英国人が愛でた野菜やフルーツの超リアル絵画に空腹必至! 『おいしいボタニカル・アート』展レポート
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『おいしいボタニカル・アート─食を彩る植物のものがたり』
展覧会『おいしいボタニカル・アート─食を彩る植物のものがたり』が、東京・新宿のSOMPO美術館で2023年1月15日(日)まで開催中だ。イギリス・ロンドンにある英国キュー王立植物園の協力により企画された本展には、植物に関する22万点の美術資料を擁する同植物園の所蔵作品を含む選りすぐりのボタニカル・アート(植物画)が来日。そのほか、伝統的なティーセットやカトラリーなど計167点の貴重な資料を通じて、英国の交易と食文化の歴史を辿っている。
大航海時代から始まる「食」のストーリー
ヨーロッパ人が航路を通じて世界に進出し始めた15世紀半ば。そこから約200年にわたって続く大航海時代には、アジアやアメリカ大陸からさまざまな植物が欧州へともたらされた。そして17世紀以降は、珍しい植物を探して依頼主に届けるプラントハンターが各地で活躍。同時に科学的資料としてボタニカル・アート(植物画)の技術が発展した。これらの植物画は研究を目的に残されたものでありながら、現在では芸術品としても高く評価されている。
会場入り口
一方で、1759年に設立された英国キュー王立植物園は、ユネスコ世界文化遺産にも登録されている世界有数の植物園だ。ロンドン南西部・テムズ川河畔にある約120ヘクタールの広大な園内では3万種以上の植物が栽培されている。また、同園は同国が収集してきた貴重な資料を所蔵する植物学の国際的な研究拠点でもあり、その協力のもと企画された本展では、大航海時代以降、世界との交易が英国の「食」にもたらした変化をテーマに、18世紀から19世紀のボタニカル・アートを中心に据えた展示が行われている。
ロバート・ヒルズ《収穫、休息を取る人々》 1817年 個人蔵
プロローグでは、19世紀周辺のイギリスにおける食の風景を「農耕」と「市場」の絵画で紹介。17世紀オランダ絵画の影響を受けた風俗画は、一方は農民や農村の牧歌的な風景を描き出し、もう一方は作物が消費された都市の賑わいを今に伝え、来場者を本展の世界へ誘ってくれる。
左:《野菜を運ぶ人》、右:《野菜を売る人》 ともに、トーマス・バーカー(通称「バースのバーカー」)周辺の画家 1830年頃 個人蔵
また、ジョージ・サミュエル・エルグッドの作品に描かれているヒマワリは、もともと南米が原産の植物だ。会場のSOMPO美術館は、ゴッホの《ひまわり》を常設展示していることで有名だが、もし彼らが生きた時代にヒマワリがヨーロッパへもたらされていなかったら、こうした作品も造られていなかったことだろう。
植物学者が出逢い、絵に残した“未知の食べ物”たち
全6章による本展では、食にまつわるボタニカル・アートを「野菜」「果物」「飲み物」などの分類別に紹介している。初めにあるのは「大地の恵み 野菜」の章だ。
展示風景
本章はじめの解説には「イギリス由来の野菜は数が少なく、古くから食されていたのはアブラナ科のキャベツやダイコン、カブの類と言われています」という一節がある。世界に冠たる大英帝国だけに食文化の方も昔から豊かだったのだろう……と思っていたが、実際にはそうではなかったらしい。そんな驚きとともに隣を見ると、そこには植物学者のジョン・ジェラードが1597年に出版した『本草書 または 植物の話』の一部が展示されている。
《ジャガイモ(ジョン・ジェラード『本草書または植物の話』より)》 1597年 個人蔵
本書はイギリスにジャガイモを初めて紹介したという貴重な資料。ジャガイモといえば今やイギリス人の主食的な作物だが、フィッシュ・アンド・チップスもマッシュポテト入りのイングランドブレックファストのような名物もここが始まりなんだ……なんて考えると感慨深い。タマネギ、トマト、カリフラワー、トウモロコシ、アスパラガスなどの絵は、それぞれの特徴を捉えながら、表面の質感までが写実的に表現されており、単なる研究資料に留まらない芸術性を帯びている。
ジョセフ・ヤコブ・リッター・フォン・プレンク《キャベツ》 1788〜1803年頃 キュー王立植物園蔵
ウォルター・フッド・フィッチ《キュウリ(シッキム・キュウリ『カーティス・ボタニカル・マガジン』のための原画)》 1876年 キュー王立植物園
