新国立劇場『エンジェルス・イン・アメリカ』開幕~公開舞台稽古&会見レポート
『エンジェルス・イン・アメリカ』(奥)水夏希 (手前)岩永達也 (撮影:宮川舞子)
新国立劇場 2022/2023シーズン 『エンジェルス・イン・アメリカ』(新訳上演)が2023年4月18日(火)、新国立劇場 小劇場にて開幕した。公演は5月28日(日)まで続く(その後、愛知・兵庫でも上演あり)。今作は小川絵梨子・新国立劇場演劇部門芸術監督が就任時より実施してきた「フルオーディション企画」の第五弾で、1991年の初演以来世界中で上演されてきたトニー・クシュナーの名作『エンジェルス・イン・アメリカ』二部作(第一部「ミレニアム迫る」[上演時間:約3時間30分]/第二部「ペレストロイカ」[上演時間:約4時間])の一挙上演となる。演出はフルオーディション第三弾『斬られの仙太』も手掛けた上村聡史。オーディションにより選ばれた出演者は、浅野雅博、岩永達也、長村航希、坂本慶介、鈴木杏、那須佐代子、水夏希、山西惇の8名。演出の上村聡史から届いた開幕コメントと、初日に先立ち行われた公開舞台稽古と初日前“囲み取材”会見の様子をお伝えする。
『エンジェルス・イン・アメリカ』(左)山西惇 (右)坂本慶介 (撮影:宮川舞子)
《開幕コメント》
■演出:上村聡史
「劇場が一体となって旅をしている」という仕上がりになりました。エイズ、レーガン政権などと1980年代のニューヨークが舞台となっていますが、改めて「今」を語る作品となりました。8時間という上演時間に尻込みするかもしれませんが、演出も演技もあっという間に時間が過ぎていくような変化の醍醐味に満ち溢れています。是非、劇場で体験していただけたら何よりです。
《公開舞台稽古》
公開されたのは第一部2幕5場~9場と、3幕7場。エイズの症状が悪化し入院するプライアー(岩永達也)の元に看護師のベリーズ(浅野雅博)がお見舞いにやってくる場面、マンハッタンの高級レストランで大物弁護士のロイ(山西惇)が、ロイを慕っている裁判所書記官のジョー(坂本慶介)にワシントンで働かないかと誘う場面、プライアーの恋人・ルイス(長村航希)とジョーが裁判所の前でホットドッグを食べながら話をする場面、ジョーが母のハンナ(那須佐代子)に電話で同性愛者であることを告白する場面、ルイスがプライアーに別れを告げ、ジョーは妻のハーパー(鈴木杏)に同性愛者であることを告げる場面、そしてプライアーの目の前に天使(水夏希)が登場する場面が公開された。
(左から)浅野雅博、岩永達也 (撮影:宮川舞子)
今作の舞台となるのは1985~86年のニューヨーク。エイズという病気は1981年にアメリカにおいて初めて確認されたにも関わらず、当時のロナルド・レーガン政権は積極的な対策を講じなかった。その後、研究が進んだことにより現在は症状を抑えるのに有効な治療薬もあるが、当時はエイズといえば不治の病、死の病と言われていた。そして、エイズは同性愛者の間で感染する病気という誤った認識も広まったことで、エイズ患者への偏見や同性愛者への偏見が生まれたという背景がある。
エイズに感染したプライアー、そして自身への感染を恐れてプライアーから逃げてしまう恋人のルイスは、こうした時代の被害者ともいえる。もっと早く治療法の研究が進んでいたら、もっと早くエイズについての正しい認識が広まっていれば、彼らの進む道も違ったものになっていたかもしれない。死の恐怖と、恋人の心変わりにおびえるプライアーを岩永が鋭く繊細に表現し、そんなプライアーを見守る浅野のベリーズにはしなやかな強さとぬくもりが感じられる。長村のルイスには揺れ動く心の中にもどこかエゴを感じさせる芯があり、坂本のジョーはモルモン教徒らしい高潔さを保とうとしながらも本来の自分とのギャップに苦しむ複雑さをにじませる。まさにモルモン教徒の鑑のような母・ハンナは那須のはまり役だ。
