元アイドルに起きた珍騒動を描く、コンプソンズ『われらの狂気を生き延びる道を教えてください』稽古場レポート
『われらの狂気を生き延びる道を教えてください』キービジュアル 左から村田寛奈、さかたりさ 撮影/塚田史香
2022年11月10日(木)より浅草九劇にて、コンプソンズ#10『われらの狂気を生き延びる道を教えてください』が開幕する。主宰の金子鈴幸が作・演出を手がけるのは、2021年4月に下北沢「劇」小劇場で上演され大盛況となった『何を見ても何かを思い出すと思う』から1年半ぶり。昨年は金子以外のメンバーが短編の作・演出に挑んだ公演『イン・ザ・ナイトプール』や、同じく主宰の星野花菜里がプロデュースを手がけた別冊コンプソンズ『ビニール』などチャレンジングな試みも続き、劇団としてますますのパワーアップを見せている。
そんなコンプソンズにとって最大規模となる新作公演『われらの狂気を生き延びる道を教えてください』。物語の舞台は、元アイドル・まさこが営むラーメン店だ。かつて異例の集客で話題をさらったアイドルが歩む全く別の道。そこにかつてのアイドル仲間・れんげをはじめ訳あり境遇の珍客が続々と集い、その運命は全く予期せぬ方向へと舵を切り始める……。
物語の主軸となる元アイドルのまさことれんげを村田寛奈、さかたりさがそれぞれ演じ、数奇な運命に翻弄される個性豊かな仲間や客人を津村知与支(モダンスイマーズ)、東野良平 (劇団「地蔵中毒」)、野田慈伸(桃尻犬)、てっぺい右利き、コンプソンズメンバーである金子鈴幸、星野花菜里、大宮二郎、細井じゅんが演じる。一筋縄ではいかない物語を金子の緻密な演出と演者の豊かな表現力によって立ち上げる稽古の様子をレポートする。
左から村田寛奈、さかたりさ、金子鈴幸
稽古はプロローグから始まった。客席に向かって滔々と語り出すのは東野良平演じる自称私立探偵・工藤。他人事と自分事のちょうど間くらいの平熱のニュアンスで投げかける序章。客席と舞台の連結をそっと均すようなスムースな語り口がこれから始まる混沌の物語、その演劇の入り口へと観客を誘う。探偵が何を探り、どう物語に絡んでいくかも気になるところだ。
東野良平
その後袖から出てきたのは、村田寛奈演じる元アイドルでラーメン屋の店主・まさこ。本作の主演の一人である。
「10年前、アイドルやってた時です」。
自身の生い立ちや歩みが散りばめられた独白を時に軽妙に時に直情的に語る様子から、まさこというキャラクターの等身大さが伝わる冒頭である。
村田寛奈
その語りは、他者に向かって投げかけられていた。取材で店に訪れていた大宮二郎演じるライターである。そのペンネームと由来は本編の楽しみにとっておいてほしい。まさこの過去と今を紐解くように会話を促すが、どうやら目的はそれだけではなさそうである。取材メモを取りながら、じわじわと核心を突く場所を探るように距離を縮めていく。店の外からアプローチする彼は、場を掻き乱すのか場に巻き込まれるのか、果たしてどちらだろうか。
大宮二郎
まさこが自身の生い立ちを遡ると同時に、独りごちるように会話に割り入ってくる者がいた。まさこ曰く“腐れ縁”の幼馴染・兼田。演じるのは細井じゅんだ。第三者視点とも当事者視点とも取れるような絶妙な立場で二者の間に介入し、取材を混線させる。たまたま店に来ていたのか、何か理由があってそこにいるのか。その真意はわからない。
細井じゅん
さらに割り入る人物が2名。てっぺい右利きと野田慈伸演じるシンペイとナベはラーメン店の従業員だろうか。こちらもまさこと親しい、縁深い間柄に見えるが、立場はそれぞれ異なるようだ。店というよりもまさこを気にかけるシンペイと、上下関係のリアリティが滲む物言いで場に緊張感を走らせるナベ。コントラストの効いたテンションでみるみる会話に介入していく、訳あり感満載のキャラクターたちである。
左から野田慈伸、てっぺい右利き、細井じゅん
多様性を体現する俳優の個性が重なる度に、シーンはうねりを見せていく。どうやらこの店には、そこに集う者には、いくつもの複雑な事情が入り組んでいる。ライターの心境と同じく、その状況を一刻も早く詳らかにしたい衝動に駆られるが、誰もまだ腹の中は明かさない。
