平安彫刻の最高傑作・国宝《薬師如来立像》が今夏トーハクに! 特別展『神護寺ー空海と真言密教のはじまり』報道発表会レポート
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特別展『神護寺ー空海と真言密教のはじまり』報道発表会の様子
東京・上野公園の東京国立博物館で、2024年7月17日(水)から9月8日(日)まで開催予定の特別展『神護寺ー空海と真言密教のはじまり』。弘法大師・空海ゆかりの地である京都・神護寺から、御本尊の国宝《薬師如来立像》をはじめとする真言密教の至宝約100件が集結する本展の報道発表会が2月14日(水)に開催され、主催者より展示の概要が発表された。
神護寺の寺宝が集結する、50年ぶりの大規模展覧会
神護寺創建1200年、空海の生誕1250年を記念して行われる本展。京都・高雄山に位置する神護寺は、官寺の神願寺と和気清麻呂の氏寺である高雄山寺が併合され、天長元年(824)に創建された真言宗の寺院である。前身のひとつ、高雄山寺は唐で密教を学んだ最澄と空海が一時拠点とした地であり、特に空海が初めて両部灌頂を行った“真言密教始まりの地”として知られる。
この日の会場ではまず、神護寺貫主の谷内弘照氏と東京国立博物館の浅見龍介副館長が、主催者を代表して挨拶に立った。
その中で谷内氏は「神護寺には、文覚上人ら歴代の諸大徳が当山の墓地に勤められたおかげで、国宝17点、重要文化財2833点が収蔵されています。しかし、これらの霊宝は明治以降、ほとんどの絵画と古文書を東京、京都、奈良の国立博物館に分散して寄託しており、一堂に会する機会はほとんどありませんでした」と述べ、今回の特別展が昭和48年(1973)に東京の日本橋三越で神護寺寺宝特別公開を行って以来、約50年ぶりの機会であることを説明。
神護寺貫主・谷内弘照氏
その上で、本展が開催される意義を、
祖風の宣揚:国宝《両界曼荼羅(高雄曼荼羅)》などを通じて弘法大使の御教えを感じる。
鎮護国家:鎮護国家の仏様としても祀られてきた国宝《薬師如来立像》を鑑賞して平和に思いを重ねる。
自己啓発:知恵の仏様である国宝《五大虚空菩薩坐像》を鑑賞して気付きを得る。
という3つの言葉で表し、「この展覧会を通じて神護寺というお寺を深く知っていただき、より良いご縁が結ばれる機会になるよう願っております」と述べた。
空海と最澄の交流、そして空海の《高雄曼荼羅》
続いて、東京国立博物館学芸企画部の古川攝一研究員が、全6章で構成される展示と各章の見どころを紹介。まず序章となる第1章「神護寺と高雄曼荼羅」では、空海が高雄山寺で高雄曼荼羅を制作した神護寺の草創期と、その後、一旦は荒廃した寺を平安末期に文覚が再興する院政期の神護寺に光があてられる。
東京国立博物館学芸企画部・古川攝一研究員
延暦23年(804)に唐へ渡り、西安の青龍寺で約2年間密教を学んだ空海。本章のはじめに展示される国宝《御請来目録》には、その際、空海が日本に持ち帰った成果が記されている。「この目録が興味深いのは、ただの“持ち帰ったものリスト”ではなく、青龍寺の師だった恵果和尚とのエピソードなども書かれている点」とした古川氏は、そうした特徴のひとつとして、空海が深くて広い密教の教えを視覚的に伝えるべきと提案している点に着目し、高雄曼荼羅の制作につながるストーリーを解説。また、本品が最澄の筆によるものであり、最澄と空海の関わりを実感とともに伝える貴重な資料であることにもふれた。
重要文化財 弘法大師像 鎌倉時代・14世紀 京都・神護寺蔵
唐から帰国した空海が、弘仁3年(812)に高雄山寺で初めて行った「両部灌頂」の「両部」、あるいは高雄曼荼羅の別名である「両界曼荼羅」の「両界」とは、悟りへの道筋を示す「金剛界」と、慈悲の広がしを示す「胎蔵界」という、真言密教が説くふたつの世界を表している。本展の目玉展示のひとつである、国宝《両界曼荼羅(高雄曼荼羅)》は、空海が唐から持ち帰った曼荼羅を参考に、金剛界と胎蔵界をそれぞれ幅4mほどの紙に描いたもの。本展では、前期(7月17日~8月12日)に金剛界の曼荼羅、後期(8月14日~9月8日)に胎蔵界の曼荼羅が展示される。
国宝 両界曼荼羅(高雄曼荼羅)のうち金剛界 平安時代・9世紀 京都・神護寺蔵(後期のみ展示)
「この大きさの品が展示できるケースは当館でもひとつしかなく、実際に大きさを体感をしっかり体感していただこうと思っています。また、本展では、この高雄曼荼羅が収められていた旧箱も展示します。高雄曼荼羅の修復が行われた年号が書かれた歴史を連綿とつないでいた証を示す品なので、ぜひこちらも注目していただきたい」と、古川氏は展示のこだわりをアピール。
