菊池亮太×けいちゃん×東京交響楽団、聴衆を興奮の渦に巻き込んだ圧巻の"共鳴"【レポート】
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確かなテクニックと自由自在な即興力を備え、ジャンルを越えて縦横無尽に活躍するピアニスト・菊池亮太と、YouTubeチャンネル登録者数100万人以上の人気を誇り、ピアノを軸とした音楽総合表現者として活躍するけいちゃん、そしてオーケストラを中心にあらゆるシーンで才能を発揮し、映像収録の経験も豊富なマエストロ・佐々木新平率いる東京交響楽団が、同じ舞台に集結したコンサート、「『共鳴』-The First Concerto Session」(2025年11月2日(日)東京芸術劇場 コンサートホール)。菊池は自ら書き下ろしたピアノ協奏曲を世界初演し、けいちゃんは「ラプソディ・イン・ブルー」を熱演。聴衆を興奮の渦に巻き込んだ。
11月初めの3連休、中日の2日(日)。世界初演の瞬間に立ち会うべく多くの聴衆が詰めかけ、会場の東京芸術劇場コンサートホールは、ほぼ満席の大盛況だ。プログラムは前半にアメリカの作曲家による作品、後半は日本の作曲家の作品が置かれ、その音楽性の違いを楽しめることも一つのコンセプトになっている。
オープニングを飾ったのは、20世紀のアメリカを代表する作曲家の一人であるアーロン・コープランドが、第二次世界大戦下の1942年に書いた「市民のためのファンファーレ」。指揮者と金管楽器、打楽器の奏者のみが登場、ドラとティンパニーでいきなり会場を揺らし、突き抜けるトランペットの音色が立体的に広がっていく。空間に満ち満ちる荘厳な響きには胸のすくような爽快感があり、パイプオルガンが設置された会場全体が楽器となって、まさに「共鳴」しているのを感じる。
他の楽器の奏者も舞台に揃ったところで、レナード・バーンスタインの『ウェスト・サイド・ストーリー』から「シンフォニックダンス」。ミュージカルの名曲を演奏会用に組曲として構成した作品だ。冒頭の増4度の跳躍、フィンガースナップで一気に物語の世界に引き込まれる。雑多な都会の喧騒、遠く見知らぬどこかへの憧れ、スリリングな決闘など、目の前に名場面が広がるよう。演奏会では掛け声なしのもことあるが、この日はしっかり「マンボ」の掛け声も入り、やっぱり嬉しくなる。ラストの美しい旋律の彼方に聞こえる不吉な音は、生演奏で一層印象が強くなる。
前半のトリは、こちらも20世紀のアメリカを代表する作曲家、ジョージ・ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」。ソリストのけいちゃんが黒いチェスターコートのような衣装で登場すると、ひときわ大きな拍手が湧き起こる。序奏の後、さらりとピアノで加わると、緩急をつけ、ところどころ内声を効かせながらオーケストラと寄り添う。まさに独壇場となったカデンツァは、ストリートピアノの雰囲気をそのままホールに連れてきたような自由さで、エキゾチックなアレンジを加え、バスを響かせて、どんどん活気づいていく。中間部、想いを受け取ったオーケストラの音は一層ふくよかになり、会場を一つにする。ピアノは後半も独自のアレンジをふんだんに盛り込んでドラマティックに展開、指も鳴らしながら、一体どこまで行ってしまうのかと思わせて、ちゃんと目の前に戻ってくるような絶妙なバランス。「ピアノコンチェルトというより、ピアノとオーケストラのセッション」という本人の言葉通り、遊び心たっぷりの掛け合いに心が躍った。ラストに向けて楽器の鳴りも一段と良くなり、盛大なフィナーレで前半が終了。
後半は、20世紀の日本を代表する作曲家、伊福部昭「SF交響ファンタジー第1番」で幕が開く。伊福部が、1983年8月5日に日比谷公会堂で開催された『伊福部昭・SF特撮映画音楽の夕べ』のために自ら編曲した作品だ。初演は奇しくも東京交響楽団が担当している。
冒頭から重々しく、威圧的な金管楽器と打楽器は震え上がるほどで、その後『ゴジラ』のテーマが地鳴りのように響く。ピアノをベースにしっとりと歌った『宇宙大戦争』の夜曲を経て、再び重厚サウンドに戻ると、耳に残る旋律が何度も繰り返される。マーチの縦で揃えていくリズムが、エネルギーを少しずつ積みあげ、むくむくと湧き上がる非日常的な高揚感に征服されてしまった感じだ。
続いては、武満徹の「3つの映画音楽」。今度は弦楽のみの編成が研ぎ澄まされたシャープな世界をつくり出す。第1曲 は『ホゼー・トレス』から「訓練と休息の音楽」。コントラバスが刻むリズム、ヴァイオリンの引っ掻くようなヒステリックなメロディー、力強いピチカート、休符の緊張感……。危うさを纏ったメロディアスな音楽が耳に馴染む。第2曲は『黒い雨』より「葬送の音楽」。ふくらんではしぼみ、迫っては遠ざかるような、つかみどころのない不気味な音楽に、そこから逃げ出したくなるような胸騒ぎと、ある種の虚無感を覚える。音色の美しさが、余計に排他的な雰囲気を醸し出していた。第3曲は『他人の顔』より「ワルツ」。ややたっぷりとしたテンポで演奏された、憂いのあるシャンソン風の優雅なワルツが聴衆を包み込む。中間部のチェロの温かさが印象的。
