中村獅童、虜となった絵本が原作の新作歌舞伎『あらしのよるに』9年ぶりに南座へ「お客様と心と心の友情が芽生えている感覚」
中村獅童 撮影=ハヤシマコ
累計発行部数350万部を超える、きむらゆういち原作の同名人気絵本シリーズを歌舞伎にした「あらしのよるに」。9月4日(水)から南座で『九月花形歌舞伎』として9年ぶりに再演され、12月には歌舞伎座に登場する。嵐の夜に出会った気のいい狼のがぶと、愛らしくも芯の強い山羊のめい。二匹の友情を軸に、普遍的なメッセージを投げかける感動作だ。NHK教育『てれび絵本』で全役の語りを担ってから作品の虜となり、大ヒットしたアニメ映画版ではガブの声を担当した中村獅童。古典歌舞伎の演出にこだわってつくりあげた本作には、「ライフワークのひとつにしたい」と言うほど深い思い入れがある。めいの配役が初演から変わり、新たにどのような舞台を届けたいのか。作品への思いから、新作歌舞伎の展望まで語った。
――「あらしのよるに」が京都・南座に9年ぶりに帰ってきます。
初演の南座(2015年)が連日大入りだったおかげで、その後、歌舞伎座(2016年)、博多座(2018年)とやらせていただき、再演のお声もたくさんいただいていたので、原点の南座に戻ってくることができて非常にうれしいですね。
――初演の南座公演で特に思い出深いことは?
学生さんの団体が結構入っていて、カーテンコールで総立ちだったことです。若い方は退屈だと寝てしまうけど、おもしろいものに飛びつくエネルギーはすごくある。僕らにとってチャレンジの舞台でしたが、最後まで一生懸命観てくださり、ものすごく盛り上がってくださって、「もしかして、(「あらしのよるに」は)この先行けるんじゃないか」と思えました。学生さんの反応は僕にとって非常に大きかったです。
――初演時に「現代の絵本を歌舞伎にするのも、動物しか出てこない歌舞伎も初めて」とおっしゃっていましたが、新作歌舞伎「あらしのよるに」がこれだけお客様に受け入れられた要因は、どこにあると思いますか。
つくりとしては古典歌舞伎にこだわった新作なのですが、言葉が分かりやすいというのがまずあります。音楽は義太夫や長唄、踊りは日本舞踊、そして「立廻り」や「だんまり」など、歌舞伎ならではの手法がたくさん詰まっています。そういう意味で、古典好きの方にまで受け入れていただけたのではないかと思っています。
中村獅童
――試行錯誤しながらつくっていかれたのですか?
そうですね。特に冒頭の狼の群舞はこだわった部分です。当初、幕開きは山羊たちのシーンの予定だったのですが、薄暗いなかで狼の数がどんどん増えていって、それが最終的に群舞になるようなつくりに稽古の段階で変えていきました。
――確かに冒頭、ワクワク感がありました。
さぁ、これから何が始まるんだろう! という雰囲気を出したかったので。ほかにも、幕外での打ち上げの見得から飛び六方という歌舞伎の定番を、「狼六方」と言いますか、ちょっと変換し(笑)、自分なりのがぶの動きをつくっていきました。
――衣裳などでこだわった部分はありますか?
衣裳は、ひびのこづえさんにお願いし、世界観をつくっていただきました。登場するキャラクターは動物ですが、着ぐるみっぽくならないよう、歌舞伎の着物、和のテイストを取り入れて。鬘は(演出・振付の)藤間勘十郎先生や床山さんたちと打ち合わせをし、奇抜になりすぎないようにしました。歌舞伎の古典的なスタイルに、少しアレンジを加えることで、狼っぽく見えるというところを目指しましたが、なかなか難しかったですね。
中村獅童
――獅童さんはNHKの『てれび絵本』で『あらしのよるに』シリーズの語りをされ、2005年公開の映画『あらしのよるに』ではガブ役の声も担当されました。幅広くこの作品に関わられるなかで、印象は変わってきましたか?
これは僕だけではなく、読み手の皆さんも年齢や人生経験などによって、作品の印象は変わってくると思います。例えば学生なのか、子をもつ親になった後なのか……、それぞれ感じ方が違うのが絵本の魅力ですよね。幼いときに読んだ純粋な気持ちに戻ることもあれば、歳を重ねて読み返すとまた感じ方が違うこともあります。
――特にどのようなことを感じられますか?
己を信じるとか、友達を信じるとか、「信じる力」というのが、普遍的なテーマなのかもしれないですね。この作品に携わると、必ず何か大切なものを思い出させてくれます。自分にとってライフワークのひとつにしていきたいですね。
――狼のがぶと山羊のめい、捕食関係を超えた友情がやはり心に響きますが、獅童さんにとって友情が大きな支えになった、忘れられない出来事はありますか?