『エンジェルス・イン・アメリカ』(左)坂本慶介(右奥)那須佐代子 (撮影:宮川舞子)
今作の登場人物のうち、ロイ・コーンは実在した人物である。レーガンとの親交もあった彼は、強引な手腕を発揮した悪名高い弁護士で、同性愛者でありながらそれを隠し、エイズに感染したことも死ぬまで否定し続けた。まさに時代を象徴する人物として、トニー・クシュナーはあえてロイ・コーンを登場させたのだろう。そして、トニー・クシュナー自身もまた、ロイ・コーンと同じくユダヤ系アメリカ人の同性愛者である。今作は明確な主人公はいないが、ロイ・コーンが物語の根幹を握っているのは間違いない。そんな重要な人物を、山西惇が狡猾さの中にユーモアをのぞかせながら生き生きと見せる。
『エンジェルス・イン・アメリカ』(左から)鈴木杏、山西惇、坂本慶介 (撮影:宮川舞子)
鈴木はジョーの妻・ハーパーを主に演じるが、ロイがジョーをワシントンに誘うレストランのシーンで同席するマーティンという人物も演じており、情緒不安定なハーパーとは全く違う役柄を、端正な容姿と芝居でこなすところも見どころだ。
見どころといえば、やはり天使の登場シーン。美しさ、強さ、威厳、インパクト、それらをすべて兼ね備えて堂々と登場する水の存在感に圧倒される。
上演時間約8時間のうちのごくわずかなシーンの公開ではあったが、複雑かつ深淵な戯曲の世界観を舞台上に立ち上げる上村聡史の演出と、取材時点だけでも同日に『ブレイキング・ザ・コード』『ラビット・ホール』と今作の3つの翻訳作品が上演中という大活躍を見せる小田島創志の翻訳による滑らかでリアルなセリフにより、日本で久々の上演となる今作への期待がますます高まった。
『エンジェルス・イン・アメリカ』(左から)長村航希、岩永達也、鈴木杏、坂本慶介 (撮影:宮川舞子)
《初日前会見》
公開舞台稽古終了後、岩永達也、鈴木杏、水夏希、山西惇の4名が登壇して会見が行われた。
――初日を迎える今の心境はいかがですか。
岩永 ワクワクしてます。ここまでずっと稽古でご一緒してきたキャスト・スタッフ全員が同じ方向を見てこの作品に取り組んできたな、という感触はすごくあるので、だからこそ「早く見に来てください」という思いです。
鈴木 約2ヶ月以上という長期間稽古をしてきて、やっと初日を迎えられるな、という思いです。この2ヶ月は本当に充実していました。スタッフワークも含めてみんな最高なので、早くその姿をお客様に見ていただきたいなと思っています。
水 私は岩永くんより芸歴がすごく長いのですが、逆にめちゃくちゃ緊張しています。お客様の反応がどうなのか、やはり稽古でわからないものがたくさんあると思うので、それを新鮮に受け止めながら楽しんで初日を迎えたいなと思います。
山西 オーディションに応募したのが一昨年の秋なので、そこからの時間の蓄積があるものですから、本当にいよいよだな、という気持ちが強いです。お客さんが反応してくださって初めて完成するものなので、その完成形を早く見たいです。
――今作のオーディションを受けたきっかけを教えてください。
岩永 オーディションがあったらチャレンジする、という中の一つではありましたが、この作品のことを知ったときに何かビビッときたんです。プライヤーには自分にないものが非常にあって、そこに無意識に惹かれたんだと思います。プライアーという人間の強さとか戦う姿とかに対するあこがれというか、声を上げることの重要さとか、そういうものに魅力を感じていたんだということを、この稽古期間を経て思いました。
