アジア太平洋地域唯一の国際コンクールも同時開催! ヴィオラ音楽の魅力に浸る2週間~『ヴィオラスペース2025 vol.33』プログラミングディレクター 佐々木亮(N響 首席ヴィオラ奏者)インタビュー

インタビュー
クラシック
2025.4.11
 佐々木亮(N響 首席ヴィオラ奏者)

佐々木亮(N響 首席ヴィオラ奏者)

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2025年で33回目を迎える『ヴィオラスペース』。今年は5月23日(金)から6月5日(木)まで東京、大阪、仙台で開催される。

ヴィオラという楽器とその音楽の魅力を堪能する約2週間の音楽祭期間中、企画の一環としてアジア太平洋地域唯一のインターナショナルなヴィオラコンクール『東京国際ヴィオラコンクール』も開催される。『ヴィオラスペース』においてプログラミング・ディレクター、そしてコンクールで審査委員長を務めるNHK交響楽団 首席ヴィオラ奏者の佐々木亮氏に話を聴いた。

33年の歴史を持つ、ヴィオリストたちによるヴィオラ音楽のための奇跡の音楽祭

――『ヴィオラスペース』創設者の今井信子氏、アントワン・タメスティ氏に続くプログラミング・ディレクターとしての思いと抱負をお聞かせください。

途轍もない重責のあるお役目をお引き受けしてしまったという感じです。ヴィオラはレパートリーが他の楽器に比べて格段に少ないにもかかわらず、これだけ長きにわたって継続してこられたのは何といっても創設者であり、世界的なヴィオラ奏者の今井信子先生の絶大なるお力によるものだと感じています。

そして、事務局の皆さんをはじめ、スタッフの方々にも、ヴィオラとその音楽にここまで情熱を捧げてくださって本当に感謝の思いしかありません。

ヴィオラ作品をこれだけ堪能できる機会はなかなかないと思いますし、ヴィオリストである今井先生が中心となって川崎雅夫先生や店村眞積先生、そしてアントワン・タメスティとともに全力を注いでかたちづくった”ヴィオリストによる音楽祭とコンクールの醍醐味”を約2週間の期間を通して実感頂けると思います。

――『東京国際ヴィオラコンクール』は今年で6回目を迎えます。すでに三日間にわたっての予備審査を終えられたとのことですが審査委員長としての所感はいかがでしょうか。

総体的にレベルが上がっているという感触を得ています。特にアジアの国々の参加者のレベルが全般的に上がっており、今回は中国からの応募者(男女総計28名)が最も多かったのですがレベルも非常に高かったのが印象的でした。

――ヴィオラのレベルが上がってきてるということは、その国全体のクラシック音楽のレベルの底上げが達成されているということですか。

それはその通りだと思います。あと顕著に感じられたのは、感情表現の振れ幅が格段に激しく大きくなっていることです。現代はより目まぐるしい世の中になってきていますよね。ですからひと昔前に比べて誰もが子どもの頃からより刺激を求めている。それが演奏のスタイルにも表れているように思えますね。もちろんヴィオラに限ったことではないかもしれませんが、より激しく表現することでお客さんの心を掴むようなことも巧みになってきているように感じられるんです。

――ヴィオラという楽器は“縁の下の力持ち”という印象が強いですが、そもそもヴィオラという楽器の魅力、そして音楽的な意味においての難しさについてはどのようにお考えでしょうか。

ヴィオラというのは繊細でとても抒情的な楽器なんです。ソロで演奏するのみならず室内楽であれ、いかなる場合においてもです。奏者としてはその点を核心としてしっかり持ち続けてアプローチしていかないとなかなかうまくいかない。反面、驚くような暴力的な音を出しても意外と面白いことが起きたりもするんです。

――だからこそ、先ほどおっしゃっていたように現代の奏者たちは格段に感情表現の振れ幅が豊かにより激しくなったと顕著に感じられるわけですね。ヴィオラという楽器だからこそそれが明確に感じられると。

