ヒグチアイ、ニューアルバム『最悪最愛』に込めた問いーー『進撃の巨人』EDテーマなどタイアップに恵まれた今も、人間の矛盾について徹底的に考え抜く理由とは
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ヒグチアイ 撮影=ハヤシマコ
メジャーデビュー5周年を迎えた去年春、ポニーキャニオンへ移籍。移籍第1弾の楽曲「縁」が、吉田羊主演のドラマ『生きるとか死ぬとか父親とか』でエンディングテーマに選ばれ、今年1月にはテレビアニメ『進撃の巨人』のエンディングテーマに「悪魔の子」が選ばれるなど、話題に事欠かないヒグチアイ。そんな彼女が、満を持して3月2日(水)にリリースしたニューアルバムが『最悪最愛』。両極端にある言葉の矛盾を、徹底的に考える事が自然に表現されている。図らずも全体的に別れについて歌われた楽曲が多いというのも彼女らしい。聴いた後に何かを考えるキッカケに必ずなる本作を、是非とも多くの人に聴いて欲しい。というか、必ず聴かれるべき作品である。
ヒグチアイ
――今年は1月からスタートしたテレビアニメ『進撃の巨人』のエンディングテーマ「悪魔の子」を担当するという大きなニュースから始まりましたよね。凄くハッピーなニュースなのに、出されたコメントには「『進撃の巨人』から、人生を揺るがす問いをもらいました。精一杯答案を埋めたけれど答えは出ませんでした。一生をかけて解いていきます」と、本当にヒグチさんらしい誠実な言葉が書かれていたのも印象的でした。
『進撃の巨人』は誰かにとっての人生だと思うので、人の大切なものに踏み込む事だからこそ、「決まりました! 嬉しいです! 宜しくお願いします!」みたいなコメントでは、「何様なんだ!?」となるかなと(笑)。自分は深く考えるタイプなので、曲もコメントも諦めずに書いて良かったと思っています。きっとあのコメントで、曲を聴いてくれる人も増えると思っています。全然私を知らない人にも(曲の)全部を知ってもらわないといけないので、それならばコメントを読んだ事で、情報量を0から1くらいにしてもらって、そこから聴いてやろうと思ってもらいたい。みんなが真剣に触れてきたものを、私も真剣に触れて、曲を真剣に書いた事を伝えたかったんです。
ヒグチアイ
――『進撃の巨人』ファンに確実に伝えたいからこそ、あれだけ丁寧なコメントの言葉を出されたと。改めて、ヒグチさんが言葉を大切にしている事が伝わってきました。
言葉は全部歌詞で、Twitterにつぶやくのも詩みたいなものじゃないですか。適当に書いているように思える言葉でも意味はある。あのコメントを書いた人が書く歌詞ならば、そこには意味があるんじゃないかと思ってもらえるはずですから。あのコメントを良かったと言ってくれる人は多いですし、『進撃の巨人』のファンだという事を安心してくれる人もいました。昔、「相手の事を好きと言って、損する事は無い」と言われた事もあったので、そういうところは大切にしています。浮ついてはいないのですが、私にとっても人生を考えるくらいの作品ではあったので、「タイアップが決まりました!」という連絡をもらった日だけはさすがに浮つきましたよ(笑)。後は「嫌われないかな? どうしよう?」とばかり考えていました。『進撃の巨人』ファンにとって、知らない私が曲を書いて、知らないままにされるのは嫌なので。
ヒグチアイ
――今、SNSでは言葉が安く扱われてゴミ捨て場みたいにつぶやかれる事もあるだけに、ヒグチさんがTwitterにつぶやく言葉さえも詩と捉えているのは素晴らしいなと思いました。
SNSをゴミ捨て場だと思って書いている人でも、ちゃんと考えれば、その言葉には意味があると思っていて。でも、あまり気にしていない人が多いですよね。私はどういう意味でみんなが言葉を書いているか、普段から気になったりしていて。みんな自分の言葉を見られていないと思っているんですかね? 有名人もフォロワーが1人しかいない人も、共に同じ文字の大きさなのに。「悪魔の子」については、全ての人の心に悪魔がいるというテーマで書いていて、『進撃の巨人』もそういう話なのに傷付けるような言葉を選んで曲を否定する人もいて……。歌で何かを伝えるというのは、凄く難しい事だなと身に染みて思いました。
――あくまで否定をする人は一部だと思うんですけど、それでも見逃さず、絶対その事を考えられますよね。
たとえ否定が1で、褒められる方が100でも1の否定が目に入るんです。否定してまで言ってくるという事は、大ごとなんだろうなと。最近は見ないふりも出来るよう様になったので、強くなったとは思います。褒められて、「そうなんですよね!」と真正面に受け取れる可愛げも欲しいですよね。
ヒグチアイ
