フランスのブルターニュってこんなに面白かった 再発見に満ちた『ブルターニュの光と風』レポート

2023.4.14
レポート
アート

『ブルターニュの光と風 ー画家たちを魅了したフランス<辺境の地>』

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2023年春。新宿から上野にかけて、かつてないほど強く、ブルターニュの風が吹いているのをご存知だろうか?

この記事でお届けするのは、新宿のSOMPO美術館にて開催されている『ブルターニュの光と風 ー画家たちを魅了したフランス<辺境の地>』の内覧会レポートである。実は本展と会期をほぼ同じくして、上野の国立西洋美術館では『憧憬の地 ブルターニュ ―モネ、ゴーガン、黒田清輝らが見た異郷』が開催されている。SOMPO美術館の学芸員氏に展覧会の関連性について尋ねたところ「本当に偶然で……(被っていると)最初に聞いたときはとても驚きました」とのこと。図らずも、ブルターニュの光と風にどっぷりと浸かる、またとない機会と相なった。アートファンならずとも、この据え膳はぜひ美味しくいただきたいところだ。

ブルターニュってどこ?

大前提として「ブルターニュ」とは、フランスの地方の名前である。では、それはどこか? 筆者は恥ずかしながら、ワインの名産地だと勘違いしていた(それはブルゴーニュ)。ブルターニュ地方とは、五角形をしているフランスの、左上の角にあたる一帯だ。海に突き出した西の端っこで、特に最西端の地域は「フィニステール県」と呼ばれている。直訳すると“最果ての地”という意味らしい。そのままである。

エントランスのスライドは、海〜平野〜街と移り変わっていく仕様。

革命後に完全にフランスの一部となったものの、そもそもは別の公国があった土地であるため、ブルターニュ地方には独自の言葉や風俗習慣が存在する。革命後に急速に近代化していくフランス中心部からすると、ブルターニュ地方は“同じ国の中にある異国”として大いにもてはやされた。日本で言うなら、もしかしたら琉球王国やアイヌ文化への関心・憧れに近いかもしれない。

本展ではフランスのカンペール美術館の協力のもと、ブルターニュ地方を舞台とした19世紀〜20世紀の美術の流れを追いかけていく。めくるめくアートシーンの変遷を知ると同時に、画家たちにインスピレーションを与え続けたブルターニュ地方の、溢れる魅力の一端についても知ることができるだろう。

圧巻の大型作品との出会い

テオドール・ギュダン《ベル=イル沿岸の暴風雨》1851年、油彩/カンヴァス カンペール美術館蔵

第1章は「ブルターニュの風景−豊穣な海と大地」。ブルターニュといえば、まずは海! 荒れ狂う波や尖った岩は、画家たちにとってドラマティックかつ“ピトレスク”な好テーマだった。ちなみに、この時代の画家の動きを説明するときに「ピトレスク(絵画のような)」というワードをよく見かけるが、これは現代で言うところの“映える”とほぼ同義であろう。19世紀フランスの画家たちは、映える風景を求めて“辺境の地”ブルターニュを訪れたのだ。

アルフレッド・ギユ《さらば!》1892年、油彩/カンヴァス カンペール美術館蔵

本展のメインビジュアルに採用されている《さらば!》は、自然に対する人間の無力さを浮き彫りにする、痛ましい難破のシーンを描いた作品だ。息子の亡骸を抱いた漁師が、別れの口づけをする瞬間を捉えている。ブルターニュ地方の大多数の家庭は漁を生業としており、荒れる海での事故も多かったため、村には男性の数が少なかったのだという。画家は、アカデミスム絵画の大家・カバネルに師事したアルフレッド・ギユ。カバネル得意の“陶器肌”の表現が、息子の女性のように滑らかな背中に受け継がれている。

サロンに入選するようなアカデミックな絵画というと、正直言ってちょっと退屈なイメージを抱いていたのだが、改めてしみじみ眺めると、いち鑑賞者にしてみれば“サロン系”の作品には揺るぎない魅力がある。まず、何が描かれているか分からないなんてことはありえない。そして丹念に仕上げられた画面や計算し尽くされた構図は、見るものの眼をもてなすかのようだ。印象派展などでは仮想敵にされてしまいがちな“サロン系”の大型作品の良さを味わうことができるのは、本展の大きな見どころのひとつである。

展示風景

作品の大きさが伝わるだろうか。こうして並ぶと、キャンバスはブルターニュの自然に向かって開けた窓のようだ。前に立つとちょうど視界いっぱいに海や平原が広がり、その場に立っているような感覚になるので、ぜひ会場で実感してみてほしい。なるほど、壁に風景画を飾るというのはこういうことだったのか。

