片岡仁左衛門が語る一世一代の『碇知盛』と、やっていて気持ちの良い『河内山』~二月・三月歌舞伎座公演取材会レポート
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片岡仁左衛門 /(C)松竹
片岡仁左衛門が、『義経千本桜 渡海屋・大物浦』の渡海屋銀平実は新中納言知盛を、一世一代で勤める。会場は歌舞伎座で、2022年2月1日(火)から25日(金)までの公演。この度取材会が行われ、2月の本作について、そして3月に勤める『天衣紛上野初花 河内山』の河内山宗俊について、仁左衛門が語った。
■一世一代は公約。ぜひ観ていただきたい
「一世一代」は、その役の演じおさめを意味する。仁左衛門は、これまでに『女殺油地獄』の河内屋与兵衛(2009年6月)と、通し狂言『絵本合法衢 立場の太平次』の左枝大学之助/立場の太平次(2018年4月)で、一世一代と銘打った。『碇知盛』の通称で知られる本作が3作目となる。
「芝居に完成はありません。役者としては、チャンスが回ってきたらやりたくて仕方がない。しかし、この狂言は20キロ近い衣裳を着て、体力も消耗します。果たしてその時に、お客様に出して恥ずかしくない範囲で勤められるかどうか。一世一代、今回で最後だと謳っておかなければ、“やっぱり、もういっぺん!” と思いかねません。自分にブレーキをかけるための公約です。今回が最後なら、『次に行ったらええがなぁ』と思われるお客様にも、来ていただけるかと(笑)。役者は、お客様に見ていただいて初めて役者としての価値があるもの。ぜひ観ていただきたいです」
(C)松竹
「渡海屋・大物浦」は、『義経千本桜』の二段目にあたる。『平家物語』では、壇ノ浦の戦いで敗れ、入水した最期が描かれている知盛。しかし本作では、知盛が、実は安徳帝とともに生き延びていて……という設定になる。
「台本を読むと、非常に暗いお芝居です。その暗さを歌舞伎独特の演出で、人物の生きざまをお見せしたい。暗くせずに悲しみを伝え、観終わってはじめて、戦いの虚しさを感じていただく。そして、忠義には虚しさが伴うことがあるのだと伝わるお芝居ができれば」
■仁左衛門の知盛は、仁左衛門型
初役は、2004年4月の歌舞伎座。
「知盛を勤めた先輩方は、すでに亡くなられていました。大阪の河内屋のおじさま(三代目實川延若)と、東京の紀尾井町のおじさま(二代目尾上松緑)を参考に、その両方の型を取り入れて、私の型をつくりました。その意味で、この狂言に非常に愛着を感じております」
「渡海屋」で、知盛は、安徳帝を守り義経を討つために、渡海屋の主人・銀平を名乗っている。乳母の典侍の局は銀平の女房に、安徳帝はその娘に身をやつす。
「大きく分けて、大阪は物語と人物の表現に重きをおく。東京はそれを踏まえながら、役者を見せる部分を大事にする。その中間を、私はいきたいと考えています。例えば『渡海屋』で、銀平は揚幕から登場します。大阪では、碇を担いで出てきますが、東京は傘をさして、颯爽と出てきます。パッと格好良くお客様を引きつけられるよう、私は傘を使います」
後半の「大物浦」は、壮絶な展開となる。
「大阪では、知盛が自分に刺さった矢を抜き、その血を舐めるやり方があります。自分の薙刀を舐めるやり方もありますね。槍だと自分の血、薙刀だと他人の血。自分のわき腹が大変な時に舐めるのか? 人のを舐めるのもどうだろう? など(笑)。屁理屈を考えてしまうのですが、見た目を重視し、壮絶な雰囲気を出したいです」
