大塚紗英「全人類ヒューマノイド」インタビュー「自由って不幸せ。不自由だから幸せ。」の言葉に込めた意味とは
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大塚紗英
声優、アーティストとして活躍する大塚紗英が最新曲「全人類ヒューマノイド」をデジタルリリースした。ダークな世界観の中に内包されたポップネスがうねるように展開される快作だ。本作のリリースに合わせて大塚本人にインタビューを実施、フリーランスとなった彼女の制作への思いを深く聞いた。
――大塚紗英さんSPICE初登場です。「全人類ヒューマノイド」がデジタルリリースされたということで、今回インタビューをさせていただくわけですが…まずちょっと気になったところで資料としてライナーノーツをいただいたんですけども、ライナーノーツの冒頭にシェイクスピアの"To be, or not to be, that is the question"(Shakespeare, Hamlet, Act 3, Scene 1.)という言葉から始まっているのですが、これは大塚さんがここに入れようって決めたんでしょうか?
実は今、手伝っていただいてる方がすごく英語に長けていて、その人に資料作ってもらったんです。なので、私もこの資料をもらってから調べました(笑)。一般的に「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」っていうのが一般的な日本語訳だと思うんですけど。
――この一文から始まるライナーノーツってなかなかないのかなと思っていて。今回、「全人類ヒューマノイド」はちろん作詞作曲をされているわけですが、この楽曲にどのような意図を込めたのか、からお聞きしたいです。
「人生は選択の連続だ」っていうテーマが一つあって、そこからいろいろと解釈を広げていって作っていったんです。このシェイクスピアの一文を自分なりの解釈で作り上げていったのが「全人類ヒューマノイド」になるんですけど、ただこの曲を作った時は……わりと肖像的だったというか、あんまりこういう風にしようって考えてなかったんです。だから曲の導入のすごい高音のクワイアみたいなのとか、が出てきたのかなって。
――前作の「ロマンスのはじまり」はかなりポップな感じで、明るくて前向きなイメージの楽曲で、ミュージックビデオも海外ロケで撮られてました。そこから今回はストリングスも入れ込んだオーケストレーションが入っていて、楽曲もかなりダークな世界観ですが、「ロマンスのはじまり」との差をだしたかったのでしょうか?
「全人類ヒューマノイド」はダークな曲を作ろう、と思ってたわけではなくて、「ロマンスのはじまり」では海外に行くというパワーを使ってしまったので、そのパワーに負けないようなパンチのある曲って何かあったかな? っていうのを今まで書いてきた曲の中から探して、結果たどり着いたって感じだったんです。
――なるほど「ロマンスのはじまり」との違いというよりも、あの曲が持つパワーに負けないもの、というところからの「全人類ヒューマノイド」なんですね。
それと「ロマンスのはじまり」までの作品を、実は私の中で第1章って呼んでいて、例えば少年漫画の『ワンピース』で例えるなら、ルフィが力をつけましたよ、っていうところまでが第1章。そんな物語の転換期だと思ったんです。
――「ロマンスのはじまり」で区切りがついた。
そして第2章でやりたいことは、アカデミー賞が取れる映画をミュージックビデオの世界で表現をしていきたいなということを思っていて。アカデミー賞を取るような作品って、結構ホラー映画を撮られていた人が、転身してコメディ作品とかSF作品を撮って、大ヒットして、っていう傾向があるんとかっていうところも含めて考えていて。ちょっとチャレンジではあったんですけど、こういうことをやっても、自分のことを応援してくれてる人が、受け入れてくれるんじゃないかなっていう、信頼もあっての挑戦だったかな。
――確かに最近のアカデミー賞はホラー映画出身の監督がずっと来てる印象はありますよね。
そうなんですよね。だからそういうホラー映画的なことをやりたかったということと、第2章っていう言い方をすることによって、前に進んだっていうのがあって。
――第1章から第2章と言葉にすることによって、変わりたい、変化を分かりやすくしたかったと?