アドルフ・ルルー《ブルターニュの婚礼》1863年、油彩/カンヴァス カンペール美術館蔵

そしてブルターニュの風景は、海や平野だけではない。人々の暮らしぶりを描いた作品にも注目だ。例えばこちらの《ブルターニュの婚礼》。華やかな民族衣装を身に纏った男女が踊る、とても和やかな婚礼の場面を描いたこの作品は、フランス国家の注文を受けて制作されたものだという。もしかしたらそこには、革命以降“反抗的な農民”のイメージが色濃く残っていたこの地方を好意的に印象づける、という狙いもあったのだろうか。

アドルフ・ルルー《ブルターニュの婚礼》(部分)

左側が、しっかり手を繋いでステップを踏む新郎新婦。二人の様子が微笑ましい。

展示室と展示室の間には……

また、5階展示室から4階展示室へ向かう階段には、あちこちに作品を使ったお茶目なポップが飾られていた。

確かにゴーギャン、だけじゃない

展示風景

第2章は「ブルターニュに集う画家たち-印象派からナビ派へ」。アート好きなら、ブルターニュといえば、ゴーギャンらが滞在して新たな画派を確立した、ポン=タヴァンの村を思い起こす人が多いのではないだろうか。空気に溶けた印象派絵画へのカウンターとして、太い輪郭線や鮮やかな原色が特徴的な「総合主義」が生まれた地である。

ポール・ゴーギャン《ブルターニュの子供》1889年、水彩・パステル/紙 福島県立美術館蔵

この地でカリスマ画家となったゴーギャン(そもそもは家賃が安いからやってきた、という現実的な背景が可笑しい)。本展でもゴーギャンの美しい作品を何点か見ることができるが、声を大にしてお伝えしたいのは「ゴーギャンだけじゃない」ということだ。日頃ゴーギャンの陰に隠れる……とまではいかなくても、なかなかセンターを張らないベルナールやセリュジエの魅力が炸裂している。

エミール・ベルナール《りんごの採り入れ》1889年、ジンコグラフ/紙 カンペール美術館蔵

リンゴを見つめる女性の充実した表情に、目を奪われる。ああ、今年はよく実ったんだな、素晴らしいことだ……それだけで、自然と共に生きる彼らの矜持や喜びが伝わってくる。小さな作品ながら、ベルナールの版画《りんごの採り入れ》は、画家のブルターニュの人々への深い洞察を感じさせてくれる一枚だ。

ポール・セリュジエ《水瓶を持つブルターニュの若い女性》1892年、油彩/カンヴァス カンペール美術館蔵

あっ、さっき階段のポップで見た「4階でお待ちしております」の女性だ! こちらはセリュジエ《水瓶を持つブルターニュの若い女性》。くにゃりとしなる身体の表現やエプロンの小花柄は、はっきりと日本の浮世絵からの影響を示している。抑制の効いた色彩と引き伸ばされた優美なフォルムが魅力的な作品である。

ポール・セリュジエ《さようなら、ゴーギャン》1906年、油彩/カンヴァス カンペール美術館蔵

セリュジエはポン=タヴァンでゴーギャンの指南を受け、それをきっかけに学友たちと「ナビ派」を結成、西洋絵画史がまた一歩進んだ。本展ではそのセリュジエがゴーギャンとの別れを描いた一作、その名も《さようなら、ゴーギャン》を見ることができる。これは17年ほど前にゴーギャン自身が描いた作品《こんにちは、ゴーギャンさん》を踏まえたアンサーソングである。ゴーギャンの没後3年、セリュジエは師匠であり友人だった彼との思い出に捧げるために本作を描いたのだろう。

ポール・セリュジエ《さようなら、ゴーギャン》(部分)

陽を浴びるゴーギャンは、みなぎるオーラのような大胆なネオンピンクの縁取りを纏っている。海の向こうへの旅立ちを示す彼の姿に対して、右手のセリュジエ自身は草むらに腰を下ろし、この地で描き続ける意志を示している。ちなみに、セリュジエが着ているコートは《こんにちは、ゴーギャンさん》でゴーギャンが着ていたのと同じものだという。南の島に行くならコートは必要ないし、譲り受けたのだろうか……なんて妄想を膨らませてみるとちょっと切ない。

モーリス・ドニ《フォルグェットのパルドン祭》1930年、油彩/カンヴァス カンペール美術館蔵

そして「ナビ派」の主要画家であり敬虔なキリスト教徒だったドニにとっては、深い信仰の中に生きるブルターニュの人々や、独自の宗教儀式も重要なテーマとなった。《フォルグェットのパルドン祭》は、パルドン祭と呼ばれるブルターニュ地方の伝統的な祭りの様子を描いたもの。視点が近く、参加者のひとりが撮ったスナップ写真のような雰囲気だ。装飾性よりもその場の空気を伝えることを優先させた画面に、祭りを見つめる画家の厳かな視線を感じる。

パリの小さな写し鏡

展示風景

最後の第3章「新たな眼差し−多様な表現の探求」では、印象派以降の“表現戦国時代”に、ブルターニュのアートシーンがどう反応していったかを見渡す。画家たちにつねに愛されてきたブルターニュの地は、まるで花の都パリの小さな写し鏡である。

