坂東玉三郎、繋がりが深い大阪松竹座開場100周年の幕開きを『幽玄』で華々しく飾るーー特集『松竹座の未来予想図』

2023.1.1
インタビュー
舞台

坂東玉三郎 撮影=柏原孝史 (c)松竹

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大正12(1923)年の開場から100周年という大きな節目を迎えた大阪松竹座。記念の年の幕開きを華々しく飾るのが、1月5日(木)~28日(土)上演の、歌舞伎俳優 坂東玉三郎と太鼓芸能集団 鼓童による初春特別公演『幽玄』だ。この作品は、玉三郎と鼓童の共演作『アマテラス』(2006年初演)の好評を受け、第二弾として2017年に創作された。各地での上演を経て、翌年には構成をさらに練り上げた新作として歌舞伎座の舞台で演じられ、高い評価を受けている。能楽の「羽衣」、「道成寺」、「石橋」という名高い三つの演目を題材とし、日本舞踊花柳流五世宗家家元の花柳壽輔と共に玉三郎自ら演出・振付を手掛け、優美な舞踊と多彩な打楽器が溶け合って響き合う幽玄の美の世界を繰り広げる。大阪での初の上演を前に、「羽衣」の天女、「道成寺」の白拍子花子を演じる玉三郎に、作品についての思いなどをじっくりと聞いた。

坂東玉三郎 撮影=柏原孝史 (c)松竹

――まず、100周年を迎えた大阪松竹座の思い出からお話しいただけますか?

大阪松竹座には新築開場(1997年2月)してから、公演で度々伺っています。その新築開場の前にも、劇場が建て替えになると聞いて、一度訪れたことがあるのです。その時、「大正時代に、本当にこの劇場を作ったんだな」としみじみ感じました。パリやロンドン、ブロードウェイに行くと、昔のままの劇場がたくさんありますけれども、日本は昔のものを全部新しくすることが多いです。大阪松竹座は、建物や舞台、客席は新しくなりました。けれど、正面の(ネオ・ルネッサンス様式の)ファサードは昔のまま残っています。建て替え工事中に阪神・淡路大震災​(1995年1月17日)に遭っても、残していたファサードが無事だったというのは運命だなとつくづく思います。

――大阪松竹座での印象深い公演については、いかがですか。

たくさんありますね。(十五代目片岡)仁左衛門さんのご襲名披露五月大歌舞伎(1998年5月、『助六曲輪初花桜』の三浦屋​揚巻を勤め、花川戸助六実は曽我五郎​役の仁左衛門と共演)ですとか、2004年11月に乳人政岡役を勤めた『伽羅先代萩』を「竹の間」「御殿」​という場面で演らせていただいたことも大きかったですね。

大阪松竹座開場100周年記念 坂東玉三郎×鼓童 初春特別公演『幽玄』

――大阪松竹座では、これまでに2014年、18年、21年、22年と四度、『初春特別舞踊公演』を行っておられます。今年の初春は少し趣向が違いますね。

大阪松竹座ではお芝居を色々と演らせていただきましたし、お正月に舞踊公演も演らせていただいています。今回は100周年に合う演目として「新しい企画である『幽玄』を」と(劇場の方が)考えてくださったのだと思います。

――玉三郎さんご自身が「幽玄」という言葉からイメージするのは、どういったものでしょうか。

心地良いものが何か登場して、目の前を去っていく。ある種、捉えどころのないものですけれども、確かに「良かった」と思える感覚、としか言いようがないですね。

「羽衣」天女 撮影=岡本隆史 (c)松竹

――「羽衣」では天女が羽衣を返してもらうために、伯竜の前で艶やかな舞を見せ、「石橋」では花柳流の舞踊家による獅子の精が、牡丹に戯れる様子や獅子の狂いを披露されます。最後の「道成寺」は、白拍子花子が鐘供養の法要で舞い、その後で恋の恨みを晴らそうとする怨霊に変わって僧侶たちに祈り鎮められる。『幽玄』には、三つの演目の要素が凝縮されているように感じます。

「羽衣」、「石橋」、「道成寺」を題材にしたひとつのオムニバス的なもので、全編を通して何か去来していく移り変わりだと思っています。「能楽三題オムニバス」とか言えば、分かりやすいんでしょうけれど(笑)。能楽ではないですし、「これが歌舞伎です」と言っているわけでもなく、「これは歌舞伎じゃありません」と定義することもできないのです。そういう定義で括れないものを、『幽玄』としてお客様に楽しんでいただけるか。また、括りが無いものを演じる上でどう楽しんでいくか。それがひとつの楽しみでもあります。「皆様はどうお考えですか」という思いから、題名を「幽玄」という括れない言葉にしてあるのです。照明は綺麗に作りますけれど、松羽目の舞台に装置はほとんどなく、太鼓の打ち手と舞踊家だけで見せていく。限られたものの中で、ひとつの幽玄という雰囲気を醸し出すのがテーマだと思っています。

「道成寺」白拍子花子 撮影=岡本隆史 (c)松竹

――『幽玄』は歌舞伎座以来5年ぶりの上演になります。今回はこのようにと、何か考えておられることはおありでしょうか。

これまでは博多座やロームシアター京都、歌舞伎座という大きな劇場で上演してきました。大阪松竹座では舞台と客席との距離が近くなる分、親近感が出てくるかなという気がしています。歌舞伎座は舞台が大きいので、(「羽衣」で天の羽衣を手に入れる漁師の)伯竜を11人出しました。大阪松竹座では7人の伯竜が登場します。

――歌舞伎舞踊の「羽衣」の場合、伯竜は通常ひとりですが、今回は7人ですか?