ジャンルとして変わりたい、みたいなことはなかったんですけど、「第2章やります!」って言いながら、今までと同じことを、今までと同じパワーレベルでやってると、すごく停滞してるように感じたんです。だから、インパクト、というか衝撃のあるものを何かやろうってことを考えていました。
■最初は恋愛の歌じゃなかった
――確かに「全人類ヒューマノイド」からそういう変化したいという気持ちを感じました。
ただ音楽的なところでいうと、楽曲の中でちょっと空間を空けていきたいっていうのはありました。今まで自分のことを応援してくれている人が、多く聞いているのはアニメソングであろうっていうのがあって、2000年代から2010年代ってモリモリと積んだ曲が流行ってたと思うんですよ。
――そうですね、そういう曲がメインストリームだった時期がありました。
そういうものが聞きなじみもいいであろうっていうところで、何となくそこに寄り添ってみたいなこともやってたんですけど。自分の年齢感がちょっと上がってきた今、俯瞰的に考えたときに、もう少し歌とかにスポットを当ててもいいんじゃないかなと思って。
――歌にスポットですか。
世界観だけでキラキラ楽しいっていうのもいいと思うんですけど、もうちょっと歌を前面に出した方が伝わりやすいのかなって思ったんです。世界的なヒット曲も音が抜けてってるというか、究極的にベースとボーカルだけでいいっていう話も出ているくらいなので。そういう傾向とかも考えたときに、ちょっとそっちに寄せていきたいというのはありましたね。
――ちょっと世界的トレンドを意識しての制作だったんですね。
音楽的なところでいうと確かに転換期だったかもしれないです。今回はドラムもギターもベースも打ち込みなんですけど、ストリングスは凄い生の感覚があって。デジタルと上手く混ざり合うと、もしかしてちょっと新しい音楽に聞こえるんじゃないかなみたいなことを発想としては考えました。
――歌詞についても聞かせて下さい。基本的に悲しい恋の話ではあると思うんですが。
最初は恋愛の歌じゃなかったんです。ばっと歌詞を書き上げて読んだときに、なんか何言ってるかわかんないと思ったんですよね(笑)。地球という星を愛してここに残るのか、それとも我々人類が生き延びるために火星という星に移住するのか、という感じで作ったんですけど。
――思ったより壮大ですねそれは。
地球で育まれ、培われてきた恩恵を切り捨ててでも、火星という星で生き延びるの? っていう、生存戦略的な話というか(笑)。その選択の天秤の話だったんですけど、あまりにも伝わらないかもって思ったんです。
――その“生存をかけた選択”というテーマはどこから?
曲を書いたのが2020年だったんですけど、当時メジャーデビューするっていうタイミングで、いろいろと選ばなきゃいけなかったんです。責任とか、義務感とか、そういうことにすごく照準を当てて物事を考えていたので。それまではそれこそ『BanG Dream!(以下バンドリ)』さんとかをやらせていただいてて、バンドリに乗ってればいいみたいなところはちょっとあったっていうか。
――コンテンツにしっかりコミットできていればいい、と。
そうですね。でもやっぱりコンテンツは当たり前ですけど、人が作って与えてくれたもので、キャラクターも与えていただいたもので。私は役者として乗ればいいだけだったから。もちろん役者をやる上での自分のこだわりみたいなのは凄くあるんですけど、それって全体で見たら微細なもので……選択に迫られることって振り返ればなかったと思うんです。
――確かにそうなのかもしれません。
でもソロ活動ってなると、自分で自由にできないものもたくさんありますけど、この自由にできないところでどうやってやりくりしていくか、ってことも選択だと思うんです。私はそういうことを伝えたいんだってようやく理解して。それを伝わるように、わかりやすく恋愛っぽく、歌詞を書き直したんです。
――最初に聴いた印象だと、その選択だったりをベースに恋の話を描きたかったのかなって思ったんですけど、逆なんですね、愛情をフックにして、選択をしていくっていうことを訴えたかった。
そうですね。でもその愛情っていうものが気になっている一つの理由があって。
――ぜひ聞かせて下さい。
私この曲を作った日付を覚えてるんですけど、2月10日なんです。なんで覚えてるかっていうと、この日に私が長年ずっと好きだったアーティストの植田真梨恵さんと対談をさせていただく機会があって、それまでただいちファンだったんですけど、初めて人間として向き合ったときに、ものすごくいろいろ刺激をいただいたんです。私の中の真梨恵さんって、神様みたいな存在だったのが、真梨恵さんもこの地上で生きてらっしゃって、いろんなことを考えたり選んだりしてるって話を聞かせていただいたんです。
――憧れが体を得て眼の前に現れた。
そうです、その全てが愛おしくて。でもそれと同時に、もう過去の真梨恵さんには二度と出会えないって思っちゃって、それが凄く苦して。ひとりの人間に対する執着って感情は、愛というテーマで踏襲できると思ったんです。なんか恋愛も友情も、そういう誰かに執着するというのは、崇拝と変わらないんじゃないかなと思ってたりしますね。
――執着は強い方なんですか。
すごい強いと思います。でも、私が大事にしてるものって結構音楽しかない気がしていて。あとは食べ物で好きなものがあるくらい。結局服とかも着ればいいとか、家とかも別に寝られればいいとか、その執着があるものとないものへの差は、昔からすごいかもしれません。これと決めたものだけずっと大事にしてて、あとは移り変わりながら、あれもいいな、これもいいなって感じで生活をしてますね。
■MVが公開されるまでは凄く怖かった
――全体的にスリリングな音作りなんですけど、キャッチーなメロディも差し込まれていて、根底としてはポップスなんだなと感じました。
目指したところはまさにそんな感じです。“アカデミックポップ”って勝手に呼んでるんですけど、芸術的でハイセンスに聞こえるものと、キャッチーなメロディで、聞き馴染みがよく受け入れてもらいやすいものの両立感みたいのって、すごい難しいじゃないですか。
――そうですね。
これがうまくいったらすごい面白い曲を作れるんじゃないかなっていう、そこが目標だったので、そう聴こえているなら凄く嬉しいですね。
――アカデミックポップとおっしゃいましたが、ご自身の中でそれを感じるアーティストさんとかいらっしゃるんでしょうか?
