中村児太郎と中村隼人が『二人椀久』で2人の世界観を目指す~全国公演『いぶき、特別公演』取材会レポート
(左から)中村隼人、中村児太郎
歌舞伎俳優の中村児太郎と中村隼人が出演する『いぶき、特別公演』が、2022年6月1日(水)東京・観世能楽堂での公演を皮切りに、全国9都市を巡る。演目は、隼人の『雨の五郎』、児太郎の『藤娘』、そして隼人と児太郎による『二人椀久』。『いぶき、』は、2021年6月に京都・南座ではじめて開催された公演だ。児太郎、市川九團次、大谷廣松たちが出演し好評を博した。今年1月には、新橋演舞場での第2回公演を予定していたが全日程中止に。特別公演と銘打つ今回は、児太郎と隼人の2人が各地に舞台を届ける。
レスリー・キーによる『いぶき、特別公演』ビジュアル 宣伝写真:LESLIE KEE(SIGNO)
メインビジュアルは、世界的に活躍する写真家のレスリー・キーが撮影した。来場者には撮りおろし写真が掲載された、オリジナルパンフレットが用意される。4月4日に行われた取材会より、それぞれのコメントを紹介する。
■ふたりの付き合いは、初舞台前から
児太郎:2人きりの公演ですから、各々にかかる責任も非常に大きいです。このコロナ禍で、なかなか舞台に立つことが叶わない中、やりたい役、目標とすべき役を能楽堂をはじめ全国の素晴らしい劇場で挑戦させていただきます。舞台でお客様に良いものをお見せすることで、感謝の思いをお見せしたいです。
隼人:歌舞伎の初舞台を踏む前から、児太郎くんとは、歌舞伎座や銀座あたりで一緒に遊んでいた仲。諸先輩方に一緒に怒られつづけた僕ら2人で、責任公演をさせていただけるのは本当に嬉しいことです。
ーー『いぶき、特別公演』開催に至った経緯は?
児太郎:昨年10月17日に行われた『児太郎の会』に、隼人さんがゲストで出てくださいました。その時、公演関係者の方々と「二人で会をやってみたら?」「ふたりとも何月なら空いているの? 6月?」と話が盛り上がったんです。僕らは半信半疑でしたが、皆さんがどんどん進めてくださって。開催が決まった時は、本当にやれるんだ! と思いました(笑)。
隼人:ゲストといっても、彼の踊りと踊りの間の20分ほどのトークに出ただけなんです(笑)。それがきっかけになり、これだけの公演が決まったのは、どこか不思議な感じがします。
ーー第1回の好評を受けて企画された第2回は、残念ながら中止となりました。
児太郎:今日のスーツは、第2回の記者会見の時に着ていたものです。今回は隼人さんと2人ですが、あの会見で一緒にいた皆と共に歩む気持ちを込めて、同じ服を選びました。もしまた次にやらせていただける時は、また皆と一緒にという思いがあります。
ネクタイの色は「闘争心の赤」をチョイス。柄は「リスやクマちゃん…ですね(笑)」と児太郎。
ーー隼人さんは『いぶき、』に初めて参加されます。
隼人:児太郎くんや廣松くんが出ているのをネットニュースなどで見て、「同世代の人たちに活躍の場を与える公演なのだな」「うらやましいな」と感じたことを思い出します。『雨の五郎』と『二人椀久』に挑戦できるのは本当に嬉しく、身が引き締まる思いです。そして能楽堂で歌舞伎の舞踊を上演する。これは僕にとって初めての経験です。児太郎さんと相談し、話を聞きながら作っていきたいです。
■『二人椀久』2人ならではの世界観を
ーー隼人さんは『雨の五郎』を披露されます。本格的な興行での披露は、初めてだそうですね。
隼人:僕は、藤間勘紫恵先生(坂東玉三郎の母)に踊りのお稽古をしていただき、育ちました。「こういう役は歌舞伎の立役をやる人には大事だから」と、小学生の頃にうかがったことを覚えています。『助六』は、今では(市川)海老蔵のおにいさん、(片岡)仁左衛門のおじさましかなさらない役。そのような役をいつかやれるような役者さんになりなさい、それには踊りの技術はもちろん、見せ方や存在の仕方、立ち姿が大切なのだと。当時はまだ分からなかったことを、今は多少分かるようになったと思います。
中村隼人
ーー児太郎さんは『藤娘』を披露されます。