と、そこにまた一人新たな客人、兼田の恋人・ゆみである。店に入るや否や兼田に詰め寄る。取材とは関係のないところで、どうやら別の大きなトラブルが起きているらしい。怒りをエンジンにしたトリッキーな役柄を瞬時に手中に収める星野花菜里。ゆみの登場によって、この奇妙なコミュニティにおける人間関係とそのパワーバランスは徐々に明るみになっていく。
左から細井じゅん、星野花菜里
「もう1回やってみていいですか?」
冒頭シーンの一通りのキャラクターが出揃ったところで金子の演出が入る。疾走感を以て連投されるキャラクターたちが織りなす小気味良い会話はコンプソンズの魅力の一つであるが、だからこそ、テンポとスピードには緻密な調整が必要なようだ。その傍らには本作には出演をしないが、稽古を円滑に進めるべく金子の演出に伴走するメンバー・鈴木啓佑の姿もあった。
金子鈴幸
「一回、目をつむって言ってもらってもいいですか?」
「語り出しは考えるより前に言葉が出てしまったような唐突さがいいかも」
「ツッコミはもう少し余裕を持った感じで」
「そこで舌打ちを入れてみましょうか」
役所広司っぽく、浅野温子的な、稲川淳二を彷彿させる感じ……。
その例えに思わず笑ってしまうが、芝居に独特の特徴を持つ著名人の名が挙がることも、そして、その具体例を察して芝居を変容させる俳優のチャレンジングな姿もコンプソンズの稽古では珍しくない。
「やりにくいところありますか?」
「このテンションどう思いますか?」
演出の意図を伝えつつ俳優の意見を仰ぐ、対話性の高いクリエーションもコンプソンズの稽古の魅力である。
冒頭のやりとりが数回返された後、稽古は別のシーンへ続き、登場人物がさらに一人増える。さかたりさ演じるまさこのアイドル時代の仲間・れんげ。重要人物である。二人の間に流れる空気はこれまでの登場人物とのそれとはまた少し趣が違う。歯に衣着せぬ物言いで取るに足らない世間話をする二人。
左からさかたりさ、村田寛奈
しかし、れんげはまさこに何か伝えたい思いがあるようで、どことなく落ち着きがない。直接的なセリフを発さずとも二人がかつて戦友であったこと、そして、それが故に互いに対して思うところがある様子が視線や距離感の端々から伝わってくる。
今回の稽古では不在だったが、ここに更なるキーパーソン、津村知与支(モダンスイマーズ)演じる謎の人物・桜井が加わり、物語はさらに混沌を極めることになる。コンプソンズ初出演となる津村がどんな役柄を担うのか、筆者と同じく楽しみにしている観客も多いはずだ。
まさことれんげ、二人のやりとりは重要なシーンなのだろう。すかさず金子の演出が入る。主に距離感についての言及であった。さりげない所作にこそ出る親密さや緊張感を慎重に探る姿は金子の演出スタイルの一つと言えるのではないだろうか。一つ一つの人間関係にそれぞれの温度と距離、すなわち歴史があるということ。そして、そこには問題も起こりうるということ。金子は「アイドル」という題材を扱うにあたっても、社会で起きるあらゆることに思いを馳せたと言う。
「このターンは何度も繰り返すことで成立する気がします」
同じセリフをあらゆる方法で何度も繰り返し、静電気の様に小さい摩擦、しかし重なれば大きな違和感になる部分をできる限り拭う、そして時としてはその違和感をクロースアップするという細やかなプロセスを重んじているように感じる。そのトライ&エラーの積み重ねの全てを劇作の要素として取り組む気概は、物語の題材における覚悟であるようにも感じた。
世に起きる様々な出来事を劇作に盛り込む金子の敏感な受信力と、それらの風刺を時に鋭く、時にユーモラスに体現する出演俳優の発信力。「集大成にして始原」と金子が語るように、変幻と進化を遂げた鮮烈なタフネスは本作でも健在、否、増大しているように思う。コンプソンズ最大規模の本公演は、その源流をつぶさに汲み取った新たな代表作の一つになるかもしれない。全員が持ち得る限りの想像と覚悟を尽くした本作がその全貌を見せる日を心待ちにしたい。
左上から時計回りに津村知与支、星野花菜里、金子鈴幸、大宮二郎、細井じゅん、野田慈伸、東野良平、村田寛奈、さかたりさ、てっぺい右利き 写真/稽古場提供
稽古場撮影/吉松伸太郎
取材・文/丘田ミイ子
公演情報
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