いろんな曲を参考にしたんですけど、世界感の着地点としてイメージが近いのは、MYTH & ROIDさん、それから菅野よう子さんとかですね。でも楽曲的に「この曲っぽくしたい!」っていうと本当にモノマネになっちゃうと思ったので、ドラム、ベース、はこの曲の音、ストリングスの距離感はこんな感じ、ってセクションごとにリファレンスは違うものをあげました。
――楽曲としては打ち込み+ストリングスで作られているから、ある種アンバランスなんですよね、歌詞の部分も硬質的な部分とドロドロの心情が混ぜ合わってて、それをご本人が持ってるポップネスで纏めているような、その感覚が凄くクセになるというか。
自分の過去の曲を聞くとやっぱりポップス的要素は私が持っているものなんだろうなと思ってます。それを接着剤にして表現したかったものが全部くっついて聴こえるなら嬉しいです。いい意味でいびつさを感じてもらえるのは嬉しい。
――ファンにどう受け取られるかとかは意識されたんですか?
正直、MVが公開されるまでは凄く怖かったですね。普段の自分のイメージって、自分が認識してる感じでは、親しみやすいとか、何か割と明るいキャラクターだと思われていると思ってて。
――そうだと思いますね。
自分自身、すごく暗い人間ではないと思うんですけど、だとすると、この曲って結構びっくりするんじゃないかなって思って。大丈夫かなっていうのは迷った部分ではありますね。
――MVも映画的に作られていますよね。
はい。人を引きずって始まってますしね(笑)。
――あれだけ生の表情で歌ってるのは、これまであんまり見せてないのではと思いました。
ないですね、可愛くしようとは全くしてないし、何か今の生で歌ってる感情、言葉も含めた感情をそのまま繕わずにやってるというか。
――演技パート的な部分もかなり真に迫っていました。
ありがとうございます。自分が役者側になって表に立つときって、あんまり計算をしないようにはしてて、感情的な部分ってそのとき出たものがある程度真実だと思うんです。
――アドリブ的な表現が多くなるってことですか?
いや、ガイド的なものは自分の中に敷いておくんです。最終的にこういう感情に着地しよう! みたいな。台本は自分の中にあって、そこは決まっている。あとは自由。
――ああ、なるほど。
だからあんまりこういう顔で歌おうとかって決めてなかったんです。MVの最後の方で全身が映るんですけど、黒い服を着てるんです。時系列としては、白い服から黒い服へ時間が進んでいるので、絶望感というか……どうにもならないことへの憤りみたいなものは表現したいと思っていましたね。
――どこかループしているような物語というか。男にされていた事を彼女も誰かにしてしまうのかと思わせるエンドでしたね。
伝わって嬉しいです(笑)。結構感覚派なので、あんまり説明とか得意じゃないんですよ。でも今のチームの人はそれを汲み取ってくれるので本当にありがたいですね。
■フリーランスは二重人格みたい
――そしてフリーランスになられましたが、環境が変わった部分などもありますか?
そうですね……この言い方が正しいかわかんないんですけど、二重人格みたいだなって思ってます。
――二重人格ですか。
みんな生きてたら、仕事の顔、趣味の顔みたいに、それぞれ別の顔みたいなものって持ってると思うんです。例えば仕事用の電話に出るときだけ声めっちゃ高くなるみたいな(笑)。
――それはありますね(笑)。
フリーになって思うのは、やっぱり一社会人であることが自分の中にまずあって、それと別に私と仕事がしたいって来てくれてる人がいて、その思いとかを裏切れない、損させたくないみたいな気持ちがすごく強くなったがゆえに、今までよりもっと芸事にも入り込むようになったというか。
――歌や芝居に対する深度が増した?