児太郎:初めてやらせていただいたのは、日本舞踊 中村流の会(2010年)でした。祖父(七世中村)芝翫から習った数少ない踊りのひとつです。その時は手も足も出ず、右も左も分かりませんでした。その後、玉三郎のおじさまと『二人藤娘』で一緒に踊らせていただく機会などいただき、多くを見て学びました。その後の経験もふまえて消化し、今の自分がどれだけ表現できるか。楽しみにしています。
ーーそして2人で、長唄舞踊の名作『二人椀久』に挑まれます。隼人さんが大阪の豪商・椀屋久兵衛を、児太郎さんは久兵衛が入れあげた遊女の松山太夫を勤めます。
児太郎:(五世中村)富十郎のおじさまと(四世中村)雀右衛門のおじさま、そして、仁左衛門のおじさまと玉三郎のおじさまなど、名コンビと言われる方々が、それぞれのコンビの世界観を築き上げた作品ですね。僕は、玉三郎のおじさまに、お話をうかがい稽古をしたいと思っています。先輩方から学べるところは最大限に盗み、学び、隼人さんと共有し、僕たちの世界を築けるよう頑張りたいです。ゆくゆくは「二人の二人椀久をやってください」「歌舞伎座でもみたい」「この劇場にもきてほしい」と言っていただける演目にできたら。
隼人:僕は正直、自分が『二人椀久』をやらせていただける日がくるとは思っていませんでした。仁左衛門のおじさまと玉三郎のおじさまの当たり役。児太郎さんは『阿古屋』をはじめ、玉三郎のおじさまに色々教わっています。僕は今月、歌舞伎座で仁左衛門のおじさまと舞台をご一緒させていただいています。先輩方が育てようとしてくださっている2人で、先輩方の当たり役を勤める。ある種、運命的なものを感じます。幻想的な世界観が魅力の踊り。古風な雰囲気、夢のような世界観を大事にしたいです。僕の役は、恋焦がれて恋に狂った男。児太郎くんを愛しすぎて狂っていけるよう、これから頑張っていきたいです。
パネルと同じポーズを、とのリクエストに応える隼人と児太郎
ーー能楽堂の舞台については?
児太郎:観世能楽堂で開催されたフェスティバルの中で、一度やらさせていただきましたが……本当に緊張しました。歌舞伎では花道でもない限り、お客様は前にしかいらっしゃいませんが、能舞台はぐるっといらっしゃいます。それに加えて、白粉で汚さないように……扇子を落とさないように……。気をつかう部分もあります。そのプレッシャーの中でこれらの演目をやらせていただくことは、チャレンジになります。
隼人:歌舞伎の舞台でのルールは、僕らにとってもう当たり前のことになっています。そこから比べても、お能の世界のルールは大変! 歌舞伎は江戸時代に庶民の中から生まれた芸能、お能は武士階級の人たちが心を鎮めるために見ていたもの。そんな差もあるのかもしれませんね。お客様にコの字型で囲まれて、四方八方から見ていただくことを想定して、振り付けも相談しながらできたらいいなと思います。
児太郎:振付は、藤間勘十郎先生です。能楽堂ならではの見せ方になるのではないでしょうか。
■1993年生まれの同級生
ーー同い年のおふたりですが、お互いの印象は?
児太郎:彼は人を引きつける力、人に魅せる力に長けていますね。僕にないものをたくさん持っています。3年ほど前までは、お互い良い意味で、ライバルとして意識していた部分もあったと思います。大きな役をいただく時期が、重なることも多く、たとえば隼人さんがスーパー歌舞伎Ⅱ『新版オグリ』で抜擢された時、僕は『阿古屋』をやらせていただいたり。刺激を受ける存在でした。
中村児太郎
児太郎:でも『金閣寺』雪姫をやらせていただき、父(中村福助)が4年10か月ぶりに復帰した2018年9月の興行で、4年ぶりぐらいに、『鬼揃紅葉狩』で彼と一緒に舞台に立ちました。その時、彼から「優太(児太郎の本名)、がんばったね」と言葉をかけられたんです。同級生だからこそ負けたくない気持ちが強かったのですが、その彼に認めてもらえたことで、「頑張ってきて良かった」って。それ以来、自分も彼を認めているって言えるようになったし、今は恥ずかしげもなく好きと言えます。僕自身が多くの経験をした結果、彼のすごさや魅力を認められることになったところもあると思います。今回は、彼に「ここまで頑張ったんだね」と思われるよう頑張ります。一番認めて欲しかった相手なのかな。
隼人:……本当にそう思ってくれています?
児太郎:思ってますって!(笑) これだけたくさんの証人(記者)の前で言うんだから。未来はわからないけれど、今は本当に思っています!