鈴木 元々この作品がとても好きで、見るたびにすごく感動するのは何でだろう、その秘密を知りたい、知るためには作品に参加するのが一番だという気持ちで応募しました。
水 新国立劇場のフルオーディション企画に参加したいと思っていて、今回はタイミングが合ったのと、作品的にもとても興味のあるものでしたし、初めて出会う人たちと、初めての環境で初めてのことにチャレンジしたいなという思いで応募しました。実際に稽古中、同じ演劇界にいたのに様々なことが全然違って驚きました。稽古場のシーンとした空気とか、ミュージカルの時はにぎやかなので、本当に何もかもが新鮮でした。
山西 フルオーディション企画は日本の演劇界にとって、非常に大事な面白い企画だなと思っていました。今回うまくスケジュールが合ったし、ロイ・コーンという人にすごく興味が湧いていろいろ調べたら、オーディションに応募したとき僕は59歳だったんですけど、ロイ・コーンは59歳で亡くなっているんですよね。それで何か縁も感じましたし、アメリカの連続ドラマ版の『エンジェルス・イン・アメリカ』を見たら、アル・パチーノさんがこの役をやっておられて、日本でやるんだったら俺しかいないだろう、という思いで応募しました(笑)。
――岩永さん役作りのためにダイエットをされたのでしょうか。
岩永 年が明けてから、10kgぐらい減量しました。
鈴木 稽古期間中は何を食べていたの? 稽古場ではお菓子を食べてたね。
岩永 グミとか食べてましたね。家では茹で卵、納豆、豆腐、カニカマ、ちくわ、ブロッコリー、あとわかめですね。
山西 僕もこの芝居に合わせて3、4kg痩せて、自分としてはものすごい努力したなという感じなんですけど、横に10kgも痩せた人がいたら何も言えないですね。
岩永 でも、宣材写真を1月に撮ったときに、僕もその時点でもう3、4キロぐらい痩せてたんですけど、スタッフさんが山西さんに「痩せました?」って話しているのを聞いて、「僕も瘦せたのになあ」と思って、そこで嫉妬というか、早く気づいてもらおうと思って火がつきました。
山西 マジか!(笑)
鈴木 まさかのそんなところでライバル心が(笑)。
――休憩時間込みでトータル8時間あるということで、体力的にいかがでしょう。
山西 いやもう、だから3、4kg痩せたところで止めましたよね。体力的にもこれ以上はもう無理だなと思って。まあ、8時間と言っても全員が出ずっぱりというわけではないですし、他の人のシーンを見ているのがすごく楽しいから、割と時間はすぐ経つ感じはあります。
鈴木・水 あっという間ですよね。
――水さんは先ほどの公開稽古でもフライングを披露されましたが、飛んでみていかがですか。
水 フライングは人生で初めてなので、宝塚の時から憧れていて、ついに飛ぶときが来たなと。短い時間ですが、結構体にダメージがきていて、マッサージで「背中がバキバキですね」と言われますが、楽しんでやっております。
――最後に岩永さんからメッセージをお願いいたします。
岩永 8時間という尺は、皆さんのお時間をいただく上ではすごく気になるところではあると思いますが、でもなぜ8時間の舞台を今ここで上演しているのか、ということがポイントだと僕は思っています。この作品で出会った知識や歴史は、教科書とかSNSとかインターネットでサッと調べて出てくるものではない、熱量とかも含めて全てがここに詰まってる気がしています。この作品に触れることで、どれだけ人生の見え方が変わってくるか、ということを声を大にして言いたいです。特に僕の世代の人にこそ見てもらいたいですし、すべての世代の皆さんに見に来ていただきたいので、ぜひよろしくお願いします。
初日前会見(左から)水 夏希、岩永達也、鈴木 杏、山西 惇 (撮影:阿部章仁)
取材・文=久田絢子
公演情報
■上演スケジュール