つまらないと言われているシェイクスピアの『ジョン王』 吉田鋼太郎はどう面白くするのか、演出プランや出演者について聞く

インタビュー
舞台
2022.11.11
吉田鋼太郎

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2年前に中止となった『ジョン王』がついに上演される。演出の吉田鋼太郎は、この夏同じく演出を手掛け、2年ぶりの再演となった『ヘンリー八世』を、初演時には果たせなかったツアー公演まで完走した。その勢いのまま『ジョン王』上演にも情熱を燃やしているところだ。

13世紀、イギリスとフランスが争う中、英国王族の仲間入りした先王の私生児が状況をかき回していく歴史劇はシェイクスピア劇のなかでは上演される機会が少ないマイナーな作品で、シェイクスピア・シリーズの最後に残された、ある意味、最大の難題といえるだろう。

この2年の間に世界情勢も変わったことから大幅に見直しているという演出プランとはどういうものなのだろうか。また、残念ながら降板になった横田栄司の代わりに、埼玉及びツアー公演では自身がジョン王を演じることになり、責務が重なる。蜷川幸雄から引き継いだ彩の国シェイクスピア・シリーズがフィナーレを迎える今、『ジョン王』にどう向き合うか想いを聞いた。

吉田鋼太郎

吉田鋼太郎

ーー2年を経て上演されることになった今の心境を教えてください。

先日、2年半前に埼玉公演中に中止が決まり、そのままツアー公演がすべて中止になった『ヘンリー八世』の再演が無事終わりまして、ホッとしているところ間髪入れずに『ジョン王』の稽古がはじまります。上演できる喜びと、コロナ禍が完全に収まったわけではないので果たして最後までやりきれるのかという不安と、最後まで完走したいという願いが入り交じっています。この2年の間にコロナ禍あり、ロシアとウクライナの戦争ありと、世相が大きく変わったので、2年半前に予定していた演出プランを全部見直しました。芝居がやれなくなるかもしれない不安を抱えながら、今の世の中でどういうふうに作れば観る人の心に響くのかということをかなり慎重に考えているところです。

ーーこれまで上演される機会が少ない『ジョン王』を、吉田さんは演じた経験をお持ちです。どんな魅力がありますか。

1993年に、出口典雄さん​演出のシェイクスピア・シアターで私生児を演じました。当時、やる前にあんまりおもしろくない芝居ですねえみたいなことを演出家と話していたんです。シェイクスピアらしいおもしろいところがいくつもあるのですが、一つひとつがうまくつながっていなくて、いいところが生かされていない。なんでこんなに荒削りのまま世に出しちゃったの? と不思議に思うような作品でした。それが、やってみると意外とそうでもなかったんですよ。要するに、面白くないと思っていると意外と面白いという効果があるわけです。イギリス対フランスの闘いが物語の中心にあり、王家の人々が自分たちの利益のために領土を争う姿を客観的に見ているのが私生児です。これはひとつの解釈ですが、どちらにも属さないのでなんでも好きなことが言える私生児を追って戯曲を読んでいくと、国を背負ってない第三者が出てきて国を導いていかないと、正しい国の導き方ができないのではないだろうかというテーマらしきものがどうやらあるようだと見えてきます。それは現代と少し重なりますよね。争いをやめようと思っている人たちに四の五の言わずに争いをやってしまおうと言い出すのが私生児で、途中からこれはえらいことになったから収束させないといけないんじゃないかと言い出すのも私生児。彼がその後、成長して最終的にどういうリーダーになっていくかまでは描かれていませんが、なんとなくこれからいい国が生まれるのではないかという示唆はある。それもまた現代に通じるものがありそうで、良いリーダーが現れたら争いが終わるのではないかとか、コロナ禍にも解決策が見つかるのではないかとかいうような希望につながるのではないか——。そういうふうに戯曲を読むと面白くないことはないんですよ。

