KAAT×新ロイヤル大衆舎vol.2『花と龍』(2月8日開幕)の見どころは? 「やさしい鑑賞回」に取り組む意義は?~長塚圭史インタビュー

インタビュー
舞台
2025.1.29

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KAAT神奈川芸術劇場と新ロイヤル大衆舎がタッグを組んだ舞台『花と龍』が2025年2月8日(土)から22日(土)まで、同劇場ホールで上演されます。

福田転球、山内圭哉、長塚圭史、大堀こういちの4人が「日本の演劇を明るく照らす」というキャッチフレーズを掲げ結成した新ロイヤル大衆舎は、2021年春、KAATと協同して劇場1階アトリウムの特設劇場で『王将』-三部作-を上演し、大きな話題を呼びました。

今回の『花と龍』は、芥川賞受賞作家・火野葦平が自身の両親をモデルに描いた同名長編小説が原作。明治時代の終わり、北九州若松の地を舞台に、玉井金五郎という男とマンという女が出会い、信念に沿って、逞しく麗く生き抜く様、そして二人を取り巻くさまざまな人物との人間模様をスリリングに描いた物語です。

また、2月19日(水)14時回では「やさしい鑑賞回」を開催。通常よりも音や光をやさしい設定にしたり、客席も真っ暗にならなかったりと、「従来の劇場空間では芸術鑑賞に不安がある人たち」も安心して鑑賞できるように配慮された公演です。

演出・出演をする長塚圭史に、「やさしい鑑賞回」への思いや、本作の見どころを聞きました。

長塚圭史

長塚圭史

*「やさしい鑑賞回」とは
KAATでは、昨年から神奈川芸術文化財団 社会連携ポータル課という専門の部署を中心に、舞台芸術がどなたにも楽しんでいただけるものになるための取り組みをすすめています。今回の『花と龍』では、鑑賞サポートとリラックスパフォーマンスの要素を盛り込んだ、KAAT初の試みとして「やさしい鑑賞回」を実施します。

 

■「やさしい鑑賞回」に取り組む意義と難しさ

ーーまず、本公演では「やさしい鑑賞回」<2月19日(水)14時回>が設定されています。自閉症スペクトラム症や注意欠如・多動性障害(ADHD)といった発達障害のある人や劇場での観劇に不慣れな人など、「従来の劇場空間では芸術鑑賞に不安がある人たち」も安心して鑑賞できるように配慮された公演。この「やさしい鑑賞回」を実施する意義や意味、また、“難しさ”は何だと思いますか?

僕らの劇団(阿佐ヶ谷スパイダース)も規模は小さいながらも、視覚障がい者の人に観ていただく機会を設けたり、盲導犬が来場できるようにしたり、いろいろ工夫をしてきたんです。「想定が甘い」と言われればそれまでなんですが、まずはやってみちゃう。それが民間の力だと思いますから。それで、障がいを持つ人が劇場に来て、劇団の公演を観て、それで楽しんでくれる姿を目の当たりにすると、僕らにとってもすごく力になるんですよね。

例えば、痰の吸引が必要な重度の障がいを持っている人と同じ空間で同じものを観る。みんなが、客席にいる“自分と違う人”と一緒に、演劇を観る。そういうとき劇場の力を強く感じるんです。

だから「やさしい鑑賞回」が、一般的にはリラックスパフォーマンスと訳されることが多いですが、まずは何より演劇を観たいと思う方たちにとって、誰でも観られる機会になればいいですよね。

もっと言ってしまえば……僕はこれを全部“特別”にするのではなくて、日常的に組み込まれていけばいいのに、と思うんです。今回の「やさしい鑑賞回」の先にあることかもしれないけれど、みんなが自分と違う人がいることを理解して観劇できる日が増えていけばいいのに。「今日は“サイレントデイ”で、集中して作品を観てみよう」「今日は“リラックスパフォーマンス”で自由に観よう」とかね。

ただ、今回の題材としては、暴力も死もある現代劇だから、そこは難しいところもあるのかなと思います。しかも作品は特別に“分かりやすい”ものでもなく、“みんなが普段観ている演劇”ですから、取り組みのはじめの一歩としては“上級”だと思いますよ、本当に。

それでも、こういう試みをしていることを知ってもらえたらと思うんです。それによって、例えば他の舞台関係者が「うちでもやってみよう」とリラックスパフォーマンスに取り組み始めるかもしれないし、今回の「やさしい鑑賞回」に携わるキャストやスタッフが別の現場で「こんなことがあった」と知見を伝えることができるかもしれない。そう思っています。
 

■舞台上に屋台が出現?!実験的な試みをするワケ

ーー本作の見どころの一つは、特別な劇空間だそうですね。舞台上に特設屋台を並べ、開場中に地域の店舗などが出店して、にぎわいのある市場をつくるという、なんとも実験的な試みです。