クロード=エミール・シュフネッケル《ブルターニュの岩石海岸》1886年、油彩/カンヴァス カンペール美術館蔵

例えばこの《ブルターニュの岩石海岸》は厳格でこそないものの、新印象派風の点描技法で描かれたブルターニュ風景。とにかく明るい。展示室の中でそこだけスポットライトが当たっているかのように明るい。

展示風景

かと思うと、重く沈んだように暗い印象の一角も。印象派以降の明るい色彩に真っ向から対立し、黒・暗色の使用に専心する独自の作風を生み出した「バンド・ノワール(黒い一団)」と呼ばれる画家たちである。ちなみに、ちょっと悪の組織のようなこの呼び名は批評家によって付けられたものらしい。彼らが影響を受けたクールベの写実主義絵画の例として、わざわざクールベの《波》が傍に展示されているのがとても親切だ。

リュシアン・シモン《じゃがいもの収穫》1907年、油彩/カンヴァス カンペール美術館蔵

ブルターニュの女性たちを描いた作品は第1章からいくつもあるが、《じゃがいもの収穫》は地に足をつけて労働するリアルな姿を描いている。珍しい(そして可愛い)伝統衣装の女性を描くのが目的なのではなく、潮風の吹き込む厳しい土地で農業に励む人々の生き様を、ファンタジー少なめで表現している。それにしても、建物の屋根や人物の配置によって何度も三角形がリフレインする端正な構図には、見るものを一瞬で引きつける力強さがある。

手前から:ピエール・ド・ブレ《ブルターニュの女性》、《ブルターニュの少女》ともに1940年、油彩/カンヴァス カンペール美術館蔵

展示室の最後の方に、ちょっと気になる絵画を発見。伝統衣装を身につけた女性を描いた《ブルターニュの女性》《ブルターニュの少女》の2作だ。パッと明るい色彩に、これも新印象派の点描技法なのかな? と近づいて見てみると……

ピエール・ド・ブレ《ブルターニュの少女》(部分)

細かくタイルを敷き詰めたような、不思議な質感! 絵の具を塗ったあとに、削るようにクロスハッチングしているのだろうか? 解説によると、これは画家ピエール・ド・ブレが考案した「トレイリスム(格子状技法)」というスタイルだという。独創的だけれどあまりにも大変なので、画家自身も3年ほどでこの技法を用いなくなってしまったらしい。絵画史に残る超有名な様式のほかにも、美術館のあちこちに、こうして画家たちが試行錯誤して創り出した独自の表現方法が数多とあるのだろうな、と胸が熱くなった。

ミュージアムショップ風景

展示室を出てミュージアムショップへ。クリアファイルのラインナップが好みとドンピシャで感動! レポートでぜひ触れたい、と思っていた作品たちが商品化されていて嬉しくなってしまった。ほかにも展覧会のオリジナルグッズや複製画が用意されているので、鑑賞後にはショップをのぞいてみるのがおすすめだ。

ブルターニュに行きたい……!

美術館を出るころには、すっかり心はフランス最果ての地へと飛んでいる。ブルターニュ地方という限定された地域での移り変わりを眺めることで、美術史激動の100年間を密度高く追体験することができた。砕ける荒波やレースの頭飾りといった同じモチーフが、次々と新しいやり方で理解され、描かれていく変遷は非常にわかりやすく見応えがある。中でも、第1章で見られる“サロン系”の画家たちによる大型作品は、国内の美術館があまり持っていない分野なので、本展はその粋に触れられる貴重なチャンスだと思う。

『ブルターニュの光と風 ー画家たちを魅了したフランス<辺境の地>』は新宿のSOMPO美術館にて、2023年6月11日(日)まで開催中。学芸員氏には「上野で開催されている美術展と、お互いを補い合うような展覧会になっていると思います」とも語っていただいた。なかなか無いであろうこの機会に、ブルターニュの土地や美術とがっぷり組み合ってみてはいかがだろうか。


文・写真=小杉 美香

展覧会情報

ブルターニュの光と風 ー画家たちを魅了したフランス<辺境の地>
会期:2023年3月25日(土)~ 6月11日(日)
会場:SOMPO美術館(〒160-8338 東京都新宿区西新宿1-26-1)
休館日:月曜日
開館時間:午前10時~午後6時(最終入館は午後5時30分まで)
観覧料:一般:1,600円(1,500円)、大学生:1,100円(1,000円)、高校生以下無料
※( )内は事前購入料金
は公式電子「アソビュー!」、ローソン、イープラス、ぴあなどでお買い求めいただけます。詳細は美術館ホームページをご確認ください。
※身体障がい者手帳・療育手帳・精神障がい者保健福祉手帳をご提示のご本人とその介助者1名は無料、被爆者健康手帳を提示の方はご本人のみ無料
主催:SOMPO美術館、フジテレビジョン
協賛:SOMPOホールディングス
特別協力:損保ジャパン
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
企画協力:ホワイトインターナショナル
お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)
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