トータルで8時間の超大作『エンジェルス・イン・アメリカ』に念願の出演を果たす、鈴木 杏×山西 惇を独占インタビュー
(左から)鈴木 杏、山西 惇
1991年の初演以来、世界中のさまざまなカンパニー、演出で上演されてきたトニー・クシュナーによる超大作『エンジェルス・イン・アメリカ』。日本でも過去に1994年、2004年、2009年に上演されている伝説的なこの作品が、新国立劇場の“フルオーディション企画”第五弾として、この2023年春に上演される。演出を手掛けるのは、上村聡史。一昨年秋に公募を開始し約一ヶ月かけたオーディションを経て選ばれたのは、浅野雅博、岩永達也、長村航希、坂本慶介、鈴木 杏、那須佐代子、水 夏希、山西 惇の8名だ。
物語の主な舞台となるのは、1985年のアメリカ・ニューヨーク。とはいえ、現代日本が抱える問題とも不思議なほどに重なる、新たな劇体験が期待できる。これが『イニシュマン島のビリー』(2016年)以来二度目の共演となる鈴木 杏と山西 惇に、作品への思い入れや演じる役柄についてなどをたっぷりと聞いた。
ーーまずは、『エンジェルス・イン・アメリカ』のキャスティングをフルオーディションで決めるという、この企画を初めて聞いた時の心境や、この作品に感じた魅力についてなどからお聞きしたいのですが。
山西:新国立劇場のフルオーディション企画は確かこれが5回目だと思うんですが、僕は以前からいい試みだし自分自身もぜひチャンスがあればと思っていたんです。でもこれまでなかなかタイミングが合わなくて。だけどこの『エンジェルス・イン・アメリカ』の稽古と本番のスケジュールはうまくはまりそうだったんですよね。それともうひとつ、このフルオーディション企画以外でも新国立劇場で上演されるものはいつもとても良い作品が多いんですが、ここ数年、僕にはなかなかお声がかからなくなっていまして。新国の芝居にはいつでも出たいんだけどな。
鈴木:アハハハ。たまたま、でしょうけどね。
山西:ハハハ。でも、とりあえずここで書類を出しておけば「俺はいるぞ!」とアピールができそうだし(笑)。それに、演出が上村さんですしね。僕は『城塞』(2017年)という芝居でご一緒していまして、絶対にもう一度やりたいと思っていたんです。あとは役柄的にロイ・コーンという人にとても興味が湧いたということもあります。プロフィールを見ると、59歳で亡くなっているんですよ。ちょうどオーディションの頃、僕も59歳だったので、これはなんだか縁があるなと思いました。という、いろいろな要素が重なって応募したという流れでしたね。
鈴木:私は『エンジェルス・イン・アメリカ』という作品はナショナル・シアター・ライブで映像として観ていまして、ものすごく感動したんです。その後、風の噂でフルキャストオーディションの話を聞き、まずは「まさか『エンジェルス・イン・アメリカ』をナマで日本で観られるなんて!」と興奮しました。しかも演出が上村さんで。私は今回初めてご一緒させていただくのですが、以前からぜひご一緒してみたい演出家の方だったので、すぐに事務所に自分のスケジュールを聞いて、オーディションを受けてもいいですかと確認をとり、もう、すぐに応募しました。というのも『エンジェルス・イン・アメリカ』の第二部の台本って、絶版になっているので作品に関わらないと手に入らないから、読めないんです。
山西:そうそう。そうなんですよ、原書しかないからね。
鈴木:そういう、ちょっとしたヨコシマな気持ちもあって。だって、『エンジェルス・イン・アメリカ』って観ていてとても感動するんだけど、どうして自分がこんなに感動しているのかがいつもわからないんです。だから、その秘密をぜひ知りたい。新国立劇場での稽古でじっくりと時間をかけて読み解きながら、トレジャーハントするような感覚でその秘密を探れることが、なにしろ魅力的でした。という個人的なヨコシマな気持ちだらけで、オーディションを受けました。受かって本当に良かったです(笑)。
鈴木 杏
ーー山西さんは、この作品自体はご覧になっていたんですか。
山西:tptによる第一部だけ上演された時(2004年)に、関西で観ているはずなんですが、その時のことはもうあまりに遠い昔なので記憶がほぼ残ってないんですよ。
鈴木:あと、なんだか『エンジェルス・イン・アメリカ』って伝説的な作品だから「こういう作品があったんだよ」っていうような当時のエピソードをよく読んだり聞いたりしているうち、自分も観たような気持ちになっちゃって。
山西:ああー、それはあるかも。
