成熟した雰囲気と思春期の少年らしさを。片岡千之助インタビュー 英国発の舞台『ヒストリーボーイズ』で初のストレートプレイに挑む

インタビュー
舞台
2024.5.16

画像を全て表示(8件)


本国イギリスでローレンス・オリヴィエ賞受賞、ブロードウェイで上演されトニー賞6部門を制覇した劇作家アラン・ベネットの戯曲『ヒストリーボーイズ』。2024年7月20日(土)より東京・あうるすぽっとにて上演される。

舞台は1980年代のイギリス。名門大学を目指す特進クラスの男子高校生たちは、人としての教養を重んじる老教師ヘクターの(およそ受験には直結しそうにない)授業を受けていた。そこへある日、受験特化型の革新的な指導を行う新任教師アーウィンが現れる。生徒たちは、戸惑いつつも何かをつかんでいくのだが……。

リーダー格の少年デイキンを演じるのは、片岡千之助。アーウィン役の新木宏典とのW主演となる。歌舞伎の家に生まれ、4歳で初舞台を踏んで20年。近年は歌舞伎のみならず、映画や時代劇など活躍の場を広げているが、本作は、千之助にとって初めてのストレートプレイとなる。

千之助に公演への意気込み、ひとりの表現者としての思いを聞いた。

■純粋な憧れ、演じ手としての期待

——『ヒストリーボーイズ』の台本を読まれた感想をお聞かせください。

子どもと大人の瀬戸際にある男の子たちの思いや葛藤が、歴史や教養、LGBTQなどのテーマとともに絶妙なバランスで描かれているんですよね。青春にも色々な形がありますが、皆さんに共感していただける、いい意味での青さを表現できたらと思います。

——本公演の台本の他に、映画版やイギリスのオリジナルキャストによる舞台映像も御覧になっているそうですね。

イギリスの舞台映像を何度も見ているのですが、何度見ても面白いです。物語も面白いですし、作品の舞台であるイギリスの天気まで感じられるような気がするんです。曇りでも雨でも、東京の空とは違う空気。あのイメージを自分の中にも作り、7月の舞台に立てたらなって。これまでも歌舞伎では江戸や上方の空気を想像してお芝居をしてきましたか、イギリスの空気は初めてです(笑)。

——ストレートプレイも初挑戦ですね。オファーがあった時の思いは?

もともと「いつかはやってみたい」という思いをずっと持っていたんです。子どもの頃からたくさんの素晴らしい舞台を観てきたので、そこからくる純粋な憧れ。そして自分で経験することで、俳優としてもっと良いお芝居ができるようになるのでは、という思いもありました。

その気持ちが高まっていたタイミングで、今回のお話をいただいたのでうれしかったです。稽古がはじまれば自分のことで手一杯になると思います。でも今は、すべてが楽しみです。新任教師アーウィン役の新木さんをはじめ、ご一緒する皆さんとお互いの芝居がぶつかり合い、作品にどんな影響を及ぼしていくのか。日々研究していきたいです。

■大人びたロマンチストの高校生

——劇中の生徒たちは、オックスフォード大学やケンブリッジ大学を目指す高校生です。その中で、千之助さんはデイキンという少年を演じます。

高校生たちの社会にもスクールカーストと呼ばれるものがあり、その中でデイキンはリーダー的存在。どこか秀でたところがあり、カリスマ性があるからこその立ち位置だと思うんです。他の男子高校生たちもそれぞれに個性的ですが、みんな良い意味で学生らしいんですよね。でもデイキンは大人びていて、しっかり者で知恵が働く。大人びた雰囲気は学校の勉強ができるから……といったものではありません。学校生活とは別の、プライベートでの経験や家庭環境からくるものじゃないかな。というのが僕の仮定です。

——そんなデイキンの魅力とは?

周りと比べたら大人びている。でもやっぱり高校生。子どもっぽい瞬間があります。成熟した雰囲気と、思春期の少年っぽさ。「これからどう生きたいか」で揺れる気持ち。そのギャップが魅力じゃないでしょうか。

ただ「少年っぽさ」は、デイキンだけの個性というよりも男性全般に言われるものなのかな。「男性はいくつになっても子どもっぽい」と表現されることがありますよね(笑)。あの「子どもっぽい」って、ロマンチストな部分をさしているんしゃないかな。だとしたら、その辺りがデイキンと僕の重なる部分です。僕もたくさんの大人に囲まれて、おそらく少し特殊な環境で育ちました。そして僕もすごいロマンチスト。これを共通項に、まずは複雑に考えずデイキンを演じてみたいです。これを芯に台詞や台詞に関わる知識をつけていくことで、役がカタチ作られていくのかなと思っています。

■役が見えた、と言ってもらえた

——古典の歌舞伎では、受け継がれてきた型があります。いま千之助さんがお話しされたようなデイキンへのアプローチは、今回が現代劇だからこそなのでしょうか。

古典歌舞伎の有名な作品でも、台本や劇中に書かれていない、抜けている部分はたくさんあります。自然につながっていると感じられればシンプルに演じますが、自分の中で繋がらない時もあって。たとえば「なぜこの人は、ここで一瞬笑うんだろう」とか。笑いにも色々あり、うれしい、楽しいだけでなく、卑屈な笑いの場合もある。キャラクターに一貫性を持たせるために、そこを想像したり調べたりして空想の脚本で埋めていきます。

──ひとりの人物としての一貫性を大切にされているのですね。

うちの祖父(片岡仁左衛門。歌舞伎俳優で人間国宝)は、舞台では「お芝居をすることよりも、役の心で生きることが大事だ」と言っています。曾祖父から言われていることなのだそうです。役の人物の考え方、生き方から出た言葉になっているか。役になれているかが大切。型のあるお芝居で台詞や言い回しを間違えてしまったとしても、気持ちがちゃんと役と繋がっていれば間違いではないんだよと。

先日、僕が出させていただいた時代劇(時代劇初主演作『橋ものがたり:約束』)を観た祖母からは、「役が見えた」と言ってもらえました。いつもお芝居に厳しい祖母にそう言ってもらえて、とてもうれしかったです。同時に、なお一層役の追及を深めていかないといけない、と気持ちが引き締まりました。

■根本はすべて「表現」だなって

——歌舞伎と現代劇、映像と舞台。その時々でご自身の意識に違いは感じますか?

