松鯉の傘寿、松緑と伯山が祝う『歌舞伎座特選講談会』観劇レポート~10月は歌舞伎で『荒川十太夫』

2022.10.4
レポート
舞台

『神田松鯉・『神田松鯉・神田伯山 歌舞伎座特撰講談会』「特別鼎談」(左より)神田伯山、神田松鯉、尾上松緑 /(C)松竹

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2022年9月28日(水)、歌舞伎座で『神田松鯉・神田伯山 歌舞伎座特選講談会 神田松鯉傘寿を祝って』が開催された。

歌舞伎座の舞台に講談師が立つのは97年ぶりという。そのきっかけとなったのが、10月4日から歌舞伎座で上演される、赤穂義士外伝『荒川十太夫』だ。神田松鯉の口演をもとに、尾上松緑の主演で新作歌舞伎となる。松緑は、神田伯山の『荒川十太夫』で本作と出会い、さまざまな縁と尽力、協力が集まり、松鯉の傘寿の誕生日当日に、歌舞伎座での講談会が実現した。昼夜2回の公演は、おおいに賑わった。高揚感と祝祭感に満ちた、夜の部をレポートする。

■赤穂義士、堀部安兵衛のエピソード・ゼロ

舞台に高座が用意され、広い空間を松の葉と鯉の襖絵が飾る。上手には松鯉の丸に渡辺星の紋があしらわれ、下手には白い山も描かれていた。開口一番は、伯山の弟子・神田梅之丞『出世の春駒』。3階にまで意識を届かせ、明るく晴れやかにつとめた。そして伯山は、赤穂義士伝より『安兵衛駆け付け~婿入り』、松鯉、伯山に、特別ゲストに松緑を迎えての『特別鼎談』、松鯉『荒川十太夫』というラインナップ。

花道の揚幕が音を響かせて開かれ、伯山が登場。松之丞を名乗っていたころから、「いつか歌舞伎座の舞台で講談を」と語っていた伯山。昼の部では緊張もあったという。しかし夜の部のマクラでは、「もう2回目ですから。ペラペラしゃべれます!」と、いつもの勢いで声を弾ませた。場内に、笑いとリラックスした空気が広がり、拍手でいっぱいになった。

『荒川十太夫』の主人公・荒川十太夫は、赤穂義士の堀部安兵衛が切腹する時、介錯をつとめた人物だ。そこで伯山は、安兵衛が、赤穂浅野家とつながりをもつまでを描いた『駆け付け』から『婿入り』までを一気に披露した。決闘では、スピード感あるカット割りの映像をみせるかのよう。『婿入り』では、客席の緊張も笑いも自在に引き出し、盛り上げた。

■傘寿を歌舞伎座で祝う

鼎談は、松鯉が「皆様に助けられながら、生きています」「(歌舞伎座で講談会ができたことは)生涯忘れません。夢のような話でこんなに嬉しいことはない」と、深い感謝を言葉にした。司会は吉崎典子さん。

松鯉と伯山は、昼の部のあとに、歌舞伎俳優たちの『荒川十太夫』の稽古を見学したという。松緑が弟子を厳しく指導する姿も目にした伯山は「10月の十太夫、こわいな……って」(松緑爆笑)、「でも皆さん真剣そのもので」と報告。松鯉が「この子(伯山)の稽古で、私がユルすぎた」と続いたので、場内に笑いが広がった。松緑によれば、この日がはじめての立ち稽古だったという。出演者たちにとっては「目の前に、松鯉先生と伯山先生がいらっしゃる中で、やらせていただく。処刑台にのぼるような気分でした(笑)」。主戦場である歌舞伎座の舞台で、堂々とした佇まいの松緑から、意外な本音が聞かされて、ドッと笑いが起きていた。今後も、講談を歌舞伎にする可能性は存分にある、と松緑は言う。「たとえば『天保水滸伝 鹿島の棒祭り』など、歌舞伎にできるなと思いながら聞いています」。3人は「講談は宝の山」と意見が一致。来場者も大きく頷いた。松緑と伯山がさらりと投下する際どい発言も、すぐに紛れるほどに笑いが絶えず、温かく和やかに盛り上がった座談会だった。

『神田松鯉・神田伯山 歌舞伎座特撰講談会』「特別鼎談」(左より)神田伯山、神田松鯉、尾上松緑 /(C)松竹

■松鯉の『荒川十太夫』、講談の美学

「赤穂義士外伝」の『荒川十太夫』は、赤穂義士たちが眠る泉岳寺を舞台にはじまる。四十七士の七回忌の日、荒川十太夫が、堀部安兵衛の墓参りにくるのだが……。

花道に登場した松鯉を、降り注ぐような拍手が迎えた。七三で、両手で大きく丸のポーズ。明るい笑いと、いっそう大きな拍手に歌舞伎座が揺れた。高座にあがると、張り扇をゆったりと2度鳴らしお辞儀をした。眼鏡を外し、いよいよはじまる! と思いきやお茶目なトラブルに……と油断したところで、一気に赤穂義士の世界へ。

