横内謙介、「陰キャ」はびこる現代で『夜曲〜ノクターン〜』を上演する意義ーーW主演のA.B.C-Z 五関晃一、戸塚祥太も意気込み語る
横内謙介 撮影=高村直希
6月6日(火)に、A.B.C-Zの五関晃一と戸塚祥太がW主演を務める大阪松竹座開場100周年記念『夜曲~ノクターン〜』が幕を開ける。原作は1986年に初演され、小劇場ブームをけん引した横内謙介の名作戯曲『夜曲 放火魔ツトムの優しい夜』。善人会議(後の扉座)で上演され、その後は様々な演出家やキャストで上演を重ねている。SPICEでは特集『松竹座の未来予想図』として、横内に大阪松竹座100周年への思いなどを訊いた。
五関「ツトムは現代人の代表的な存在」
体調不良で活動休止中の塚田僚一に代わり、田村十五を務めることとなった戸塚祥太。前半は五関と戸塚による取材会の様子をお届けする。
まずはそれぞれ、自身が演じるキャラクターについて紹介。五関は気弱な放火魔・田山ツトムを次のように話した。「ツトムは700年前からタイムスリップしてきた人たちに巻き込まれて、時代のギャップをコメディータッチで見せる反面、十五たちに抱く価値観のずれを、お客さんと同じ目線で表現していきます」とツトムは現代人の代表的な存在だと話した。
一方、戸塚は700年の時を経て、現代に目覚めた武士、田村十五をどのように見ているのだろうか。「十五は生まれにコンプレックスがあって、母親の言うことや、主君の言うこと、自分のやるべきことに忠実に生きている人間。その辺の生き方については考えさせられるところがありますね」。
忘れられない錦織一清からの教え
左から戸塚祥太_五関晃一 (c)松竹
取材会では「互いに何と呼んでいるのか」という質問もあった。戸塚は「五関くん、五関さん、ごっちー……ときにはファンの方にならって、五関様と呼んでいます」と暴露。すると五関が「オフィシャルではとっつーですけど、裏では祥ちゃん(笑)」と、いたずらっ子のような笑顔でかぶせてきた。
では、役者としての互いの印象は? 戸塚は「天才」「ベーシックなポテンシャルがすごく高い」と五関を称した。それを受け五関は「とっつーはセリフを覚えるのがめちゃくちゃ速いです。とっつーが初めて合流した日、まだ台本を見ても良かったのですが、僕より先に台本を手放していたので焦っちゃって。そこから僕も暗記のスイッチが入りました」。
「セリフはひたすら反復して覚えた」と戸塚。それは、ある先輩の教えを守ってのことだ。「つかこうへいさんの『熱海殺人事件』(2013年)に出演させてもらったときに、先輩の錦織一清さんが演出と主役をなさっていて。自分はこのとき外部の舞台が初めてで、何もわからないときに錦織さんから「セリフを覚えてこいよ」とご指摘いただきました。錦織さんの教えは、ずっと忘れないでしょうね」。
戸塚祥太「俳優たちのリアルな音も体感して」
左から戸塚祥太_五関晃一 (c)松竹
舞台と客席の距離が近く、音の反響も良い大阪松竹座。「地面を蹴り返すときのキュッというような、俳優のリアルな音が聞こえるかもしれません」と戸塚。また、大阪松竹座は道頓堀という大阪随一の繁華街で、100年間根を張っている劇場だけに「劇場の外と中は数メートルしか変わらないけど、中に入るだけでこんなにも世界が違うことを知ってもらいたいです」と続けた。
五関は驚異の「1日11公演」を振り返った。「2002年にKAT-TUNが大阪松竹座で行った、コンサートのバックにつかせてもらいました。公演が終わって、楽屋に戻ったら次の本番5分前という詰め詰めのスケジュールだったのですが、一瞬だけ戻った楽屋の居心地の良さをすごく覚えています。今回は存分にあの楽屋を堪能できると思うと、楽しみです」。
最後に改めて意気込みを尋ねると、五関は「100周年のバトンをつなげたい」と明かした。「『夜曲』はファンタジーでもあるので、純粋に作品を楽しんでいただきたいですね。上演期間をみんなで無事に乗り越えて、松竹座開場100周年のバトンを次にしっかりつなげたいなと思います」。
戸塚もこう気合を入れる。「大阪松竹座100周年ということで、いつも以上に張り切って舞台に立ちたいと思います。若かりしころの横内さんの魅力がふんだんに詰め込まれたこの戯曲を、皆さんにも1ページずつページをめくってもらいながら、楽しんでもらえたらいいなと思っております。お楽しみに!」。
「大阪松竹座は街のど真ん中にある。これはとても貴重なこと」
横内謙介
取材会に続いて、脚本を手がけた横内謙介への単独インタビューを実施した。
――そもそも、主役が放火魔という着想はどこから得られたのでしょうか。
放火魔というのは、その在り様が感覚的なんですよね。その炎の向こうに何を見ているんだろうと、ちょっと詩的なものがあって。メタファーとしてドラマチックな存在感があるなと。
――初演の1986年当時、小劇場界はどういうリアクションでしたか?
