巳之助の化け猫、獅童の超歌舞伎、勘九郎と七之助の爪王に、松緑の赤穂義士外伝~歌舞伎座『十二月大歌舞伎』第一部・第二部観劇レポート

2023.12.12
レポート
舞台

第一部 超歌舞伎 Powered by NTT『今昔饗宴千本桜』(左より)夏櫻丸=小川夏幹、佐藤四郎兵衛忠信=中村獅童、陽櫻丸=小川陽喜 /(C)松竹/超歌舞伎 Powered by NTT『今昔饗宴千本桜』

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2023年12月3日(日)、歌舞伎座で『十二月大歌舞伎』が開幕した。2023年を結ぶ1ヶ月。三部制のうち、第一部と第二部をレポートする。

■第一部 午前11時開演

一、旅噂岡崎猫(たびのうわさおかざきのねこ)

二世市川猿翁が復活上演した『獨道中五十三驛(ひとりたびごじゅうさんつぎ)』より、化け猫伝説を題材にしたケレンたっぷりの場面が上演される。

第一部『旅噂岡崎猫』(左より)由井民部之助=中村橋之助、お袖=坂東新悟、おさん実は猫の怪=坂東巳之助 /(C)松竹

花道に、由井民部之助(中村橋之助)とお袖(坂東新悟)夫婦がやってくる。民部之助は主君の命により伊勢神宮を目指している。その道中で、重病だったお袖の母・おさんは他界したことを知る。ふたりは、在所女おくら(坂東やゑ亮)の案内で一夜の宿を求め、あるお寺に行きつく。そこでふたりを迎えたのは、死んだはずのおさん(坂東巳之助)だった……。

橋之助の精悍さと安心感を与える物腰、新悟の可憐さと品の良さが、客席の心を惹きつける。やゑ亮は、よい声で若夫婦と観客を案内し、芝居を進めていく。

第一部『旅噂岡崎猫』おさん実は猫の怪=坂東巳之助 /(C)松竹

第一部『旅噂岡崎猫』(左より)由井民部之助=中村橋之助、おさん実は猫の怪=坂東巳之助 /(C)松竹

おさんを演じる巳之助は、ゾッとするような老婆だった。それでいてしばしばコミカル。かと思えば、時には貴婦人のような気高さも感じられた。その正体は、化け猫。周囲を警戒したり、顔を洗う仕草はいかにも猫で愛らしい。正体が明らかになる場面では、暗黒の見返り美人とでも言うような凄みと色気に息をのむ。恐ろしさのせいか美しさのせいかは、今でも分からない。やゑ亮のしなやかな身体づかいも、クライマックスの質を高めていた。歌舞伎俳優の身体性から生み出される、戦慄とエンターテインメントの一幕だった。

二、超歌舞伎 Powerd by NTT  今昔饗宴千本桜(はなくらべせんぼんざくら)

中村獅童と初音ミクのコラボによる「超歌舞伎」が、初めて歌舞伎座で上演される。

これは単に技術的な驚きと新規性にとどまるものではない。歌舞伎座でのペンライト、女流舞踊家の参加、澤村國矢の抜擢や自由で活発な大向うなど、2016年に始まって以来、模索されてきた自由な芝居を、まるごと歌舞伎座に持ち込む試みだ。それは、歌舞伎座にはじめて来る方、初音ミクをはじめて見る方の心をひとつにして、忘れられない体験を提供した。

第一部 超歌舞伎 Powered by NTT『今昔饗宴千本桜』佐藤四郎兵衛忠信=中村獅童 /(C)松竹/超歌舞伎 Powered by NTT『今昔饗宴千本桜』