鈴木:絶対、観ていないはずなのに。「そうそう、あの時の天使役は成河くんだったよね」みたいな(笑)。そのくらい、気がついたら自分の中に組み込まれてるような不思議な作品なんです。
山西:僕はナショナル・シアター・ライブ版は観ていないんですが、テレビドラマ版は観ています。あれはもう、引き込まれるように一気に見たな。なんて面白いんだろうと思った。
鈴木:ね、面白いですよね。ナショナル・シアター・ライブのほうも、この機会にまたやってほしいな。
山西:そう、僕も観たいから待っているんだけどね。
ーーオーディションでは、たとえばどういうことをやったんですか。
山西:僕の場合は二度に分けてあって、最初は演出家とマンツーマンで、あるシーンを演じました。つまり相手役は上村さんだったわけです。
鈴木:そうそう、上村さんを相手に。私は天使役とハーパー役、両方のオーディションを受けたんです。
ーーちなみに、どちらが第一希望だったんですか。
鈴木:天使が第一希望で、ハーパーが第二希望だったんですけど。でもセリフを覚えて口にしてみたら、なんだかハーパーのほうが知っている人のような感覚でした。だけど、“天使”なんていう、人間じゃないものってそうそう演じる機会ってないじゃないですか。だったら、生きているうちに一度は演じてみたいなと思って。
山西:それは、そうだねえ。
ーー山西さんの二次試験は、なかなかハードだったとか。
鈴木:そうなんですか?
山西:ロイ・コーンの最終候補3人と、ベリーズの最終候補3人と、ジョーが1人いて。ロイ・コーンとジョーのシーンと、ロイ・コーンとベリーズのシーンを、それぞれ全部の組み合わせで演じてみるということをやりました。
鈴木:へえ! それもすごいですね、私も見たかった。楽しかったでしょう?
山西:うん、もう途中から純粋にワークショップみたいな雰囲気になってましたから。台本をみんなで読み合って「へえ、そういう風にやるんだ」というのがそれぞれ面白くて。しかも、ほとんどみんな知っている俳優さんだったからみんなでワイワイ言い合いながら。だから役を巡って勝負をしているというより、すっかり仲良くなっちゃってみんなでそのまま喋りながら一緒に電車で帰りました。
鈴木:いいですね。私の時は、私とプライアー役の最終候補の2人とで一緒にやりました。でもそうやって自分じゃない俳優さんが、自分と同じ役を演じているところをその場で見られるというのも、すごくいい機会ですよね。オーディションとはいえ、面白そう。
(左から)鈴木 杏、山西 惇
山西:うん、面白かった。だけどその時は僕、最終候補がこの3人なんだということを、わかっていなかったんですよ。さすがに他にも候補が何人かいるんだろうと思っていたので、それでちょっと気楽だったのかもしれない。そうしたら、その日の夕方に「決まりました」って連絡が来たので「マジかー!」って驚きました。
鈴木:やっぱり、嬉しいですよね。
山西:うん。この役、本当にやりたかったですからね。
鈴木:私、実はエントリーシートの番号が0001番だったみたいです。
山西:えっ、一番に書類が届いたんだ。カッコいい!!(笑) しかも、それで通っているのもすごいな。
鈴木:やる気がやたら出てますよね(笑)。そんなこともあるんだと、あまりにも面白くて。
ーーいい話です(笑)。そして、その待望の第二部も含め、改めて台本を読まれてどんなことを思われましたか。
鈴木:いや、本当にいろいろな要素が組み込まれているんです。さまざまな角度から、いくつもの問題について提示されている。しかも説教臭くなく、ファンタジーとのバランスも絶妙です。だけど台本をこうして改めて読んでみても、まだわからないことがたくさんあるので、みんなでそれを稽古場で読み解いていくのが今からすごく楽しみです。当時のニューヨークの状況、政治のこと、エイズのこと、ゲイカルチャーについて、あと人種や宗教の問題も絡んできますし、それが今とリンクする部分もたくさんありそうだし。そこを探っていくのも、楽しみです。
ーーいろいろなことが連想されて、現代の出来事とも不思議にリンクしそうですよね。
山西:そうですね。
鈴木:“終末”というキーワードが、結構出てくると思うんですけど。
山西:うん、原作が1990年代に書かれているからということもあって。
ーーちょうど2000年になる、という転換期の話ですからね。
鈴木:だけど今になっても、やはり一年先のことがまったくわからないのは一緒で。
山西:余計に終末感みたいな空気は深まっているかもしれないし。アメリカという国自体も、この物語が書かれた当時は共和党がすごく強い時期だったんだけど、その頃よりも今はさらに右に行っている感もあるし。さっき、杏ちゃんが言っていたみたいに、なんでこんな感動するんだろうっていうのは僕も不思議に思っていたんですよ。なんだろうね、ドラマ自体はそんなに大きくうねっていくみたいなことではないんだけども。
