矢崎広に聞く~『アメリカの時計』(長塚圭史演出)に作者アーサー・ミラー本人を投影したリー・ボーム役で出演
矢崎広 (撮影:池上夢貢)
2023年9月15日(金)~10月1日(日)KAAT神奈川芸術劇場 <大スタジオ>にて、KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『アメリカの時計』が上演される。20世紀初頭、大恐慌によって未曽有の混乱に落ちたアメリカと、ある家族の年代記(クロニクル)だ。
演出は、今作の作者アーサー・ミラーの代表作『セールスマンの死』の演出を2018年・2021年に手掛けた長塚圭史。日本でも人気が高いアーサー・ミラー作品の中でも上演機会が非常に少ない『アメリカの時計』を、現在KAATの芸術監督でもある長塚がどのように見せるのか期待が高まる。
主人公の一家・ボーム家の息子リー・ボーム役には、様々な舞台作品で幅広く活躍する矢崎広。1929年の大恐慌の影響を受けて生活に困窮しながらも自分の生きる道を見つけて進むリー・ボームは、ミラー自身を投影したような役どころだ。初のアーサー・ミラー作品、そして初の長塚演出に挑む矢崎に、今の心境を聞いた。
(撮影:池上夢貢)
■今、ものすごく面白い演劇の中にいる
──今回初めてご一緒される演出の長塚圭史さんに対して、これまでどのような印象を抱いていましたか。
演劇の世界の先輩である長塚さんに対しては、後輩として、また、いち観客としても、憧れの対象として見ていました。そんな長塚さんと、自分が30代の半ばを過ぎたこのタイミングでご一緒できることはとても嬉しいです。
──リー・ボームという役については、現時点でどのようにとらえていますか。
本当につい昨日ぐらいまでは「なんて難しい役なんだ」と思っていたのですが、今日の本読み稽古のときに「今、ものすごく面白い演劇の中にいるんだ、幸せだな」と思ったんです。それでめちゃくちゃ楽しくなってきました。
──そういった心境になるきっかけみたいなものは何かあったのでしょうか。
今作について、俳優がそれぞれテーマに沿って調べたことを稽古場で発表しているんですけど、1929年に大恐慌が起きたところからどんどん時代が動きだし、また違う時代へと入っていくという時代背景自体がすごく面白くて、調べれば調べるほど、この戯曲の世界にどんどんハマっていく自分とリー・ボームとのリンクがちょっとずつ起きているのかなと感じています。
(撮影:池上夢貢)
──リー・ボームは、アーサー・ミラー自身を投影してる役という意味でも非常に重要かつ難しい役かと思います。
もちろんプレッシャーがないことはないのですが、アーサー・ミラー作品自体が初めてなので、アーサー・ミラー自身を投影している部分が多い今作で出会えたことがまず嬉しいなと思いました。確かに難しい作品、難しい役どころですが、長塚さんをはじめ周りが心強い方々ばかりなので、今のところまだプレッシャーをそこまで感じてはいないです。……感じなきゃいけないのかな、本当は(笑)。
でも今、稽古がすごく楽しいんですよ。皆さんとても素敵な方たちばかりという環境の中で、この戯曲を駆け抜けて最終的にどのようなリー・ボームとしてラストシーンに立つんだろうな、というのは僕自身が今から楽しみにしています。
──今おっしゃられたように、共演者が非常に魅力的なメンバーですよね。
この稽古場では、何をやってもきっと大丈夫だろう、という安心感があります。とにかく皆さん心強いし、そんな皆さんを見ていると「中途半端なことはできないな」という気持ちにもなって、自分もさらに違うステージへ上がっていけそうだな、と思えます。この感覚を言語化するのは難しいのですが、「演劇楽しい!」というモードに素直に行ける感じがあります。
(撮影:池上夢貢)
■アーサー・ミラーの走馬灯を見ているような部分もある
──アーサー・ミラーの作品は日本でもたびたび上演されていますが、どのようなところが魅力だと思いますか。
稽古をしているときに、自分の心がグワングワンと動くシーンに出くわすと、フィクションの物語を生きているはずなのに、本当に今現実として目の前で起きてるみたいな瞬間があるんです。もちろん心強い共演者の皆さんの力があってこそですが、人の真実というか、本当の感情で人間同士がぶつかり合っている感じがして、そこが魅力的だなと思います。また、今作は世界恐慌が起きた1930年頃を描いた作品ですが、現代社会と似ている部分がたくさんあって普遍性のある作品だなと思います。例えばツイッターが急にXに変わるみたいなことが、今作が描いている当時にもあって。
──ものすごくわかりやすい喩えですね(笑)。
「あれ、ツイートがポストに変わってる。まあいいか」みたいな感じで否応なしに受け入れるしかないっていう。まあ、規模感が全然違うんですけどね(笑)。今の日本も、経済がちょっと変な音を立てている、物価がどんどん上がっている、消費税も上がってきて、いろんなことに対する国民の不満もたまっている。それでも生きていかなきゃいけないという中で、世界恐慌が100年周期でまた起きるかもしれないタイミングだったりもするし、そう考えると今作を(フィクションの)物語として見ているだけでいいのだろうか、と思ってしまいます。
──リー・ボームは少年から50代までという幅広い年齢を演じることになります。年齢や年代がひとつだけではなくて幅広いときはどのように役作りをするのでしょうか。
演じる年代によって、知識の情報量を足したり引いたりしている、というのが答えになっていたらいいんですけど。人生経験や持っている情報が多ければ落ち着いた喋り方になるし、知らないことが多ければ興味津々で活発になるし、ということの差し引きをしている感じです。
(撮影:池上夢貢)
──今回アーサー・ミラーの戯曲に触れてみて、ここが特徴的だと感じる部分があれば教えてください。
会話がラリーとして続いたときに、ちょっとした一言なんだけど引っかかる表現というか、「この会話の中にそんな表現を入れてくるんだ」と思うことは所々でありますね。物語の流れとして、どこかアーサー・ミラー本人の走馬灯を見ているような部分がこの作品の中には多いように思う。だからなのか、本来ならば説明が欲しいところでも、作者本人の中で補完しちゃっていて、読んでいる側からすると話が飛んでいるように感じてしまうのかもしれません。でもそれこそが、まるでリアルに他の人の人生を見てるような錯覚を起こす効果になっているのかもしれないな、とも感じますね。
──最後にお客様へのメッセージをお願いします。
『アメリカの時計』は、アーサー・ミラーの中でもあまり知られてない作品だとは思いますが、世界恐慌という1929年に実際に起きた出来事を背景に物語が進んでいきます。難しいワードや歴史を知らないとわからないのではないか、と不安に思う方もいらっしゃるかもしれませんが、その歴史の中をどう生きたかという人間模様を描いている作品が本作なのです。劇場で見てもらわないとわからない部分、生でぜひ感じていただきたいことがたくさんある作品なので、ぜひともアメリカの激動の時代を劇場で一緒に生きていただければ、と思います。
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今作は、2023年9月15日(金)~10月1日(日)KAAT神奈川芸術劇場 <大スタジオ>にて上演。また、特別優待価格で観劇できる<e+特別観劇会>が、9月24日(日)14:00に行われる(公演情報欄参照)。
e+ポーズで<e+特別観劇会>をアピールしてくれました! (撮影:池上夢貢)
取材・文=久田絢子
写真撮影=池上夢貢
ヘアメイク=ゆきや(SUNVALLEY)
スタイリスト=田中トモコ(HIKORA)
衣装協力=kujaku(03・6416・4109)
公演情報
■演出:長塚圭史
■翻訳:髙田曜子
■出演:
矢崎広 シルビア・グラブ 中村まこと 河内大和
瑞木健太郎 武谷公雄 大久保祥太郎 関谷春子
田中佑弥 佐々木春香 斎藤瑠希 天宮良 大谷亮介
■会場:KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
■料金:一般:7,600円、平日夜割・神奈川県民割引:6,800円 / 24歳以下:3,800円 / 高校生以下:1,000円 / 満65歳以上:7,100円 /【シーズン<前期>】20,700円
■発売中
■問い合わせ:かながわ 0570-015-415(10:00~18:00)
■公式サイト:https://www.kaat.jp/d/the_american_clock
■日時:2023年9月24日(日)14:00
■会場:KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
■料金:一般通常価格:7,600円→ご優待価格6,500円
※差額はイープラスが負担
■受付中→ https://eplus.jp/sf/detail/3902140002