<2015年末回顧>千葉さとしの「クラシック音楽」ベスト5
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今年を”語る”出来事+1で振り返る
◆「セイジ・オザワ 松本フェスティバル」初開催
◆ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の新首席指揮者にキリル・ペトレンコ選出
◆パーヴォ・ヤルヴィ&NHK交響楽団が新時代へ
◆バロックオペラ上演、日本でも増殖中
◆2015年私的ベストはメトロノームの轟音で始まったあのコンサート
さて、クラシック音楽の2015年を振り返るにあたって、私からは出来事を軸にお話させていただきたい。まずは生まれ変わったあのフェスティバルの話から。
◎「セイジ・オザワ 松本フェスティバル」初開催
日々ニュースを追う中で、私も小澤征爾を巡る話を何度させていただいただろう。ケネディ賞受賞のようなめでたい話から体調の話など、いいこと悪いこといろいろと報じてきたけれど、それらをここでひとつに集約して挙げるならば、このフェスティバル初年度が多くの困難にも負けず成功裏に開催されたこと、になるだろう。
会期中に80歳の誕生日を迎えた小澤征爾のバースデーコンサートなど祝祭的雰囲気の一方で、残念ながらマエストロの体調不良のための降板、出演者変更などもあり、おそらくは「サイトウ・キネン・フェスティバル」からの新生には多くの困難もあったことだろう。2016年8月14日(日)~9月6日(火)の期間に開催される二年目となる次回のフェスティバルにはさらなる発展を期待したい。
そして小澤征爾はこのフェスティバル、また音楽塾、室内楽アカデミーなどのアウトリーチ活動に加えてベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会への復帰も決まり、ますます充実した2016年を迎えることになる。
◎ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の新首席指揮者にキリル・ペトレンコ選出
「SPICE」ではこの件について多く言及したが、それはこの人選のインパクトに加えて他の団体への影響の大きさを思うが故だった。この選任に前後して欧州の音楽界で行われた数多くの“人事異動”はその読みを裏付けてくれた。“異動”の例をあげれば「ティーレマンがバイロイト音楽祭の芸術監督に」「パリ管弦楽団にダニエル・ハーディング」「コンセルトヘボウ管弦楽団にダニエレ・ガッティ」「シャイーがルツェルンへ、そのため空いたゲヴァントハウス管弦楽団にネルソンスが」などなど、ベルリン・フィルがペトレンコを迎える2018年前後には欧州音楽界に大きい変化が待っているのだ。そしてそれは北米にも、日本にも何らかの形で波及してくることだろう、願わくは良い影響であってほしいところだ。
“「日本ではあまり知られていないマエストロをベルリン・フィルが選んだ」ことの意味は2018年に彼が就任してから明白に見えてくるだろう”という趣旨の記事を以前書かせていただいたが、その後に「キリル・ペトレンコはバイエルン国立歌劇場との仕事を継続する」との報もあり、正直なところ現時点では「ペトレンコとベルリン・フィル」の未来は決定から約半年が過ぎてもまだ見えてこない。不透明な将来を占う意味でも、彼らの今後の共演はこれまで以上に注目である。
◎パーヴォ・ヤルヴィ&NHK交響楽団が新時代へ
この9月にNHK交響楽団の首席指揮者に就任したパーヴォ・ヤルヴィの活躍は、おそらくはこれまでクラシック音楽に触れてこなかった層にも届いているのではないだろうか。契約から早々にレコーディングの発表があり、そして地下鉄表参道駅の柱に大々的にポスターを掲示したあたりからは「これまでとは放送局の姿勢も違うな、NHKは本気だ」と感じていた私も、さすがにパーヴォ・ヤルヴィが上沼恵美子とトーク番組で共演までするとは想像していなかった。従来の指揮者のイメージに囚われず、テレビ番組にSNSにと積極的に聴衆と対話をしていくマエストロのオープンな在り方は実に新鮮で、ぜひともその姿に触れた多くの人が彼の音楽にも興味を持っていただきたいものだ。
だがもし、音楽以外の部分での対話的アプローチだけが美点ならば「弁の立つタレントさんでも指揮者にすればよい」となるだろう。しかし一連のパーヴォ・ヤルヴィ首席指揮者就任前後のNHK交響楽団の充実ぶりは皆さまも会場で、レコーディングで、そして放送で確認されたことと思う。放送局との連携も見事に機能して、これ以上は望めない好スタートを切ったパーヴォ・ヤルヴィ&NHK交響楽団を今年のベストに挙げない訳にはいかないだろう。
