タカハ劇団『他者の国』高羽彩(作・演出)×田中結夏(舞台手話通訳)対談―劇場をもっとみんなの場所にするためにー

インタビュー
舞台
12:00
(左から)高羽彩、田中結夏

(左から)高羽彩、田中結夏

画像を全て表示(5件)


2025年2月20日(木)より本多劇場にてタカハ劇団『他者の国』が開幕する。死生観の様変わりしたディストピアを描いた『美談殺人』、民俗学的アプローチでホラーに新風を吹き込んだ『おわたり』、歴史の過ちを見つめる若者の姿を活写した『ヒトラーを画家にする話』など、これまでも独自の視点で社会やそこで生きる人々の心の機微をすくいあげてきた劇作家・高羽彩。劇団至上最大規模となる本作では大正デモクラシーから、やめられない戦争の時代へと突入していく日本を舞台に、「優生思想」を一つのテーマに据え、信頼を寄せる11名の俳優とともにその本質を問う。
かねてより観劇アクセシビリティ向上に取り組んできたタカハ劇団は、本作でも鑑賞サポート付き公演を上演。舞台手話通訳は、小劇場からミュージカルまでを横断した活動で多くのサポートを手がける田中結夏が担う。そのキャリアのきっかけとなった経験、鑑賞サポートにかける思い、本作の個性と魅力について高羽彩と田中結夏に話を聞いた。

(左から)高羽彩、田中結夏

(左から)高羽彩、田中結夏

舞台手話通訳と俳優を兼任した『美談殺人』を経て

ーー田中さんは、2021年上演の『美談殺人』では舞台手話通訳を担うとともに「マル」という登場人物も演じていらっしゃいました。小劇場における舞台手話通訳が今ほど多くなかったこともあり、手話通訳をすると同時に物語の世界にも存在するという試みは強く印象に残っています。

高羽:まさにその公演が田中さんとの最初の出会いでした。お芝居と手話通訳のどちらもができる方を探していた時に、脚本家であり演出家であり、ご自身も舞台手話通訳者でドラマの手話監修にも携わられている米内山陽子さんにご紹介してもらって…。

田中:お話をお伺いしてすぐ「やります!」って即答した記憶があります(笑)。

高羽:そうそう!「手話通訳のみではなく、役者としても出てもらわなきゃいけないっていう無茶な企画があるんだけど…」とおそるおそる相談したのですが、快諾して下さって。

ーー田中さんは過去にもお芝居と手話通訳を同時に担うことはあったのでしょうか?

田中:舞台手話通訳としてはほぼ初舞台でした。それまでは舞台とは関係なく手話通訳の仕事をしていて、その傍らで個人的に演技の勉強をしていました。演劇学校でろう者の俳優として活動している同期と出会ったことをきっかけに手話を始め、NPO法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク理事長の廣川麻子さんとの出会いをきっかけに舞台手話通訳という仕事があることを知りました。ちょうど『美談殺人』のお声がけをいただく半年ほど前に舞台手話通訳養成講座を受け始めて、その終了と同時に高羽さんとお会いしたんです。今思うと、タイミングにも恵まれたご縁だったと思います。

高羽:また役柄もぴったりだったんですよ。俳優としてのオファーも兼ねていたのでキャラクターと合わないということも起こり得たと思うのですが、すごく合っていて…。町田水城さん演じる兄が気にかける小さな妹の役だったのですが、自然に作品に溶け込んでもらえた印象があります。

ーー「舞台手話通訳として伝えなくてはいけないこと」と「俳優や演出家として表現しなくてはいけないこと」の両立に懸命に挑むお二人の姿がとても印象的な稽古場でした。そのクリエーションでお二人が大切にしていたことはどんなことですか?

高羽:当時の私は舞台手話通訳というものはおろか、ろう者や難聴者の方々がどんな風に手話を頼りに作品を観られているか自体がわからない状態でした。なので、田中さんに頼らせてもらいつつ、手話監修の米内山さんやろう者のモニターさんにも入ってもらって、「ここは通じた」、「あそこは分からなかった」などのフィードバックをいただきながら進めていきました。まずは手話通訳として成立する最低限のところを田中さんにお任せしつつ、同時に私は誰が見ても面白く見えるためにはどうすればいいのかを演出面で探って、分業していくような感じで…。

田中:今までのお仕事で一番大変だったかもしれません(笑)。考えることが多かったですし、舞台手話通訳者と俳優の両立においても課題や挑戦がたくさんあったので、米内山さんに見ていただきつつ、演出面とのバランスに迷った時には都度ご相談して進めていた気がします。「ずっとマルでい続けたい」と思いつつも、マルでい続けながら手話通訳をするのは結構難しいことで…。

高羽:そうでしたよね。やってみて、どうしても手話通訳としての存在の仕方とキャラクターとしての存在の仕方がバッティングしちゃうところは私の方で別のアイデアを出したりして…。全くノウハウがない中での試みだったので探り探り、立ち位置ひとつにもすごく時間をかける感じで奮闘していました。

田中:前例がない中で、どの形がベストなのか、どうしたら全てのお客さんに楽しんでもらえるかということを常に考える日々でしたね。ろう者、難聴者だけでなく、聴者にも受け入れてもらう必要も感じていました。「2時間その場にいて異物感があると思われたらいけない」と思って、どうしたら舞台の世界観に馴染めるかをずっと追求していたような。そんな感触でした。

ーー演出と舞台手話通訳の両立においては具体的にどんなやりとりがあったのでしょう?

田中:最初は「兄とやりとりをしながら手話をする」という演出だったのですが、そうすると、手話の文法としての役の切り替えが叶わなくなってしまって…。手話通訳には、右、左と顔を振ることで話者であるキャラクターを切り替える文法があるのですが、それをお兄ちゃんに向かったままで行うことができなかったので、その演出と通訳の両立は難しいと判断をさせてもらいました。とはいえ、文法を確保することによって役としての異物感が出ないだろうかという不安もありましたし、ミッションをクリアした先にまた別のミッションがあるような感じでしたね。

高羽:まさにトライ&エラーを繰り返しながらやっていましたよね。手話通訳がうまくいくと、今度は演出における課題が出てきたりもするので、両立のための意味づけに悩んだこともあったのですが、米内山さんが「マルは自分だけでなく、人が話したことも手話で喋っちゃう癖を持っている子なんじゃないかな」って言葉をかけて下さって…。この役の子が手話通訳をする上での解釈や気づきを与えてもらったことで、「これなら両立できるかも」と腑に落ちる瞬間がありました。手話通訳者とマルという人物をはっきり分け過ぎると異質になってしまうので、あくまでもマルというキャラクターの解釈の幅の中で通訳としての役割も果たせるように考えました。その辺りがきちんと伝わるかも実際に米内山さんやろう者のモニターさんたちに見てもらって、そのフィードバックを参考にさせてもらいました。

ーーろう者のモニターの方や当時の観客の方の反応についてもぜひお伺いしたいのですが、印象的だった声などはありましたか?

田中:「通訳者が常に話者の近くにいたのが新鮮で面白かった」、「役者の表情と手話通訳が同時に見られたのがすごく嬉しかった」という声をもらって、こちらもとてもうれしかったですね。手話通訳者は舞台の上手か下手に固定で立っていることが多いのですが、舞台で起きていることと手話を同時に追いかけなくてはいけないのが大変だという声が多く届くので、そういう意味での見やすさもあったみたいです。モニターさんや観客の方の反応を受けて、両立に奮闘した分だけ「やってよかった」と思いました。

(左から)高羽彩、田中結夏

(左から)高羽彩、田中結夏

観劇アクセシビリティ向上に取り組む上での葛藤と意義

ーー広くお伝えしたいエピソードです。今回の『他者の国』では田中さんは舞台手話通訳に専念する形で、立ち位置も固定ですよね。台本を拝読して、専門用語の多出や時代背景や人間関係の複雑さからそういった形をとられたのかと想像したのですが、やはり作品によって手話通訳の在り方にも変化があるのでしょうか?

