<2015年末回顧>野中広樹の演劇ベスト5(新作戯曲篇)
『God Bless Baseball』(フェスティバル/トーキョー、あうるすぽっと) 撮影/Kikuko Usuyama
わたしの演劇ベスト5(新作戯曲)
① 岡田利規『God Bless Baseball』 (フェスティバル/トーキョー、あうるすぽっと)
② 柴幸男『TATAMI』 (KUNIO、KAAT神奈川芸術劇場)
③ 平田オリザ+ソン・ギウン『新・冒険王』 (青年団+第12言語演劇スタジオ、吉祥寺シアター)
④ 福山啓子『あの夏の絵』 (青年劇場、青年劇場ステージ結)
⑤ 畑澤聖悟+工藤千夏『クリスマス解放戦線』 (渡辺源四郎商店、こまばアゴラ劇場)
今年2015年はすぐれた新作が多かったので、戯曲だけのベスト5を選んでみた。
まず、『God Bless Baseball』は、野球のルールを知らない韓国と日本の女性ふたりに、初心者向けの入門解説をすることから始まる。それはあくまで野球を通してのアメリカ文化論なのだが、同時にアメリカと韓国と日本における国際関係論としても成立することに注意したい。
野球のルールがサッカーに比べて複雑だと女性たちは感想を述べるが、これは秋に大枠合意にいたったTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の仕組みを連想させた。戯曲の抽象性は群を抜いており、野球というスポーツを借りて、アメリカと東アジアの国際関係を再現し、今後の展望に警鐘を鳴らしていく。とりわけ核の傘は、海外から飛んでくるミサイルに対しては、嵐のなかのビニール傘のように脆く、役立たないことを示した。
『TATAMI』(KUNIO、KAAT神奈川芸術劇場) 撮影/清水俊洋
『TATAMI』は高齢化社会におけるひとつの生きかたを描いている。しばらく前に会社を定年で退き、子供は独立し、妻を亡くしたひとりの男が、自分の人生を「たたむ」ことを決意し、それを実行する話である。つまり、男は究極の断捨離を決意し、息子が止めるにもかかわらず、淡々と断行するのだ。自分の「物語」をたたみ、自分の身体をたたむ。すべてをたたんだ後、その空間は更地に戻る。空には金色の星が瞬いていた。
『新・冒険王』(青年団+第12言語演劇スタジオ、吉祥寺シアター) 撮影/青木司
『新・冒険王』は、1996年に発表された『冒険王』の続篇である。イスタンブールの旧市街にあるバッグパッカー専用の安宿が舞台なのは前作と同じだが、そこで暮らす旅行者に変化が見られる。在日韓国人、韓国人、アルメニア系アメリカ人など、安宿に集まる人々も多様化した。そして作・演出も共同作業になり、創作する側にも複数の視点が取り入れられた。自分の国を喪失した気持ちになっていた男が、韓国人の友人ができることにより、韓国から日本を見てみたいと思うようになる。日本と韓国の演劇人による共同作業の成果である。
青年劇場『あの夏の絵』(青年劇場スタジオ結) 撮影/V-WAVE
『あの夏の絵』は、自らの体験を語る被爆者と広島の高校生の共同作業を描く。美術部の生徒たちが、被爆者の体験を聞くことで、当時の出来事を絵にして再現していく。被爆者が語る言葉と、それをできるだけ忠実に再現しようとする生徒たちの思いが、奇跡のような絵として結実する。言葉が絵を生みだす一方で、絵が記憶を掘り起こし、掘り起こされた言葉が絵をさらに精密にしていく。世代を越えた人々が、過去の真実を明らかにしようと努力する姿は感動的だ。
『クリスマス解放戦線』(渡辺源四郎商店、こまばアゴラ劇場) 撮影/田中流
『クリスマス解放戦線』は、近未来が舞台。クリスマスを祝うことが法律で禁じられ、厳しい罰則が設けられたなか、大学生によるサークル活動は地下に潜り、1年に1度、ごく秘密裏に祝う行事を続けていた。それを摘発しようとする青森県警、さらには国家権力を武力で抵抗しようとするサンタクロース系カルト集団など、さまざまな思惑が激突するスラプスティック・コメディ。武器としての笑いを実践してみせてくれた。