最初は天女ひとり、伯竜ひとりで考えたんです。でも、間口の広い舞台に太鼓の演奏家が20人近くいて、歌詞もメロディーも無いところでふたりだけが踊っているのもどうかなと思いました。大劇場というのは、ひとりの特別な演者がいない限り、ある程度の人数がいないとお客様に満足していただけない部分があると思うのです。歌舞伎の「勧進帳」の元である能楽の「安宅」には、源義経の家臣の四天王が10人も出てきます。そこから、「羽衣」で漁師が何人いてもいいと考えたのです。何十人もいる漁師をひとりが代表しているわけですから。それに、その方が群舞として良いと思いますし、そういう組み合わせの面白さでお見せしようということで、伯竜の人数が増えていったのです。

2018年9月歌舞伎座公演より (c)松竹

――そもそも能楽を題材にされたのは、どういう理由でしょうか?

鼓童さんとこれまで六作くらい創りまして、「今度は何がいい?」と聞いたら「日本のものがいい」と言われたんです。それまでも日本のものを創ってきたと思っていたのですけれど、彼らは「歌舞伎的なものを」と思ったのでしょうね。ただ、私は能楽に舵を切りました。太鼓の音楽で表現するというのは曖昧なもので、打楽器だけで動くのは大変難しいことなんです。能楽の場合、謡はあるけれども、四拍子(能で用いる笛、小鼓、大鼓、太鼓という四つの楽器)という、ある種打楽器だけで演者が動いている。そういう意味で能楽を題材にしました。

――最初の「羽衣」の場面では、鼓童の方々が裃姿で一列に座って、締太鼓を打ち続けられますね。

そうです。四拍子(能で用いる四つの楽器の演奏者の意味も持つ)として、約50分間座りっぱなしで、何も「動」がない。太鼓の強打の連続や汗をかいて踊り打つ、みたいなことを全くさせない演出にしたので、とても苦戦されたと思います。でも、強打ばかりでは踊れないのです。舞台に立っていると、色んな技術や見せ方がたくさん身につくじゃないですか。それがお客様に喜ばれると、人間は今度それを取り外すことが怖くなるんです。その怖さを無くして、身についた技術や見せ方をゼロにすることは、とても大変だと思います。強打で拍手喝采をもらってきた方が、強打をしないで打ち手としての技量を見せるというのは、至難の業だと思うんです。それが「削ぎ落す」ということなんだと思います。

2018年9月歌舞伎座公演より (c)松竹

――鼓童との共演作で、特にご苦労されたところというのは。

太鼓はもともと、神社や仏閣でのお祈りや、奉納をするもので、鑑賞料金を払って見ていただくものじゃないところから始まっています。それを劇場の枠組みに入れて、お客様に整然とお見せするものにする。『アマテラス』では太鼓を打ち放てば良かったけれども、もっと制約された打ち方の中でお客様に観ていただくというのはどういうことかを身体で知ってもらうために、「羽衣」の場面に入れ込みました。大劇場で毎日千何百人というお客様に、ある程度失望させないものを提供するということは、自己完結していてはいけないと、凄く理解しないといけないですね。その擦り合わせが大変でした。でも、それがお客様に来ていただけるか、来ていただけないかの大きな境界線なんです。

――太鼓の演奏にのせて踊っていく中で、気にかけておられるのはどんなことでしょうか。

全くの即興で叩かれると踊ることができないので、即興は無しということですね。もちろん、鼓童の方が全部即興でされているわけでは無いけれども、決められたものの中で、日々違うニュアンスや雰囲気が出てくるのが即興。踊り手と打ち手が決まったものの中で、その日だけしかないやり取りをする。それが実演の面白さでしょうね。

2018年9月歌舞伎座公演より (c)松竹

取材・文=坂東亜矢子

公演情報

大阪松竹座開場100周年記念 坂東玉三郎×鼓童 初春特別公演『幽玄』
日程:2023年1月5日(木)~28日(土)【休演】12日(木)、20日(金)
時間:午後2時~
劇場:大阪松竹座
 
料金(税込):
一等席 18,000円
二等席 10,000円
三等席   6,000円
出演:
坂東玉三郎
太鼓芸能集団 鼓童
花柳壽輔
花柳流舞踊家

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