そうですね、なんか自分の振れ幅がすごいんですよ。芸術的な行動って、現世から逸脱するみたいな行為だと思ってるんですけど、私は集中すると、とにかく深くに潜っていくような感覚になるんです。で、現場が終わると、グーンってカメラが引きになるように地上に戻ってきて、また社会人になる、みたいな感覚がすごい(笑)。
――仕事に関しても、自分の責任が凄く増えるわけですからね。集中も増すのはわかります。
毎日お金とか数字も見てるし、今広告とかも自分でやってるので、アナリティクスやグラフも毎日見て、戦略的なことも建ててるんです。それは歌ったり芝居をする自分と凄くかけ離れてるから、なんか自分の面に二つ生き物を飼ってるみたいな気持ちになりますね。
――広告も考えられるのはかなり大変ですね……。
できないことに着手する力がつきましたね(笑)。大変なことって乗り越えるまでのコストが必要じゃないですか。心に栄養が溜まって、行ってもいいかなって思うまでって絶対動けないんですよ。
――めちゃくちゃわかりますね、ジムを登録するのと、通うのとは別の栄養が居る(笑)。
フリーになると、そのエネルギーを得るために早くご飯を食べないといけないっていう感じかな。停滞期から動き出すまでがすごい早くなったなって思います。お店の予約とかめんどうだから誰かやって! って感じだったけど、でも今はやってくれる人いないんで、電話しようと思ったら即電話するみたいな(笑)。そこがすごい早くなったのは、フリーになって良かったことかな。
――ちょっと今回の曲と逸脱した話になりますが、バンドリやD4DJを通じてキャラクターとして歌ったり演奏したりもされてるじゃないですか、ソロでやられるときとの違いってあるんでしょうか?
ソロとコンテンツとでは全く違うことをやってる感覚ですね。やっぱりキャラクター背負って立ってるので、こういうふうに弾きたい、こういうふうに見せたいとか、それってキャラクターがこうだからこう見せたいとか、キャラクターの気持ちって絶対今こうだからこうするべきだとかなんです。キャラを自分の肉体で表現をしてあげるというか。大塚紗英として歌ったり演奏するときは、私に内在するものをアウトプットしてるって感じがするから、そこが一番違うかな。
――やはり別物なんですね。
でもすごいのめり込んで、キャラクターが憑依しちゃうような事もあるんです。でも側から見てそれが必ずしも正解じゃないこともあって。カメラに背中向けちゃってるとか、照明に入れなかったとか。キャリアが浅いとき、そういうときに客観視を持つのがすごい苦手だったんですけど、今はようやくちょっとバランス取れてきたのかなっていうタイミングですね。
■「クリエイター」ではなく「アーティスト」大塚紗英
――では、改めてこの曲をリリースして、今後の夢や展望があればそれもお聞きしたいです。
映画監督になりたいですね。
――映画監督ですか!
私は自分の中から出てくる“作品”を楽しんでもらいたいって思ってるんです。生の自己表現を叩きつけるのではなく、自分の中から切り出したものを、膨らまして膨らまして、エンターテイメントとして色々な形でお届けした方が面白いんじゃないかなって。映画監督だったらラブロマンスも、アクションもSFも、色々なものを作れるじゃないですか。
――確かにそうですね。
ディスニーランドじゃないけど、そういう色々な表現が集まっているような、エンターテイメントパークを目指した方が、私は楽に作品を作れるなと思ったんです。そうしたらやりたいことがバーっと広がってたので、今は映画作りたいですね。
――ちょっと予想外のお答えでした。
私はミュージックビデオの制作をするとき、最初にまず文章でコンテまで書くんですけど、今はそれをやってます。凄く楽しいですね。
――それはもうマルチクリエイターですね。
なんかでも、クリエイターって感じではなくて。0から1を作るのは好きだけど、1から100を固めるのは向いてないと思ってます。そういうものを今託せる優秀な人たちが周りにいることにすごく救われてますね。
――やはり“アーティスト”大塚紗英なんですね。
そうだと嬉しいですね(笑)。
――では最後に、ファンの人にインタビュー通じて一言いただければ。
この曲のキャッチコピーを一晩かけて考えたんですけど、「自由って不幸せ。不自由だから幸せ。」です。この言葉を皆さんの中で考えてもらえたら嬉しいです。
インタビュー・文=加東岳史
リリース情報
大塚紗英『全人類ヒューマノイド』
<MUSIC>
主題歌:「全人類ヒューマノイド」
作詞・作曲:大塚紗英
編曲:椿山日南子
A&R:じんのうち(akz inc.)
Management:小川葉瑠(akz inc.)
Cello:堀沢真己
All Other Instruments&Programming:椿山日南子
Recording Engineer:佐藤陽子(MANEKI Records)
Mixing Studio:MANEKI Recording
Mixing Engineer:竹内哲郎(MANEKI Records)
Mastering Engineer:柴 晃浩(TEMAS)