演目は、2016年に幕張メッセで初演された『今昔饗宴千本桜』。白狐の尊、後に佐藤忠信に獅童、美玖姫にミク。2016年の初上演からの紹介映像の後、裃姿の獅童が口上をする。獅童は感謝の言葉とともに、ペンライトの使用(場内では完売していることもあるので100均で買ってきて持参してもOK)や、マスクを着用した上での大向うでの参加も呼びかけた。続いてミクも登場。獅童からポーズをリクエストされると愛らしくそれに応える。獅童が「もっと」とポーズのバリエーションを求めると、ミクは戸惑いつつもリクエストにこたえる。リアルタイムで動きをCG化する新技術が使われているのだそう。客席からエールのように「初音屋!」の声がかかっていた。

物語の前半は、日の本が千本桜に守られていた神代の昔を描く「発端」の場。満開の千本桜のもとに白狐の尊(獅童)、朱雀の尊(中村勘九郎)、初音の前(中村蝶紫)たちが集い、神女舞鶴姫(中村七之助)が舞う。女性の舞踊家たちは春のうららかな風のよう。その中央で金の烏帽子の七之助は雅やかな美しさで近寄りがたいほど。女方は、女性を真似たものではなく、ひとつの芸の形なのだと再認識する。

第一部 超歌舞伎 Powered by NTT『今昔饗宴千本桜』(左より)青龍の使者豪参太郎=中村獅一、白狐の尊=中村獅童、神女舞鶴姫=中村七之助、朱雀の尊=中村勘九郎、初音の前=中村蝶紫 /(C)松竹/超歌舞伎 Powered by NTT『今昔饗宴千本桜』

そこへ日の本を我が物にしようとする青龍(澤村國矢)の手下たちが襲い掛かる。白狐の尊と美玖姫は、狐の精(獅童の長男・小川陽喜)と蝶の精(中村種之助)に姿を変えて逃げていく。

花道より脱出する白狐の尊が緊迫感を高め、身をていして逃がそうとする朱雀の尊は、歌舞伎ならではの立廻りで、壮絶な美しさを印象付けた。種之助の蝶の精は、大人でも子供でもないまさに精霊。なんとも愛らしい。陽喜も大活躍だ。花道の七三で目線を遠くに向けた時、その横顔に大人顔負けの美意識の高さを感じさせた。

第一部 超歌舞伎 Powered by NTT『今昔饗宴千本桜』(左より)美玖姫=初音ミク、佐藤四郎兵衛忠信=中村獅童 /(C)松竹/超歌舞伎 Powered by NTT『今昔饗宴千本桜』

物語は「千年後」へ。桜の巨木は枯れ、世界は闇に包まれている。これを嘆く美玖姫のもとに現れたのは、佐藤忠信(獅童)。白狐の尊が転生した姿だった……。

敵役の青龍をつとめる國矢は、本作の闇の要素を背負い、物語のスケールを拡大する。獅童は忠信となりスーパーヒーローというにふさわしい華とエネルギーを漲らせる。「数多(あまた)の人の言の葉と桜の色の灯を」。この獅童の台詞を合図に、場内がピンクの光に染まる。獅童が作った、今までにない景色だ。陽喜と、初お目見得となる獅童の次男・小川夏幹は、千本桜の精霊として花道に登場。舞台へ向かうふたりの愛らしさと、迷いのない足どりは、花道沿いにウェーブのような歓声を誘った。本舞台で、獅童、陽喜、夏幹の親子3人が集まり見得。「萬屋!」の大向うが次々にかかり、こみ上げてくるものがあった。

クライマックスは獅童がスタジアムライブさながらに盛り上げ、ペンライトをもった出演者たちが、弾けるようなノリの良さで花道や通路を行き交い、客席は和太鼓の音と桜吹雪に包み込まれる。さらに獅童とミクは宙乗りを披露。勘九郎と七之助兄弟もそれぞれに個性的な扱いでペンライトを振っていた。

第一部 超歌舞伎 Powered by NTT『今昔饗宴千本桜』(宙乗り左より)美玖姫=初音ミク、佐藤四郎兵衛忠信=中村獅童 /(C)松竹/超歌舞伎 Powered by NTT『今昔饗宴千本桜』