ーー今の解釈をうかがったら面白そうな気がしてきました。

そうでしょう(笑)。これまでやったシェイクスピア作品のなかで一番つまらないと言われているものでも、やり方によっていかようにもできる。皆さんに面白いと思っていただけるものにしたいと思っています。そのなかで、どうしても今は戦争とは切り離せない気はしています。子供が死ぬシーンがあるのですが、それが象徴的で、ロシアとウクライナのニュースで子供が被害に遭っている姿を見ると、自分の子供のことを考えて胸が痛みます。作り手の他人事とは思えない感は大事にしたい。お客様にも自分ごととして心に響く芝居を作りたいので、自分の心の痛みも表現したいですね。

吉田鋼太郎

吉田鋼太郎

ーータイトルになっているジョン王はどういう人物ですか。

ひと言で言うと運の悪い人です。「失地王」と呼ばれる所以は、ジョン王の兄が十字軍を率い闘い、領土を自分のものにしたものの、お金を使い過ぎて彼の代で国の財産がなくなった。その状態で兄は死に、ジョン王にお鉢が回ってきた。そこへフランス軍に攻めてこられてどうすりゃいいんだと途方に暮れている人物です。史実では評判は芳しくありませんし、けっしてタイトルロールを背負う役割ではない人物ですが、彼には彼の魅力があります。むしろいかに駄目な人であるかをアピールしたほうが、面白さが見えてくるような気がしています。彼なりになんとか挽回したいと思いながら追い詰められていくジョン王を助けるのが私生児で、ふたりの友情がどうやら芽生えていくという物語にもなっています。

ーー今回、演出とフランス王役を担当する予定が、俳優の降板によってさらに埼玉及びツアー公演ではジョン王も演じることになりましたが、いかがでしょうか。

ほんとうに大変です。僕も大変ですが、演出の傍ら、僕の俳優としての稽古に付き合う出演者たちも大変だと思います。イレギュラーなことではありますが、彩の国シェイクスピア・シリーズの最後ということもあり、ちょっとドラマティックかなとも思っています。

ーー私生児役の小栗 旬さんをはじめて演出するお気持ちはいかがでしょうか。

小栗 旬が彩の国シェイクスピア・シリーズに出演するのは16年ぶり。小栗くん的には待ちに待ったシリーズで、少し緊張しているようですけれど(笑)、稽古場に入って一言発したら緊張はすぐ解けると思います。俳優同士としては、これまでがっつり絡んだことは実はそんなになくて、フランス王だと絡みがなかったけれど、ジョン王だといよいよがっつり絡めるなということでふたりとも喜んでいる状態です。大河ドラマを1年間やってきて、すごく成長していると思うので、その成果を見せてもらえることも楽しみです。小栗 旬の俳優としての資質は——本人も言っているし、僕も思うことですが、決して憑依型の俳優ではないですよね。僕は役になりきるあまりものを壊すようなことも時としてありますが(笑)、小栗くんはつねに客観性があって、それが良さでもあり悪さでもあると思っています。だから今回はぜひ、髪の毛を振り乱すほど役に憑依してほしいと考えています。

ーー今回、ジョン王をやる吉原光夫さんの印象をお聞かせください。

まだご一緒にしたことがなくて、この間、スチール撮りのときにはじめてお会いしましたが、まあ、身体が大きくて、顔も凛々しくて、蜷川組にはぴったりだなと思いました。稽古でどういう第一声を発してくれるか楽しみです。吉原さんのような新しい人が座組に入ってくれると触発されることも多いので、吉原さんのいいところを出してもらえるような稽古をしていきたいですね。

吉田鋼太郎

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ーー埼玉及びツアー公演で鋼太郎さんの代わりにフランス王を演じる櫻井章喜さんの魅力を教えてください。

『ヘンリー八世』でも活躍してくれました。芝居のトーンとしては、いわゆる王様キャラではないと思うんです。その違和感みたいなものが逆に面白くなることを期待しています。これまでのシェイクスピア・シリーズには出てこなかった王様像が見られるんじゃないかな。

ーー今回、オールメールにした理由は。

ジョン王の母・皇太后エリナーと、コンスタンスというフランスの女性でジョンの甥アーサーの母という凄みのある女性がふたりいるんです。物語の舞台となる1200年代では、女性も男性的というか、猛々しさがあったようで。それを男性にやってもらうという非日常性を組み込むことで面白くなるのではないかと考えました。