隼人:こわいなあ(笑)。
隼人:僕からみた児太郎は、恥ずかしくて言うのをためらうようなことも、今みたいに喋れちゃう人。裏表がないんです。嫌いなことは嫌いだし、好きなことはとことん好き。たぶん今、彼は、僕のことが好きな期間なのだと思います。そのタイミングで『いぶき、』ができるのは、本当に良かったなと思います。
(児太郎、爆笑)
隼人:大役の時期は、たしかに重なっていました。古典と新作、ジャンルは違いますが、舞台の真ん中に立ち一座を率いるという面では、同じ苦しみや楽しさを味わった同志。ずっと一緒に育ってきたと思っています。ただ、彼は成駒屋という、生まれながらに多くを継承していかなくてはならない立場。重圧もめちゃくちゃあったと思いますが、持ち前の明るさとイカツさで、はねのけてきた。その真摯な姿勢は、共演の機会がなかった時期にもニュースや劇場で見たり聞いたりしていたし、良い刺激をくれる方でした。彼がいなければ、たぶん今の僕もない。そう思える相手です。
児太郎:100点満点の回答……自分が言うのはいいけれど、褒められるのは恥ずかしいですね(笑)。
(左から)中村隼人、中村児太郎
■特典パンフは永久保存版、『いぶき、』全国へ
ーー写真家レスリー・キーさんによる撮影はいかがでしたか? オリジナルの公演プログラムが、来場者全員に用意されるそうですね。
児太郎:できあがったビジュアルをみて、あらためて開催するんだなという気持ちになりますね。レスリー・キーさんの撮影は、一瞬一瞬が生きてるような、どんどん高まっていく感じがもう……高まりすぎてね(隼人も、笑いながらうなずく)。
隼人:プログラムでは『二人椀久』の拵えの写真以外にも、洋服を着ている2人や紋付の2人などを見ていただけるようです。2人でハイブランドの洋服を着せてもらい、『VOGUE』にも載っていそうな写真まで撮っていただいて。僕らもまだ完成したものは見ていませんが、永久保存版のプログラムとして、お客様に記念としてお持ちいただけたら嬉しいですね。
スチール撮影の様子が、中村児太郎のYouTubeチャンネルで公開中!
ーー全国9都市を巡ることへの思いは?
隼人:僕にとっては久しぶりの巡業です。僕は(母親の実家のある)鹿児島で生まれました。今回の公演で、九州の会場にもうかがえることがとても楽しみです。地元の皆さんも喜んでくれるのではないかと思います。暗い世の中ですが、少しでも我々の舞踊で心を明るく、希望を感じていただけたらと思います。
児太郎:コロナ禍でなければ、美味しいご飯など楽しみがたくさんあるのですが、今回は外出はかなり厳しく制限すると思います。私たちは公演が中止になる一座にいて、それがどういうことかを目の当たりにしてきました。この感染状況ですから、誰がかかってもおかしくありませんし、かかった人を責めることもしません。ただお客様にも能楽堂やすべての会場の力を貸してくださっている方々にも、「東京から来てくれて良かった」「無事に終わって良かった」と思っていただけるよう、最大限の注意を払い千穐楽までつとめたいです。
ネクタイを直しはじめるとフラッシュの嵐。直しながら「ここじゃないでしょ!?」と隼人。お任せモードの児太郎。
本公演は6月1日に東京(観世能楽堂)でスタートし、神奈川(横浜能楽堂)、石川(こまつ芸術劇場うらら 大ホール)、京都(観世会館)、愛知(名古屋能楽堂)、大阪(大槻能楽堂)、福島(けんしん郡山文化センター 中ホール)、熊本(八千代座)を巡り、26日に福岡(大濠公園能楽堂)で千穐楽を迎える予定。
取材・文・撮影=塚田史香
公演情報
一、『雨の五郎』長唄囃子連中
中村隼人
二、『藤娘』長唄囃子連中
中村児太郎
三、『二人椀久』長唄囃子連中
中村児太郎 中村隼人
<東京公演>2022年6月1日(水)観世能楽堂 ①12:00開演 ②15:00開演
<横浜公演>2022年6月4日(土)横浜能楽堂 ①12:00開演 ②15:00開演
:一般発売 2022年3月26日(土)10:00〜
全席指定 7,500円(税込) ※未就学児童の入場はご遠慮ください。
<千葉公演>2022年6月3日(金)成田市文化芸術センター スカイタウンホール
<京都公演>2022年6月17日(金)京都・観世会館
<愛知公演>2022年6月18日(土)名古屋能楽堂
<大阪公演>2022年6月19日(日)大槻能楽堂
<郡山公演>2022年6月21日(火)けんしん郡山文化センター中ホール
<熊本公演>2022年6月25日(土)八千代座
<福岡公演>2022年6月26日(日)大濠公園能楽堂
★レスリー・キー監修公演パンフレット付き★
※お一人様に一部ずつパンフレットが付きます。 当日会場にてお渡し致します。
本公演は新型コロナウイルス感染拡大予防のため、できる限りの対策を講じた上で開催いたします。
ご不便をおかけすることもございますが、安全に公演をお楽しみいただくため、ご理解、ご協力のほどよろしくお願いいたします。今後の感染拡大の状況によって緩和される場合がございますので、感染予防対策が変更になる場合がございます。