京都の劇団「MONO」の新作『悪いのは私じゃない』作・演出の土田英生が語る。「バカバカしいやり取りを通して、今の時代の着地点を見つけたい」
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MONO『悪いのは私じゃない』出演者。(上段左から)土田英生、金替康博、尾方宣久、水沼健、渡辺啓太(下段左から)立川茜、高橋明日香、石丸奈菜美、奥村泰彦 [撮影]西山榮一(PROPELLER.)
「第76回文化庁芸術祭賞」大賞を受賞した、兵庫県立ピッコロ劇団『いらないものだけ手に入る』を始め、2021年はかつてない勢いで新作を発表した劇作家・演出家の土田英生。彼が率いる京都の劇団「MONO」が、1年ぶりの本公演『悪いのは私じゃない』で、今年も4都市ツアーを敢行する。ユーモラスかつテンポの良い会話を通じて、現代社会の問題を浮き彫りにするのが、土田の作品の持ち味だが、今回はその解決策と言えるものを提示するつもりだと言う。2月2日に行われた、土田のリモート会見の模様をレポートする。
土田が本作のテーマに掲げたのは「論争劇」。完ぺきと言えるチームワークで作り上げる、緩急の効いた会話の連鎖がMONO最大の特長だが、今回はその原点に戻りたかったという。
「自分で言うのは気持ち悪いですが、うちの劇団は“息のあった会話劇”と紹介していただくことが多いので、メンバー9人がえんえんと、息のあった会話をし続ける芝居をやろうと思いました。ただ書いているうちに、論争というより“いや、今まったく関係ない話になってますよ?”みたいな会話がほとんどになりました。メンバーに“これ、いつもと一緒じゃん”“ツイッターに「今回は論争だ」と張り切って書いてなかった?”とか言われてます(笑)」
MONO主宰で作・演出の土田英生。
もう一つ執筆の動機になったのは、分断化が進む社会への懸念。特に近年、土田が演劇界のパワーハラスメントに関する相談を受ける機会が増え、異なる2つの言い分の間で板ばさみになる経験を、何度も味わったことがベースになっているそうだ。
「本当に人の分断が世界的に加速してますが、ケンカはあっても話し合いの場があまりないと思うんです。たとえば僕が、SNSで何かの意見を軽く書くと、途端に“お前はそっち側なんだね”と、敵対する考えの人から罵られる。考えの近いはずの人たちも、割と極端にいろんなものを捨て去って“お前はこっち側だよな”と認識することで、自分との齟齬(そご)が出たりする。違った考えの人たち同士が、まったく間を生み出すこともなく、本当に椅子の投げ合いになってるなあと思うんです。
演劇で“こういう加害があった”という相談を受けると、だいたい加害者が僕の知っている人で、しかもそんなに悪い奴じゃなかったりする。もちろんパワハラは絶対にダメですけど、加害者にも上手く説明できないことがあったり、被害者にも問題があったりして、ゼロゼロってことはやっぱりないんですよ。その中間に立って、着地点を見つけることは難しいと感じた中で、どうやってこの分断に接着剤を付けたらいいんだろう? ということを考えてみたくなりました」
MONO前回公演『アユタヤ』(2021年)より。 [撮影]井上嘉和
舞台となるのは、ある地方都市の小さな工場。元社員から「会社でイジメに遭った」と告発されたため、社内に調査委員会が設けられることになった。聞き取り調査を進めていくうちに、思わぬ暗部が露わになっていくことに戸惑う社員たち。そんな中、全員を疑心暗鬼に陥れてしまうような出来事が起こる──。
「イジメの犯人探しというより、いかに各々が闇を抱えているかということがわかってくる……という話になってきています。ある出来事をきっかけに、自分の(言った)悪口を誰が聞いているかわからない、という状況になるんですね。そこから前に進むには、自分たちに不都合なことを一度表に全部出して、それを認めるしかないんじゃない? という方向に、話は進んでいきます。
僕はとにかく“認めて謝る文化”を作ることが、着地点だと思っているんです。たとえばパワハラも“していない”って言い張るんじゃなくて、一言“ごめんなさい、やったかもしれないですね”と認めて謝れば、相手も溜飲が下がって“これから気をつけましょうね”で終わる。そういうことって、結構あると思うんですよ。
“こいつも悪い所はあるけれど、考えが一緒の所もあるよね”と、認める所はなるべく認めあうという姿勢をとにかく作りましょうよ、と。とはいえ会話自体は、割とバカバカしいやり取りになっていて、(観客に)嫌な思いをさせて帰るような芝居にはならないと思います。なるべく“希望があるな”という風に、感じてもらいたいです」
MONO前回公演『アユタヤ』(2021年)より。 [撮影]井上嘉和