ミクはこの座組で当たり前のように舞台にいた。女方が女優のマネではなく、置き換えようのない独立した芸であるように、ミクもまた女優とも女方とも違う、置き換えようのない存在としてこれからも進化していってほしい。

■第二部 午後2時45分

一、爪王(つめおう)

舞台上手に演奏家が三段で並び、研ぎ澄まされた演奏で幕が開く。勘九郎の狐、七之助の鷹、中村橋之助の庄屋、そして坂東彦三郎の鷹匠。『爪王』は中村屋にゆかりの深い舞踊劇だ。初演では勘九郎と七之助のおばにあたる、新派女優の波乃久里子が鷹をつとめた。

第二部『爪王』(左より)鷹=中村七之助、鷹匠=坂東彦三郎、庄屋=中村橋之助 /(C)松竹

鷹匠は、白鷹に吹雪という名前を付けてともに暮らしていた。庄屋に頼まれ、狐を狩る。勘九郎と七之助は兄弟ならではの息の合った踊り、というものとは別物。ふたりは踊り手としての美しさはそのままに、野性味ある殺気を漲らせ、狐はそれさえも楽しんでいるよう。そこに鷹が食らいつく。激しい立廻りに近い緊張感。雪深い山に吹きすさぶ風の冷たさ、空の高さを感じた。白銀の世界に閃光が走り、鮮血が散るのを見た。春の訪れのよろこび、鷹匠との時間のあたたかさが身に染みた。

第二部『爪王』左より、鷹=中村七之助、狐=中村勘九郎 /(C)松竹

第二部『爪王』左より、狐=中村勘九郎、鷹=中村七之助 /(C)松竹

役者が動物を演じる、というファンタジー要素はありつつも、一羽と一匹の人間離れした躍動感は、大自然のドキュメンタリーのクライマックスを描き出す。輝く朝日に鷹が飛んでいく幕切れは、新しい年への希望に溢れていた。

第二部『爪王』左より、鷹匠=坂東彦三郎、鷹=中村七之助 /(C)松竹

二、俵星玄蕃(たわらぼしげんば)

尾上松緑が「赤穂義士外伝」を2カ月連続で上演する。12月が討入り前夜からを描く『俵星玄蕃』、そして1月は後日談を描く『荒川十太夫』。両作ともに松緑が中心となり、竹柴潤一の脚本、西森英行の演出で作られた新作歌舞伎で、昨年初演の『荒川十太夫』は第51回令和4年度大谷竹次郎賞、令和4年度(第77回)文化庁芸術祭・優秀賞を受賞した。

第二部『俵星玄蕃』(左より)当り屋十助実は杉野十平次=坂東亀蔵、中村藤馬=市川青虎、俵星玄蕃=尾上松緑 /(C)松竹

今月、松緑が演じるのは俵星玄蕃。槍の名手の道場主だが、酒好きが高じてその日の酒代にも困っている様子。中村藤馬(市川青虎)は、玄蕃の門弟。人懐っこさと面倒見の良さに、見ているこちらも居心地がよくなる。そこへ「里に帰る」と挨拶にきたのが、当り屋という夜鷹蕎麦屋をして暮らす杉野十平次(坂東亀蔵)だった。杉野は実は元赤穂藩の浪人。蕎麦屋の店主に身をやつしていた吉田忠左衛門(河原崎権十郎)たちと、仇の吉良上野介を討ちとる日を待っていた。ついに決行の日が決まり、玄蕃に、真実こそ明かさないが別れの挨拶に来たのだった。

玄蕃の豪快な笑い声、のんだくれても杉野の本性を見抜く眼のするどさ、情の深さ。この役の個性を松緑ほど鮮やかに体現できる俳優が他にいるだろうか。亀蔵の杉野は玄蕃の思いを受け止めつつ、誠実に隠し事をしとおそうとする。当て書きだからこその調和が、台詞にない心の交流を描く。