『義経千本桜 渡海屋・大物浦』(H29.3歌舞伎座)銀平実は知盛=片岡仁左衛門 /(C)松竹
知盛を勤める時に大切にするのは、「安徳帝への忠節心と、源氏への怨み」。
「『大物浦』で知盛は、義経を前に『怨みをはらさでおくべきか』とまで言います。しかし帝から、自分を守ってくれる義経を仇に思うなと諭されると、その一言で、知盛は戦意を失います。さらに義経が、帝を守ると約束すると、知盛の心の怨念も晴れ『昨日の敵は今日の味方、アラ嬉しや。心地よやな』と。“喜ばしやな”ではなく、“心地よやな”。そこまで気持ちを持っていける人物として勤めます」
■3月の仁左衛門は、河内山宗俊
3月3日(木)からは、歌舞伎座の第二部で『河内山』に出演し、河内山宗俊を勤める。
「やっていて気持ちの良い、好きな狂言です」
役は、父・十三世片岡仁左衛門(1994年逝去)に教わったが、自身の大病により「一度お流れに」。そして『碇知盛』と同じ2004年、11月の歌舞伎座で初めて勤めた。
「初演の時、父はおりませんでしたので、初代中村吉右衛門のおじさん、十一代目團十郎のおじさん、十七代目中村勘三郎のおじさん、八代目松本幸四郎(初代白鸚)のおじさんなど、先輩方の河内山を聞き、自分なりに勤めています。私は、必ず『質見世の場』から上演します。台詞でも説明はあるのですが、やはり見ていただくと、初めてご覧のお客様にもお分かりやすいと思います」
『河内山』(平成24年2月新橋演舞場)河内山宗俊=片岡仁左衛門 /(C)松竹
作者は、河竹黙阿弥。
「黙阿弥の芝居では、下座音楽の旋律に流され、言葉のリアルさを失ってしまうことがあります。七五調のセリフでも、リアルさをしっかり捕まえておくことを大切にしています」
河内山は、江戸幕府に仕え、大名たちの茶などの接待をするお数寄屋坊主だ。将軍に直参できる立場でありながら、それを悪用して、強請やタカリをする。
「河内山は悪人ですが、ご直参という立場であることを念頭に勤めます。上野寛永寺の一品親王の代理になりすました時、誰も不審に感じない河内山でないといけません」
『河内山』(H27.1大阪松竹座)河内山宗俊=片岡仁左衛門 撮影:福田尚武
「こんなことを申し上げると怒られるかもしれませんが……大悪人は、ある部分だけを見ると大善人である場合もあるように思います。河内山も、お金儲けのために動く人間ですが、いざとなれば、お金は度外視して命をはります。演じる時にも、ことさら『悪』を強く出すことはしません」
■意味以上に、心を伝える
『碇知盛』でも『河内山』でも、「お客様にお分かりいただく」ことを心にかける仁左衛門。義太夫狂言の上演が決まると、まず過去の映像を見るのだそう。
「台本は開かず、映像だけを見ます。そして分かりづらい台詞を、確認します。私に分かりにくければ、お客様にとっても、お分かりづらいでしょう」
その意味で「今、迷っているところがあるんです」と切り出した仁左衛門。
「知盛の台詞に、『おんてき、くろうほうがんよしつねの首を』とあります。『おんてき』と聞き、何をイメージされますか。『御敵』と連想する方が多いように思うのですが、文字にすると“怨敵”です。怨む敵だと伝わるよう、今回は言葉を変えてみようかと考えているところです」
(C)松竹
台詞の意味を伝える以上に、人物の心を伝えることが目的だという。
「ストレートに伝わるよう、台本を読み返さないと理解できないような長いセリフはカットしたり、書き直すこともあります。素人芝居ではありませんので、自分が満足でも、お客様にお分かりいただけなければ値打ちはありません。イヤホンガイドもよいですが、できることなら私の台詞で、お客様のお気持ちにストレートに訴えたいです」
記者から、絶対に変えられない台詞はあるかと問われると、次のように答えた。
「絶対に変えたい台詞も、絶対に変えられない台詞もありません。思いが伝われば。ただ……いい加減な答えと思われるかもしれませんが、今後出てくる可能性はありますよ?(笑)。何度も過去の映像をみて、台詞を覚えてからも、とにかく台本をくり返し読みます。台詞回しができるようになり、気持ちが入るようになると、自然と変わってくることもあります」
『義経千本桜 渡海屋・大物浦』(H29.3歌舞伎座)銀平実は知盛=片岡仁左衛門 /(C)松竹
たとえば『渡海屋』の知盛の「一天の君を我子と呼び」という台詞だ。
「はじめは普通に言っていましたが、知盛の忠節心から、自然と『助けるためとはいえ、帝を我が子と呼ばせていただくことは本当に申し訳ない』という気持ちから、台詞の言い方も変わりました。その意味では、“怨敵”も、言い方だけを変えるやり方がありますね。たとえば(調子を変え)、“怨敵、九郎判官義経の首を……”と」
仁左衛門は、一瞬、知盛が憑依したかのような凄みをみせた。次の瞬間には穏やかな調子に戻り、「芝居を観る時はあまり気にせず、ドラマを見てくださいね。私はこの公演で碇知盛は最後です。他にやる方がいなければ、私の型は消えてしまうかもしれません。ですから、せいぜい今回、観ておいてください」。茶目っ気のあるトーンと、真摯なまなざしで呼びかけていた。
■常に続けてきた「これで、ええのかな?」
会見の終盤はやや脱線し、昨年11月の『連獅子』の話題へ。史上最高齢77歳で勤めた感想を問われると、「もうちょっと、やれると思いました」と笑顔で即答した。
「お恥ずかしい話ですが、前回、毛振りで引っ掛けてしまった日がありました。これまでにはないことなので、体力が落ちたせいだと言われたらそうかもしれませんが、前回は力ではなくタイミングで振っていたんです。体力のせいだと思われるのもシャクですので、傘寿でもう一度やれたらいいですね(笑)」
『連獅子』で、気になることもあるという。
「後シテで、親獅子の精と仔獅子の精が、牡丹の花の匂いを感じます。獅子は想像の生き物ですが、イメージとしては、百獣の王ライオンが近いでしょう? 親獅子が、ああも鋭い動きで匂いを嗅ぐかな、と思うんです。大先輩方も昔からなさっていますし、私もやっているのですが」
機敏に鼻先をクンクンしてみせて、「これでは、獅子の親子というより2匹の仔狐でしょう?」と問いかける。
「常に『これで、ええのかな?』と、疑問を抱く性格です。腑に落ちなければ、脱線しない中で、やり方を考えてきました。たしか『連獅子』は、まだ一世一代をつけていませんでしたね。前回の『連獅子』は、家内にダメと止められていたので、内緒で決めたんです。発表で知って怒っていましたが、もしもまたやらせていただくことがあるなら、また内緒でやらないといけませんね(笑)」
(C)松竹
『二月大歌舞伎』は2月1日(火)~25日(金)、『三月大歌舞伎』は3月3日(木)~28日(月)の公演。またトークイベント、歌舞伎夜話特別編『歌舞伎家話』第13回が、2月5日(土)まで「Streaming+」で配信されている。
取材・文=塚田史香
公演情報
日程:2022年2月1日(火)~25日(金) 休演 8日(火)、17日(木)
会場:歌舞伎座
【第一部】午前11時~
真山美保 演出
一、元禄忠臣蔵(げんろくちゅうしんぐら)
御浜御殿綱豊卿
富森助右衛門:尾上松緑
中臈お喜世:中村莟玉
上臈浦尾:中村歌女之丞
小谷甚内:片岡松之助
新井勘解由:中村東蔵
御祐筆江島:中村魁春
獅子の精:中村錦之助
同:中村鷹之資
同:尾上左近
【第二部】午後2時30分~
静御前:片岡千之助
曽我五郎:中村萬太郎
渡海屋
大物浦
片岡仁左衛門一世一代にて相勤め申し候
源義経:中村時蔵
女房お柳実は典侍の局:片岡孝太郎
入江丹蔵:中村隼人
銀平娘お安実は安徳帝:小川大晴
相模五郎:中村又五郎
武蔵坊弁慶:市川左團次
【第三部】午後6時15分~
白拍子実は松の前:中村雀右衛門
河竹黙阿弥 作
織田紘二 補綴
神山彰 補綴
今井豊茂 補綴
鼠小紋春着雛形
二、鼠小僧次郎吉(ねずみこぞうじろきち)
刀屋新助:坂東巳之助
芸者お元:坂東新悟
杉田娘おみつ:中村米吉
蜆売り三吉:尾上丑之助
石垣伴作:中村吉之丞
左膳弟子左内:市村橘太郎
養母お熊:嵐橘三郎
与之助:坂東亀蔵
早瀬弥十郎:坂東彦三郎
本庄曾平次:河原崎権十郎
大黒屋抱え松山:中村雀右衛門
辻番与惣兵衛:中村歌六
公演情報
会場:歌舞伎座
横内謙介 脚本・演出
市川猿之助 演出
市川猿翁 スーパーバイザー
三代猿之助四十八撰の内
新・三国志(しんさんごくし)
関羽篇
市川猿之助宙乗り相勤め申し候
劉備:市川笑也
香溪:尾上右近
孫権:中村福之助
関平:市川團子
諸葛孔明:市川弘太郎改め市川青虎
華佗:市川寿猿
司馬懿:市川笑三郎
陸遜:市川猿弥
黄忠: 石橋正次
曹操:浅野和之
呉国太:市川門之助
張飛:市川中車
天衣紛上野初花
一、河内山(こうちやま)
質見世より玄関先まで
松江出雲守:中村鴈治郎
宮崎数馬:市川高麗蔵
腰元浪路:片岡千之助
番頭伝右衛門:片岡松之助
北村大膳:中村吉之丞
米村伴吾:澤村宗之助
黒沢要:中村亀鶴
大橋伊織:坂東亀蔵
和泉屋清兵衛:河原崎権十郎
後家おまき:坂東秀調
高木小左衛門:中村歌六
政五郎女房おたつ:中村時蔵
左官梅吉:河原崎権十郎
錺屋金太:坂東彦三郎
酒屋小僧:寺嶋眞秀
桶屋吉五郎:市村橘太郎
大家長兵衛:市川團蔵
金貸おかね:中村東蔵
大工勘太郎:市川左團次
一、信州川中島合戦(しんしゅうかわなかじまかっせん)
輝虎配膳
お勝:中村雀右衛門
直江山城守:松本幸四郎
唐衣:片岡孝太郎
越路:中村魁春
戸部銀作 補綴
増補双級巴
二、石川五右衛門(いしかわごえもん)
松本幸四郎宙乗りにてつづら抜け相勤め申し候
三好長慶:中村松江
三好国長:中村歌昇
左忠太:大谷廣太郎
右平次:中村鷹之資
佐々木秀経:中村玉太郎
細川和氏:市川男寅
仁木頼秋:市村竹松
次左衛門:松本錦吾
呉羽中納言:大谷桂三
此下久吉:中村錦之助
配信情報
『歌舞伎家話』第13回より (右から)片岡仁左衛門、中井美穂
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※配信開始後・終了後に購入の方も2月5日(土)23:59までアーカイブ視聴ができます。
配信情報
『歌舞伎家話』第5回より (左から)片岡千之助、片岡仁左衛門、片岡孝太郎
■配信場所:イープラス「Streaming⁺」
■配信日時:2022年1月30日(日)12時開始 ※配信時間は70分程度を予定
※本配信は 2020年7月5日より配信された番組を再配信するものになります。
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※配信開始後・終了後に購入の方も2月5日(土)23:59までアーカイブ視聴ができます。