ただ楽器として本質的なものはやはり抒情性にあるので、気付いてみたらヴィオリストとしての本質を逸脱したことばかりやっている……というようなのは良くないかもしれないですね。やはり繊細さというところからすべてが始まるものだと思っています。

次代を担うライジングスター誕生の瞬間に立ち会う。出会い、交歓する生きたコンクール

――同時開催される『東京国際ヴィオラコンクール』については、互いが競うだけではなく「出会い、交歓する生きたコンクール」ということが一つのコンセプトということですが具体的にどのようなことを意味しているのでしょうか。

コンクールとなるとソロ演奏がメインであるのも確かですが、先ほども“縁の下の力持ち”という話がありましたが、基本的にはヴィオラはアンサンブルの楽器だという理解は変わらないと思います。なので当コンクールにおいてもファイナル(本選)で室内楽作品の演奏が課せられたり、セミ・ファイナルではコンチェルトを指揮者なしでコンテスタント自身が弾き振りして演奏するというユニークなかたちを採用しており、このコンクールならではの特長だと思います。セミ・ファイナルでのオケのメンバーは桐朋学園の学生さんですから出場者とほぼ同年代です。コンクールという場において彼ら自身で音楽を創り上げるプロセスを学ぶ機会は互いに良い経験や刺激になると思います。

——審査を通過しなかった場合もユニークな学びの機会があると伺いました。

まさにもう一つの特長は、残念ながら審査を通らず次のラウンドに行けなかったとしても結果発表後に7名の審査委員が出場者全員と個別面談を行うことになっています。コンクール創設当初から今井さんがそれは絶対やるべきだということで設けられた場です。もちろん審査委員一人ひとり考えも違いますし、コンテスタントにとって審査委員全員に話を聞けるのは非常に価値あるものと思いますし、どのような点が今後の課題なのかが明確になると思います。加えて、個別面談の他にも期間中にワークショップもありまして、そこで次の審査に行けなかったコンテスタントたちを審査委員が直接指導するという機会も設けています。今回も第一次審査後と第二次審査の後に行われる予定です。

——5月31日(土)のファイナルでは聴衆賞の投票もあり、聴衆の皆さんも参画できるというのも素晴らしいことです。

意外とシビアなようですが(笑)。ヴィオラ奏者としては、聴衆の方々とこのように交流し合える機会なかなかないので貴重だと思います。

事務局の方によると、一次予選からファイナルまでの10日間のうちにご自身のお気に入りの奏者を見つけて応援されている聴衆の方々も多いようです。それを踏まえると、(コンクール鑑賞は)次代を担うライジングスター誕生の瞬間に立ち会えるという意味でも最高にエキサイティングな“推し活”だね、と。ヴィオラは特に音色の楽器なので、そういうのを聞き分けて自分の推しを見つけるという意味では、一次から通して聞いていただけると本当に興味深いですし、何よりも楽しいと思います。

今回「入賞者を聴こうキャンペーン」として5月31日(土)開催のファイナル・ステージ(本選)と6月1日(日)に開催される入賞記念コンサートを合わせたセット券を用意しています(編集註:イープラス限定で販売)。ぜひこの機会にガラ・コンサートだけではなく、未知の才能たちの競演のステージを聞いていただけたらと思っています。

——第二次審査ではコンクール委嘱作品の新作が課題曲になっています。今回は安良岡章夫氏のノヴェッラ・カプリッチョーザ(2024)が委嘱作品ということでコンクールの場において世界初演となるわけですが。佐々木さんのイニシアティブによって進められたのでしょうか。