◎バロックオペラ上演、日本でも増加中
新春早々に「第58回 NHKニューイヤー・オペラコンサート」で鈴木雅明率いるバッハ・コレギウム・ジャパンが登場してヘンデルのオペラアリアを演奏したことは、もしかすると何かの先触れだったのかもしれない。その後2015年内に、ファビオ・ビオンディによるヴィヴァルディ「メッセニアの信託」(2~3月、横浜)、近年フランスのバロック・オペラを毎年上演しているジョイ・バレエストゥーディオによるラモー「優雅なインドの国々」(5月、練馬)、東京二期会のヘンデル「ジューリオ・チェーザレ」(5月、初台)の舞台上演に加え、びわ湖ホールのモンテヴェルディ「オルフェオ」(9月、大津)、そして紀尾井ホール開館20周年記念に上演されたペルゴレージの「オリンピーアデ」(10月、四谷)などのコンサート上演も行われた。そして年が明ければアントネッロによるカッチーニ「エウリディーチェ」の日本初演、ジョイ・バレエストゥーディオによるラモー「プラテ」の再々演などの公演が待っている。
私はこの流れの先に夢を見たいのだ、いつか新国立劇場のオペラパレスでバロック・オペラが上演される日を。欧州ではもはや流行の段階を超えて一般的になってきたバロック・オペラの上演が、日本でも普通のものと扱われるのはその日から、だろうから。
では最後に、私にとって忘れ得ぬ経験となった刺激的なコンサートを最後の「ベスト」として、少し長くなるが紹介させていただきたい。
◎ミューザ川崎シンフォニーホール×東京交響楽団名曲全集2015-2016シーズン 第112回 (2015年11月23日[月・祝])
指揮はジョナサン・ノット、私にとっては彼の東京交響楽団首席指揮者就任後ようやく聴く機会を得られたコンサートだった。いや、このコンサートのプログラムを見た時からこれだけは聴き逃したくないと思っていて、めでたく聴けたコンサートは期待以上だった、という本当に幸福な経験だった。
ジョン・ケージの「4分33秒」などの“偶然性”の音楽に対して、揶揄も込めてリゲティが100台のメトロノームのために“作曲”した「ポエム・サンフォニック」(100台の、それぞれ違うテンポで動くメトロノームが止まるまで鳴らし続ける作品)から、豪華にもエマニュエル・アックスを独奏に迎えたR.シュトラウスの「ブルレスケ」までの三曲を間を置かずに演奏する趣向により、否応なく聴き手の耳は研ぎ澄まされる。
そして後半のショスタコーヴィチ最後の交響曲である第15番は、晩年の作曲家の特徴的な機械仕掛風の打楽器アンサンブルによって閉じられる作品であり、その鉄琴を交えた打楽器の金属的な響きは嫌でもコンサート冒頭に置かれたメトロノームの音を想起させる。ここに至って聴き手は否応なくコンサートを反芻する、100ものメトロノームの最後の一台が完全に止まったその瞬間に演奏が始まるバッハに「甘き死」を思い、道化的なスケルツォ(ブルレスケ)を経て、またショスタコーヴィチで死に至るこのコンサートを。そう、この日の四曲はあたかもひとつの巨大な交響曲のように、また「生と死」をテーマとしたある種のライブパフォーマンスであるように示された。リゲティの冗談交じりのアイディアをも取り込んだその慧眼、実に見事であった。
だがこうしたアイディアが、ただのアイディアとして終わっていれば「指揮者は知恵者だね」「こんなプログラムをよく考えましたね」となり、もちろん年間ベストの候補にもならないところだが、この日の演奏の充実ぶりたるや。私はジョナサン・ノットの前任者ユベール・スダーン時代に東京交響楽団をよく聴いたものだけれど、その頃に鍛えられた互いを聴き合う密なアンサンブルに加えて、劇的な力強さをオーケストラが備えてきたことに何度となく気付かされ、昨今の好評に大いに納得した次第だ。特にもショスタコーヴィチの強奏における「響きの大きさ」と「明瞭な線の描出」の両立には圧倒されたことを告白しよう。
これだけのプログラミングをしてみせ、上滑りのアイディアではなく音楽として充実したものとして示すジョナサン・ノットは、今年の契約更新において東京交響楽団とこの先10年もの長期契約を結んだ。喜ばしい限りだ、これだけの洗練されたプレゼンテーションとして音楽会を開いてくれるコンビネーションが長く続くのだから。