《連載》もっと文楽!~文楽技芸員インタビュー~ Vol. 9 豊竹芳穂太夫(文楽太夫)

2024.8.16
インタビュー
舞台

若太夫師匠に弟子入り、そして先輩の野澤錦糸と

嶋太夫は2016年に引退し、2020年に他界。芳穂太夫さんは2021年、豊竹呂太夫のもとに弟子入りした。

「とても社交的でフランクな方という印象だったのですが、弟子入りしてみてわかったのは、芸に関しては非常に緻密で、『ここはこの音で、ここの音でこの音で』と計算し尽くしていらっしゃること。『地合(じあ)い(情景や人物の心理描写など三味線の旋律を伴って描くもの)だけでなく、詞(ことば)(旋律を伴わず語る人物の言葉など)も全てきちんと決まってるんや。それをまだ全然聴けてない!』と言われます。確かに、語尾の止め方から息継ぎの仕方から全部決まっておるのに、無意識のうちに語尾で力を抜いて下がってしまうようなところがあるんですよね。でも『わしはこうやっている』といった師匠の話を聞くと、僕なんかまだまだサボっているなと思ってしまうんです」

その師匠は今年5月、「若太夫」を襲名。弟子として襲名披露に携わり、口上にも列座したのは記憶に新しい。

「師匠に万が一何かあったら大変なので、どうサポートできるか考えて実行するのが弟子の務め。大切なのは、何事もなく、何のストレスも感じず、舞台へ行って終わってお帰りいただくということを公演の間ずっとしていただくこと。そのために弟子達はてんやわんやでしたが、当たり前のことですよね」

2024年、豊竹呂太夫改め十一代目豊竹若太夫襲名披露口上より。           提供:国立劇場

若太夫のもとで研鑽を積みながら、近年はベテラン三味線弾き、野澤錦糸とのコンビが続いている。錦糸と組むようになってから、芳穂太夫さんの力強い語りに繊細なニュアンスが加わるようになった。

「毎回、まずは対面でお稽古してもらうのですが、錦糸兄さんの脳内には、(竹本)住太夫師匠をはじめ往年の素晴らしい太夫の語りが残っている。ですから僕が語ると違和感があるようで、最初の頃はちっとも稽古が進みませんでした。でも、今から思えば本当に不自然だったと思います。要求は難しいけれど、おっしゃっていることはよく分かる。それがはっきり分かり始めてからは、より感謝して取り組むようになりました」

今年2月には、その錦糸との素浄瑠璃の会を、大阪と東京で開催。来年の開催も予定されている。

「今年は(『菅原伝授手習鑑』の)寺子屋の段を丸一段やらせていただいて。お稽古自体も当然厳しいのですが、合間にご注意いただく一言二言に、ヒントが多くて。例えば、『語るところなんて全体の2割ぐらいしかないんやで。あとは読むだけ』。自分はやっぱり、重たい段なので全部に力が入ってしまって、内容を語ろう、語ろうとしてしまうのですが、『重い』『隣でいたたまれなくなる』と言われ、『ここぞというところだけガッと語って、あとはさっと読む。浄瑠璃の8割は読むんや』。勿論、素通りするわけではないですが、要は僕はやり過ぎだと。力の込め具合とか、間(ま)の使い方とか、一定のリズムで運ぶのではなく、最初(ゆったりと)持っておいて次に詰めて、最後にまたちょっとだけタイム、といった具合に、ものすごく細かく引き出しを増やす作業を、根気よくやってくださっているんです。そうしたらある時、稽古場から、モニター越しに聴こえる浄瑠璃の聴こえ方が以前とは違うことに気が付きました。耳が変わってきているんです」

9月文楽鑑賞教室で、その錦糸を相手に語るのは、『夏祭浪花鑑』釣船三婦内の段。侠客の団七九郎兵衛は恩義のある家の御曹司・磯之丞とその恋人・琴浦を悪侍から守るため、二人を仲間の三婦の家に預けている。そこへ団七とは義兄弟の契りを結んだ一寸徳兵衛の女房・お辰がやってきて、おつぎから磯之丞を預かってほしいと頼まれ快諾するが、三婦は若く美しいお辰に磯之丞は預けられないと言う。するとお辰は自分の顔に焼けた鉄弓を当てて傷を作ってみせ、感服した三婦は磯之丞を預けることにする……という物語だ。

「今回は世話物なので、これまで語ることが多かった時代物とはまた違う引き出しが必要になってくると思います。自分のできる準備をして体当たりで稽古に臨んで、錦糸さんからどんなことを言われるか、そしてどんな引き出しを開けてくださるのか、楽しみにしたいです。この芝居は、夏祭りの日に任侠の人達が織りなすドラマですから、その雰囲気をしっかりと出したいですね」

錦糸に胸を借りる一方、29歳の若手三味線弾き、鶴澤燕二郎とも毎年、「みのり会」という勉強会を開いている芳穂太夫さん。悩み多き20代を経験した自身の思いも、そこには反映されていた。

「若い頃はやっぱり、芸に対してすごく悩みますよね。でも、一生懸命取り組むことが眼の前にあったら、悩みどころではなくなります。それで、燕二郎くんを『一緒にやろう』と誘って。最初は嶋太夫師匠がご存命の時、まだみのり会とも名付けず小さなスペースでやったあと少し空いたのですが、僕が今の師匠のところに行くことになって再開を決め、2021年にみのり会第1回として改めてスタートしました。錦糸さんからは事ある毎に『太夫が主やで。君がしっかりせなあかんのや』と言われるのですが、三味線弾きさんが先輩だとどうしてもその動向が気になってしまう。一方、燕二郎くんは後輩ですから、自分がしっかりして引っ張っていくつもりでやらなければいけない。次のみのり会では、先輩後輩が入れ替わってもきちっとできるようにすることが、自分の中での課題です」

こちらも9月に予定しているみのり会第3回公演では、『ひらかな盛衰記』松右衛門内より逆櫓の段を語る。今年の5月文楽公演でも逆櫓の段を語ったが、松右衛門内から語るのは大きな挑戦となる。

まもなく50代。年齢は特に意識していないというが、修業の成果が実る充実の時期に入ることは間違いない。

「とにかく一つひとつの演目や役と向き合って、どれだけ掘り下げられるか。その作業の繰り返しだと考えています。周りには8歳や10何歳で初舞台という人もいる中、僕は26歳の時で、まだ21年しかキャリアがありません。環境に恵まれた人達だって努力しているわけですから、自分にはどんな努力できるのかという話。一段一段、確実に成長できるようにしていきたいです」

2024年、国立劇場第228回文楽公演『ひらかな盛衰記』逆櫓の段より。           提供:国立劇場


 

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