仙台発・TIDAL CLUB、1stアルバムツアーの追加公演でyeti let you noticeと歌い記した日々の諦観とささやかな期待――「季節が変わったら、また会いましょう」
TIDAL CLUB
TIDAL CLUB pre.『 pluralpainpromenade - 追加公演編 -』2026.2.15(Sun)東京・下北沢SHELTER
特別な暮らしを送っているわけじゃない。悩みの種と言えば、やけに値上がった葉物の値段とか、目の疲れに由来する肩こりとか。でも、一見大したことないように思えるこうしたささくれが、酷く胸を荒らす時がある。2026年2月15日(日)、仙台発の4ピースバンド・TIDAL CLUBが東京・下北沢SHELTERにて開催した『pluralpainpromenade』追加公演。2025年10月に世へ放った1stフルアルバム『pluralpainpacks』をお土産に全4箇所を巡った同ツアーの最終到着駅となるこの日、彼らはポストコロナ時代の音楽を発信しているレーベル・Oaikoのレーベルメイトでもあるyeti let you noticeをゲストに招き、ドラマとは程遠い暮らしの切実な虚しさと心労と少しばかりの喜びを表現してみせた。
TIDAL CLUB
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亀岡裕貴(Vo,Gt)が弾くように3音を鳴らすと、背後から白色の光が立ち昇っていく。ハウリングが客席を満たす中、さらさらと掻き回されるシンバルからの「sleep」で舞台の幕が上がった。のっけから客席を浮遊した厭世的なくぐもった低音域とキラキラとした形質を備えたミドルハイの音域を合わせ持つ亀岡の歌唱が象徴しているように、「複数の痛みのパック」という表題を冠したアルバムの、そしてTIDAL CLUBの作品の根幹を成しているのは、うだつの上がらない日々の小さな絶望と諦めだと言えよう。
亀岡裕貴(Vo,Gt)
4カウントから雪崩れこんだブリッジミュートに佐藤匠(Ba)の柔和なベースラインが加わった「コートドミール」や、簡単な自己紹介を経て純白の光に包まれる中でプレイした「ワンダーランドと延滞料金」は、まさしくそうした緩やかに希望を手放していく足取りを綴り出すナンバー。繰り返される<大体うまくいかなくて>の1節だって、<何かあるかい 来やしないさ あー 未来はどう?>なんてリリックだって、「こんなもんか」と誰が為かも分からない言い訳を重ねていく365日を言い表しているわけで、気づけば天井に溜まったスモークもため息のメタファーへと役割を変えたようだ。
佐藤匠(Ba)
志賀黎(Gt)
あぁ、このままずっと鈍い頭に唸らされていくのだろうか。そう思い始めたライブ中盤、物哀しいムードを変えてくれたのは、環境音を組み込んだイントロから投下された「comfortablehole/goodbye」だった。インタビューにて亀岡が「空間の広さ・アルペジオの具合で1曲を作るっていうことを意識していました」と口にしている通り、また秋好佑紀(yeti let you notice/Gt)が「曇ってて冷たいけれど、確かに温かい音楽」と称していた通り、『pluralpainpacks』の楽曲群はガラス玉を彷彿とさせる無機質な美しさを湛えているのだけれど、粒立ちの大きなビートと掻きむしるギターを核とするこの歌は、快い響きでは制御しきれない4人の獰猛な一面を浮かび上がらせていく。ドロドロと流れ出す血液をイメージさせる赤い照明が点滅する最中、メンバーは身体をへし折って一心不乱にどデカい音塊を作り出していく。まるで、ここまでのぬるさを帯びた気配を消し去っていくように。「つまらないだけはもう沢山だ!」と叫ぶように。
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こうして鬱屈とした毎日に向けた慟哭を放ったからこそ、続く「ケトル」が微かに明るいフィールを宿し始める。向かい合った志賀黎(Gt)と亀岡によって編まれていくシンクロナイズドする2つの旋律は春一番のような温もりを滲ませ、ギリギリの状態を吐き出した<ただ息継ぐだけで精一杯さ>という1行は、<雨が止んだらまた少しは 歩いてみるよ>とどうにか再起を決心する言葉へ繋がれていく。マイクを遠ざけ、少し髪をいじり、天をぼんやりと見つめる亀岡の様子は、行く先も分からずに逡巡しているようだが、不思議とその相貌は晴れやかで、憑き物が落ちたようでさえある。<まだ明日に名前なんか無い>。もしかすると、ここまでのTIDAL CLUBがこんな歌詞を刻んでいたならば、その背後に存在するのはにっちもさっちも行かなくなった日常のどうしようもなさだったかもしれない。しかし、「comfortablehole/goodbye」を経た今は違う。彼らは、どうなるかも分からない明日をどうにか自らの手で理想へ変えようとしているのであり、無数の可能性を秘めた白紙のカレンダーに確かな喜びを感じているのではないか。<こっちはなんとかやるから 気にしないでね>という1ラインで突入した晴れ晴れしいギターは、そうした覚悟の表れだったのだ。
佐藤匠(Ba)
志賀黎(Gt)
「季節が変わったら、また会いましょう」とエンディングに据えられたのは「普通」。3拍子に乗せて<なるべく 間違わず どうにか やってるよ>と先刻のメッセージとも通底する遠方へ手紙を宛てるみたいな詩をしたためると、弦に触れる音が聞こえるほどの静けさへ。すると<生活は普通さ 素晴らしいことだろう>と、悲劇と喜劇をないまぜにした赤裸々なシャウトが轟いていく。時折ブレるロングトーンの芯と少しばかり裏返る歌声。情けなささえも包含したその肉声は、等身大の人間がありのままで眼前の現実とぶつからんとしていく奮闘の背中を克明に伝えていた。
亀岡裕貴(Vo,Gt)
TIDAL CLUB
こうしてバンド初のアルバムを携えたツアーを完遂したTIDAL CLUB。2025年10月に始まった旅路のラストを『pluralpainpacks』の終曲である「20170807build」で締めくくるのではなく、「普通」で飾った理由は、その最終行が4人のステートメントと同義だからだろう。<生活は続く 不安や悲しさを 巻き込んで歌う>。この日披露された10曲からも読み取れる通り、4人の歌の源泉は塞ぎ込んだ日々である。彼らはきっと、あの咆哮で、あのアンサンブルで劇的に毎日が変わるとは思っていないのかもしれない。しかし、普通を受容し、平穏の尊さを歌い続けてくれるロックバンドとして存在し続けてくれることに疑う余地はない。ただそこにいて、「俺たちはどうにかやっているけれど、君はどう?」と問いかけてくれる。そんな事実が何よりも優しくて、嬉しい。
取材・文=横堀つばさ 撮影=シンマチダ
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セットリスト
2026.2.15(Sun)東京・下北沢SHELTER
01.sleep
02.thawed
03.コートドミール
04.簡易的な海
05.ワンダーランドと延滞料金
06.kanayagawa
07.comfortablehole/goodbye
08.ケトル
09.粗末
10.普通