第二部『俵星玄蕃』俵星玄蕃=尾上松緑 /(C)松竹

第二部『俵星玄蕃』(左より)当り屋十助実は杉野十平次=坂東亀蔵、俵星玄蕃=尾上松緑 /(C)松竹

山鹿流の陣太鼓の音が聞こえてくると、会話劇から一転。玄蕃の高揚感に、客席の温度もあがるようだった。大石内蔵助の息子・大石主税に尾上左近。凛々しさの中のほのかな色気が印象的だった。来月の『荒川十太夫』でも主税役をつとめ、2カ月連続上演の世界を繋ぐ。クライマックスの立廻りでは、玄蕃が槍で鮮やかに敵を薙ぎ払う。玄蕃の大きさと美しさが光り、激しい戦いをスローモーションでみる時のようなインパクトがあった。清々しく生きぬいた義士たちの姿に、晴れやかな拍手がおくられた。

第二部『俵星玄蕃』(左より)当り屋十助実は杉野十平次=坂東亀蔵、俵星玄蕃=尾上松緑 /(C)松竹

『十二月大歌舞伎』第三部のレポートはこちら(https://spice.eplus.jp/articles/324545)から。

取材・文=塚田史香

公演情報

歌舞伎座新開場十周年
『十二月大歌舞伎』
日程:2023年12月3日(日)~26日(火)
会場:歌舞伎座
 
【休演】11日(月)、19日(火)
【貸切】※幕見席は営業
第一部:15日(金)、24日(日

第一部 午前11時~
 
奈河彰輔 脚本
石川耕士 補綴・演出
二世 市川猿翁 演出

一、『旅噂岡崎猫(たびのうわさおかざきのねこ)』
 
おさん実は猫の怪:坂東巳之助
由井民部之助:中村橋之助
お袖:坂東新悟
 
松岡 亮 脚本
藤間勘十郎 演出・振付

超歌舞伎 Powered by NTT
二、今昔饗宴千本桜(はなくらべせんぼんざくら)
中村獅童宙乗り相勤め申し候
初音ミク

佐藤四郎兵衛忠信:中村獅童
美玖姫:初音ミク
蝶の精:中村種之助
陽櫻丸/狐の精:小川陽喜
夏櫻丸:小川夏幹(獅童次男)初お目見得
初音の前:中村蝶紫
青龍の精:澤村國矢
頭取:市川青虎
神女舞鶴姫:中村七之助
朱雀の尊:中村勘九郎
 
第二部 午後2時45分~
 
戸川幸夫 脚本
平岩弓枝 脚色

一、爪王(つめおう)
 
狐:中村勘九郎
鷹:中村七之助
庄屋:中村橋之助
鷹匠:坂東彦三郎
 
「赤穂義士外伝 俵星玄蕃」より
竹柴潤一 脚本
西森英行 演出

二、俵星玄蕃(たわらぼしげんば)
 
俵星玄蕃:尾上松緑
当り屋十助実は杉野十平次:坂東亀蔵
大石主税:尾上左近
中村藤馬:市川青虎
村松三太夫:中村吉之丞
三村次郎左衛門:市村橘太郎
前原伊助:中村松江
吉田忠左衛門:河原崎権十郎

第三部 午後5時45分~
 
一、猩々(しょうじょう)
 
猩々:尾上松緑
酒売り:中村種之助
猩々:中村勘九郎

泉 鏡花 作
坂東玉三郎 演出

二、天守物語(てんしゅものがたり)
 
富姫:中村七之助
姫川図書之助:中村虎之介
舌長姥/近江之丞桃六:中村勘九郎
薄:上村吉弥
小田原修理:片岡亀蔵
朱の盤坊:中村獅童
亀姫:坂東玉三郎
 
 
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