大竹しのぶ、「のほほんと観ている場合じゃない」ーー激動の時代を必死に生き抜いた『女の一生』を初の南座で再演
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大竹しのぶ
昭和20年4月から名優・杉村春子が947回にわたって主人公の布引けいを演じた舞台『女の一生』。明治、大正、昭和と激動の時代を過ごしたひとりの女性の生きざまを丁寧に描いた不朽の名作だ。2020年には大竹しのぶがけいを演じ、新たな人物像を作り上げ好評を博した。そして初演時には叶わなかった南座での上演が2022年10月、ついに実現する。過日、大阪市内で取材会を開いた大竹しのぶ。同作へかける思いや、杉村春子との交流のエピソードなどを語ってくれた。
1997年にNHKドラマ『棘・おんなの遺言状』で杉村と共演を予定していた大竹。杉村が降板する直前に少し会話をしたと振り返る。「休憩時にずっと黙ってそばにいたら杉村さんがいろいろ質問してきてくださって。そのときに、「あなたはいいわね。自由な時代にお育ちになって。私達の頃は自分の言いたいことも言えない時代だったのよ。後ろに憲兵が立っていて、やめろー! と言われたこともございましたわよ」と、築地小劇場のお話とかもしてくださいました。『女の一生』も初演はたった5日間の上演でしたが、それでも挑戦された杉村さんの演劇に対する情熱はすごいなと思いました」。
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そんな杉村の当たり役を大竹が演じるのは、『日の浦姫物語』の日の浦姫役(2012年)、『欲望という名の電車』のブランチ役に続いて、本作で3作品目となる。大役を担った大竹は、次のように話す。
「杉村さんが900回以上演じられた役ですので、勝つか負けるかというと(私が)負けるに決まっています。杉村さんが作り出した布引けいは、この先ずっと残って輝き続けるだろうし、時代も違うというのもあって、私は私なりにやっていくしかありません。一生懸命やりたいというだけです」
2年前の初演では「無我夢中で、やっぱりどこかに杉村春子さんの代表作に挑戦するという気持ちがあったかもしれない」と話す。だが、稽古を重ね、また、上演を重ねることで布引けいという女性が自分のものになっている感覚がある。「今はもっともっと自分のものとしての布引けいと向き合える気がしています。再演は良くなっていないとやる意味がないので、初演よりもおもしろく、深くなっていくと断言します」と、力強く言い切った。
同作は1945年に、劇作家で演出家の森本薫が33歳で書き下ろした。「この年になって初めて、若いときにはわからなかったことがたくさんわかってくることがあるじゃないですか。今は若さもないし、自分の立ち位置を振り返る年齢にはなってはいるので、夫に対して違う意味での愛もわかるし、悲しみもわかる。「一生」というのは、本当にすごいものなんだなと思います」と、30代前半で作品の世界観を構築させた森本の筆力に感服する。
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「誰が選んでくれたのでもない、自分で選んで歩きだした道ですもの」という、けいのセリフもよく知られる。「このセリフの後に「間違いだと気づいたら自分で間違いでないようにしなくちゃ」と続きます。そこで体に力がくーっと入って、背筋がピンと伸びる気がして。旦那さんからすごいことを言われた後でも、改めて自分でそれを言葉にすることで人間は強くなっていくんだなと思います」。
人の心に残る芝居だと続ける。「心が洗われるようなセリフが本当にたくさんあります。でも、それが健気で、一生懸命生きて、かわいそうな女の子の一生だけではないのです。苦しさとか、愛されない、愛せない夫婦関係を選んでしまった女の後悔もしない強さとか、嫌なところも出ていておもしろいなと思います。そんな人生、簡単ではないし、楽しいことばかりではありませんから」と、けいがどれだけ必死になって生き抜いたか、その姿を見てほしいと声に力を込める。「たとえば、最後の方のセリフで、なんにもなくなってしまったけいが自分の人生を振り返って、「もう全てがなくなってしまったけれども、でも、今、新しい時代の幕開けに立っている。私の人生はこれからなんですよ」と言う場面があります。こういう境遇になっても、私の人生はこれからと言う前向きさにも心を打たれるのでは」。
2年前に行った高校生向けの貸切公演では、「私は私の好きなように生きたい」「この時代に生まれなくて良かった」などといった感想が寄せられたそう。「若い世代にも残るものがあるのだなと。でも今は違う意味で発言の自由がなくなってきたし、いつどうなるかわからない恐怖があります。「違う時代の話なのね」と、のほほんと観ている場合じゃないのですよね。そういうところも含めて私たちが発信していきたいと思います」と強い思いを語る。
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また、10代後半から50代後半を役者たちが演じる。「(10代を演じる)私もですけど、最初の方で(高橋)克実さんと段ちゃん(段田安則)が学生服を着て出てくるのもつらいものがあると思う(笑)。ちょっと喜劇かなみたいな(笑)。でも3時間経てば人生を過ごして苦労した人間がそこにいる。それが演劇のおもしろさだと思います」と、魅力を伝えた。
同公演は、劇中に流れる時間を体感するのも醍醐味のひとつだ。「一幕でけいが出てきたとき、彼女がどういう状況で、どういう心情でそこに立っているのか。二幕になって、けいがどう思って生きているのか。三幕ではどうなるのか。その幕ごとに流れた時間も、幸せも不幸も全部わかるようにできたらいいなと思います。最後の幕は集大成で、体も、表情も、声も、3時間前のみすぼらしい感じの女の子が、こうやって一生を終えるんだなとお客様も思ってもらえるよう演じたいと思います」と締めた。
取材・文=Iwamoto.K 撮影=SPICE編集部
公演情報
一等席:13,000円
二等席:7,000円
三等席:4,000円
特別席:14,000円
明治38年(1905年)日露戦争の後―日本がようやく近代的な資本主義国の姿を整え、同時にその動向が世界の国々と絶ちがたく結び合い、影響し始めた時代。戦災孤児の境涯にあった布引けいが、不思議な縁から拾われて堤家の人となったのは、そんな頃である。清国との貿易で一家を成した堤家は、その当主はすでに亡く、後を継ぐべき息子たちはまだ若く、妻のしずが義弟・章介に助けられながら、困難な時代の一日一日を処していた。甲斐甲斐しい働きぶりを見せるけいは、しずに大変重宝がられた。同時にけいと同様に闊達な気性の次男・栄二とも気性が合い、お互いにほのかな恋心を抱くようになった。そのけいの思慕とは裏腹に、しずは跡取りであるべき長男・伸太郎の気弱な性格を気がかりに思い、気丈なけいを嫁に迎えて、堤家を支えてもらう事を望んだ。しずの恩義に抗しきれなかったけいは、伸太郎の妻となった。けいは正真正銘堤家の人となり、しずに代わって家の柱となっていく。担い切れぬほどの重みに耐えながら、けいはその「女の一生」を生きるのである。時は流れて昭和20年・・・。二つの大戦を経る激動の時代を生きて、今、焼け跡の廃墟に佇むけいの前に、栄二が再び戻ってきた。過ぎ去った月日の、激しさと華やかさを秘めて、二人はしみじみと語り合うのであった・・・。