伎座のお正月興行を結ぶのは、市川猿之助の『義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)川連法眼館の場』、通称『四の切』。猿之助は、源義経の家臣・佐藤忠信、忠信の姿を借りた子ぎつね、源九郎狐を勤める。狐忠信は、静御前(中村雀右衛門)が所有する初音の鼓を追いかけて、静御前とともに川連法眼(中村東蔵)の館へやってきた。館に身を寄せる義経を市川門之助、局千寿に市川寿猿、飛鳥に市川笑也、駿河次郎に市川猿弥、亀井六郎に市川弘太郎(弘太郎は、3月市川青虎を襲名。現在の名では最後の舞台)という配役。

第三部『義経千本桜』(前方)忠信実は源九郎狐=市川猿之助、(後方)左より、静御前=中村雀右衛門、源義経=市川門之助 /(C)松竹

第三部『義経千本桜』(前方)忠信実は源九郎狐=市川猿之助、(後方)左より、静御前=中村雀右衛門、源義経=市川門之助 /(C)松竹

早替り、欄干渡り、欄間抜け、宙乗りなどアクロバティックな見どころのある人気の演目だが、猿之助は、数々のケレンをほんのスパイスに感じさせるほどに、物語そのもので心を掴む。古典の型に血を通わせ、その身体性と色気で真っ白な源九郎狐を愛らしく神秘的にみせた。エキセントリックにもなりかねない狐詞が、切実に響いてくる。クライマックスには、コロナ禍以降はじめて、歌舞伎座で花道の上をゆく宙乗りが披露された。空を行く源九郎狐も、それを見上げる客席のお客さんたちの横顔も歓喜に満ちていた。歌舞伎座は万雷の拍手に揺れた。

第三部『義経千本桜』(宙乗り)忠信実は源九郎狐=市川猿之助、舞台上左より、静御前=中村雀右衛門、源義経=市川門之助、局千寿=市川寿猿 /(C)松竹

第三部『義経千本桜』(宙乗り)忠信実は源九郎狐=市川猿之助、舞台上左より、静御前=中村雀右衛門、源義経=市川門之助、局千寿=市川寿猿 /(C)松竹

歌舞伎座『壽 初春大歌舞伎』は、1月27日(木)まで。

取材・文=塚田史香

公演情報

『壽 初春大歌舞伎』
 
日程:2022年1月2日(日)~27日(木) 【休演】11日(火)、19日(水)
会場:歌舞伎座
 
■第一部 午前11時~
 
一、一條大蔵譚(いちじょうおおくらものがたり) 
檜垣
奥殿
 
一條大蔵長成:中村勘九郎
吉岡鬼次郎:中村獅童
鳴瀬:中村歌女之丞

お京:中村七之助
常盤御前:中村扇雀
 
二、祝春元禄花見踊(いわうはるげんろくはなみおどり)
 
真柴久吉:中村獅童
山三:中村勘九郎
阿国:中村七之助
若衆雪之丞:中村橋之助
同 月之丞:中村福之助
同 花之丞:中村虎之介

同 松之丞:中村歌之助
奴喜蔵:小川陽喜(獅童長男)
 
■第二部 午後2時30分~
 
一、春の寿(はるのことぶき)
三番叟
萬歳
 
〈三番叟〉
翁:中村梅玉
三番叟:中村芝翫
千歳:中村魁春
 
〈萬歳〉
萬歳:中村又五郎
才造:中村鴈治郎
 
三世桜田治助 作
山田庄一 演出

邯鄲枕物語
二、新玉の笑いで寿ぐ艪清の夢(ろせいのゆめ)
 
艪屋清吉:松本幸四郎
横島伴蔵/盗賊唯九郎:中村錦之助
清吉女房おちょう/傾城梅ヶ枝:片岡孝太郎
お臼:中村壱太郎
貸物屋六助/杵造:大谷廣太郎

下男太郎七/捨金番福六:中村吉之丞
八百屋女房おみね:澤村宗之助
米屋勘助:中村松江
安藝の内侍:市川高麗蔵
紺屋手代黒八/番頭作左衛門:大谷友右衛門
家主六右衛門/鶴の池善右衛門:中村歌六
 
■第三部 午後6時~
 
河竹黙阿弥 作
難有浅草開景清
一、岩戸の景清(いわとのかげきよ)
 
悪七兵衛景清:尾上松也
北条時政:坂東巳之助
江間義時:中村種之助
和田義盛:中村隼人
千葉介常胤:中村莟玉
衣笠:中村米吉
朝日:坂東新悟
秩父重忠:中村歌昇
 
三代猿之助四十八撰の内
二、義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)
川連法眼館の場
市川猿之助宙乗り狐六法相勤め申し候

 
佐藤忠信/忠信実は源九郎狐:市川猿之助
静御前:中村雀右衛門
駿河次郎:市川猿弥
亀井六郎:市川弘太郎
局千寿:市川寿猿
飛鳥:市川笑也
源義経:市川門之助
川連法眼:中村東蔵
 

配信情報

歌舞伎夜話特別編『歌舞伎家話』第12回
 
〈上ノ巻〉
■配信日時:2022年1月10日(月・祝)14時00分~ 生配信 ※配信時間は90分程度を予定
■配信場所:イープラス「Streaming⁺」
 
■出演者:尾上松也 中村歌昇 坂東巳之助 坂東新悟
:2,000円(税込) 発売中
は1月16日(日)20:00まで発売。
※配信開始後・終了後に購入の方も1月16日(日)23:59までアーカイブ視聴ができます。
 
〈下ノ巻〉
■配信日時:2022年1月16日(日)14時00分~ 生配信 ※配信時間は90分程度を予定
■配信場所:イープラス「Streaming⁺」
 
■出演者:尾上松也 中村種之助 中村米吉 中村隼人 中村莟玉
:2,000 円(税込)  発売中
は1月22日(土)20:00まで発売。
※配信開始後・終了後に購入の方も1月22日(土)23:59までアーカイブ視聴ができます。
〈上ノ巻〉、〈下ノ巻〉セット券3,600円(税込)
※セット券は1月16日(日)20:00まで発売。
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