やはり観続けてくださるお客様とは、知らず知らずのうちに心と心の友情が芽生えている感覚があります。『超歌舞伎』にしても、8年もの歳月、応援し信じてくださったファンの方たちがいらっしゃるわけで、実際に会話するわけではないけど、僕のなかでは友情が芽生えています。この「あらしのよるに」も、初演も観て、また今回も観てくださる方など、おこがましい言い方かもしれないけど、お客様と役者との友情が存在していると思います。
――今回、その絆はさらに深まりそうですね。
はい。それに今回の再演にあたって、初演のときから出演してくださっている(市村)萬次郎兄さん、(河原崎)権十郎兄さんなど、快く引き受けてくださった。皆さん初演のときの思いもあり、作品を信じてくださるのが有難いです。
中村獅童
――今年初舞台を踏まれたご子息の中村陽喜さんは、幼いころからこの舞台のDVDを何百回とご覧になっているとおっしゃっていましたが、上演が決まっていかがですか。
喜んでいます。テレビの前で、がぶの真似をよくしていましたからね(笑)。この作品には人生において大切なテーマがたくさん含まれているので、子どもたちに生で観てもらいたいし、作品として残してあげることができたらなと思っています。
――それだけの強固な魅力がありますね。みい姫(山羊のお姫様)など歌舞伎ならではの新しいキャラクターも登場し、一本の歌舞伎として見応えのある物語となっています。
絵本をベースにしつつ、その中で歌舞伎ならではと言いますか、ちょっと遊びを加えています。萬次郎兄さんが演じる狼のおばば役も、歌舞伎のオリジナルキャラクターです。「歌舞伎になるとこうなるんだ」と、さまざまに楽しんでいただければうれしいです。あと、小さなお子さんは、映画版を観てから来られるのがおすすめ。映画と同じがぶの声だから、お子さんがすごく喜んでくださるんですよ。
――なるほど! 獅童さんが演じるがぶ役に関して、今回新たに楽しみにしてほしいことはありますか?
これまでめい役は尾上松也くんが演じてくれていたけど、南座では中村壱太郎くんが初役でやってくれます。相手役が変われば僕も自然と変わってくると思うので、そのあたりを楽しみにしていただきたいです。壱太郎くんは、僕が以前『倉庫歌舞伎(オフシアター歌舞伎)』というのを立ち上げ、その「女殺油地獄」に出演してもらい、そこから結構お話しするようになって。めい役はぴったりだと思っています。お互いを信じ、自分を信じる、というところを大切にやっていきたいです。
――12月に歌舞伎座でも「あらしのよるに」の上演が決まり、めい役は尾上菊之助さんが演じられます。
菊之助さんとは普段あまり交流がなかったのですが、昨年の『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』で10年ぶりに共演させていただき、いろいろお話しするようになりました。未来へ向けての歌舞伎について、新作歌舞伎への思いなどもお話しするなかで、「ぜひまた一緒にやりたいね」というところから実現しました。
――新作歌舞伎について、獅童さんのなかで何か大きな展望はありますか?
作品の持つテーマ性が、よりくっきりと浮かび上がってきたらいいなとは思います。時代がここ数年ではっきり変わり、ずいぶんギスギスした世の中になってしまったなと。コロナ禍で皆さんが大変な思いをした、あの数年間の空白のような時間があり、そのなかで、生きていくうえで本当は持っていないといけないものが、日々のいろいろなことで忘れがちになってしまう。そういう大切なことを、作品を通して思い出すきっかけになってくれればうれしいです。とにかく「劇場へ行ってよかった!」という気持ちになっていただきたい、それだけです。
中村獅童
取材・文=小野寺亜紀 撮影=ハヤシマコ
公演情報
夜の部 午後4時~
【休演】9日(月)、17日(火)
昼の部:4日(水)、11日(水)、13日(金)、18日(水)、19日(木)、20日(金)、21日(土)、22日(日)
夜の部:12日(木)、18日(水)
きむらゆういち原作(講談社刊)、今井豊茂 脚本、藤間勘十郎 演出・振付
「あらしのよるに」
がぶ 中村 獅童
めい 中村 壱太郎
みい姫 坂東 新悟
はく 市村 竹松
穴熊ぴか 市村 光
たぷ 澤村 國矢
山羊のおじじ 市村 橘太郎
がい 河原崎 権十郎
狼のおばば 市村 萬次郎
ぎろ 中村 錦之助
一等席 13,000円/二等席 8,000円/三等席 4,000円/特別席 14,000円
第二部 午後2時30分~(予定)
第三部 午後6時~(予定)
【休演】11日(水)、19日(木)
※公演名、公演日、開演時間、料金等は変更になる可能性がございます
■会場:歌舞伎座
きむらゆういち 原作 (講談社刊)
今井豊茂 脚本
藤間勘十郎 演出・振付
『あらしのよるに』
出演:中村獅童、尾上菊之助
1等席 16,000円/2等席 12,000円/3階A席 5,500円/3階B席 3,500円/1階桟敷席 17,000円