安良岡先生の作品は若い頃から折に触れて耳にしていたこともあり、魅力的な作品を書く方なんだなという印象をずっと抱いていました。今回もいろんな作曲家の曲を聴かせていただいたんですけども、やっぱり安良岡先生の作品の曲想がずっと忘れられなくて。ヴィオラの曲もあるのかな……と思いリサーチしてみましたら無伴奏ヴィオラの曲があったんです。それがまたとても良い曲でして、今井先生や運営サイドのスタッフの方々にも提案というかたちで聴いていただいたら、皆さんすごく良いねとおっしゃってくださいまして満場一致で安良岡先生にお願いすることになりました。

——委嘱作品の新曲が第二次審査の課題になるのも珍しいように思えます。

確かにそうですね。第二次審査ですから10~12人くらいの人数のコンテスタントたちが世界初演の委嘱作品を弾くのは聴き手としても楽しみですし、彼らにとっての学びの上でも大変意義あることだと思っています。

ヒンデミット生誕130周年を迎えて。『ガラ・コンサート』も充実の内容に

——今年2025年は作曲家のヒンデミットが生誕130周年を迎えます。5月28日(水)にはヒンデミット作品を軸にした『ガラ・コンサートⅠ(ヒンデミット生誕130年記念~ユーモアと教育)』も開催されます。ラインナップもかなりユニークでヒンデミットのすべてを堪能できるこの音楽祭ならではの意欲的な内容です。

ヒンデミットはヴィオリストにとって最も重要な作曲家と言っても過言ではありません。ヴィオラが彼の一番得意な楽器だったのですが、ピアニストとして指揮者としてもすぐれていて、オーケストラにある楽器はほとんど演奏できたようです。

ヒンデミットのお墓を訪れた佐々木氏(2024年12月)

ヒンデミットのお墓を訪れた佐々木氏(2024年12月)

『ガラ・コンサートⅠ』のラインナップにも入っている教育音楽「弦楽のための5つの小品(作品44-4)」を取り上げてみても、ヒンデミットらしい前に突き進むような派手な楽章もありますが、特に一曲目は彼ならではの抒情性が見事に表現されています。抒情的といっても他の作曲家にはない、ある種の寂しさというのでしょうか、この作曲家ならではの独特の曲想をぜひ味わっていただきたいと思います。

そのような意味では、瞑想曲(「気高い幻想」による)という作品も今申し上げた “寂しさの抒情性” というものを深く感じ取って頂けると思います。もともとはオーケストラ組曲の「気高い幻想による」という作品を作曲家自身がヴィオラとピアノに編曲したものです。個人的に私の好きなヒンデミットのイメージを体現しているという点で、どうしても入れたかったんです。

同じくヴィオラソナタ 作品11-4も大変美しい作品で、初めてヒンデミット作品に触れる方には導入編として良いかもしれません。ヒンデミットは無伴奏のものを4曲、ピアノ付が3曲と計7曲もヴィオラソナタを書いていて、こんなにたくさんヴィオラ作品を書いた作曲家は他にいません。

しかも彼は意外にもユーモアにあふれた人物なんです。ミニマックス という作品は弦楽四重奏の曲なんですが軍楽隊の音楽へのあふれる愛がパロディ風に描きだされていて、聴いているだけで笑いが止まらなくなってしまうような作品なんです。これを元N響コンマスの篠崎史紀さん(ヴァイオリン)と市寛也さん(チェロ)と僕(ヴィオラ)で共演させて頂くのですが、マロさん(篠崎氏)はユーモアを表現することに関しては右に出る人がいない(笑)。これは必聴だと思います。

——ヒンデミットは「音楽家のための基礎練習」などの教則本も書いており教育者としても知られていますね。

先ほどもお話しました教育音楽「弦楽のための5つの小品(作品44-4)」という作品はファーストポジションしか弾けない子どもたちでも演奏でき、かつ良い音楽を味わえるようにという思いから書かれた作品です。それを桐朋学園の子どものための音楽教室の生徒さんたちによる、小学生と中学生から成る弦楽オーケストラで演奏するのですが、今回は審査委員の方々も子どもさんたちと一緒に演奏することになっているんです。ヒンデミット自身、そういう優れた音楽家と演奏するということが一番良い教育だと実際に書き残しているんです。

——最後に佐々木さんからコンテスタントにメッセージを贈るとしたら、どのようなことを一番伝えたいですか?