鈴木:人間同士の細やかなやりとりの積み重ねなんだけれど、気づいたら壮大なところにまで連れて行かれてしまう。わかりやすく感動的なことも、特には起きていないのに。
山西:劇的に何かが変わっていくということは、それほど起こらない。でも登場人物それぞれが、ちょっと何かに気づくんです。今までの自分とは違う人生に出会って「あ、そういう生き方もあるのかな」みたいなことを思う、そういうことがすごく丁寧に書いてある。だからこそすごく劇的に思えるのかもしれない。
鈴木:一歩、自分の足を上げてから少し先に進めて着地するまでを、8時間で描くみたいな感覚かも。たった一歩で、とても短い距離なんだけど。
山西:それだけでも実はものすごいエネルギーが必要で、その人の中では大きな変化が起きているんだというようなことが伝わる話なのかなと思ったりもしています。
(左から)鈴木 杏、山西 惇
ーーなにしろ、上演時間は二部作トータルで約8時間ですもんね。
鈴木:それに関しては、もう笑うしかないです(笑)。
ーーそこまでの時間をかけて観劇するという経験を、やったことがないお客さんが多いかもしれません。
鈴木:私自身もないですね。ナマの舞台で8時間は観たことがないです、まだ。
山西:6時間くらいなら、あるかな。しかもこのご時世だと、さらに機会は少ないですし。
ーーそれぞれが演じる役を、お客さんにどんな人物か紹介するとしたら。山西さんは、ロイ・コーンのことはどういう人だと言いたいですか。
山西:アメリカの陰の部分の象徴みたいな人ではあると思いますね。いわゆるベーブ・ルースとかケネディみたいなスターではないけど、裏スターみたいな。アメリカとは、どういう国かということを体現するために生まれてきたような、そういう生涯を送った人なんじゃないかな。
鈴木:すごく劇的な人ですよね。こんな、ドラマの脚本みたいなことが起こるんだという人だと思います、ロイ・コーンって。
ーー杏さん演じるハーパーは、どんな女性でしょうか。
鈴木:あまり地に足がついていないというか、なんだか漂っているみたいな印象があります。精神安定剤中毒者なので想像力が飛躍していくんですけど、でもそれがとっ散らかってる人ではない気がしていて。ちゃんとそこには理由があるんですよね。実はとても冷静な観察者みたいな一面もあるように思うし、それもまた物語が進むにつれて変化していく。この『エンジェルス・イン・アメリカ』の中で、特に変化し成長していく、そして自立していく人だなというイメージです。設定は1985年なんですが、その当時の一般的な女性像とはまた違うキャラクターのようにも思いますし、より現代的な、2020年代に近いくらいの現代味を帯びている人でもあるし。今の時点では、想像力でどこまででも飛べちゃうんですけど、ただ飛んでる人にするのももったいないなと思ったり。そんなハーパーを、これから稽古場で探っていけることが本当に楽しみです。
ーー今回集まったキャストの方々について、このカンパニーの顔触れに関してはどう思われていますか。
山西:オーディションに通った時は、まだ他の役がどなたになるかは知らなかったんですが、そのあとすぐに聞かされた時はちょっと驚きました。つまり、鈴木 杏さんや那須佐代子さんがオーディションを受けたんだ! って思って。
鈴木:いやいやいや! それ、山西さんにそっくりお返しします(笑)、きっと全員がそう思ってますよ。でも確かに「ちゃんとオーディション受けましたからね!」ってハッキリ言っておいたほうがいいという話は、この間の本読みの時にもしましたね。
山西:そうそう、本当に。みんな、ちゃんと、受けました! ですからこの顔ぶれは、同志という感覚もあります。
鈴木:那須さん始め、既に知っている方もいらっしゃるので安心感もありますし。本読みで、プライアー、ルイス、ジョーの三人の声を聞いているとある種の青春群像的雰囲気もあったので、その点でもすごく楽しみだなと思いました。奮闘する若者たちの空気感が、そのまま彼らの姿にも重なりそうで。
山西:とても、みずみずしいと感じたな。すごく良かった。
鈴木:その要素は、これまで思っていた『エンジェルス・イン・アメリカ』の全体的な雰囲気と比べて、より若々しい感じも生まれていて。面白い側面が今回は見られそうだな、と思いました。なんだか他人事のような言い方ですが(笑)。
ーー楽しみ度が増しますね。さらに、稽古に向けて準備していることや楽しみに思うことなどがあれば教えてください。
