角野隼斗はFUJI ROCK登場で際限なく広がるフィールドを感じさせた

2022.8.13
レポート
クラシック

 

MCなしでピアノで語ると決めていた角野は、その後ショパンにインスパイアされたオリジナルを2曲披露。

難曲の「エチュード(練習曲)Op.10−1」の流れるような右手と共に奏でられる左手のメロディ「胎動」。演奏初期に英題を“Movement“としていたものを今回“New Birth“に改めた。ショパンコンクールを終えた時期に創られた楽曲だがこの会場こそこのタイトルにふさわしい。

一方で「バラード」に基づく「追憶」“Recollection“。タイトル通りノスタルジックのようでその表現手法は音質含めあえてアップライトの性能をを最大限に活かすという点でも非常に新しい。今後の創作の方向を示唆するこのピアノも表現方法も異なる2曲がFUJIROCKという場で披露されこの10日から配信開始された。ある種の決意表明のように。

最後にFESならではのエピソードを一つ添えさせていただきたい。

野外FESというものは“ナマモノ“だ。どんなに準備していてもアクシデントやトラブルに見舞われる可能性がある過酷な環境だ。ヴァンパイア・ウィークエンドのステージを観た方もいるだろう、この日も例外ではなかった。

上記の演奏の後、グランドピアノ“70歳の御大“に不都合が出た。お気づきの方もいたかもしれないがどうやらDのダンパーだったようだ。あの渾身の「英雄ポロネーズ」にやられたか、はたまた湿度の影響か。ストレートなピアノの響きが期待される曲が控える中、角野は和音の工夫などで寄り添い続ける。

ピアニストはなかなか自身の楽器を持ち込めない(アップライトは持ち込んだけど(笑))。そのピアノと対峙しての卓越したテクニックは煌びやかな演奏のみに使われるのではないことをピアニストが教えてくれた。角野には申し訳ないがこれもFESの醍醐味だ。そしてキーボードからの音源再生、さらにはどうやら照明によりシンセサイザーのパイロットランプの視認が困難になるという予想し得ない状況にも見舞われた。シンセの活躍を想定した曲もある後半、バッハ、カプースチンの「トッカティーナ」、「ラプソディ・イン・ブルー」――先の通りピアノも万全ではない中、気持ちを瞬間で切り替えた角野はクライマックスまでピアノ一本で弾き切った。

「自身の強みはピアノであってシンセではない。ピアノを主とすべき。純クラシックをアレンジなしで弾き切る曲が1曲欲しい」

〈フィールド・オブ・ヘブン〉は突然現れたこの風変わりな出演者の思いと言葉を汲み取ったのだろう。“このまま角野隼斗とピアノを見せていけよ、それがロックの精神だろ“と。

それが確かに聴衆に伝わった喝采の中、

「リハと全然違うじゃんかー(笑)」と揶揄する私の言葉に角野は、「いやトラブルで、シンセの出番がちょっと」と快活に語る。

「まあピアノと角野があればなんでもできるじゃないか、それがアコースティックの凄さだよ」

仮にPAが落ちても角野は弾き続けることができるのだ。「いや、そうなんですよ!!」らしくない強い語気が電話口からも感じられた。

そう、実は筆者は会場を訪れていなかった。

リハまで一緒したが別れた後の濃厚接触、現場の訪問はあり得ない。苗場参戦が難しい多くの視聴者の皆さんと一緒にYoutubeを自宅で観ていた。当初はスタッフとしての気落ちもあった状況だったが、演奏を観ての感動と一体感の存在が確実に感じられたのだ(20分遅れだけどね(笑))。

ライヴは素晴らしい、それが大自然の中ならなおさらだ! しかしいつも現場で姿を目前にしているスタッフだからこそ生身で気付き難いことにはからずも気付かされた。

角野隼斗はそのライブ体験すら同じ会場にいることに留まらずフィールドを拡大し、それはYouTube上であっても想像を遥かに超えてライブ体験であるということだった。

だから数あるFUJI ROCKのステージの中で角野隼斗の演奏場所は〈フィールド・オブ・ヘブン〉だったのか!

どこまで拡大するか、みなさんとともに観続けたい。

※しかし現場でしか感じ得ない息吹を写しとる@ogata_photoに御礼申し上げます。

文=N.S 撮影=@ogata_photo

〈NEWS〉
角野隼斗オリジナル、ショパンにインスパイアされた楽曲2作品同時リリース。

今年1月~2月に開催した「角野隼斗 全国ツアー2022“Chopin, Gershwin and…“」で初披露され、7/31(日)に出演した「FUJI ROCK FESTIVAL ’22」でも会場と配信のオーディエンスを大いに盛り上げた角野のオリジナル楽曲「胎動 New Birth」「追憶 Recollection」を、それぞれ単独の楽曲として配信リリース。8/10(水)より主要音楽配信サービスにて順次配信スタート。

リリース情報

胎動 New Birth」
配信リンク:https://orcd.co/hayatosumino_newbirth
 
「追憶 Recollection」
配信リンク:https://orcd.co/hayatosumino_recollection