――良い事では無く、悪い事を重視するからこそ、やはりヒグチさんは信頼できると思うんです。今回のアルバムも別れの曲が多くて、それもヒグチさんらしくて凄く良かったです。
なんでこうなっちゃたんだろう? 一生会わない人もいるんだろうなとは思っていて、それは「劇場」という曲でも書いています。あんなに仲良かったのに今、会わないという人もいる。それを別れだとは思っていなくて、ただ離れた人たちというか……。そんな事が私の身にあったんでしょうね、覚えてないですけど。今、言われて初めて気が付きましたもん、別れの曲が多いと(笑)。でも、思い出せないだけで絶対色々あると思うんですよね。そうやって今、考える視点が出来ているのが嬉しいです。わからない事があるのが嬉しいです。
――とにかく色々な事を考えられますよね。
自分で雑誌を作りはじめて、その特集企画を考えるようになった結果、普通に生活している全員の人生がおもしろいと思えたんです。よく、ありふれた恋愛と言いますけど、実は全然ありふれてなくて、その人たちの特別がある。そんな見過ごしそうな特別を探すのが、私は好きなんだなと。エピソードのおもしろさというより、その時にそんな事が見えてるんだという方が好きです。別れ話で色々と話している時でも、これから私はひとりで生きていかないといけないと考えるみたいな、そういう事が好きなんでしょうね。
ヒグチアイ
――以前から、そういう客観的、俯瞰的で冷静な思考を持っておられましたけど、今回のアルバムは特にそういう部分が凄く感じられたんです。
自分では、嫌ですけどね(笑)。もっと熱くいきたいんです、本当は。近年、おじいちゃんが死んじゃった時も冷静に受け止めて全然泣けなくて……。人が死んだら、人生が変わると思っていたけれど、それは甘い考えでした。でも、地元の長野でライブをすると、おじいちゃんが家から駅までの帰り道を送ってくれていて、いつも「あいちゃん、いい人いないんか?」と言ってくれていた事を、家でお風呂に入っている時にふと思い出して泣けて……。その時、自分に人間らしい感情があった事に安心したというか。普段から感動して泣いたり、サプライズして泣いたりしたいですけど、気を遣っちゃうんです。それが身に染みついている感じはしますね。兄と妹がむちゃくちゃ仲悪い中での真ん中っ子だったので、間を取り持つ事が染みついているから、感情の激しいアーティストを観ると羨ましいんですよね。もちろん、それはそれで大変だと思いますけど。
――でも、その冷静さによる客観的で俯瞰的な視点で描かれたアルバムだからこそ、聴いた人には本当に響くと思いますし、何かを考えるキッカケになると思うんです。
普段から物事を考えない人が私の曲を聴いて、今まで考えなかった事を考えるようになったら良いなとは感じていて。でも、その考えるキッカケになる問いかけが今までの曲では難しかったとも思っています。そういう問いのキッカケは簡単な方が良いと思うので、「悪魔の子」を出してからは今後どういう歌詞を書こうかと考えていますね。歌詞の書き方を大きく変えようとしているので、どんな書き方が良いのだろうかと実践しているところです。
ヒグチアイ
――ひとつの仕事を経験する度に、新たな発見をされていますよね。
全ての仕事がむちゃくちゃ良い影響というか。悪い事も勉強になるので、だから結果、良い事しかなかったですね。タイアップソングも1番だけ、ちゃんと(案件に沿って)書いたら、2番からは好きに私の曲にして良いんだなという事がわかったり。
――「悪魔の子」のコメントでも問いという言葉を書かれていましたし、自分に対しても聴き手に対しても問いを大切に思われていますよね。
考える事が無くなったら、暇になると思います。以前、高校生と話す機会があって、「理由なんて無い事が多いんですよ!」と言われたんですね。でも、私は全部に理由があると思っています。嫌いなものにも好きなものにも理由があると思っている。そういう事を考えるのが好きですね。
ヒグチアイ
――その流れでいうと、アルバムタイトル『最悪最愛』でも収録曲「悪い女」でも、最悪の人は最愛の人という旨が歌われています。両極端の言葉を考え抜かれた上での言葉なんだなと伝わってくる。
ファーストアルバム『三十万人』(2014年)の時に、アートワークを担当して下さった方が「矛盾が嫌いだ」と言っていて、凄く共感したんですよね。でも、歳を重ねるにつれて矛盾が嫌いだと生きづらいなとも感じて、だから矛盾を受け入れていかないといけないと考えたんですけど、最近はそうやって矛盾しているからこそ人間だなとも思えて。『最悪最愛』は、そういうタイトルでもありますね。
――色々と考え抜いて、色々な想いを込めたアルバムですけど、レコーディング終わった後も聴き直したりするものですか? すぐに聴き直さなかったとしても、アルバムツアーが近づいてきたら聴き直したりしますか?