山西:僕だけが実在の人物で、あとは想像上の人物なんですけど。だからというか余計に、勉強しなくちゃいけないことが多いように思っていて。宗教のことにしてもユダヤ教とキリスト教、モルモン教との関係みたいなことや、共和党と民主党の関係、人種差別の問題、それに付随してLGBTの人たちが現在はどういう状態で、この80年代当時はどうだったのかということも知っていないといけない、みたいなことが続々と出て来ています。
鈴木:それぞれの問題の担当を決めて、調べてきたものを稽古場に持ち寄るようにするのが、一番いいかもしれないですね。ひとりで全部のことを網羅するのはなかなか大変そうだから。
山西:とはいえ、別にその事実や情報をこの舞台を通して、勉強みたいにみなさんに教えようなんてつもりはないんですよ。だけど僕らは知っておいたほうが、観てくださる人に親切になるというか。
山西 惇
ーー説得力が生まれますよね。
山西:そう思います。
鈴木:私、モルモン教の歴史が書いてある本は読んだのですが、さらにモルモン書も一応買ってみたんです。でもなかなか読み進めなくて。すごく分厚い本なのに、まだ小指の先くらいまでしか読めてない(笑)。
山西:僕、小学校がカトリック系だったので、なんとなく聖書に対する距離感は近いつもりでいたんだけど。よく考えたら、詳しいことは全然知らなかったと気づきましたよ。聖書の登場人物の名前も時々出てくるんですけど、どういう人だったっけって。そういう知識があればもっと楽しめると思うけど、別にわからなくても、なんとなくでも受け取ってもらえれば大丈夫なんですけどね。実際、今の日本とリンクするような部分も、この物語が書かれた当初に比べて相当強くなっている気がするし。今で言うとあの人みたいな人物なのかなって連想できたら、時代が繋がりそうだし。そこも、うまく伝えられたらきっと前のめりで観てもらえるように思います。そのためにも、今はひたすら勉強しているところです。
ーーお客様に向けてお誘いの言葉などいただけたら嬉しいですが、いかがでしょう。
山西:上演時間が8時間近いというのは、長いとは思うんですけど。ただ、シーン数を数えてみたら第一部が26シーン、第二部が33シーンだったんです。どちらも4時間ずつくらいですから、概算で考えるとワンシーン平均8分位なんですよ。
鈴木:そうなんですか! では意外に短いシーンの積み重ねなんですね。だから、長さを感じずに観られるんだ。
山西:うん、そうなんだと思う。
鈴木:その方向から『エンジェルス・イン・アメリカ』を考察してみたことはなかったです(笑)。
山西:入れ替わり立ち替わり、次から次へとシーンが変わっていって、その全部のシーンで登場人物になにかしらの変化がある。
鈴木:なにか、ずっと起こり続けてますよね。停滞するシーンは、確かにひとつもない。
山西:必ず大きな事件がひとつのシーンの中で起こって。2人か3人しかそのシーンには出ていなかったとしても、その登場人物全員がシーンの頭と終わりとでは変化しているんです。その積み重ねにはなるんだけど、その起きることの種類がまた千差万別なんだよね。生きている人間しか出て来ないわけでもないし。
鈴木:そう、天使もご先祖様も出て来ますしね。
山西:想像力の限界まで使いながら、いろいろなことが起き、いろいろな人が出たり入ったりするのが見られる物語だと思ってもらえればスリリングに感じていただけるんじゃないかなと思います。
鈴木:やっぱり、8時間かけて観るお芝居もなかなかないですから。ぜひ私たちと一緒にご経験いただいて。あの『エンジェルス・イン・アメリカ』を、ナマで観たよ! って。
山西:うん。きっと、のちのち自慢できると思いますよ!
(左から)鈴木 杏、山西 惇
取材・文=田中里津子 撮影=池上夢貢
公演情報
『エンジェルス・イン・アメリカ』
第一部「ミレニアム迫る」 / 第二部「ペレストロイカ」
会場:新国立劇場 小劇場
翻訳:小田島創志
演出:上村聡史
芸術監督:小川絵梨子
キャスト:
浅野雅博 岩永達也 長村航希 坂本慶介
鈴木 杏 那須佐代子 水 夏希 山西 惇
【料金(税込)】A席7,700円 B席3,300円 1部・2部通し券(A席のみ)* 13,800円
【一般発売】2月4日(土)10:00~
日程:2023年6月3日(土)第一部 11:30、第二部 17:00
会場:穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール
会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール