モネが描いた絵画が紡ぎ出す、その瞬間だけの景色 『モネ 連作の情景』レポート

レポート
アート
2023.11.14
手前:《睡蓮》1897-98年頃、ロサンゼルス・カウンティ美術館 奥:《睡蓮の池》1918年頃、ハッソ・プラットナー・コレクション

手前:《睡蓮》1897-98年頃、ロサンゼルス・カウンティ美術館 奥:《睡蓮の池》1918年頃、ハッソ・プラットナー・コレクション

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2024年1月28日(日)まで、上野の森美術館にて『モネ 連作の情景』が開催されている。展示作品すべてがモネ作品である本展は、巨匠クロード・モネがお届けする完全なるソロリサイタルである。さすがに飽きてしまうのでは……? と実はちょっと不安だったけれど、結論から言うと全く問題なし。むしろモネのことを知れたおかげでもっともっと見たくなり、さらに“モネ沼"にハマってしまいそうな予感すらある。

この記事では、内覧会の写真とともに展示の見どころをピックアップしていく。美しく睡蓮の咲く“モネ沼”に、少しだけ足を突っ込んでみよう。

会場エントランス付近

会場エントランス付近

なんと文字通り、足を突っ込むところから展覧会はスタート。晩年のモネがジヴェルニーに自ら造園した“睡蓮の庭”をイメージした、体感型のアトラクションだ。蓮の葉の上を歩くと、水面が揺れて水音がして、蓮の葉を踏んでいるような足触りを味わえる。

日本初公開の大作《昼食》のインパクト

手前:《昼食》1868-69年、シュテーデル美術館

手前:《昼食》1868-69年、シュテーデル美術館

第1章ではモネが印象派を結成する以前、若い頃の作品が並ぶ。今回大注目の大作《昼食》は、28才のモネがサロン入選を狙って取り組んだ意欲作だ。のちに妻となるカミーユと息子が食卓を囲み、背後には客人と使用人がいる。モネ(鑑賞者)は右手前の席をちょっと立ち、何気ないこのひとコマを眺めている。パンがテーブルのかなりギリギリの位置に配置されているのが気になるが、視線を食卓から窓辺の女性へと誘導する役割だろうか。

なお、この作品がどれくらい大きいかというと……

会場風景

会場風景

ほかのタブローと比較すると、一目瞭然。印象派として旗を揚げてからは見られない、屋外に持ち出せないサイズの大作だ。1867年以降、サロン審査は厳しさを増し、モネの作品は保守的な審査員に評価されず、落選が続いた。1870年のサロン審査は緩かったが、 彼の意欲作だった《昼食》は入選せず、おかげでモネがサロンに背を向け我が道を行くことになったので、当時の審査員たちには感謝かもしれない。

手前:《ルーヴル河岸》1867年頃、デン・ハーグ美術館

手前:《ルーヴル河岸》1867年頃、デン・ハーグ美術館

同じく初来日の《ルーヴル河岸》も見応えがある。モネがルーヴル美術館の2階から見た大通りを描いたもので、パリ万博開催によって活気付く街の様子がいきいきと描かれている。おしゃれなドレスを着て歩く婦人、馬車、街並みの中の広告の看板など、モネ作品にしては珍しく顔を近づけて鑑賞したくなる細やかな一枚だ。

モネ、川辺を漂う

手前:《モネのアトリエ舟》1874年、クレラー=ミュラー美術館

手前:《モネのアトリエ舟》1874年、クレラー=ミュラー美術館

印象派の誕生は、今から約150年前の1874年のこと。30代半ばのこの頃、モネは先輩画家ドービニーにならって造った、ボートに小屋を設えた「アトリエ舟」で、川にぷかぷか浮かびながら制作に勤しんだという。揺れる水面の表現や風景の反射に強い関心があったモネにとって、アトリエ舟は格好の仕事場所だったのだろう。

手前:《ヴェトゥイユの教会》1880年、サウサンプトン市立美術館

手前:《ヴェトゥイユの教会》1880年、サウサンプトン市立美術館

第2章では、モネがアトリエ舟で描いた水辺の風景のほか、のどかな田舎町の風景を見ることができる。筆をトントンと置くようなタッチで描かれる川面や、風に揺れる木々の表現は、これぞ印象派といった趣だ。

モネ、絶景を求めて旅をする

手前(右):《ヴァランジュヴィルの漁師小屋》1882年、ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館 中央:《ヴァランジュヴィルの崖のくぼみの道》1882年、ニュー・アート・ギャラリー・ウォルソール  奥:《ヴァランジュヴィル付近の崖の小屋》1894-98年、ニュ・カールスベア美術館

手前(右):《ヴァランジュヴィルの漁師小屋》1882年、ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館 中央:《ヴァランジュヴィルの崖のくぼみの道》1882年、ニュー・アート・ギャラリー・ウォルソール  奥:《ヴァランジュヴィル付近の崖の小屋》1894-98年、ニュ・カールスベア美術館

19世紀には、鉄道網の発達によって市民たちの遊びに行ける場所が拡大した。モネも、画材を担いであちこちへ足をのばしている。急な斜面に立つ山小屋や、波が砕ける岸壁など、なかなかハードなロケーションがお好みだったようだ。写真の3作品は、いずれもノルマンディー地方の崖上に立つ漁師小屋のある風景を描いたもの。海を見下ろす視点の高さに、モネの健脚ぶりがうかがえる。

会場風景

会場風景

本展のテーマである連作の手法はまだ確立されていないものの、この時期すでにモネは気に入った風景を何度も取り上げ、変奏を続けている。「第3章 テーマへの集中」で特に見応えがあるのは、門のような形に穿たれた巨大な奇岩「ラ・マンヌポルト」を描いた作品だ。ここでは1883年の横長バージョンと、1886年の縦長バージョンを比べてじっくり鑑賞してみよう。

手前(左):《ラ・マンヌポルト(エトルタ)》1883年 奥:《エトルタのラ・マンヌポルト》1886年、ともにメトロポリタン美術館

手前(左):《ラ・マンヌポルト(エトルタ)》1883年 奥:《エトルタのラ・マンヌポルト》1886年、ともにメトロポリタン美術館

この地は絵のテーマになることも多い景勝地だそうだが、ここまで奇岩に近づいて描いた例は珍しいのだとか。岩の根元で砕ける波飛沫を見ると、強風や波の轟音が聞こえてきそうだ。潮水を浴びつつ、「ここだ!」と岩場にイーゼルを設置するモネの執念を感じる。

この2作品のちょうど間の時期に、モネはルノワールと一緒に初めての南仏旅行を経験している。旅のあとで描かれた縦長バージョンでは、キャンバスがより明るくなり、画家が思い切った色彩表現に踏み出したことが見てとれるだろう。

歓喜に震える視覚細胞

手前:《プールヴィルの崖、朝》1897年、福田美術館

手前:《プールヴィルの崖、朝》1897年、福田美術館

もう少し、モネの“連作前夜”・“ほぼ連作”とでも言うべき作品について見てみよう。 プールヴィルの海岸風景は合計4作品が展示されているが、特に後年になって描かれた2作品に注目。構図はほぼ一緒で、時間と天候の違いによってガラリと異なる作品に仕上げられている。《プールヴィルの崖、朝》は優しいピンクで画面全体が覆われた、穏やかな朝の風景。見ているとぼうっと体があたたかくなってくるようだ。

手前:《波立つプールヴィルの海》1897年、国立西洋美術館(松方コレクション)

手前:《波立つプールヴィルの海》1897年、国立西洋美術館(松方コレクション)

一方《波立つプールヴィルの海》では、空も海も大混乱である。筆遣いは荒くスピーディーで、波の表現に至ってはボールペンの試し書きのようにグルグルと渦を巻いている。

手前:《ポール=ドモワの洞窟》1886年、茨城県近代美術館

手前:《ポール=ドモワの洞窟》1886年、茨城県近代美術館

第3章のエリアは景勝地を描いた作品が多く、純粋に「美しい……」とため息が出る作品ばかりだ。実際に会場で見ると、色の情報量が画面や印刷物の比ではないので、ぜひとも直に対面してみてほしい。どんな絵画でもそうだろうけれど、色彩家モネの作品では特に強くそう思う。

時よとまれ、汝は美しい

左:《積みわら、雪の効果》1891年、スコットランド・ナショナル・ギャラリー

左:《積みわら、雪の効果》1891年、スコットランド・ナショナル・ギャラリー

第4章ではついに連作が登場。まずは積みわらのシリーズ。左手はスコットランドからやってきた《積みわら、雪の効果》だ。雪がレフ板のように光を拡散させ、積みわらは影の部分まで淡く発光しているようだ。いわゆるゲレンデ効果である。光のニュアンスを鋭く捉えるモネの眼を感じさせてくれる作品だ。

左:《積みわら》1885年、大原美術館 右:《ジヴェルニーの積みわら》1884年、ポーラ美術館

左:《積みわら》1885年、大原美術館 右:《ジヴェルニーの積みわら》1884年、ポーラ美術館

こちらは日本にある似た構図の2作品。並んで展示されていると、定点カメラで捉えたタイムラプス映像のようだ。画家は太陽の位置や風向きを捉え、移ろいゆく風景の一瞬の輝きを描き留めている。つくづく、全ての瞬間に対する愛がなければ実現するのは難しい試みだと思う。

手前(右):《ウォータールー橋、曇り》1900年、ヒュー・レイン・ギャラリー 中央:《ウォータールー橋、ロンドン、夕暮れ》1904年、ワシントン・ナショナル・ギャラリー  奥:《ウォータールー橋、ロンドン、日没》1904年、ワシントン・ナショナル・ギャラリー

手前(右):《ウォータールー橋、曇り》1900年、ヒュー・レイン・ギャラリー 中央:《ウォータールー橋、ロンドン、夕暮れ》1904年、ワシントン・ナショナル・ギャラリー  奥:《ウォータールー橋、ロンドン、日没》1904年、ワシントン・ナショナル・ギャラリー

ロンドンのホテルの窓から見える景色を描いた、ウォータールー橋のシリーズも。モネは連作を必ずしも見たままの風景として描いたわけではなく、並べて展示するときに色彩の効果が最大に高まるように計算して、バランスをとっていたという。光の変化を実験的に“描き分けること”が連作の目的と思っていたが、さらにそれらを“並べて見る”ことまでが画家のプロジェクトだったのである。

この3作はワシントンとダブリン(アイルランド)の美術館に収蔵されており、通常ならこうして並べて見ることはできない。ほかの連作の展示も同様である。今回は鑑賞者の私たちにとってまたとない機会であると同時に、きっとモネ自身にとっても嬉しい展覧会なのではないだろうか。

壮大な睡蓮のシンフォニー

会場風景

会場風景

連作を堪能したあとは、クライマックスの「第5章『睡蓮』とジヴェルニーの庭」へ。晩年のモネはジヴェルニーに移り住み、ガーデニングで自分好みの庭を造りながら、その風景を描き続けた。そうして生まれた代表作「睡蓮」のシリーズから、この東京会場では《睡蓮》《睡蓮の池の片隅》《睡蓮の池》を見ることができる。

手前:《睡蓮の池》1918年頃、ハッソ・プラットナー・コレクション

手前:《睡蓮の池》1918年頃、ハッソ・プラットナー・コレクション

中でも、最晩年の大作《睡蓮の池》は圧巻。見ているとまるで池のほとりに立っているような感覚になる。何がどう描かれているかはもはや問題ではなく、ただ音楽を聴くように味わうのがいいのかもしれない。写真ではうまく色が伝わらずとても残念だが、黄緑とも黄金色ともつかない極上の色彩が包んでくれる作品だった。

溢れ出す“積みわら”愛、見つけました

ミュージアムショップで、モネの連作を表す代名詞とも言える「積みわら」をあしらったグッズを発見。

ミュージアムショップ風景

ミュージアムショップ風景

「モネと楽しむ積みわらクッキー」。なるほど。

ミュージアムショップ風景

ミュージアムショップ風景

「積みわらちゃんポーチ」に、「積みわらエコファー帽子」なども発見。

このほか、お菓子メーカーとコラボしたおしゃれなスイーツや、定番のクリアファイル、Tシャツなども豊富に揃っている。来場の記念やお土産に、つい財布の紐が緩くなってしまいそうなラインナップだ(※商品の数には限りあり)。

モネの眼で見直す日常

上野公園のカエデ越しに見る展覧会ポスター

上野公園のカエデ越しに見る展覧会ポスター

圧倒的な人気と知名度を誇るモネの作品は、幾つもの展覧会で見かけることがあるだろう。けど、“100%モネ”という展覧会は、この先いつ訪れるかわからない貴重な機会だと思う。モネが見せてくれる色彩は、とにかく美しくて心地いい。本展は難しいこと抜きで、きっと誰もが心震わせることができる展覧会である。観終わったあとは、空や緑、何気ない日常の風景もいっそう眩しいものに見えてくるはずだ。

『モネ 連作の情景』は2024年1月28日(日)まで上野の森美術館にて開催。その後、2024年2月10日(土)より大阪中之島美術館にて開催予定。


文・写真=小杉 美香

展覧会情報

『モネ 連作の情景』東京展
会場:上野の森美術館(東京都台東区上野公園1-2)
会期:10月20日(金)~2024年1月28日(日)
休館日:12月31日(日)、2024年1月1日(月・祝)
開館時間:9:00~17:00(金・土・祝日は9:00~19:00、12月24日より日は9:00~18:00)※入場は閉館の30分前まで
料金表(日時指定予約制):
※会期中は、上野の森美術館窓口にて、当日券を販売します(ただし数量限定)。
※混雑時は、入場をお待ちいただく場合がございます。
※未就学児は無料、日時指定予約は不要です。
※障がい者手帳をお持ちの方とその付き添いの方1名は当日料金の半額となります。会場窓口にて障がい者手帳をご提示の上、ご購入ください。日時指定予約は不要です。
主催:産経新聞社、フジテレビジョン、ソニー・ミュージックエンタテインメント、上野の森美術館
後援:在日フランス大使館 / アンスティチュ・フランセ
企画:ハタインターナショナル
特別協賛:にしたんクリニック
協賛:第一生命グループ、NISSHA
お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)※全日9:00~20:00
※東京展終了後、2024年2月10日(土)~5月6日(月・休)まで大阪中之島美術館で開催します。
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