高羽:これには様々な理由があって…。まずを売る際に「手話が見やすいお席」を事前に確保する必要があります。特に今回は劇場が大きいので、手話の視認性の高い席でないと見えないなんてことも起きてしまう。そういった制作上の事情もありますし、本作に関しては固定の方が見やすそうだという演出的な意図もあります。さらに田中さんからのご意見も反映して今回はこの形に決めました。

田中:高羽さんがおっしゃったように劇場の広さは大きな理由でしたね。『美談殺人』は駅前劇場でお客さんがどこに座っても見やすいように作ることができると思ったのですが、本多劇場のサイズで私が動き回ってしまったら、その分お客さんの視線も散ったり、混線したりしてしまうだろうし、さらに全方位から全員分の役柄やシーンを見やすいように調整することが難しいと感じたんです。

高羽:そうなんですよ。登場人物の多さも一つの理由で、『美談殺人』は田中さんを除いてキャストが4人だったのですが、今回は最大で12人が舞台上にいることになるんです。さらに、わりとみんながそこかしこでいろんなことを喋るのでカオスなことになってしまう。

田中:作風における手話の変化もあります。手話にも昭和の時代に使われていた表現などがあり、新しい手話を使うと舞台の世界観と合わない、ということが起きたりもするんですよ。本作の時代背景における具体例を一つ言うと、電車。あの時代の電車の手話は今使われている電車の手話とは違うものだと手話監修者から聞きました。あと、戦争に関しても「戦争関係の話をするときはこの手話」という決まった手話があるそうです。なので、今回は手話監修者に昭和の手話を教えてもらいました。ただ、音声日本語と同様で若い方には分からない可能性もあるので、そのあたりは工夫したいと思っています。

ーータカハ劇団は小劇場の劇団公演においていちはやく鑑賞サポートに取り組まれていた印象がありますが、ひと通りのお話を伺って、やはりそれを叶えるためには一筋縄ではいかない難しさや工夫があるのだと痛感します。

高羽:そうなんです。何をとっても本当に一筋縄にはいかないですね。予約ひとつにしても、情報にアクセスできない人がいたりしますし、サポートのある回も限定されているので、そこに来られない人はサービスが受けられないという問題もありますし、かといって全日程やるだけの様々な力がこちら側にまだなかったり…。その繰り返しなので、何をもって完璧な形なのかも現時点でわからないのが正直なところなんです。「取りこぼしがあったら大変なことになってしまうのではないか」という恐怖感もあって、なかなか踏み出せないこともありましたし、そんな葛藤は今もありますね。

ーー様々な迷いや葛藤を抱えながら、それでも鑑賞サポートや舞台手話通訳を続けるにあたってはどんな思いがあるのでしょう?

高羽:「小劇場でもこういうことができるんだ」と感じてもらいたかったですし、「どこかがやれば広まるかもしれない」という思いで始め、続けるようにしています。ほぼ初舞台の状態で作品を支えてくれた田中さんがミュージカル『SIX』などの大きな舞台で活躍されていることもすごく嬉しいですし、おごった考えかもしれないのですが、それだけでも『美談殺人』という公演をやってよかったと心の底から思います。

田中:私としても大きな経験でした。「やっとこの劇場に行くことができた」、「私たちも小劇場に行けるんだ」、「次も観に行くね」。タカハ劇団で手話通訳をさせてもらってから、こうしたポジティブな声を沢山いただいたんですよ。「柿丸(美智恵)さんのファンになりました」と言って、柿丸さんの別の出演舞台も観に行ってくださった方もいました。一つの作品に手話通訳がついたことで次作への期待に繋がったり、さらには、劇団や俳優さんのファンになってもらえたことがすごく嬉しかったです。鑑賞サポートがない場合にも団体さんにお願いしたり、声を重ねることで実現ができたり…。そうして舞台や劇場を越えて鑑賞サポートが広がっていったことがここ数年の何よりの喜びでした。

高羽:本当にすごく嬉しいお話ですよね。私自身も子どもの頃に舞台手話通訳付きの舞台を見て、「こういうことができるんだ!」って強く思ったことが最初のきっかけでした。そんな経験もあって、金銭的に少し余裕ができたら真っ先に鑑賞サポートサービスに取り組みたかったんです。こうして少しずつですけれど実現できてよかったと思いますし、今後もできることから取り組んで行けたらと思います。

(左から)田中結夏、高羽彩

(左から)田中結夏、高羽彩

センシティブな題材に正面から向き合って

ーー回のインタビューで多くの方の生の声をお聞きできたこともとても貴重に感じます。最後に、作品のテーマや物語の魅力、新作にかける思いについても少し伺えたらと思います。