劇場でお芝居を観るときに、背筋を伸ばして姿勢良く観るのではなくて、リラックスしながら観られるような、新しい劇場形態に挑戦しています。こういう劇場で飲食OKとするのは、それなりに大変なことなんですけど、ちょっとやってみようよ、と。

でも、KAATには前例があるんです。『キッズ・サマー・パーティー』*と題して、大スタジオでキャンプをやったことがあるんですよ。1時間ほどの作品なんですが、大スタジオの中に作られたキャンプ場で一晩を過ごして朝を迎えるという体験ができる。ライブが始まったり、雲行きが怪しくなったら雨が降ったり、ビールやジュースを飲んだりできる空間。

僕はその作品が大好きで。こういう劇場体験も面白いなと思って、やってみたかったし、できないわけではないと思っていたから、KAATに提案してみたんです。

それに、元町の商店街の皆さんに出店してもらうというのは、また新しい出会いですよね。劇場支配人もよく言っていますが、図書館などの施設と同様に、公共劇場は社会のインフラとして、街に必要なものとして活用されるべき場所で、もっと街とのつながりや人との出会いがあっていいはずなんです。

だけれど、まだまだ知られていないんです。劇場は何か特別な“芸術機関”のように扱われているところがあるんです。

芸術は人の心を潤すわけですから、劇場に来たら、例えば何かいつもと違う体験ができたり、新しい視野を得られたりするかもしれない。日々の生活や経済活動に追われて、誰が何を考えているのかなんて、なかなか思いが至らないけれど、「他の人はこんな風に考えているんだ」と知って、心が豊かになる可能性もある。俯瞰で物事を見たらこんな見え方があるんだ、過去から物事を見たら今はこんな捉え方ができるんだ。そんな体験を提供できる場所なんです。

そうした劇場の魅力を知ってもらうために、僕らはいろいろな試みをしていて、その中の一つとして、今回、「舞台上に特設屋台を設置する」ということをやっています。

ーー『王将』-三部作-(2021)のときから構想はあったのでしょうか。

はい。『王将』-三部作-のときもできたらいいなと思ってはいました。ただ、コロナ禍でできませんでしたし、あのときはまだ僕自身が地域の人をあまり知らなかったなと思うんです。

あの頃に比べると、今は(劇場の季刊誌である)KAAT PAPERを作ってきたこともあって、出会いやつながりが少しずつできていて、「誰に話しかける?」「ああ、あの人はどうだろう?」と顔が浮かぶようになってきた。それは地道にやってきたことの一つだなと思うんです。

『花と龍』出演者

『花と龍』出演者


 

■「めっぽう面白い」本を、KAATと新ロイヤル大衆舎が立ち上げる

ーー積み重ねがあってこそということですね。今回は新ロイヤル大衆舎とタッグを組んで、火野葦平原作の『花と龍』という作品を立ち上げます。そもそもなぜ『花と龍』を選んだのですか?

『花と龍』自体は、この劇場のプログラムとはまた別の文脈の中で、僕が芸術監督に就任した頃に読んだことがあったんです。これがめっぽう面白い。こんな時代があって、こんなに面白くて、しかも実話だなんて!利他的で、自分の中の正しさを突き進めた、玉井金五郎とその妻・マン。彼/彼女らの意識が、そして血が、現代にも繋がっている。ゾクゾクしました。

ただ、これを舞台にするのは難しいと思いました。そもそもスケールが大きすぎるし。どういう風に作っていけばいいのか、なかなか簡単には思い浮かばなかった。その中で、自分の頭にポンと浮かんだのが新ロイヤル大衆舎でした。

あのチームだったら、非常にシンプルな仕掛けの中で、この世界観を、この人たちの生きた時代を共有できる可能性がある。しかも豊かに、と思って。福田転球を主役に据えて、そこに安藤玉恵さんも参加してくれることになって、始まったわけですが、いいキャスティングだと思っています。

『花と龍』を舞台にするなんて、どう考えても大変そう。でも、同時にすごく新ロイヤル大衆舎向きだなと。困難だけれど、相手にとって不足なし、という感じでしょうか。

ーー福田転球さんが玉井金五郎を演じますね。

人物としては、山内圭哉の方が金五郎に近いと思うんです。山内くんはいろいろなものを受け入れる力を持っているから。飲み屋で隣の席になった人と話し込んで、すぐ知り合いになっちゃうし(笑)、人との距離感の取り方も含めて許容範囲が広くて、玉井金五郎向きだなと思ったんです。

でもね、やっぱり福田転球さんが中心に立たないと。僕も山内くんも大堀さんも転球さんのことを信頼しているし、愛しているし、尊敬している。だから、転球さんを真ん中にしないと、僕らのモチベーションが全然違う気がしました。彼を“新ロイヤル大衆舎の看板役者”として立てようと思ったら、すべてがばーっと転がり出して、座組ができていきました。