鼎談の時、松鯉が唯一、声を大きくしたのは、本作の魅力を聞かれた時だった。『荒川十太夫』には、人をおもんぱかる「惻隠の情、男の美学、人間の美学」が描かれ、「講談の美学」でもあるという。「これらが詰まっているのが『荒川十太夫』」。文字にすると、熱苦しく、説教くさい印象を与えるかもしれない。しかし、松鯉が講談として読む世界に、そんな押しつけがましさはなかった。殿様の「仔細があってのことだろう」の一言にも、包み込むような人間への情愛と信頼があった。“心温まる人間ドラマ”と紹介される作品は、しばしばみかける。その中でも松鯉の『荒川十太夫』は、最上級に上質な心の温かさだと感じられた。万雷の拍手の中、一度定式幕がひかれた。止まない拍手に応えて、松鯉と伯山が再登場。三本締めで結ばれた。

■講談で、歌舞伎で

歌舞伎バージョンの『荒川十太夫』では、登場人物の一人ひとりを俳優が演じる。照明や音楽も加わる。松緑が、十太夫の心の動きをどのように体現するのか。市川猿之助の安兵衛は、白装束での最期にどんな表情を見せるのか。坂東亀蔵の松平定直が、どんな表情で耳を傾け、どんな声で言葉をかけるのか。泉岳寺和尚には市川猿弥、杉田五左衛門には中村吉之丞、大石主税には松緑の長男・尾上左近。歌舞伎に親しまれている方は、すでに台詞の数々が、俳優たちの声で脳内再生されたにちがいない。想像どおりであろうとなかろうと、歌舞伎になる楽しみは増すばかり。

たったひとりですべての人物、すべての景色を読みきかせる、講談という話芸の強さと拡張性を体感し、総合芸術と言われる歌舞伎の可能性への期待が高まる講談会だった。『芸術祭十月大歌舞伎』は、10月4日(火)から27日(木)まで。『荒川十太夫』は、第一部での上演。

取材・文=塚田史香

公演情報

歌舞伎座『芸術祭十月大歌舞伎』
日程: 2022年10月4日(火)~27日(木) 【休演】11日(火)、19日(水)
会場:歌舞伎座
 
【第一部】11時開演
 
令和4年度(第77回)文化庁芸術祭参加公演
萩原雪夫 作
市川猿翁 演出

三代猿之助四十八撰の内
一、鬼揃紅葉狩(おにぞろいもみじがり)
 
更科の前実は戸隠山の鬼女:市川猿之助
平維茂:松本幸四郎
局かえで実は鬼女:市川門之助
侍女ぬるで実は鬼女:中村種之助
侍女かつら実は鬼女:市川男寅
侍女もみじ実は鬼女:中村鷹之資
侍女いちょう実は鬼女:中村玉太郎
侍女にしきぎ実は鬼女:尾上左近
男山八幡の末社百秋女:市川笑三郎
男山八幡の末社千秋女:市川笑也
従者碓氷三郎:市川青虎
従者小諸次郎:市川猿弥
神女八百媛:中村雀右衛門

講談の名作が歌舞伎に!
神田松鯉 口演より
竹柴潤一 脚本
西森英行 演出

赤穂義士外伝の内
二、荒川十太夫(あらかわじゅうだゆう)

荒川十太夫:尾上松緑
松平隠岐守定直:坂東亀蔵
大石主税:尾上左近
杉田五左衛門:中村吉之丞
泉岳寺和尚長恩:市川猿弥
堀部安兵衛:市川猿之助

【第二部】14時30分開演
 
小幡欣治 作
大場正昭 演出

一、祇園恋づくし(ぎおんこいづくし)
中村鴈治郎 松本幸四郎 二役早替りにて相勤め申し候
 
大津屋次郎八/大津屋女房おつぎ:中村鴈治郎
指物師留五郎/芸妓染香:松本幸四郎
手代文七:坂東巳之助
使いの者清助:大谷廣太郎
おつぎの妹おその:片岡千之助
茶店亭主金平:中村寿治郎
持丸屋女房おげん:市川高麗蔵
岩本楼女将お筆:片岡孝太郎
持丸屋太兵衛:中村歌六
 
河竹黙阿弥 作
二、釣女(つりおんな)

太郎冠者:尾上松緑
大名某:中村歌昇
上臈:市川笑也
醜女:松本幸四郎
 
【第三部】18時15分開演
 
萩原雪夫 作
一、源氏物語(げんじものがたり)
夕顔の巻
 
光源氏:中村梅玉
夕顔:片岡孝太郎
惟光:片岡市蔵
六條御息所:中村魁春
 
河竹黙阿弥 作
二、盲長屋梅加賀鳶

本郷お茶の水土手際より加州侯赤門捕物まで
 
竹垣道玄:中村芝翫
女按摩お兼:中村雀右衛門
手先長次:中村松江
お朝:市川男寅
道玄女房おせつ:中村梅花
家主喜兵衛:市村家橘
伊勢屋与兵衛:市川左團次
日蔭町松蔵:中村梅玉
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