ーーいままでオールメールを演出したことはありますか。

出たことはありますが(『お気に召すまま』(04年)『間違いの喜劇』(06年)『から騒ぎ』(08年))、演出するのは初めてです。女性のドロドロとした情念と男のパワーを混ぜ合わせた表現をしてみたいですね。コンスタンスの見せ場に、子供を失ったときに常軌を逸した振る舞いをする、そのト書きが印象的で、もともとシェイクスピアが書いたのか誰かが演じて良かったから後から付け加えられたものなのかわからないけれど面白いと思っていて。演じる玉置玲央さんは若いし女方ではないから、未知数ながらどんなふうに演じてくれるか楽しみです。

ーー蜷川さんがやって来た彩の国シェイクスピア・シリーズもこれで一旦終わりを迎えます。シリーズに対する思いと、蜷川さんに対する思いをお聞かせください。

自分の一番いい時期を捧げてきたシリーズだと思っています。ほぼほぼ毎年やっていました。僕に限らず、参加した俳優は、みんなほんとうに一生懸命、蜷川さんに食らいついていって、俳優たちの結束が強くなりました。どうやって蜷川幸雄のダメ出しをクリアして次のレベルに行くのかということばかり考え続けてきた20年間、具体的に悔しかったり楽しかったりする思い出は数えあげればきりがなく、今でも集まればそういう話をします。この数々の体験が自分ではわからないけれど、きっと何かになっているのだと、なっていないと困るなと。20年もかけたのだから。その成果がわかるのは、きっとこれからかもしれないという感慨はあります。シリーズは終わってもたぶん、ああ、終わったと感動するとかセンチメンタルになるとかいうことはないと思うんです。これで過去のことになったとかいうことではなくて、これからもずっと続いていく感覚なんですよ。蜷川さんのやりたかったことに僕のやりたいことをプラスして、それが実を結ぶのはこれからだなという気がして、さ、次、という気持ちでわくわくしています。

吉田鋼太郎

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ーー蜷川演出と鋼太郎演出の違いは?

蜷川さんは細かいところよりも、とにかく俳優をある極限にまで連れていこうとします。やったことのない芝居や世界に僕たちをもっていくために稽古場にものすごい緊張感を作りあげたり、叱咤激励だったり、あの手この手で追い込んでいく。そうすると、稽古をたくさん積んでないにもかかわらず、知らず知らず、独特の劇世界が出来上がって、俳優が高いところにいるんですよ。僕にはそれは難しい。蜷川さんが1ヶ月、いや、一瞬でやってしまうことが僕なら2ヶ月は必要です。蜷川さんの芝居に懸ける気持ちや、見てきた景色が違うんですよね。シェイクスピアに関しては、すごく庶民的で猥雑で大衆演劇のようだから、誰が観てもおもしろくわかるように作らないといけないんだよと常々蜷川さんはおっしゃっていて、それは僕も両手をあげて賛成で、できる限り面白くしたいし、なんとか今の段階でもできているかなとは思っていますが、蜷川さんの演劇にはそれにプラスして禍々しさがあります。狂気的なものや野性的なものと神聖なもの、どちらもないと成立しない蜷川さんの世界に行きつくのはこれからの課題です。まず、『ジョン王』では演劇のもつ禍々しさみたいなものを出してみたいと考えています。だからこそ、小栗くんの私生児も最初は客観的だったのが徐々に段階を経て、最終的には髪を振り乱して涙でぐしゃぐしゃになっていく、そんな小栗くんを見たいですね。

ーー鋼太郎さんと小栗さんはふだんから仲が良いことが有名ですが、追い込めるものですか。

ふだん仲がいいことは全然関係ないです。怒鳴って追い込むのではなく、戯曲を徹底的に読み込み分析して話し合いながらやっていくつもりです。彼は頭がいいので芝居の内容もやるべきことも役割もわかっているだろうから、その内容に上乗せしていくことでみるみる変わっていく姿を見たいと思っています。