かなり評判だった。これを東京の下北沢にあるザ・スズナリで上演したときに、いろんな人が観に来てくれて。それで紀伊国屋ホールに推薦してくれました。紀伊国屋ホールは(若手の劇団にとっては)登竜門だったから、呼ばれたときに絶対に人を入れよう! と。それで僕らは小劇場チームの中から頭一つ出られました。当時は野田(秀樹)さんと鴻上(尚史)さんがトップランナーだったんだけど、話としてはまだアングラ的、わかりやすいものではない劇構造だったからね。『夜曲』は今でも上演できるぐらい、その当時でもわかりやすい話だから、珍しい展開だったとは思います。
ーー放火魔のツトムは、六角精児さんのために書き下ろしたそうですね。
まだ「オタク」という言葉もない時代ですね。20代の六角は痩せていて、ビン底の黒縁眼鏡を掛けて、見るからにヤバい感じを醸し出していたんです。居場所のない主人公が放火をすることによって、いつからか自分の居場所を得る錯覚をするという話ですけれども、鬱屈した若者の孤独感がぴったりで。それからいろいろな俳優がツトムを演じるようになりましたが、もしかしたら僕らの時代よりも今の方がその孤独感が深まっているのかもしれないと『夜曲』が上演されるたびに思うようになりました。
――当時、日本はバブル全盛期ですよね。
あの頃はみんな上昇思考があったから。みんなDCブランドを着て、すごく高いホテルを予約して、クリスマスを過ごす。これを大学生がやっていたんだからね。だけど、今のように陰キャとレッテリングもされていないから、一方では落ちこぼれ感もものすごかったと思う。今は簡単に諦めちゃうし、レッテリングされていることで安心して陰キャと名乗れてるから、それが多数派だったりしてさ。でも、バブルの頃はみんな、頑張らなきゃいけなかった。そういう意味ではオタクや陰キャはすごく特別な存在であり得たけど、今はみんながそんなふうになってるから、何か過激なことでもしないと目立てなくなっているように思いますね。
横内謙介
ーー演出の中屋敷法仁さんの印象をお聞かせください。
中屋敷さんの新しい感覚に、僕らにはない演劇のセンスをすごく感じます。それがこの100周年記念公演で、世代交代した新しい劇を生んでくれたら嬉しいですね。中屋敷さんは学生時代に『夜曲』を演じたことがあると言っていました。それからずいぶん経って、彼も演劇界の第一人者になっていますので、どういうふうに料理してくれるかとても楽しみにしています。
――『夜曲』には歌舞伎らしさもいっぱいあって、大阪松竹座開場100周年にふさわしい作品だと感じました。
今だったらもっと上手にできるんですけど、この頃は本当にわけもわからずで「文語体になってりゃいいんだろう」と(笑)。でも、今だとこんなにガチャガチャな感じになっていないだろうから、意外につまんなくなっちゃうかもしれないなとは思う。よくわからずやっていたからこそ、ごった煮感みたいなのがあるのかな。なんせシェイクスピアと歌舞伎の区別もついてなかったから。大まかに「古典」みたいな(笑)。そういう匂いみたいなのを僕なりに解釈してやっていましたね。
ーー歌舞伎といえば、今回は黒百合役として河合雪之丞さんが出演しますね。
澤瀉屋で市川春猿という名前でやってきた彼が、黒百合という両性具有の重要な役で出てくれるので、共演者のみんながいい経験をできるんじゃないかなという気がします。歌舞伎の所作など厳密に求めている戯曲ではないけれども、雪之丞さんを通じてそういうものがあると松竹座にぴったり合って、いい雰囲気が生まれるんじゃないかなと、すごく期待しています。
横内謙介
――改めて大阪松竹座という劇場の良さを教えてください。
松竹座の素晴らしいところは、劇場を出るとものすごい人が周りにいるでしょ。街のど真ん中にあるじゃない。これが素晴らしい。芝居は、街の猥雑さも含めて、人の活気に溢れているところの真ん中にあって、さらにそこで人を集めている。だから、玄関を出ても冷めないよね。芝居が終わってドアを出ても、街もものすごいエネルギッシュで。これはとても貴重なことだと思います。
――横内さんは40年以上、演劇に携わって来られて、その中で大阪松竹座100周年という流れの中にいらっしゃることに関しては、どう思われますか。
とても光栄なことだし、そのことによって恩恵をいっぱい受けてきたと思っています。特に僕らにとって大事だったことは、垣根がなくなっていったことですね。
――垣根というのは?
昔は、商業演劇と小劇場は棲み分けしていたから。小劇場から商業演劇に行くことは裏切り行為だというのが、僕らよりちょっと上の世代にはすごくあって。でも、ここ何十年かで、アイドルたちはちゃんと俳優になって、成長していく姿をしっかり見てる。強かった。歌舞伎だけど、また急にそんなこと言われない。客さまが喜ぶまでやだという、その思いは、小劇場だろうが、商業演劇のためだろうが全部同じだということを確認だから、大阪松竹座が100周年記念でいろんな作品を上演するのはとても正しい姿だなと思います。そこからさらに新しいものが生まれて、次の時代にいいといい。
横内謙介
取材・文=Iwamoto.K 撮影=高村直希