高羽:ずっと私の作品を観てくれている知人の倫理の先生がいて、その先生に「私、次どんなことを書いたらいいと思う?」と相談をしたことがあったんです。その時に、先生が「優生思想について書くのはどうか」と助言を下さったことが執筆のきっかけでした。『ヒトラーを画家にする話』で一部分的にホロコーストを扱ったことや、これまでの作家としての履歴を考えたら、そこに手を伸ばしてもいいのかもしれないと思ったんですよね。観賞サポートに取り組んでいる劇団が優生学や優生思想を扱うということ。そのことについては考えなくてはいけないことも多くありますし、正直迷いもあったのですが、挑戦してみようと書き始めました。テーマを与えられて書くこと自体が私にとっては珍しいことなので、作家として大きな挑戦をしていると感じています。まだ自分の中で確信を持てていない部分もあるのですが、今後の稽古で一つひとつのシーンを積み上げていけたらと思います。

田中:高羽さんがおっしゃる通り優生思想はろう者、難聴者の中でも問題に上がっている議論だったりもするので、踏み込んだテーマだと感じました。ただ、私は演劇って綺麗なところだけを描くものではないし、いろんな側面を描いていることが演劇の豊かさだと感じているんです。だから、多くの人に観てほしいし、届けたい。舞台手話通訳として様々な舞台に携わる中で、「今、演劇が求められている」ってすごく感じるんですよね。私がこの作品を舞台手話通訳することにも責任が伴いますし、だからこそ「大事な部分を包み隠さず全部伝えたい!」という気持ちで臨んでいます。綺麗なところも汚いところも、理想も現実もしっかり伝えたいですし、12人がそれぞれ信じていることを掴み、切り替えながら一人ひとりの人物をしっかり届けたいと思っています。

高羽:田中さんのファンの方々が観にきて下さることもとても楽しみです。今回は立ち位置こそ固定ですが、物語の世界に馴染むような衣装を着てもらったり、周辺にも美術を施したり、新たな演出も考えています。できないことや不安もあるのですが、支えて下さる方の存在はとても大きい。今回も映画の鑑賞サポートなどをやっているパラブラという会社さんに協力いただいているのですが、その方たちにお話を聞いたら、「今できないことはできなくてもいい、できることからやることが大事なんです」って言ってもらえて…。たしかに、やってみることによってできることは増えていくし、課題も見えやすくなる。ここにきて、そういったサイクルをようやく始められた気がしています。

田中:劇場が誰にとってもウェルカムな場所であってほしいですよね。そうあるために私自身もいつでもウェルカムな状態で迎えたいと思っていますし、様々な事情や状況がある中で劇場に来てくださる方たちに絶対に楽しんで帰ってほしい。取り組みが広がることで、劇場や演劇のファンがどんどん増えてほしいですし、そのことによって、障がいをもつ子どもたちにも劇場が楽しい場所だと感じてほしいです。

(左から)高羽彩、田中結夏

(左から)高羽彩、田中結夏

写真:堀山俊紀、ikihsot     取材・文:丘田ミイ子

公演情報

タカハ劇団『他者の国』
 
日程:2025年2月20日(木)~2月23日(日)
会場:本多劇場
 
脚本・演出:高羽彩
出演:平埜生成  小西成弥  野添義弘  土屋佑壱  西尾友樹  本折最強さとし  近藤強  田中真弓  柿丸美智恵  平井珠生  丸山港都  高羽彩
 
料金:一般 6,000円/当日 6,500円/25歳以下 3,500円/18歳以下 1,000円/障がい者割引 5,400円(介助者1名まで無料。UDCastサポートセンターよりお申込みください。)/世田谷区民割引 5,000円
※各種割引は入場時要証明書
 
公式サイト:http://takaha-gekidan.net/
 
【あらすじ】
物語の舞台は大正デモクラシーから第二次世界大戦へと向かう間の日本。大学の解剖学教室に集った医師たちの目的はある死刑囚の遺体を解剖し、形質的・医学的特徴があるか否かを調べること。しかし、遺体を待つ彼らに届いた一つの知らせによって、その運命と命題はともに揺すぶられる…。
シェア / 保存先を選択