映像作品では、関係者の先行上映会に毎回毎回吐きそうな思いで行きます(笑)。自分を見ることがもともと苦手だし、「今ならもっとこうしたな」とか考えてしまうので。一方で歌舞伎や今回のような舞台では、良くも悪くもその日の結果はその日のもの。

軸は一緒の感覚ですが、様々な経験をさせていただくほどに違いが見えてくるんです。でもやっぱり“演技”の中に映画、テレビドラマ、舞台があり、歌舞伎の中にも芝居があり踊りがあり。全部別物ですが根本はすべて「表現」だなと思っています。

——2023年は、1年のうち7か月、歌舞伎の舞台に立たれていました。その中で主演映画が公開され、今年は2月に『約束』がテレビ放送、5月31日に映画『わたくしどもは。』、6月21日に映画『九十歳。何がめでたい』と出演作の公開が続き、『ヒストリーボーイズ』に至ります。歌舞伎とそれ以外の作品のバランスは意識されるものですか?

色々な表現を経験してみたい、という思いはずっと心の中にありました。今年は学業に一度戻ることにしたこともあり、大学に通い、学校でも演劇を学びながら、許される限り自由に幅広く、様々な表現を経験したいと思っています。

──許される限りとのことですが、常に自由に、とはいかないものでしょうか。

あくまでも僕自身の感覚ですが、歌舞伎と映像、あるいは歌舞伎と歌舞伎以外の舞台が並んだら、僕はやっぱり歌舞伎を優先するんです。歌舞伎に対してはどうしても、自分の中での強制力というか、同じバランスで……とはいかない。

いま僕は24歳です。本当なら休みもせずに、一回でも多く歌舞伎の舞台に出ていた方が歌舞伎役者としては良いのかもしれません。けれども、ひとりの人間として学業に戻るタイミングで歌舞伎を休ませていただくことを、自分から相談しました。そのタイミングで、たまたま映画や今回のようなお話を頂きました。本当に恵まれていて、とても幸運なことだと思います。

——歌舞伎以外の作品の経験により、気づきや変化も多いのではないでしょうか。

最近、歌舞伎以外の場を「外の世界」「外の仕事」と言うのをやめました。いただいたチャンスすべてに全力投球でいくことを考えたら、内も外もないなって。歌舞伎役者である前にひとりの役者として、現代劇の現場では僕にとってはその時のその舞台が「内」。映画ならその撮影現場。学生として学校にいるときは学校が「内」なんじゃないかなと考えるようになったんです。

——ひとりの表現者、ひとりの人間としてのフラットな目線ですね。そんな中でも「自分は歌舞伎俳優だな」と感じる瞬間もあるのでしょうか。

それが……あるんです、大学にいる時でさえ!(笑) 学校では歌舞伎の授業もあり、大好きな十八代目勘三郎のおじさんや憧れの祖父の映像が流れることもあります。もう、うれしくてニヤニヤしちゃいますよね。「なんてかっこいいんだ!」「あんな役者になれたらどれほど幸せだろう!」って。

最近は、自分が生まれるより前の方々の歌舞伎の映像を見るのが大好きで。ぎりぎり音声しか残ってないような世代の、たとえば十五代目の市村羽左衛門さんとか。祖父の先輩にあたる、祖父が歌舞伎を習った方々です。祖父は家でよく先輩方の映像を見ています。憧れの存在である祖父がどんなものを見ているのかが気になって、僕も見るようになりました。感想ですか? 「うん、そうだよね!やっぱりかっこいいよね!!」と思う方ばかりです(笑)。

——初のストレートプレイ、開幕が楽しみです。

本当に楽しみです。映像で活躍されている役者さんが「舞台は難しい」とおっしゃるのをお聞きしたり、舞台でご活躍の方がその逆をおっしゃったり。それってどういう意味なんだろう、と思っていたんです。たしかに歌舞伎と現代劇でもやり方はまるで別。でもどこか繋がるところもあるかもしれない。やってみないと分からない。僕にとってどういう意味になるのか、やってみなくてはいけないなと思っています。今の僕にできる限りのデイキンをやらせていただきます。

『ヒストリーボーイズ』は7月20日(土)より28日(日)まで池袋・あうるすぽっとにて上演。

取材・文・撮影=塚田史香

公演情報

『ヒストリーボーイズ』
 
作:アラン・ベネット
翻訳:常田景子
演出:松森望宏
 
日程:2024年7月20日(土)~28日(日)
会場:あうるすぽっと【豊島区立舞台芸術交流センター】
 
出演
アーウィン 新木宏典
デイキン 片岡千之助
校長 長谷川初範
リントット 増子倭文江
ヘクター 石川禅
 
製作:児玉奈緒子
著作権代理:シアターライツ
主催・企画・製作:一般社団法人CEDAR/MAパブリッシング
 
シェア / 保存先を選択