私は聴かないです(笑)。ツアーが始まっても聴かないですね。1曲単位で聴く事はありますけど、作ったら終わりです。別に聴かなくても、その時に一生懸命作ったからいいんです。出来上がったら、聴く人のものでいいのかな、良く言えば。それに次の事を考えないといけないので。このアルバムが一番良いと言われるより、今出した新曲が一番良いと言われる方がいいですから。
ヒグチアイ
――次の事を考えないといけないというのは、もう既に次の曲の事を考えていくという事ですか?
そうですね。自分の曲だけじゃなくて人への提供曲も作るようになってから、この声が好きとかこの声が嫌いとか、声の質に情報量があるなと思ったんですね。じゃあ私の声の情報量なら、どこまで歌詞やメロディーなどの情報量を入れていいのかなとか、気を付けて書かないといけない。真ん中っ子で良かったですよ、バランスを取れるので(笑)。ただ、性格の偏りもあるので、その歪さだけは曲に落とし込めたらなと。フラットになり過ぎて、何も無くなったら困るので、そのバランスは気を付けていきたいです。
――今回は「縁」に「悪魔の子」と、ドラマやアニメのタイアップソングを見事に書き上げられていたのが嬉しかったです。なので、例えばですけど、大衆的でポップな王道ラブストーリーの映画やドラマのタイアップソングも今後、担当して欲しいなと。
そういうものの中に、どこまでの熱量を入れられるかを探すのは得意だと思います。今、思い出したんですけど、「縁」はジェーン・スーさんのエッセイが原作になったドラマのエンディングテーマだったり、『進撃の巨人』は漫画のアニメ化で、私は紙で読んでいくものが得意なんですね。でも、映像だけを観ていくものは不得意というか、自分のテンポで進まないので時間がかかる。だから、わがままを言うと原作があるものをやりたいです(笑)。
ヒグチアイ
取材・文=鈴木淳史 撮影=ハヤシマコ
リリース情報
ライブ情報
『HIGUCHIAI band one-man live 2022 [ 最悪最愛 ]』
3月11日(金) 東京 EX THEATER ROPPONGI
3月27日(日) 大阪 umeda TRAD
全席指定:前売 5,500円(税込)+1Drink
一般発売中
ヒグチアイ オフィシャルサイト:https://www.higuchiai.com/
ツアー情報
『HIGUCHIAI solo tour 2022 [ 最悪最愛 ]』
4月9日(土)高松 LIVE HOUSE 燦庫 -SANKO-
4月16日(土)広島 Live Juke
4月23日(土)神戸 海辺のポルカ
4月24日(日)福岡 ROOMS
4月28日(木)金沢 もっきりや
4月29日(金・祝)名古屋 BL cafe
5月1日(日)長野 長野市芸術館 アクトスペース
5月6日(金)京都 磔磔
5月8日(日)東京 早稲田奉仕園スコットホール(講堂)
一般発売中
※各公演、地方自治体/会場ごとの感染拡大防止ガイドラインに従い開催させていただきます。
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