ーー蜷川さんと鋼太郎さんの違いは、鋼太郎さんは演出をやりながら出演もすることです。この利点はどこにありますか。

役にもよりますが、例えば『ヘンリー八世』で僕が演じた枢機卿ウルジーなんかは、なかなか多彩な表現ができるちょうどいい役で、そこで僕が演劇に求めているものの規範になるべく演じると、俳優たちが見て発奮し、一種独特の向上心を、座組の全員が持って勉強しはじめるんです。僕が演出家として言葉を発するよりも、僕の信じる芝居をやったほうが信用されるというのかな、自然にいい空気が生まれることがある。逆に言えば、自分ができてないと演出もできなくなるという怖さが、演出家兼俳優にはありますが(笑)。

ーー最後に、を買おうかなと迷っている方にメッセージをお願いします。

『ジョン王』という芝居は、今回の機会を逃したらもしかしたらあと50年くらい上演されることはないでしょう。あまり評判を聞かない作品と言われてはいますが、そういう芝居に限って面白いものです。絶対にレアです。幻のシェイクスピア作品を今、絶対に見ておかないと損ですよ!

吉田鋼太郎

吉田鋼太郎

取材・文=木俣 冬      撮影=福岡諒祠

公演情報

彩の国シェイクスピア・シリーズ
『ジョン王』
<キャスト>
小栗 旬 吉原光夫(東京公演)
中村京蔵 玉置玲央 白石隼也 高橋 努 植本純米 櫻井章喜(埼玉・愛知・大阪公演)
間宮啓行 廣田高志 塚本幸男 飯田邦博 坪内 守 水口テツ 鈴木彰紀 堀 源起 阿部丈二 山本直寛 續木淳平 大西達之介 松本こうせい 酒井禅功/佐藤 凌(Wキャスト)
吉田鋼太郎
 
<スタッフ>
作:W.シェイクスピア
翻訳:松岡和子
上演台本・演出:吉田鋼太郎(彩の国シェイクスピア・シリーズ芸術監督)
制作:公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団/ホリプロ
企画:彩の国さいたま芸術劇場シェイクスピア企画委員会
 
<東京公演>
日程:2022年12月26日(月)~2023年1月22日(日)
会場:Bunkamuraシアターコクーン
主催:公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団/ホリプロ
お問合せ:ホリプロセンター 03-3490-4949(平日 11:00-18:00/土日祝 休)

※東京公演は他都市の公演と出演者・配役が一部異なります。

料金
S席:11,000円 A席:9,000円 コクーンシート:6,500円(全席指定・税込)
 
<販売スケジュール>
一般発売:東京公演発売中 
 
<埼玉公演>
日程:2023年2月17日(金)〜24日(金)
会場:埼玉会館 大ホール
主催:公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団
お問合せ:SAFセンター 0570-064-939
(休館日を除く10:00〜19:00 ※10/7より月曜・休館日を除く10:00~17:00)
 ※東京公演とは出演者・配役が一部異なります。

料金
一般:S席:11,000円・A席:9,000円・B席:7,000円
SAFメンバーズ:S席:10,300円・A席:8,400円・B席:6,500円
U-25(B席対象):2,000円(SAFセンターのみ取扱い・公演時25歳以下対象・入場時要身分証明書)
 
<販売スケジュール>
一般発売:埼玉公演 11月12日(土)~
 
<愛知公演>
日程:2023年1月26日(木)~29日(日)
会場:御園座
主催:御園座/中日新聞社
お問合せ:御園座 052-222-8222(平日10:00-18:00)
https://www.misonoza.co.jp
 ※東京公演とは出演者・配役が一部異なります。
 
<大阪公演>
日程:2023年2月3日(金)~12日(日)
会場:梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
主催:梅田芸術劇場/ABCテレビ

お問い合わせ:梅田芸術劇場 06-6377-3888(10:00~18:00)
 ※東京公演とは出演者・配役が一部異なります。
 
劇場HP= https://www.saf.or.jp/
ホリプロステージ=  https://horipro-stage.jp/stage/kingjohn2022/
彩の国シェイクスピア・シリーズ公式Twitter= https://twitter.com/Shakespeare_sss
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