会見時にはまだ脚本執筆中だった土田だが、現在ある問題が。それは「パワハラや、パワーハラスメントという言葉をセリフの中に入れられない」ということ。これは土田の、脚本家としての一つの信条が関係しているという。
「僕の本は日常会話をベースにしていますが、それでも舞台の言葉はやっぱりフィクションだし、(舞台)美術をいくら精巧に作っても、それは作られた世界。現実にフィルターをかけて、フィクションを作るという時に、何か固有名詞を使ってしまうと、その世界が薄っぺらくなってしまう気がするんです。
作られた世界の中で、お客さんは“ここは現実だ”と思って舞台を観る。その時に、たとえば“ローソンでさあ……”と言うと、劇場に来る途中で通ったローソンの方が圧倒的にリアルだから、舞台上のリアルがなかなか成立しなくなってしまう気がします。でも“コンビニ”というセリフは、やっと3年前ぐらいに書けるようになりました。スマフォとかLINEは、まだ書けないです。
この違いは何かな? と考えた時に、50年ぐらい当たり前に使われた言葉は書けるんじゃないかと、最近思っています。だとすると、コンビニが登場してから40年は経つはずだから、だんだん使えるようになったのかな? と。そういう意味では“パワーハラスメント”は実際に存在するし、この言葉でしか表現できない問題だけど、まだ言葉としては日常に馴染みきってないということなんでしょうね。それを口に出さないままでいけるか? というのに、今挑戦している所です」
MONO前回公演『アユタヤ』(2021年)より。 [撮影]井上嘉和
演劇界に限らず、どの世界でも起こりうるハラスメントと、世代や立場や価値観などの違いから生じた軋轢を、いかに埋めていくかを考える本作。こういう問題をストレートに扱えるのは「劇団の中が、割と大丈夫な状態だから」だと土田は語る。MONOは3年前に、4人の新人が正式加入したが、先輩劇団員たちが気を配ってきた効果もあり、良くも悪くもすっかり劇団に馴染んだという。
「たとえばおじさんの劇団員が、若い劇団員に頼み事をした時に、別のおじさんが“使い走りみたいにしたら、絶対ダメだよ”と、ちゃんと注意するんですよ。この前なんか、僕だけ劇場入りが遅れたら、楽屋の鏡前が全部埋まってしまっていて、(新人の)渡辺(啓太)君が気まずそうにしてたんだけど、周りが“鏡前の場所取りは早い者勝ちという(劇団内の)ルールだから、気を使って譲ったらダメだからね”と止められていました(笑)。
先輩たちがパワハラにならない空気を作って、若い人もそれを許さない図太さをちゃんと持っている。そこはすごく、MONOの誇れる部分だと思います。とはいえ、4人が新人という意識はほとんどなくなりましたね。作劇自体は自由度が高くなって、以前よりも楽になったけど、思った以上に落ち着きすぎちゃってます。
古い劇団員は、僕以外は野心がない人ばかりなので、若いメンバーが入ったら“こんなんじゃダメですよ!”と言いだして、劇団が変わるんじゃないか? と期待していました。でもやっぱり、同じような人が集まるんですよ。この前4人に“MONOをどうしていきたいの?”って聞いたら“みんなが健康で、年一回集まれたらいいですね”と、もう余生みたいなことを言ってきて(笑)。全員がすごく馴染んだのはいいことだけど、悪い言い方をすると、劇団に変化は起こらなかったです」
近年の多作ぶりに「状況的にそうなっただけですが“書きたいことがいっぱいある”としておいた方がいいですよね。あふれるものが止まらないです(笑)」と、冗談めかして話した土田。しかし新型コロナをきっかけに、今までにない人間関係の問題がどんどん生まれている現在は、彼の興味を引く題材が実際に増えている状況なのだろう。
小さなコミュニティの人間ドラマを通じて、今の世界のムードを描き出し、その問題点や改善点を、肩肘張りすぎない視点で探っていく。土田の、そしてMONOが30年以上に渡ってキープしてきた劇世界は、この時代だからこそ、ますます見ておいた方がいいかもしれない。
MONO『悪いのは私じゃない』公演チラシ。
取材・文=吉永美和子
公演情報
■出演:水沼健、奥村泰彦、尾方宣久、金替康博、石丸奈菜美、高橋明日香、立川茜、渡辺啓太
■日時:2022年2月26日(土)・27日(日)
■会場:北九州芸術劇場 小劇場
■日時:2022年3月5日(土)・6日(日)
■会場:天神山文化プラザ 1階ホール
《東京公演》
■日時:2022年3月11日(金)~20日(日)
■会場:吉祥寺シアター
■日時:2022年3月23日(水)~27日(日)
■会場:ABCホール
■問い合わせ:075-525-2195(キューカンバー)
■公式サイト:https://c-mono.com/stage/
※この情報は2022年2月20日時点のものです。新型コロナウイルスの状況次第で変更となる場合がございますので、公式サイトで最新の情報をチェックしてください。