【稽古場レポート】劇団四季『美女と野獣』リニューアル版はどう変わるのか「完成することがない作品」
劇団四季ミュージカル『美女と野獣』稽古場(撮影:荒井健)
初日まで約1か月となった劇団四季『美女と野獣』。本作は1994年、ディズニー・シアトリカルプロダクションが初のブロードウェイ進出を果たしたミュージカルで、今回の公演は上海・ディズニーリゾートでの上演を基にしたリニューアルバージョンとなる。ここでは開幕に先駆け、四季芸術センターにておこなわれたメディア向けの公開稽古と取材会の模様をリニューアル版での変更ポイントを意識しながらレポートしていきたい。
劇団四季ミュージカル『美女と野獣』稽古場(撮影:荒井健)
稽古の開始時刻に向け、個々に発声やストレッチをする俳優たち。次第にその空気がひとつにまとまり、演出と振付を担うマット・ウェスト氏の声掛けで公開稽古が始まった。
劇団四季ミュージカル『美女と野獣』稽古場(撮影:荒井健)
この日メディアに公開されたナンバーは4曲。最初の楽曲「変わり者ベル」は本好きのベルが街の人々に噂される作品冒頭のナンバー。ベル役候補の五所真理子は周囲の噂をものともせず、本と自らの世界に没頭するベルを春風のような軽やかさで演じる。稽古の後の取材会でウェスト氏から明らかにされたのだが、リニューアル版のベルは眼鏡をかける場面もありそうとのこと。新たなベル像に期待が高まる。また、舞台ツラが直線でなく曲線を描いていることもわかる。さらにベルが読んでいる本の内容も四季オリジナル版CDから”あの作品”に変更されているので、その歌詞にも注目してほしい。
1度通したところでウェスト氏のノート(俳優への修正ポイントなど)をはじめ、各クリエイティブの微調整が始まる。公開稽古の登板俳優だけでなく、ダブルキャストとして出演候補になっている俳優もその場にスっと駆け寄りスタッフからのノートを聞く姿が印象的だった。この時のウェスト氏の全体への指摘は「ベルと街の人々との間の温度差をもっと明確に」。
劇団四季ミュージカル『美女と野獣』稽古場(撮影:荒井健)
2曲目は「ガストン」。街のマッチョマン・ガストンがベルに結婚を断られ、手下のルフウや街の人々に盛り上げられて次第にパワーを取り戻す場面だ。ガストン役候補の金久烈とルフウ役候補の山本道がコミカルにシーンを展開させる中、アンサンブルの俳優たちが金属製のビアマグでリズムを奏でる。場面写真をご覧いただくとわかる通り、このシーンでは皆、手にプロテクターを装着している。これはビアマグ同士を打ち付けるさいの手指へのダメージを軽減するため。
間もなく劇場での稽古に入ることもあり、上手側、下手側ともに小道具のスタッフも常駐しており、俳優との小道具のやり取りや、使い終わった道具の撤収なども稽古の進行とともにおこなっていた。こういう様子を目にするたび、舞台作品は照明が当たらない人たちの手によって支えられているのだとあらためて実感させられる。
劇団四季ミュージカル『美女と野獣』稽古場(撮影:荒井健)
3曲目は本作のタイトルナンバー「美女と野獣」。次第にベルに心を開き、彼女に惹かれていく野獣が、ベルを夕食に誘う場面で流れる楽曲だ。歌番組等ではベルと野獣役のふたりが歌うことも多いが、実際にこのナンバーを歌唱するのはミセス・ポット。
劇団四季ミュージカル『美女と野獣』稽古場(撮影:荒井健)
しっぽを着け、ぎこちない雰囲気でベルと接する野獣役候補の清水大星と彼に優しい笑顔を見せるベル役候補・五所の柔らかな空気の中、潮﨑亜耶がすべてを包み込むような歌声でメインテーマを聴かせる。なお、これもこの後の取材会で明らかになったのだが、今回のリニューアル版ではミセス・ポットの息子、チップ役を子役が演じるとのこと。現時点でチップ役候補者の最年少は6歳だそう。
劇団四季ミュージカル『美女と野獣』稽古場(撮影:荒井健)
最後に披露された「チェンジ・イン・ミー」はオリジナル版にはなかった新曲だ。野獣の城から解放されたベルが父・モリースを見つけ、自らの心情の変化を吐露するナンバー。五所の芯のある歌声と、モリース役候補・菊池正の愛情あふれる視線に胸が熱くなった。
劇団四季ミュージカル『美女と野獣』稽古場(撮影:荒井健)
この「チェンジ・イン・ミー」が生まれたきっかけがおもしろい。ニューヨークでマット・ウェスト氏と『美女と野獣』の作詞を担ったティム・ライス氏、アメリカのポップスターで当時ベル役を演じることが決まっていたトニ・ブラクストンが食事をしている席で、ライス氏がトニに「君のために作っている新曲、早く聴いてほしいよ」とその場のテンションで伝えてしまい、当日のことを明確に覚えていないライス氏とウェスト氏で打ち合わせを重ねる中、ベルの成長を表す曲がやはり必要だという結論になってそこから楽曲が練られていったそう(このエピソードは別のインタビューで本作の作曲家、アラン・メンケン氏も言及している)。
劇団四季ミュージカル『美女と野獣』稽古場(撮影:荒井健)
公開稽古終了後は場所を移し合同取材会が行われた。登壇者は四季株式会社(劇団四季)代表取締役社長・吉田智誉樹氏、演出・振付のマット・ウェスト氏(通訳:鈴木なお氏)、ベル役候補の五所真理子と平田愛咲、野獣役候補の清水大星と金本泰潤の6名。
吉田社長からは劇団四季とオリエンタルランドとのコラボレーションについて、出演候補者たちからは初日に向けた意気込みなどが真摯に語られた。このレポートでは特にウェスト氏のコメントをピックアップしたい。
劇団四季ミュージカル『美女と野獣』稽古場(撮影:荒井健)
「初演から27年の時が経ち、今回のリニューアル版ではさまざまな変更があります。この作品は根幹にあるメッセージが普遍的なので、時代に合わせたアップデートをおこなっても根幹部分は揺らぎません。台本も一から再確認し、今の時代にフィットしない表現や単語は変えることにしました。特に大きな変更点はガストンとルフウの関係。オリジナル版にはふたりの仲の良さを表わすための暴力的な表現もあり、当時はそれをおもしろいと感じる時代でしたが、今、僕はどんな形でも舞台上で暴力を見せたくない。なので今回はふたりの親しい関係性を暴力的な表現を使わず表しています」。
「セットや衣裳、照明も変わります。当時は技術の問題で出来なかったことも可能になりましたから。舞台セットは本をイメージしたものになります。これはこの作品のテーマのひとつ”本の中身を表紙で判断してはいけない”=”人の外見で中身を判断するのは愚かなこと”に繋がります。つねにアップデートし続け、完成することがないのがこの『美女と野獣』なんです」。
劇団四季ミュージカル『美女と野獣』稽古場(撮影:荒井健)
劇団四季での初演から27年。京都劇場での千秋楽から5年の時を経て生まれ変わるミュージカル『美女と野獣』。ベルと野獣、そしてアップデートされた物語がわたしたちにどんな「愛」の形を魅せてくれるのか、劇場が魔法に包まれるその日を楽しみに待ちたい。
取材・文=上村由紀子(演劇ライター)