先ほどからヴィオラの楽器や音楽について様々な角度からお話していますが、ヴィオラという楽器は根本的に人と競う楽器ではないとは思うんです。ただ、たとえアンサンブルの楽器というイメージで捉えたとしても、さらに上の段階を目指すには何よりも個人の力量を上げていかなくてはなりません。そのような意味でも、この国際コンクールの場に居合わせ同世代の仲間たちと切磋琢磨することで、それまで見えなかったものが絶対に見えてくると思います。

課題曲のレパートリー自体もご自身の技量を高めるために必要な作品や要素が凝縮されていると思いますし、仮に結果が満足いくものでなかったとしても一つひとつのプロセスを踏んで集中して勉強してゆくことによって、自分が今までの状態よりも一段も二段も上のレベルでヴィオラ音楽やアンサンブルを楽しめる演奏家になってくれたらご本人にとっても幸せですし、私どもにとっても嬉しいですね。

取材・文=朝岡久美子

公演情報

ヴィオラスペース2025 vol.33
第6回東京国際ヴィオラコンクール
 
『第6回東京国際ヴィオラコンクール』
◇第1次審査 入場無料/要整理券
5月23日(金)・5月24日(土)10:00-18:00
桐朋学園大学・調布キャンパス
 
◇第2次審査 入場無料/要整理券
5月26日(月)・5月27日(火)10:00-17:00
桐朋学園大学・調布キャンパス
 
◇セミ・ファイナル 全席自由:一般¥2,000/U25¥1,000 
5月29日(木)16:30-21:00
桐朋学園宗次ホール(桐朋学園大学・仙川キャンパス)
 
◇ファイナル 全席自由:一般¥3,000/U25¥1,500 ★6/1とのセット券:一般\5,000
5月31日(土)14:00-18:00
日本製鉄紀尾井ホール
 
◇入賞記念コンサート 全席指定:一般¥3,000/U25¥1,500 ★5/31とのセット券:一般\5,000
6月1日(日)15:00開演/14:15授賞式
日本製鉄紀尾井ホール
公式伴奏者:青木美樹/有吉亮治/草 冬香/望月 晶(ピアノ)
 
『ガラ・コンサート』
二刀流ヴィオリスト!〜ヴィオラを弾いた作曲家 
◇ガラ・コンサートⅠ:ヒンデミット生誕130年記念~ユーモアと教育
全席指定:一般¥5,500/U25¥2,700 ★5/30とのセット券:一般¥10,000 /U25¥5,000
5月28日(水)19:00開演
日本製鉄紀尾井ホール
 
◇ガラ・コンサートⅡ:ヴィオラ愛好作曲家
全席指定:一般¥5,500/U25¥2,700 ★5/28とのセット券:一般¥10,000 /U25¥5,000
5月30日(金)19:00開演
日本製鉄紀尾井ホール
 
出演:
今井信子/佐々木 亮/川崎雅夫/サンジン・キム/マテ・スーチュ/ラーシュ・アンネルシュ・トムテル/シンウン・ホワン/ディミトリ・ムラト(ヴィオラ)
篠崎史紀(ヴァイオリン) 伊東 裕/市 寛也(チェロ) 岡本和也(ギター) 中島郁子(メゾ・ソプラノ)
青木美樹/有吉亮治/草 冬香/望月 晶(ピアノ)
山下一史(指揮) 桐朋学園オーケストラ 桐朋学園子供のための音楽教室弦楽オーケストラ
※プログラム詳細は公式サイトにてご確認ください。
 
公式サイト:https://tivc.jp/
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