これらを描いたのは、庭園に所属した植物画家や、イギリスがインドに設立したカンパニースクールで育成した現地の画家たちであり、なかには植物学者自身が描いた作品もある。新しい植物を見つけた時、それは植物学者たちにとって、ひとつひとつが未知との出逢いだったに違いない。その時「これって食べられるのだろうか」「食べられるにしても、どうやって食べるのか」なんて、いろいろ考えながら資料を描き起こしていたのだろうと思うと、世界が発見に満ちていた時代がちょっと羨ましく思えてくる。
版画技法の解説
なお、本展で見られる植物画は、ほとんどが版画の上に人の手で彩色されたもの。会場の各所には、版画の技法や背景にある歴史についての解説も添えられており、そうした副次的な知識が得られるのも本展のポイントだ。
思わずかじりたくなる(⁉︎)超リアルな果実画
次の章「イギリスで愛された果実『ポモナ・ロンディネンシス』」には、色とりどりの果物の植物画が展示されている。
『ポモナ・ロンディネンシス』とは、ロンドン園芸協会のお抱え画家だったウィリアム・フッカーが1818年に出版した書籍のこと。当代一の植物画家と呼ばれた彼は果物画を特に得意とし、本書の中にはロンドン近郊で栽培されていた49種の果物が解説とともに掲載されている。そのうち、本展では約40点の絵画を見ることができる。
ウィリアム・フッカー《リンゴ「サイクハウス・アップル」》 1818年 個人蔵
例えば最も多いリンゴの絵は11点。展示室の壁一面に並ぶ赤い実は、どれも本物と見紛うほど写実的かつ立体的に描かれ、画家の高い技術を証明している。洋ナシにしてもモモにしても、枝からもぎとって食べたくなるくらいみずみずしい絵の数々は、本展の中でも最も“よだれが出そう”な空間だ。
ウィリアム・フッカー《サクランボ「エルトン」》 1818年 個人蔵
また、それぞれの果実には「ラ・ロワイヤル」「キャサリン」「ブラック・プリンス」といった素敵な品種名が添えられている。なぜそういう名前が名付けられたのか、想像を働かせながら鑑賞するのも本章の味わい方のひとつかもしれない。
ティー・セッティングの再現展示や18世紀のレシピの展示も!
続いて「日々の暮らしを彩る飲み物」の章では、茶やコーヒー、アルコールなど、他の大陸からもたらされた飲み物にまつわる植物画が展示されている。
展示風景
なかでも茶は、アフタヌーンティーやハイティーに代表されるイギリスの喫茶文化に欠かせない植物であるが、もとは17世紀前半に中国からオランダを経て伝わったものだ。その後、貴族や上流階級の間で瞬く間に広まり、主要な貿易商品になった。この時代の英国と我々の東洋とのつながりを伝える貴重な植物ともいえる。
インド(カンパニー・スクール)の画家《チャの木》 19世紀初め キュー王立植物園蔵
ここではウェッジウッドやミントンの工房などで作られたアンティークの数々も見どころだ。18世紀末から19世紀初頭にかけて流行したティー・セッティングと、19世紀後半に起こったアーツ・アンド・クラフツ運動の時代における喫茶風景、そしてヴィクトリア朝のダイニング・テーブル・セッティングが再現された空間もあり、時代を超えた喫茶に対する英国人の愛を感じ取ることができる。
「アーツ・アンド・クラフツ運動の時代の喫茶文化」のテーブルセッティング再現
ここまでで展示全体の3分の2程度。ここから先も充実した展示が続く。特に400種以上のハーブが収録された17世紀の書物『カルペパー薬草大全』をはじめとする3つの植物図譜は見応え十分。また、18世紀後半にある主婦が記した『ブレジア=クレイ家のレシピ帖』は、外から伝わった植物がどのように調理されたかという点で、多くの人の関心を引くに違いない内容だ。
メアリ・ブレジア(旧姓・クレイ)《ブレジア=クレイ家のレシピ帖》(一部) 1798年 個人蔵
さて、“おいしい”展示を見終えたら、きっとお腹がぐぅ~と鳴ることだろう。幸い会場のある新宿は、国際色豊かなグルメが集まる街である。老舗のフルーツパーラーに出かけて果物たっぷりのパフェなんかを満喫するもよし、ブリティッシュバーでビール片手にフィッシュ&チップスを楽しむのもよし。空腹を満たしながら本展の余韻に浸ってみてはいかがだろう。
展覧会『おいしいボタニカル・アート─食を彩る植物のものがたり』は、11月5日(土)から2023年1月15日(日)までSOMPO美術館で開催中。
展覧会情報
会場:SOMPO美術館
開館時間:午前10時から午後6時(最終入館は午後5時30分まで)
休館日:月曜日(ただし1月9日は開館)、年末年始(12月29日〜1月4日)
観覧料:一般 1,600円(1,500円)、大学生 1,100円(1,000円)、高校生以下 無料
※( )内は前売料金