奈緒・風間俊介ら出演でおくる、サルトルが描いた圧倒的権力によって歪められる「真実」~舞台『恭しき娼婦』観劇レポート
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舞台『恭しき娼婦』舞台写真 (左から)奈緒、風間俊介 撮影:田中亜紀
『恭しき娼婦』が2022年6月4日(土)に紀伊國屋ホールで開幕した。公演は19日(日)まで。その後、兵庫・愛知を巡演する。
今作はジャン=ポール・サルトルが1946年に発表した戯曲で、ニューヨークからアメリカ南部の街に移ってきたばかりの娼婦、リズィー(奈緒)の部屋を舞台に繰り広げられる。
撮影:田中亜紀
リズィーの部屋を様々な人が訪れる。リズィーを襲った犯人に仕立て上げられ追われる身となった黒人青年(野坂弘)は、冤罪であることを証言して欲しいと懇願する。リズィーと一夜を共にした白人青年のフレッド(風間俊介)は、いとこを助けるために彼女に虚偽の証言をさせようとする。自分たちが正義だと信じて疑わず黒人を犯人と決めつける白人たち(椎名一浩、小谷俊輔)もやってくる。
リズィーは純粋で嘘がつけなくて優しいが、心が弱く感情的になりやすい人物だ。黒人に触れられることを嫌がり、黒人は好きじゃないと面と向かって告げるように、差別の意識も持っている。リズィーを説得しに現れた上院議員(金子由之)の立派な話しぶりと態度に心を乱され、嘘はつきたくないと主張し続けていた彼女の信念はぐらぐらと揺らぎ始める。
撮影:田中亜紀
撮影:田中亜紀
南部に一人でやってきたリズィーは孤独だ。それゆえ、上院議員のささやく「人のためになる」「あなたは感謝される」という甘い言葉の誘惑にどうしようもなくひかれてしまう。誰かに必要とされたい、誰かに認めてもらいたい、そんな彼女の自尊心がうずいてしまう。彼女が欲しいのは、誰かが自分に向けてくれる温かな心だということが痛いほど伝わってくる。奈緒の力強いまなざしと、身体性を伴った豊かな表現力がリズィーを鮮やかに見せる。
リズィーが越してきたばかりの殺風景な部屋に絵を飾りたいと希望を語るシーンがある。彼女が南部の街に移ってきた理由は今作の中で明言されていないが、フレッドが推測するようにニューヨークで何か問題を起こしたか巻き込まれたかして、居づらくなったのだろう。実際、彼女は何度も「もう面倒なことには巻き込まれたくない」と叫ぶ。今度こそはここを自分の居場所にして、部屋に絵を飾って生活感を持たせたりしながら、穏やかに暮らしたいと強く願っている。
撮影:田中亜紀
撮影:田中亜紀
娼婦であることで差別や格差に苦しんできた彼女の孤独を表したような無機質さと、それでも失わない心の気高さが同居したような美しい部屋が印象的で、時間の経過と共に様々な表情を持って窓から差し込む明かりが心の動きを示唆しており効果的だ。時折、空気を切り裂くように鳴り響くトランペットの音色が、黒人やリズィーといった差別や格差に苦しむ人々の叫びのようでハッとさせられる。
一方、上院議員を父に持つフレッドは圧倒的強者だ。地位も名誉も金もある立派な家に生まれ、将来を約束されている。今作で上院議員はアメリカを象徴する存在としても描かれており、その笠を着て傲慢にふるまう彼は、巨大国家へと台頭していったアメリカのはらむ問題を顕在化させる役割も担っている。国が豊かになるためであれば手段は選ばない、弱者が犠牲になるのは当たり前、自分は正しいことをしている、と自信に満ち溢れていたはずのフレッドが、己の感情にまっすぐなリズィーと向き合う中で、自分の存在の危うさに気づいていく。強さと脆さを内包した風間の振れ幅の大きい演技が、フレッドという人物の複雑な内面をのぞかせる。
撮影:田中亜紀
サルトルは今作において人種差別によって起きた冤罪を題材にしているが、高らかに差別に異を唱える類のものではなく、鋭く冷静なまなざしで「真実」を描いており、差別や社会格差といった理不尽な現実の虚しさが胸を締め付ける。その様子は決して過去の物語などではなく、現在世界中で起きている問題そのものだ。白人警官の暴行によって黒人が死亡してブラック・ライブズ・マター運動が活発化したのはつい2年ほど前のことで記憶に新しい。また、上院議員=アメリカが権力を保持してより巨大化していくために、事実をゆがめて勝手な「真実」と「正義」を作り上げていく姿は、熾烈な民主化運動が起きたにも関わらず、親中派が支配する政治の流れを止めることのできていない香港や、「正義」を主張してウクライナに侵攻しているロシアにも重なって見える。
撮影:田中亜紀
撮影:田中亜紀
リズィーの下した決断、取った行動をどう受け取るか。それは今の自分の姿を映す鏡となる。本来誰にでも選択肢はいくつもあるはずなのに、巨大な権力の前では自分の意志で選び取ることも難しくなる。それでも信念は捨ててほしくないし、諦めてほしくない。祈るように彼女の今後に思いを巡らせたとき、同時に私たちの生き方も問われているように感じた。観客をただの傍観者にはしない、舞台の力がそこにある。
取材・文=久田絢子
公演情報
■作:ジャン=ポール・サルトル
■翻訳:岩切正一郎
■演出:栗山民也
■出演:
奈緒 風間俊介
野坂弘 椎名一浩 小谷俊輔 金子由之
■企画・制作:TBS/サンライズプロモーション東京
■公式HP:https://www.tbs.co.jp/uyauyashiki_shofu/
■公式Twitter: @uyauyashiki
【東京公演】
■日程:2022年6月4日(土)~6月19日(日) (全20公演)
■会場:紀伊國屋ホール
■料金:全席指定9,500円(税込)※未就学児入場不可
■問合せ:サンライズプロモーション東京 0570-00-3337(平日12:00~15:00)
■主催:TBS/サンライズプロモーション東京
【兵庫公演】
■日時:2022年6月25日(土)12:00/17:00、26日(日)13:00 (全3公演)
■会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
■料金:A席8,500円 B席5,500円(全席指定・税込)※未就学児入場不可
■問合せ:芸術文化センターオフィス 0798-68-0255(10:00~17:00 月曜休/祝日の場合翌日)
■主催:兵庫県、兵庫県立芸術文化センター
【愛知公演】
■日時:2022年6月30日(水)13:00/18:30 (全2公演)
■会場:日本特殊陶業市民会館ビレッジホール
■料金:全席指定9,500円 車いす席9,500円(税込)※未就学児入場不可
※車いす席はメ~チケ(電話のみ)にて一般発売より取り扱い
■問合せ:メ~テレ事業 052-331-9966(祝日を除く月-金10:00~18:00)
■主催:メ~テレ/メ~テレ事業