ーーマンは安藤玉恵さんが演じます。

僕は玉恵さんのことが大好きで、『スプーンフェイス・スタインバーグ』(2024)に取り組んでいるお姿も知っていたので、間違い無いだろうと思っていました。

それで『スプーンフェイス〜』の稽古が走り始めた頃にお話をしたら、興味を持ってくれて...... 彼女の懐も相当なものですよ。ドンと構えてくれるので、とても有難いです。

ーー福田さんも安藤さんも含めて、人間味溢れる稽古場なのでしょうね。

僕が厚い信頼を寄せているメンバーたちが集まってくれたのでね。セットも面白いけれど、そんな容易なセットではないし、いや実際困難なことばかりなんですけど.....なぜか全く後ろ向きにならないです。駆け足の現場ですけど、みんな準備を怠らずにやってきてくれるし、前に前に進もうとしてくれている。

僕が年末にインフルエンザに罹ったときもね、歩みを止めずにいてくれたんです。キャスト・スタッフもよく知っているメンバーが多いから、僕も「これとこれを進めておいて」と安心して託すことができました。彼/彼女らがいれば、なんとかなるだろうと思っている節があります。
 

■18人で、演劇ならではのマジックを!

ーーそして、脚本は齋藤雅文さんが手掛けます。

齋藤さんは新橋演舞場など大劇場作品で筆を振るわれている方。商業演劇らしい、スケールの大きい作品をのびのびと書いてくださいました。

脚本には上手(かみて)下手(しもて)だけでなく花道の使い方、「どうするんだ、これ!?」という演出まで書かれているんですけど、それをどう今回の座組でやっていくか。例えば、最初のシーンは齋藤さんは70人必要だと言うけれど、僕らは18人しかいませんからね(笑)。そこで喧嘩すると言っても、一緒にやっていた18人が10対8に分かれるぐらいしかできません(笑)

でも、それこそ演劇ならではのマジックじゃないですか。そのスケールのつもりでやっていると、そういうスケールに不思議と見えてくる。“嘘”ではあるけれど、お客さんと僕らの関係の中で、そのマジックを信じて、共有していく。それを大いにやる公演ですね。

ーー公演がますます楽しみになってきました。最後に、KAATの芸術監督であり、今回の演出を担当する長塚さんにとって、新ロイヤル大衆舎はどんな存在なのか、「やさしい鑑賞回」を新ロイヤルの皆さんと開催する意味についても、改めて教えてください。

僕ら4人(福田転球、山内圭哉、長塚圭史、大堀こういち)が集まると、できるだけ扱いが難しそうなものを遊び場に持ってきて、さあどうするかと。それを眺めて、壊して、立て直して、作って、いろいろな人たち巻き込んで。4人が集まるといい広場ができる感覚があります。

どんな現場でもやらなくてはいけないことがたくさんあって、それはどこも変わらないんですけど、彼らにはぽおんと任せておける部分が多分にあって、楽なんです。これはとても重要なことだと思います。

山内くんは音楽からデザインまでなんでもできるし、労力を惜しまずにやる。転球さんは役者バカで、役を掴もうと必死なのに、いつも「すみません」と言って腰が低い。大堀さんは一番古い仲ですが、マスコット的存在でやっぱりリーダー、絶大な信頼をしている。安全ではないかもしれないけど(笑)、僕にとってはとんでもない遊び場が作られるんです。

新ロイヤル大衆舎が今やろうとしているさまざまなことは、大衆劇的な要素、つまり多くの人に開かれている部分があるし、常に語りによって物語へ誘うので、「やさしい鑑賞回」との親和性も高いと思います。KAATにとっても、初めての「やさしい鑑賞回」に一緒に取り組む、頼もしい仲間です。ぜひ観に来てほしいですね。

*KAATキッズ・サマー・パーティー2019 in KAAT高原キャンプ場 https://www.kaat.jp/d/kksp2019 参照


(取材・文:五月女菜穂)

公演情報

KAAT×新ロイヤル大衆舎 vol.2
『花と龍』

 
【原作】火野葦平 【脚本】齋藤雅文
【演出】長塚圭史 【音楽】山内圭哉
【出演】
福田転球 安藤玉恵
松田凌 村岡希美 稲荷卓央 北村優衣
山内圭哉 長塚圭史 大堀こういち ほか
 
■日時:2025年2月8日(土)~2月22日(土)
■会場:KAAT 神奈川芸術劇場 ホール
■一般発売:2024年12月1日(日)
■問い合わせ:かながわ 0570-015-415(10:00~18:00、年末年始を除く)
■公式サイト:https://www.kaat.jp/d/hanatoryu
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