国宝 両界曼荼羅(高雄曼荼羅)のうち胎蔵界 平安時代・9世紀 京都・神護寺蔵(前期のみ展示)
続く第2章「神護寺経と釈迦如来像ー平安貴族の祈りと美意識」は、平安末期に宋から伝来した「神護寺経」こと重要文化財《紺紙金字一切経》と、「赤釈迦」として知られる国宝《釈迦如来像》を中心とした展示だ。本章については、古川氏から次のような解説があった。
重要文化財 紺紙金字一切経 経帙 平安時代・12世紀 京都・神護寺蔵
国宝 釈迦如来像 平安時代・12世紀 京都・神護寺蔵(後期のみ展示)
「神護寺経の関東部分の見返しには金銀泥でお釈迦様の説法図などが書かれており、これだけでも平安時代の絵画として非常に重要な品です。一方で、赤釈迦として知られる釈迦如来像は、細部に金箔を細く切った霧雨模様など、とても繊細で美しい表現や、きれいな線をじっくりご覧いただきたいです」
中世以降の神護寺を重要資料と珠玉の密教美術で知る
第3章「神護寺の隆盛」は、文覚上人による復興後、最も隆盛を極めた中世の神護寺の様子が重要文化財《神護寺絵図》をはじめとする地図類や数々の密教美術で紹介されるコーナーだ。
重要文化財 神護寺絵図 鎌倉時代・寛喜2年(1230) 京都・神護寺蔵(前期のみ展示)
本章の展示のうち、国宝《山水屏風》は現存最古の大和絵屏風で、「灌頂の時に書かれたものと言われており、密教の儀式の際に作られた非常に重要な屏風です」と古川氏は説明。
国宝 山水屛風 鎌倉時代 京都・神護寺蔵(後期のみ展示)
第4章「古典としての神護寺宝物」は、神護寺に伝わる江戸時代以降の宝物によって構成される。特に光があてられるのは、幕末に古典的な大和絵の復興に挑んだ復古大和絵派を代表する冷泉為恭の作品だ。
先述の国宝を模した《山水屏風》を挙げながら「為恭は若い頃から古画を一生懸命模写して、二十歳の頃には古い絵画を200本ほど写していたと言われるくらい勉強熱心だった絵師です。描き方が緻密で、良質な絵の具を使っていて非常に美しく、本作ではその画力を存分に味わうことができます」と見どころを紹介した古川氏。
山水屛風 冷泉為恭筆 江戸時代・19世紀 京都・神護寺蔵(後期のみ展示)
また、時代を越えた《両界曼荼羅(高雄曼荼羅)》にもふれ、「江戸時代、そして近年に至っても高雄曼荼羅の重要性は変わっていません。今回は高雄曼荼羅を写し取った板木を仁和寺からお借りします。『仁和寺版』として広まった高尾曼荼羅は、『大正新脩大藏經』という我々仏教美術を学ぶ者が必ず参照する本にも収録されていて、今に続く仏教技術研究の礎になっています」と解説した。
御本尊の国宝《薬師如来立像》が東京に上陸!
そして、最後の第5章「神護寺の彫刻」では、神護寺の御本尊である国宝《薬師如来立像》が来場者を待つ。「日本彫刻史上最高傑作ともいわれる像のしっかりとした彫り、張りのある量感と迫力をしっかり感じ取っていただきたい。横から見ると、どっしりとした迫力、造形の力強さがより一層感じられると思います」と古川氏。
国宝 薬師如来立像 平安時代・8~9世紀 京都・神護寺蔵
本章では、御本尊と同じく神護寺の須弥壇に祀られている《十二神将立像》や、神護寺創建以前に造られたとされる《日光・月光菩薩立像》など、神護寺に伝わる貴重な仏像が集結。その中で国宝《五大虚空蔵菩薩坐像》については、「御本尊はどっしりとした迫力のあるところが特徴であるのに対して、こちらは気品のある顔立ちと均整のとれた造形が見どころ。五体揃ってお出ましいただける貴重な機会になります」と説明があった。
国宝 五大虚空蔵菩薩坐像のうち法界虚蔵菩薩 平安時代・9世紀 京都・神護寺蔵
最後に「神護寺さんの1200年の歴史の中には、平安時代の終わりには火災があったり、室町時代の天文年間には兵火にあったり、あるいは明治時代には廃仏毀釈が行われたりと、幾度となく大変な時期があったわけですが、その度に復興を成し遂げられて歴史の荒波を乗り越えてきた寺宝の数々をご覧いただく展覧会です。それらを守り継がれてきた人たちの思いにもぜひ心を寄せて、展示をご覧いただきたいです」と述べて展示説明を締めくくった古川氏。
特別展『神護寺ー空海と真言密教のはじまり』は、2024年7月17日(水)から9月8日(日)まで、東京・上野公園の東京国立博物館で開催。弘法大師として数々の逸話を残した仏教界のスーパースター・空海。その伝説の始まりを知る地からやってくる宝物の数々は、多くの仏教ファン、歴史ファンを魅了するに違いない。7月の開幕が今から待ち遠しい。
文・撮影(報道発表会)=Sho Suzuki
イベント情報
※入館は閉館の30分前まで