そしていよいよこの日の目玉、ピアノと管弦楽のための交響詩「トラベラーズファンタジア」。世界初演に作曲者である菊池本人がソリストとして挑んだ。東京交響楽団との共演は、ソリストとしての指名のみならず、「コンチェルトを書き下ろしてほしい」という依頼がきっかけで実現したという。心底驚き、「現実味がなかった」という菊池が腹を決め、制作した楽曲のイメージは「自分を探して1年間世界を旅する」。全12章が単一楽章として演奏される構成で、それぞれの章には標題がついている。
「旅立ちの夜明け」は5度ずつ上がる金管楽器の音が神々しい光を思わせ、夜が徐々に目を覚まし、力強いピアノソロはまさに昇る朝日のよう。
グリッサンドから繋いだ「出発」は、ゲーム音楽をイメージしたという。ティンパニの2拍子にのって、一気にワンダーランドへ。ファンタジーって素敵だ。
ピアノの同音連打から「桜舞う日本」に流れ込むと、五音階で曲が進む。連打はお琴のトレモロを思わせ、フルートも竹笛のようで、神秘的かつ背筋が伸びるような凛とした雰囲気が漂う。
印象派的な音の戯れから始まった「間奏曲」は、オーケストラとの掛け合いが心地よく、壮大なスペクタクルを思わせるキャッチーなメロディーが耳に残る。
「初夏の情熱大国」は空気を突き破るようなシンバルやカスタネット、フラメンコギターをかき鳴らすようなピアノ、情熱的なトゥッティと、まさに標題通りの世界が広がっていた。
「バゲージタランテラ」では、リズミカルで軽快な管楽器にのって、菊池が鍵盤ハーモニカで朗々とカンツォーネ風のメロディーを歌う。ここでもオーケストラのトゥッティは熱狂的で、生演奏ならではの音圧を全身に浴びるのは快感だ。
「秋のシャンソン」の、哀愁たっぷりのストリングス、裏寂しいメロディーを奏でる鍵盤ハーモニカには、古い名画を観ているような懐かしさを覚える。
微かなスネアドラムが遠くで聞こえ、柱時計のような音が鳴って「迷えるノエル」へ。ピアノやフルートの硬質な音色は、キンと冷えた空気を感じさせる。イルミネーション華やかな街の様子と、そこに静かに佇む主人公が目に浮かぶようで、その対比が印象的な曲。
暖かい日差しのようなオーボエの旋律に気持ちが和む「雪解け」の後は、「ニューイヤーinニューヨーク」。まさにダイバーシティの街、とにかく何でもアリの、「salad bowl」と言われるニューヨークを感じる曲だ。騒がしく混沌とした中で前向きなメロディーが存在感を示し、超絶技巧のピアノとオーケストラの丁々発止がスリリングだった。
ボルテージが最高潮に達したところで「フィナーレ ―ただいまー」に突入すると、壮大なオーケストラにピアノがゴージャスな和音を添え、ラフマニノフのコンチェルトを思わせる。
最後の「3月の子守唄と終幕」は、グロッケンシュピールとハープでオルゴールのように子守唄を奏でた後、ドラが入ってグランドフィナーレ。まさに「THE END」の文字が見えるようだった。
自身の音楽のバックボーンを大切にしながら、一捻りある和声を使い、ゲーム音楽のような世界も見せ、現代的な要素を取り入れつつも、決して奇抜になりすぎず、ずっと耳が追いつける親しみやすさとノスタルジーを感じる大作だった。会場にはブラボーが飛び交い、聴衆はスタンディングオベーションで世界初演を讃えた。
鳴り止まない拍手に応え、アンコールは菊池とけいちゃんの連弾で、チック・コリアの「スペイン」。さりげなく「ラプソディ・イン・ブルー」のフレーズを紛れこませているところも心憎い。途中、プリモとセコンドを交代し、「トルコマーチ」、「運命」、「エリーゼのために」のフレーズも聞かせたかと思えば、最後はまた菊池の鍵盤ハーモニカで締めくくる。緊張から解き放たれた2人のハッピーオーラが会場いっぱいに広がり、聴衆はほぼ総立ちとなった。
個人的な感覚かもしれないが、喜びも悲しみも、すべてがどこかオープンで、誰かとシェアしたくなるアメリカの音楽と、スケールの大小に関わらず、そこで動いた自分の感情に向き合いたくなるような日本の作品に触れ、さらに個性豊かなピアニスト2人のコンチェルトを堪能できた充実のコンサートだった。そしてこの日、菊池の作品に初めて出会った聴衆は、その記憶を二度塗り、三度塗りしたいと思ったのではないか。即興の名手による渾身のコンチェルトは生まれたばかり。今後何度も演奏され、聴かれることで、広く愛される名曲に育っていくのが楽しみだ。
菊池亮太 今後の出演予定
会場:福島県国見町観月台文化センター (福島県)
https://eplus.jp/sf/word/0000129872
日程:2025/12/31(水)開演16:00~ (開場 15:00~)
会場:札幌文化芸術劇場hitaru (北海道)
出演:
指揮者 / 共演者
指揮 / 現田 茂夫
ピアノ / 菊池亮太(#)
ソプラノ / 髙橋茉椰(+)
NAOTO Tree of Honor(*)
ガーシュウィン ラプソディー・イン・ブルー(#)
J.シュトラウスⅡ ワルツ「春の声」op.410(+) ほか
https://eplus.jp/sf/detail/4378970001-P0030001P021001?P1=0175
https://ryotakikuchi.net/