驚きの詰まった観劇体験。『守銭奴 ザ・マネー・クレイジー』で観たことのない佐々木蔵之介を観よ!
(撮影:田中亜紀)
2017年、ピンクと黒で構成されたポスターの雰囲気に惹かれて観た『リチャード三世』に大きな衝撃を受けた。耽美な世界観の中で繰り広げられるシェイクスピア劇、権力に執着するあまり狂気にとらわれる佐々木蔵之介のリチャード三世、クライマックスの盛り上がり! あれから5年。演出家・シルヴィヴ・プルカレーテ×佐々木蔵之介がタッグを組む2作目に選ばれたのは、モリエールの『守銭奴』。フランスを代表する劇作家の、17世紀半ばに生まれた作品だ。
ミニマムで美しい舞台美術の中に登場した佐々木蔵之介の姿に、まず「!?」と驚かされる。禿頭で白髪、杖をついて歩き回り、周囲を疑っては口汚く攻め立てる主人公・アルパゴンは、全くかっこよくはない。けれど、その極度のケチっぷり、金が得られるとわかると豹変する態度、結婚しようとしている若い女の前ではちょっとカッコつけるところなど、その振る舞いの滑稽さが際立っていて、つい笑ってしまうし、目が離せなくなる。極端に見えてその実、彼は人間らしさの塊なのかもしれない。
(撮影:田中亜紀)
最初こそ、佐々木演じるアルパゴンのケチぶりに笑っているけれど、彼の病はむしろ、金への執着から来る周りの人々への猜疑心だ。家族や長年ともに過ごしてきた使用人たちを、信用することができない。その悲しみが、彼自身の演技はもちろん、作品後半の荒涼とした舞台からも伝わってくる。
(撮影:田中亜紀)
そこへ、思いがけないできごとが訪れる。終盤の物語の急展開ぶりには、歌舞伎の匂いも感じた(余談になるが、プルカレーテは鶴屋南北の歌舞伎作品『桜姫東文章』を全く違うアプローチで舞台作品にもしている。先月上演されたこちらも素晴らしかった! 桜姫がミニセグウェイで登場するのだ)。喜劇でありながら、アルパゴンの疑り深さゆえにどこか常に重苦しさをまとっていた空気が一転、カーニバルが繰り広げられる。この時間は観客へのご褒美のようだ。
(撮影:田中亜紀)
そこでただ一人喧騒に加わることなく、自分の唯一信じる金を抱きかかえている主人公……。そうそう、リチャード三世のとき、傍若無人な振る舞いでやっと手に入れた玉座を愛撫する佐々木蔵之介は狂気に満ちていた。今回も、金の入った小箱をひしと抱きかかえる彼の表情をぜひ観てほしい。
もしも戯曲が古典であることや、プルカレーテを説明するときにつく「ルーマニア演劇界の巨匠」という形容詞に「難しそう」「観るのがしんどそう」と思っている人がいたら、本当にもったいない。物語はわかりやすいし、プルカレーテの演出はとても先鋭的でポップなのだから。予想を裏切る演出、洗練された舞台美術と印象的な音楽。舞台という総合芸術の面白さを、日本で、日本人キャストで観られるこの贅沢。プルカレーテと同じ時代に生きていること、佐々木蔵之介をはじめとしたキャストたちがプルカレーテと出会ったこと。まさに奇跡のような舞台を観られる機会を、決して逃さないでほしい。
(撮影:田中亜紀)
文・釣木文恵
公演情報
■会場:東京芸術劇場 プレイハウス
■大阪公演:2023年1月6日(金)〜9日(月・祝)@森ノ宮ピロティホール
■翻訳:秋山伸子
■演出:シルヴィウ・プルカレーテ
佐々木蔵之介 加治将樹 竹内將人 大西礼芳 天野はな 茂手木桜子 菊池銀河